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M&A会計 実践編 第4回 条件付取得対価の会計処理

事例:アーンアウト条項を利用する買収契約

連載「M&A会計の解説」の続編となる「実践編」では、M&A会計のポイントを、事例を挙げてより実践的な内容でお届けします。第4回目の今回は、将来の業績等に基づき追加的に対価が支払われる条件付取得対価の会計処理についてQ&A形式でわかりやすく解説します。

条件付取得対価の会計処理について、事例を挙げQ&A形式でまとめました。

アーンアウト条項付きのM&Aとは

Q:先日、あるプレスリリースをみていたら、「当社は、A社の発行済株式のすべてを取得し、その対価として100億円、およびA社がマイルストーンまたはロイヤルティ収入を受領した場合には最大で200億円、合計で最大300億円を支払う。」という買収契約がありました。

A(会計士):アーンアウト条項がついた買収対価の支払いですね。会計では「条件付取得対価」といわれています。M&Aの価格交渉は、対象企業または事業の将来の業績見込みを念頭において行われますが、売主と買主との間で業績見込みが大きく違うことがよくあります。売主の業績予測は、計画を慎重に評価する買主からは楽観的に見えますし、買主の慎重な業績評価を売主は自らの事業価値が正当に評価されていないと感じたりするものです。そこで、アーンアウト条項を付けて、価値評価のキーとなる指標(典型的には売上高やEBITDA等)を特定し、一定の期間(1年から3年程度が多い)に一定の業績を上げた場合には、買主は売主に対してそれに見合った対価を支払う約束をしてM&Aを成立させるわけです。財務指標のほか、一定の事実の発生、例えば、対象事業が医薬品の開発であれば新薬の認可取得をアーンアウトの条件とする場合もあります。

Q:なるほど。自分の見たケースも、医薬品の開発に関係していました。このような合意があれば、対象事業が所定の業績を達成しなければ、買主は追加的な対価の支払いが不要なので、高い買い物をするリスクを避けられるし、売主は、売却事業が所定の業績を上げた場合には、その価値に見合った対価を得ることができるわけですね。

A(会計士):はい。売却対象会社の株主でもあった経営陣が、買収後も引き続き経営に参画してもらう必要性が高い場合にも、アーンアウト条項を利用することがあります。欧米の企業では、以前からこのような契約を締結することが多くありましたが、最近は日本企業でもこのような条項を使うケースが増えているように思います。

項目

金額

議決権比率

企業結合日直前に保有していた被取得企業株式の企業結合日の時価

1,500億円

(40%)

追加取得に伴い支出した現金預金

800億円

(11%)

合  計

2,300億円

(51%)

 

項目

金額

議決権比率

企業結合日直前に保有していた被取得企業株式の企業結合日の時価

1,500億円

(40%)

追加取得に伴い支出した現金預金

800億円

(11%)

合  計

2,300億円

(51%)

 

項目

金額

議決権比率

企業結合日直前に保有していた被取得企業株式の企業結合日の時価

1,500億円

(40%)

追加取得に伴い支出した現金預金

800億円

(11%)

合  計

2,300億円

(51%)

 

項目

金額

議決権比率

企業結合日直前に保有していた被取得企業株式の企業結合日の時価

1,500億円

(40%)

追加取得に伴い支出した現金預金

800億円

(11%)

合  計

2,300億円

(51%)

 

条件付取得対価とは

-将来の業績等に基づき追加的に対価が支払われる契約

Q:それでは会計処理を伺いたいと思います。まず、「条件付取得対価」の定義はなんでしょうか。

A(会計士):会計基準では、条件付取得対価とは、「企業結合契約において定められるものであって、企業結合契約締結後の将来の特定の事象又は取引の結果に依存して、企業結合日後に追加的に交付又は引き渡される取得対価をいう。」とされています。まさに今回のケースがそれに該当することになりますね。

