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M&A会計 実践編 第1回 取得企業の決定
事例:企業結合(組織再編)会計
2016年1月~12月に「M&A会計の解説」として、のれんに代表されるM&Aの会計基準の中でも実務的な会計処理でポイントとなるところを取り上げました。今回はその続編となりますが、わかりやすく事例を挙げて解説する、より実践的な内容でお届けします。 続編第1回は、取得企業の識別を取り上げます。取得企業(買収側)を決めることはどんなことに影響があるのか、いかに重要かを、事例を挙げQ&A形式でわかりやすく解説します。
目次
- 取得企業の識別-支配を獲得した企業(買収者)はどちらか
- 取得企業の識別は総合判断-議決権比率に注目
- 議決権比率の決定-株式の交換比率は当事者の株価が大きな影響を与える。
- 取得企業の決定結果は統合後の財務諸表に重要な影響がある-のれんの額が変動
- 会計上のポイント
企業結合(組織再編)会計について、事例を挙げQ&A形式でまとめました。
取得企業の識別-支配を獲得した企業(買収者)はどちらか
Q:今月から始まる実践編では最近の組織再編の事例も参考にしながら、組織再編に関する会計基準やM&Aに関連する評価など関連実務の理解も深められたらと思います。
今回は、取得企業の識別についてお聞きします。企業結合会計基準では、企業集団内の企業結合以外は、原則として、「取得」に分類し、いずれかの企業を取得企業として識別しなければなりませんね。
A(会計士):はい。統合相手の支配を獲得した会社を取得企業といいますが、その具体的な決定方法は、「M&A会計の解説 第2回 取得の会計処理(1)(2016年02月号メルマガ)」をご参照ください。要約すれば、現金で相手企業の株式を買い取れば、買手側が取得企業になりますが、合併、株式交換、株式移転など対価として株式を交付する場合には、株式を交付した会社が買収された側(被取得企業)となる“逆取得”もありえるので、議決権比率、取締役会の構成、企業規模などを踏まえ総合的に判断して決定し、その根拠を開示書類に注記する、という流れになります。
取得企業の識別は総合判断-議決権比率に注目
Q:“支配”という言葉は、連結の範囲、すなわち子会社の判定の時にも使いますよね。取得企業を決めるときの“支配”と同じ意味なのでしょうか。
A(会計士):考え方としては、企業の財務や経営方針を左右する能力があるか、つまり意思決定機関への影響力の大きさの程度を基本としている点で同じです。ただ子会社に該当するかどうかの判断は株主の立場からみていて、ある一定の要件を満たせば支配、満たさなければ支配していないということになります。他方、企業結合のときは、企業レベルでみていて、いずれかの会社を必ず取得企業として識別しなければならないので、(共同支配企業の形成に該当する場合を除き)どちらの会社も支配していない、という結論はありえず、いわば相対的な支配概念といえるでしょう。意思決定機関への影響力の大きさという意味で、企業結合のときも議決権比率の大小は取得企業を識別するうえで重要な要素になります。
もう少し具体的に、支配株主が存在しない会社同士の合併のケースを見てみましょう。
合併―支配株主が存在しない会社同士のケース
このケースでは、旧X社株主群が合併後のX社の株主群の多数を占めるので、この点を重視すればX社が取得企業になる可能性が高いといえますね(総体としての株主の議決権比率を重視した場合)。
ただし、企業規模や株主群ではX社が大きくても、規模の小さいY社の株主にはオーナー経営者が存在するなど1人で多数の株式を保有していることもあり、例えば合併後のX社の株式の20%以上をY社の大株主が保有するケースも考えられます。このように、オーナー経営者など大株主が存在する場合(最も大きな議決権比率を保有する株主の存在を重視した場合)には、意思決定機関への影響力の程度を考えると本当に難しいと思います。
議決権比率の決定-株式の交換比率は当事者の株価が大きな影響を与える。
Q:統合当事者の売上高、利益、純資産の企業規模が拮抗している場合も、取得企業の決定は特に難しそうですね。
A(会計士):利益は甲社が大きいが、純資産は乙社が大きいとか、乙社の業績は安定して高水準であるが、甲社の最近の業績(数年前は損益トントン)の伸びは著しい、というような場合には、どの点にポイントを置くのかによって結論が変わることもあり、支配・被支配の関係を決めることは容易ではありません。例えば、次のようなX社とY社が統合する場合はどうでしょうか。
