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Industry Eye 第78回 石油・化学/鉱業・金属セクター
化学企業のイノベーションに向けたベンチャー投資動向
ベンチャー投資は業界問わず活発に行われていますが、本稿では化学企業のイノベーションに向けたベンチャー投資動向に着目して解説を行います。
目次
- I.はじめに
- II.国内化学企業のベンチャー投資動向
- III.化学企業のベンチャー投資は既存事業の強化、新規事業の確立を目的に実施
- IV.国内主要化学企業のCVC/VC動向
- V.化学会社のベンチャー投資はGX関連も増えてきている
I.はじめに
多くの業界で技術革新やイノベーションへの対応が課題になっているが、もちろん化学業界も例外ではない。一言に「化学」と言っても、川上側のエチレン等の汎用品、川下側の半導体材料等の機能性化学品まで非常に幅広く、我々が普段生活している中でも化学品は様々なところで使われている。消費者目線からは少し遠い存在かもしれないが、化学や素材は国内GDPの約3割を占める重要性の高い産業である。
化学業界については、他国企業との競争激化や製品サイクルの短縮化など環境の変化により、ここ数年シェアに低下傾向がみられる分野もある。そのため、新たな分野や製品の開拓が求められており、各社技術革新やイノベーションを重要課題に掲げている。また、DX(デジタルトランスフォーメーション)、GX(グリーントランスフォーメーション)への対応においても同様に技術革新やイノベーションへの対応が求められる。
この課題への打ち手としては様々考えられるが、近年革新的な技術をコアにしたベンチャー企業を活用する取り組みが見られる。そのため、本稿では「化学企業のイノベーションに向けたベンチャー投資動向」という観点で現状を整理してみたい。
III.化学企業のベンチャー投資は既存事業の強化、新規事業の確立を目的に実施
化学企業のベンチャー投資は主に、①既存事業の強化、②新規事業確立への布石に分類される。
①既存事業の強化
B to Bの化学企業にとって、将来を見据えた顧客のニーズに合わせて、研究開発を行うことは重要である。すでに製品化されているものを顧客要求に基づいて改良していくという意味では、自社内で実施すればいいが、新規技術を研究して開発、製品化までつなげる場合、時間やコスト、実現可能性の観点から他社の技術を取り込んだ方が効果的な場合があるため、革新的な技術開発に特化したベンチャーへ出資するケースがある。特に、技術革新のスピードが早い業界(例:半導体)では、革新技術を自社内へ取り込むことを目的にベンチャー買収が行われているように見受けられる。
②新規事業確立への布石
既存事業の強化以外には、新規事業の確立を目指したベンチャー投資もある。新規事業を自社で立ち上げるとなると、かなりの時間を要してしまうため、新しい事業の確立に向けてベンチャー投資が用いられる。
例として、技術開発段階にある会社に対して化学会社が資本参加や買収を行い、自社に技術を取り込んで製品の販売まで結び付けて、数十億円規模の事業になっているようなケースも見受けられる。ベンチャー投資にはリスクも伴うが、新規事業の確立を目指すのであれば、一定のリスクは許容しつつ、様々なところで布石を打っていくことが求められる。
IV.国内主要化学企業のCVC/VC動向
化学企業のCVC事例では、主には総合化学の会社がCVCファンドを組成している。各社の投資方針を見ると、多種多様な投資対象分野となっており、実際にCVCが投資している案件を見ると、AIやAR技術、代替肉/植物肉など多岐に亘っている。また、化学会社を中心とした企業が出資をするVCもあり、今年設立したものでは脱炭素分野への投資を行うファンドも組成されている。
本体からの投資、CVCを通じての投資、VCへの出資等で投資のパターンが分かれているが、意思決定に時間が掛かり、かつ事業領域が自社に近い場合には本体投資が多い傾向がある。一方、投資金額が小さい場合にはCVCを通じての投資や、VCへの出資が多く、かつ事業領域が自社と離れている場合にはVCへの出資のケースが多いという傾向がある。
Ⅵ.おわりに
本稿では詳しく触れなかったが、脱炭素やGX、DXといった課題への打ち手としても、積極的なベンチャー投資・活用は有効だと考えられる。特に脱炭素に関しては化学業界全体の題目であるが、国内のベンチャー投資全体に占める脱炭素関連の割合は数パーセントと未だ限定的というデータもある。なお、ベンチャー投資全般にもいえることではあるが、早急に結果を追い求めすぎて、ベンチャー企業側との軋轢が生まれないように留意することも必要である。特に脱炭素分野となると、収益性を求めるとなると、達成が難しいような分野もあるため、投資目的の明確化や投資後も目的の軸がズレないように留意することが求められる。有望なベンチャーの育成促進や大企業との積極的な連携を後押しするエコシステムが確立され、化学業界のオープンイノベーションがますます発展することを執筆者一同願っている。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
石油・化学/鉱業・金属
マネージングディレクター 成瀬 徳一
シニアヴァイスプレジデント 中山 博喜
アナリスト 古川 立真
アナリスト 平田 壮輝
ジュニアアナリスト 児玉 秋璃
ジュニアアナリスト 永井 裕都
ジュニアアナリスト 東條 克哉
(2023.8.17)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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