定義では「追加的に交付又は引き渡される取得対価」とされ、取得企業(買主)が対価を追加的に支払うケースが記載されていますが、反対に所定の業績が達成できない場合には売主から対価を返還してもらう(または支払うべき対価を減額する)契約も条件付取得対価に含まれると考えてよいでしょう。

また、「将来の特定の事象又は取引の結果に依存」、すなわち、追加対価の受渡しは将来に関するものとなりますので、過去の事象に起因して発生する損失を補償する契約(たとえば、買収前の年度に関する法人税等が追徴された場合には、売主がそれを補てんするような契約内容(表明保証条項))は、条件付取得対価には該当しないものと考えられます。

 

条件付取得対価の会計処理(日本基準)

-追加支払の判明時にのれんの追加計上

Q:わかりました。それでは具体的な会計処理はどのようになりますか。

A(会計士):条件付取得対価の会計処理は、日本基準と国際会計基準で異なります。まず、日本基準からご説明します。企業結合会計基準では「条件付取得対価が企業結合契約締結後の将来の業績に依存する場合には、条件付取得対価の交付又は引渡しが確実となり、その時価が合理的に決定可能となった時点で、支払対価を取得原価として追加的に認識するとともに、のれん又は負ののれんを追加的に認識する」、「追加的に認識するのれん又は負ののれんは、企業結合日時点で認識されたものと仮定して計算し、追加認識する事業年度以前に対応する償却額及び減損損失額は損益として処理する。」とされています。すなわち、企業結合日の会計処理は、その時点で確定している対価の額で行い、その後、対価を追加的に支払うことが判明した時点で、追加的な会計処理をします。

たとえば、冒頭の事例では、対価が確定している100億円で取得原価を算定し、受け入れる資産・負債の時価が80億円であれば、その差額の20億円がのれんとして企業結合日に計上され、これを20年以内の効果の及ぶ期間で償却します。そして2年後にマイルストーンの到達により追加で150億円を支払うことが確実となったとします。この場合には、その時点で、のれんと未払金を追加で150億円で計上し、そののれん150億円は2年前の企業結合日から計上されていたものと仮定して、当初ののれん20億円と同様の方法により償却することになります(過年度対応分はのれんの追加計上年度で一時の費用として処理)。

 

企業結合日および追加支払日の会計処理のイメージ(日本基準)
※クリックして画像を拡大表示できます

Q:有価証券報告書の企業結合関係の注記をみると「企業結合契約に規定される条件付取得対価の内容及び当連結会計年度以降の会計処理方針」として、次のような記載がありました。ご説明のとおりの注記になっていますね。

 

事例1 対価を追加的に支払う契約

(1) 条件付取得対価の内容
クロージング後の特定事業年度における業績等の達成水準に応じて、条件付取得対価を追加で支払うこととなっています。

(2) 当連結会計年度以降の会計処理方針
取得対価の追加支払が発生した場合には、取得時に支払ったものとみなして取得価額を修正し、のれんの金額及びのれんの償却額を修正することとしています。

 

事例2 対価を減額する契約

取得対価は、一定の役職員が×年×月×日までに退職した場合等において取得対価(未払部分)の一部を減額する契約となっております。取得対価の減額が発生した場合には、取得価額を修正し、のれんの金額及びのれんの償却額を修正することとしています。

 

A(会計士):そうですね。なお、事例2は、おそらく特定の役職員の存在が超過収益力の大きな要因を占めていたのだと思います。

 

条件付取得対価の会計処理(国際会計基準)

-企業結合日の公正価値で取得原価を測定

Q:それでは、国際会計基準の会計処理は、どのようになりますか。

A(会計士):国際会計基準は、IFRS3号「企業結合」で定められていて、「取得企業は条件付対価の取得日公正価値を、被取得企業との交換で移転された対価の一部として認識しなければならない。」とされています。したがって、支払いが確定している部分のほか、追加支払いの可能性がある部分も含めて時価(公正価値)評価して取得原価を算定します。追加的に支払う対価が現金の場合には、取得日後の毎決算日に、利益目標の達成見込みなど、取得日後の事象により生じた変動(条件付対価の公正価値の変動)を純損益に認識することになります。

