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M&A会計 実践編 第10回 既存事業の売却
事例:事業売却時の会計処理・開示の際の留意点
連載「M&A会計の解説」の続編となる「実践編」では、M&A会計のポイントを、事例を挙げてより実践的な内容でお届けします。第10回は、既存事業の売却(対象事業を分社し、その株式を売却)に関する会計処理及び開示をQ&A形式でわかりやすく解説します。
事業売却時の会計処理と、開示の際の留意点について、事例を挙げQ&A形式でまとめました。
既存事業の売却 ―単独新設分割と取得した株式の売却による方法
Q:事業の選択と集中が進んでいますが、本日は事業の売却に関する会計処理について伺いたいと思います。事業の売却方法はさまざまな方法がありますが、図表1のように、分離する事業(a事業)を単独新設分割により切り出して分離元企業(X社)の100%子会社とし、その100%子会社株式を第三者(Y社)に売却するケースを見かけます。このような事業の売却に関し、会計上何か注意すべき点はありますか。
単独新設分割と子会社株式の売却の組合せ -会計と税務で損益認識のタイミング、新設会社の設立時の帳簿価額が異なる。
A(会計士):このスキームは損益の帰属や経営責任の明確化の観点も踏まえ、会社分割による事業の切り出しとその株式の売却が同日付で行われることもあります。たとえば、分離元企業X社(3月決算)は、4/1に単独新設分割(a社の役員はY社関係者)を行い、同日付でa社株式を第三者であるY社に売却するというものです。会計上、この取引は、会社分割とそれに伴い取得した子会社株式の処分という2つの取引に分けて処理します。具体的な会計処理は図表2(1)の会計上の仕訳イメージに記載のとおり、最初の会社分割の取引は企業結合会計基準の共通支配下の取引として簿価で処理、次の子会社株式の売却は金融商品会計基準が適用され、4/1に売却損益が認識されます。
Q:会社分割の取引は、共通支配下の取引とのことですが、企業結合会計基準では「「共通支配下の取引」とは、結合当事企業(又は事業)のすべてが、企業結合の前後で同一の株主により最終的に支配され、かつ、その支配が一時的ではない場合の企業結合をいう。」とされており、売却前提であることを踏まえると、支配は明らかに一時的であり、共通支配下の取引に該当しない、ということになりませんか。
特にこの取引は、分離した事業に対する支配が喪失されるので、税法上は非適格組織再編になり、図表2の税務上の仕訳イメージのように、分離元企業(X社)では売却取引、分離先企業(新設会社a社)でも移転諸資産を時価で受け入れるので、会計と税務とで不一致となるのですが。
A(会計士):厳密にいえば確かに共通支配下の取引の定義に合致しませんね。共通支配下の取引に準じて、とした方が良いかもしれません。まず、分離元企業(X社)では取得した100%子会社株式(a社株式)には移転諸資産の簿価を付すことで異論はないと思います。子会社株式が200で売却されることが確実であっても、それは売却した時にはじめて実現するわけですので。問題は共通支配下の取引の定義に合致しないからといって、新設会社a社の個別財務諸表上、諸資産を時価で受け入れ、設立時からのれんを計上できるのか、ということだと思います。a社は単独で設立されており、企業結合は起きていません。また、現行の会計ルールでは株式の売却により支配株主が変わっても、会社の諸資産が評価替されることはありませんので、a社は分離元企業X社の適正な簿価を承継することになるのだと思います。
Q:確かに1つひとつ積み重ねていくとa社の会計処理は、X社の帳簿価額を承継することになりそうですね。
A(会計士):ちなみに、a社の個別F/S上の帳簿価額はX社の簿価を承継していますが、a社はY社の100%子会社になりますので、Y社の連結F/S上は、a社の諸資産は時価評価されますし、さらにその後、Y社がa社を吸収合併すれば、Y社の個別F/S上、a社の諸資産を連結財務諸表上の帳簿価額で受け入れますので、この時点で、個別F/S上もご懸念の点は解消しますね。これらはY社がa社株式を取得した(企業結合が起きた)ために、諸資産の評価替が行われた、ということなのだと思います。
事業移転損が生じる場合 ―減損会計の適用に留意
Q:会計処理に関して、このほかに留意すべき点はありますか。
A(会計士):分離元企業X社はa事業の処分を予定しているわけですので、減損会計の適用に当たっては資産のグルーピングが他の事業と区分されることになります。したがって、売却損が生じるような場合は、事業分離直前の決算で適正な帳簿価額を算定するときには、a事業の諸資産の評価にも留意する必要があります。売却益が計上される場合には翌期(株式の売却年度)の処理になりますが、売却損が計上される場合には減損損失として分離直前の事業年度に反映される可能性があるわけです。
税効果会計の適用-会計は投資継続、税務は非適格
Q:図表2の仕訳のように、結果として会計と税務とで帳簿価額が異なることになりますが、この点はいかがでしょうか。
A(会計士):会計は投資継続、税務は非適格組織再編として税効果会計を適用します。詳細は「M&A会計の解説 第11回事業分離に関する税効果会計」をご参照ください。
この取引の実質は、事業を売却し、対価として現金を受け取る取引ですから、一連の取引を全体として考えれば会計上も投資清算といえるのだと思いますが、単独新設分割の結果として子会社株式を受領した時点では投資が清算されたとはいえませんので、このような取扱いになるわけです。
開示-2つの取引を一体として開示することが適当
Q:開示はどのようなルールになりますか。
A(会計士):この取引は、さきほどコメントしたように、子会社株式の売却という形式を取りますが、その実質は現金を対価とする事業の売却といえます。このため、事業分離に関する注記で、事業分離と株式譲渡を一体として、利用者が理解できるように記載することが適当と考えます。なお、翌期首に重要な事業分離が行われる場合には、当期末の後発事象において、当期に含まれる分離事業に係る損益情報をあわせて開示することが適当と考えます。
Q:本日はありがとうございました。
会計上のポイント |
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執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&A会計実務研究会 萩谷和睦 森山太郎
(2017.12.20)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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M&A会計 実践編
M&A会計のポイントを、事例を挙げてより実践的な内容でお届けします。
第1回 取得企業の決定
第2回 2段階による組織再編
第3回 段階取得の会計処理と価格算定
第4回 条件付取得対価の会計処理
第5回 無形資産とのれんの会計処理と開示(1)
第6回 無形資産とのれんの会計処理と開示(2)
第7回 のれんの分割
第8回 企業結合における暫定的な会計処理
第9回 非支配株主との取引(持分の追加取得)
第10回 既存事業の売却