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M&A会計 実践編 第2回 2段階による組織再編
事例:2段階組織再編-TOBと株式交換
連載「M&A会計の解説」の続編となる「実践編」では、M&A会計のポイントを、事例を挙げてより実践的な内容でお届けします。第2回目の今回は、TOBと株式交換の実施を行う2段階組織再編の会計処理について、Q&A形式でわかりやすく解説します。
TOBと株式交換による2段階組織再編について、事例を挙げQ&A形式でまとめました。
2段階組織再編の概要-TOBと株式交換
Q:2段階組織再編とは、2つの取引を組み合わせた組織再編で、被取得企業を完全子会社化するケースが代表的な例です。本日は、次の2段階組織再編の事例をもとに会計処理を考えてみたいと思います。
[概要]
- 取得企業:X社
- 被取得企業:Y社(上場会社)
- X社はグループの企業価値向上を図るため、Y社を完全子会社とすることを意図しているが、その組織再編の手法は以下のとおりである。
(1) TOB(株式の公開買付)の実施
- X社はTOBによりY社の完全子会社化を目指す。市場価格より30%のプレミアムを乗せてTOBを実施した。
- X社はTOBによりY社株式の80%を80億円で現金で取得した。
- このTOBにより、X社連結財務諸表には、のれんが40億円発生した(償却期間10年)。
- 受け入れたY社の資産・負債の時価(純額)は50億円(100%ベース)である。
(2) 株式交換の実施
- X社は続けてY社を株式交換により完全子会社とする。この情報はTOBのときに公表されている。
- 残り20%の株主に交付されたX社株式の時価は20億円(非支配株主持分<受入資産・負債の時価(純額)の20%>は10億円)である
TOBの会計処理は「取得」
-のれんの計上
Q:X社は、できるだけ自社の株式数、および資本金を増やさずにY社を買収する意図があったのだと思います。この方法によりキャッシュアウトは80億円発生しましたが、株式数の増加は20%分相当だけ、つまりX社の株主構成には大きな影響は与えませんでした。
A(会計士):そうですね。TOBは対価が現金ですから「取得」に該当し、次のようにパーチェス法が適用されますね。
支配獲得後に行われる株式交換は「取得」か「共通支配下の取引」か
-原則は取引の手順に従って会計処理
Q:難しいのは次の株式交換の会計処理です。もともとX社はY社の株式のすべてをTOBにより取得することを望んでおり、たまたま20%の株主がTOBに応じなかったので、続けて株式交換を行い完全子会社化したまでです。そうすると、この取引はTOBと一体の取引、すなわち「取得」の一部を構成するものとして、次の会計処理を行うことで良いでしょうか。この場合には、のれんが追加計上されますね。
A(会計士):X社はTOB開始のときから、株式交換を含めてY社を完全子会社とすることを公表していたわけですから、迷いますよね。ただそれはX社の意思であって、Y社のすべての株主が賛成していたわけではありません。組織再編の手続が連続してなされた場合、会計基準では、当初取引時における当事者間の意図も踏まえることとされており、次のような記載があります。
- 通常、取引の手順に従って、それぞれの取引について会計処理が行われる。
- 事前に契約等により複数の取引が1つの企業結合等を構成しているかどうかなどを踏まえ、取引の実態や状況に応じて判断する。
つまり、会計基準では、原則として取引の手順に従って会計処理を行い、例外的な場合に一体の取引として会計処理する旨を定めています。
Q:でも結局は「実態」判断とされているので、このケースをどのように考えれば良いのか・・・。
A(会計士):「当初取引時における当事者」には、Yの株主も含まれる、という点はポイントの1つだと思います。結果として20%の株主はTOBに応じていないわけで、「事前に契約等により」合意があったとはみなせないともいえます。したがって、株式交換の会計処理は、原則どおり取引の手順に従い、TOBとは別個の取引として、支配獲得済の80%子会社を株式交換により完全子会社としたものとして、「共通支配下の取引」(非支配株主との取引)として会計処理することが考えられます。
TOBと一体の取引として「取得」の一部として会計処理すると、のれんが10億円追加計上されますが、「共通支配下の取引」として会計処理すると、資本剰余金が10億円減少することになります。これは平成25年の連結会計基準等の改正事項に関係しています(M&A会計の解説 第7回)。したがって、一体の取引として会計処理すれば、のれんの追加計上(その後ののれん償却負担増加)、別個の取引とすれば資本剰余金は減少するものの損益に影響はないことになり、連結財務諸表に重要な影響を与えることになります。
Q:確かにこの事例の有報をみると、取得と共通支配下の取引に分けて注記が記載されていました。
ところで、なぜ原則は取引の手順に従い、例外として一体取引とするようなルールになったのでしょうか。目的を考えれば、むしろ一体の取引として会計処理した方が、実態にもあっていると思いますが。
A(会計士):実はその「実態」というのが難しいのです。実態は、それぞれの立場からの見方がありますし、第三者間取引では、それぞれの取引を時価ベースで行っているはずですので、原則として、個々の取引を取引の手順に従って会計処理するものとし、それでは弊害があるという場合には、一体の取引として会計処理することとしたのではないか思います。
一体の取引として会計処理すべき場合とは
-事前に当事者間で合意が成立
Q:それではどんなケースが一体として会計処理するのですか。先日、ある理由でTOBを2回に分けて実施し、1回目は被取得企業の支配株主(60%)から市場価格より安く購入し、2回目は一般株主(20%)から市場価格にプレミアムを乗せて購入する事例も見かけました。ちなみに1回目のTOBを実施するときから2回目のTOBが実施されること、そしてその価格もアナウンスされていました。
A(会計士):TOBそのものが2回に分かれているのですね。1回目のTOBのときから2回目のTOBの価格も公表されていたとなると、いろいろと意見はありそうですが、一体の取引として会計処理することが良いのではないかと思います。なぜなら2回目に応募する株主も、そのTOBには賛成しているわけですので(1回目に応募する株主は売却価格が低いことに納得して応募し、2回目に応募する株主は経済合理性からは1回目には応募しないもののTOBそのものには賛成していると考えられるため)。
このほかにも、例えばY社の株主が1人であり、単に2回に分けて買い取っているだけの場合(金利部分を無視すると、総額が同じであれば、1回目と2回目の取引価格は当事者間で調整が可能)には、一体取引として会計処理しないと実態を表さないかもしれませんね。
Q:なるほど。このようなケースでは、それぞれの取引価格がその時点の時価で行われていない可能性があり、恣意的な会計処理を防ぐためには一体の取引として会計処理すべき場合があるわけすね。
本日はありがとうございました。
会計上のポイント |
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執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&A会計実務研究会 萩谷和睦 森山太郎
(2017.4.24)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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シリーズ記事一覧
M&A会計 実践編
M&A会計のポイントを、事例を挙げてより実践的な内容でお届けします。
第1回 取得企業の決定
第2回 2段階による組織再編
第3回 段階取得の会計処理と価格算定
第4回 条件付取得対価の会計処理
第5回 無形資産とのれんの会計処理と開示(1)
第6回 無形資産とのれんの会計処理と開示(2)
第7回 のれんの分割
第8回 企業結合における暫定的な会計処理
第9回 非支配株主との取引(持分の追加取得)
第10回 既存事業の売却