冒頭の例では、取得原価を企業結合日に支払いが確定している100億円と条件の達成可能性を考慮した債務の時価(公正価値)、ここでは50億円としますが、その合計額である150億円となります。この結果、取得原価150億円、受け入れ資産・負債80億円ですから、企業結合日ののれんは70億円と算定されますね。そして、日本基準とは異なり、その後、対価の追加支払いが確実になってものれんの金額は変動せず、それは負債の時価の変動として処理されます。もし、追加支払額が150億円になると見込まれた場合には、取得原価に含めた50億円を控除した100億円を負債(および費用)計上することになります。逆に追加支払いの可能性がなくなった場合には、企業結合日に計上した債務50億円を全額取り崩し、収益に計上することになります。

 

企業結合日および追加支払日の会計処理のイメージ(IFRS)
※クリックして画像を拡大表示できます

Q:条件付取得対価の会計処理は、日本基準と国際会計基準との間で、大きく違うのですね。

A(会計士):まとめると、企業結合日に計上されるのれんは、国際会計基準の方が条件付取得対価の時価部分だけ日本基準より大きくなります。その後、条件達成の可能性が確実になったとき、日本基準ではのれんを追加計上して、のれんの残存償却期間に対応する部分は貸借対照表上の資産として繰越されることになります。他方、国際会計基準では負債の時価評価として、一時の損益になるわけですね。

Q:国際会計基準による条件付取得対価の会計処理および開示の事例として、次のものがありました。ここでは記載を省略しますが、実際にはさらに負債の公正価値の増減や感応度分析なども注記されていました。

事例3 条件付取得対価に関する開示(文言の一部を省略している)

条件付対価は、B社の旧株主に対して、20××年以降の一定期間、X事業の業績に応じて支払われるロイヤルティの見込額に貨幣の時間価値を考慮して計算しています。なお、支払額の上限は設けられていません。

企業結合による条件付対価は主として一定期間、X事業の業績に応じて支払われるロイヤルティの見込額であり、時間的価値を考慮して計算しております。

条件付対価に係る公正価値変動額のうち、時間的価値の変動に基づく部分を「金融費用」に計上するとともに、時間的価値以外の変動に基づく部分を「その他の営業収益」または「その他の営業費用」に計上しています。



条件付取得対価の会計処理に関する国際会計基準との収れん

-具体的な計画はなし

Q:アーンアウト条項のある企業結合契約がある場合、会計基準の差は大きいと思いますが、企業会計基準委員会(ASBJ)では、日本の企業結合会計基準の見直しを行う予定はあるのでしょうか。

A(会計士):平成29年5月にASBJから公表された「現在開発中の会計基準に関する今後の計画」によれば、特に予定されていません。

注:条件付取得対価の一部が返還される場合の取扱いの検討は予定されている。現行実務では、上記のとおり、のれんの減額(負ののれんの計上)として処理されている。

Q:本日はどうもありがとうございました。

 

会計上のポイント

  • M&Aの実行に当たり、アーンアウト条項が付されることがある(会計上はその対価を条件付取得対価という)。アーンアウト条項とは、企業結合日後一定の期間において、買収対象とされた企業または事業が特定の目標を達成した場合、買手が売手に対して予め合意した算定方法に基づいて買収対価の一部を支払うこととする規定である。
  • 条件付取得対価の会計処理は日本基準と国際会計基準で異なる。
  • 日本基準では、企業結合日の取得原価は対価が確定している部分で算定し、企業結合日後に対価の支払いが確実になった時点で、のれんを追加計上する。
  • 国際会計基準では、条件付取得対価の公正価値を算定し、これを企業結合日の取得原価に含めることになるが、その後の公正価値の変動は損益で処理される(結果として、企業結合日現在は日本基準よりのれんの額が増えることになる)。

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&A会計実務研究会 萩谷和睦 森山太郎

(2017.6.27)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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