Q:直近のP/Lは2~3倍、純資産は5倍程度Y社が大きいわけですから、このケースでは取得企業はY社になりそうですね。
A(会計士):そうとも限りません。X社は財務数値をベースとした企業規模では小さいですが、最近の業績は目覚ましいものがあります。他方でY社は利益水準が高いのですが、伸びてはいません。資本市場では将来の成長期待も加味して株価が形成されますので、たとえば両社の時価総額(株価に発行済株式数を乗じて算定)はX社が1,000億円を超えていて、Y社は1,000億円に満たないということも考えられます。
Q:このようなケースでは、企業結合後の議決権比率は旧X社株主群>旧Y社株主群となり、取得企業はX社になりうる、ということもあるわけですね。
A(会計士):そうなりますね。企業結合後の議決権比率は株式の交換比率に依存します。その交換比率の決定に当たっては、各当事者は、ファイナンシャルアドバイザー(FA)を任命して適切な交換比率決定のための株価算定を依頼します(注)。そして、評価レンジで示される算定結果を参考に、各当事者は協議し、株式の交換比率を決定しますが、上場会社の場合、通常、市場株価は交換比率決定の重要な要素となります。なお、株式の交換比率の算定根拠等は、統合発表時の開示資料や有価証券報告書の企業結合関係の注記(株式の交換比率およびその算定方法)において開示されます。
(注)市場株価平均法(算定基準日の株価、算定基準日から遡る1ヶ月間、3ヶ月間および6ヶ月間等の平均株価など)、類似会社比較法(各社の比較可能な上場類似会社が複数存在し、類似会社比較による株式価値の類推が可能な場合)、ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法(DCF法)(将来の事業活動の状況を評価に反映するため)などが利用されることが多い。
取得企業の決定結果は統合後の財務諸表に重要な影響がある-のれんの額が変動
Q:取得企業がX社の場合とY社の場合で、統合後の財務諸表にはどのような影響があるのでしょうか。
A(会計士):取得の会計処理では、被取得企業の資産・負債が時価評価され、被取得企業に関するのれんが資産に計上されるわけですから、いずれの会社を被取得企業とするかはとても大きな影響があります。ここでは両社の純資産の簿価と時価は同じ、そして両社ともに時価総額は1,000億円と仮定し、かつ、株式の交換比率も時価総額比率と同じとします。
もし、X社が取得企業になれば、Y社の純資産時価1,000億円を1,000億円で買収することができますので、のれんはゼロになりますね。他方、Y社が取得企業になれば純資産時価200億円を1,000億円で買収することになりますので、のれん(または無形資産)が800億円も発生し、それを20年以内の効果の及ぶ期間で償却しなければなりません。この結果、統合後の財務諸表の償却負担は相当重いものとなりますね。
Q:取得企業の決定は本当に重要ですね。有価証券報告書等で開示される「取得企業を決定するに至る主な根拠」では、どのような記載がありますか。
A(会計士):どの項目を重視したのかによりさまざまな注記が考えられますが、「総体としての株主が占める相対的な議決権比率等を勘案した結果、××社を取得企業とした。」というような記載が比較的多く見受けられます。やはり議決権比率を重視している例が多いのだと思います。
Q:取得企業の決定の大切さが良くわかりました。ありがとうございました。
会計上のポイント |
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執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&A会計実務研究会 萩谷和睦 森山太郎
(2017.3.24)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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シリーズ記事一覧
M&A会計 実践編
M&A会計のポイントを、事例を挙げてより実践的な内容でお届けします。
第1回 取得企業の決定
第2回 2段階による組織再編
第3回 段階取得の会計処理と価格算定
第4回 条件付取得対価の会計処理
第5回 無形資産とのれんの会計処理と開示(1)
第6回 無形資産とのれんの会計処理と開示(2)
第7回 のれんの分割
第8回 企業結合における暫定的な会計処理
第9回 非支配株主との取引(持分の追加取得)
第10回 既存事業の売却