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M&A会計 企業結合の実務 第14回

何が企業結合取引の一部になるか(条件付支払のケース)

企業結合の実務をQ&A形式でわかりやすく解説します。今回は、実務で増えつつある買収後の企業の業績に応じて対価の額が変動するケースの会計処理を考えます。

1. 条件付支払

-買収後の業績に応じて対価の支払額が変動するケース

Q:本日は実務で増えつつある買収後の企業の業績に応じて対価の額が変動するケースの会計処理を伺いたいと思います。

ある会社(X社)の株式を20億円(クロージング時点の現金対価)で100%取得します。買収時のX社の資産・負債の正味の時価は15億円とします。

そして、X社の株主かつ社長であるY氏とは、買収後の1年目に営業利益が10億円に到達した場合には追加で2億円支払い、その翌年の営業利益が15億円に到達したら、さらに2億円支払うという契約を締結します。

 

追加の支払が買収対価の場合(条件付取得対価)-IFRSと日本基準における会計処理

A(会計士):アーンアウト条項を付けて買収したわけですね。企業結合会計基準では、条件付取得対価として会計処理します。20億円部分が取得原価で間違いありませんが、追加支払額(最大4億円)の会計処理は、IFRS(国際会計基準)と日本基準では異なりますね。この点については、「M&A会計 実践編 第4回 条件付取得対価の会計処理-事例:アーンアウト条項を利用する買収契約」で取り上げていますので、そちらをご参照ください。

ただ、このパターンは、一概に条件付取得対価の会計処理とは言い切れないかもしれません。X社の所有と経営が分離されていて、X社の株主と経営者が別であれば良いのですが、この例のように一体の場合には結構悩ましいことが多くあります。

 

2. 日本基準には特段の定めがない追加支払額の取り扱い

-追加の支払が買収後の経営者の報酬の場合-継続雇用に留意

Q:実はX社の経営は、現状ではY氏の経営手腕によるところが大きく、買収契約の中には、経営者が買収後も2年間役員として勤務することが前提とされており、業績算定日時点においてY氏が勤務していなかった場合には、追加支払額はゼロとされています。

A(会計士):そうすると、最大4億円の追加支払額は、X社買収の対価なのか、それとも買収後のY氏に対する報酬なのか、という論点の検討が必要ですね。前者であれば、のれんの算定に含まれますし、後者であればサービス提供期間の費用として処理されます。この点、IFRSでは一定のルールがありますが、日本基準では特段の定めはありません。

Q:IFRSではどのようになっているのですか。

A(会計士):IFRSでは3号「企業結合」で、まず何が企業結合取引の一部であるかを判定します(IFRS3.51)。買収の対価なのか、それとも企業結合後の費用なのか、ということですね。主として被取得企業(または旧所有者)の便益のためではなく、主として取得企業の便益のために実行された取引は、企業結合とは別個の取引(設例のように、将来の勤務に関し、被取得企業の従業員または旧所有者に報酬を与える取引として処理)である可能性が高いとされています(IFRS3.52)。

Q:具体的にはどのように区分するのでしょうか。

A(会計士):IFRS 3号では、B50項以下、特に従業員または売却株主に対する条件付支払の契約についてはB54項以下に記載されており、それは「契約の性質に依存する。取得契約に条件付支払の条項が盛り込まれている理由、誰が取引を主導したか、及び当事者がいつ契約を締結したかを理解することは、契約の性質の評価に役立つ場合がある。」とされ、事実と状況を踏まえた総合判断になります。

Q:その中でもポイントになりそうな事項はありますか。

A(会計士):総合判断なので難しいのですが、B55(a)継続雇用の項では「雇用が終了すると自動的に支払が失効するという条件付対価契約は、企業結合後の勤務に対する報酬である。雇用の終了によって影響を受けない条件付支払の契約は、報酬ではなく追加的な対価であることを示しているかもしれない。」と記載されています。したがって、実務的には、今回のケースのように、退職すると自動的に追加の支払が無効になる、という契約は、企業結合後の報酬として扱われる可能性が高いと思います。

Q:それ以外にはどのような項目が検討事項になるのでしょうか。

A(会計士):継続雇用の期間、報酬の水準、従業員への追加支払、保有する株式の数、評価との関連、対価の算定の計算式などが示されています。例えば、X社には50%ずつ保有する株主がいて、業績達成条件が同じでも支払われる対価が異なれば、企業結合後の勤務費用が含まれているはずですし、いろいろなケースがあります。

 

継続雇用の条件であれば常に買収後の費用になるか-事実と状況を総合判断

Q:例えば、上記のとおり、買収時のX社の資産・負債の正味の時価は15億円とします。そして極端なケースですが、対価20億円と条件付支払額4億円の合計24億円がすべてY氏の勤務が条件とされていたとします。この場合にはすべてがY氏の報酬費用となり、企業結合の対価はゼロ、したがって負ののれんが15億円になってしまうのでしょうか。

A(会計士):第三者間の契約なのだから仕方ないという考えもあるかもしれませんが、さすがに対価をゼロとして企業結合時に15億円の利益を計上し、その後、2年間にわたり多額の勤務費用を計上するというのは、いかにも実態を表していないように感じます。そのような場合には、企業結合の対価部分を合理的に算定し、勤務費用とは区分すべきと思いますが、いずれにせよ、上記に記載したルールに照らして総合判断をすることになると思います。このようなことにならないように、実務では企業結合の契約条件の中で、慎重に検討されていることと思います。

 

3.日本基準の取り扱い

-IFRSと同様の考え方が適当で、必要な場合には会計方針として注記

Q:最後に日本基準では関連するルールは明確でないとのことでしたが、どのように考えればよいでしょうか。

A(会計士):確かに日本基準ではルール上明確ではありませんが、何が企業結合取引の一部であるかなどは実態に応じて判断すべきでしょうから、IFRSの規定が参考になるものと思います。そして、それが財務諸表に重要な影響を与えるような場合には、重要な会計方針として具体的に記載することが適当と考えます。

Q:本日はありがとうございました。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&A会計実務研究会 萩谷和睦 森山太郎

(2020.2.13)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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第2回 企業結合会計基準等の公開草案の解説
第3回 逆取得となる株式交換の会計処理
第4回 持分変動と税効果会計
第5回 会計基準と会社法との関係
第6回 価格調整の会計処理
第7回 逆さ合併の処理
第8回 100%子会社への無対価会社分割とその子会社株式の譲渡の会計処理
第9回 取得原価の配分~引当金~
第10回 共通支配下の取引における繰延税金資産の回収可能性の考え方
第11回 現物配当の会計処理
第12回 100%子会社の合併
第13回 子会社から親会社に会社分割より資産を移転した場合の会計処理
第14回 何が企業結合取引の一部になるか(条件付支払のケース)

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