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Industry Eye 第79回 スポーツビジネス
企業からの投資と女子サッカーの飛躍
FIFA女子ワールドカップオーストラリア/ニュージーランド大会で活躍した日本代表「なでしこジャパン」や、飛躍した欧州チームを題材に、企業からのスポーツ投資の意義を考えます。
I.はじめに
FIFA女子ワールドカップ オーストラリア/ニュージーランドが2023年7月・8月に開催された。日本代表「なでしこジャパン」は下馬評を覆し、グループリーグを優勝国となったスペイン戦を含む3戦全勝無失点で突破。16強ではノルウェーを破って準々決勝へと進出し、大いに日本社会を盛り上げてくれた。一方、米国 (前回大会優勝) ・カナダ (東京五輪優勝) 等の従来の女子サッカーの強豪国が比較的早く姿を消す傍ら、スペイン (優勝) ・イングランド (準優勝) ・スウェーデン (3位) 等、欧州各国の好成績が目立つ大会となったことに注目したい。
II.日本代表「なでしこジャパン」
まず、日本代表「なでしこジャパン」について触れる。先述の通り、なでしこへの関心は大会前は明らかに低かった。女子ワールドカップの話題はあまりニュースで目にすることも無く、そもそも日本国内での試合放映の有無すら、採算への不安故に直前まで決まっていなかった。関心の低さは専ら近年の成績の悪さに起因していると考えられる。澤穂希選手・宮間あや選手らが躍動した2011年ドイツ大会での優勝をピークに、2015年カナダ大会では準優勝したものの、2019年フランス大会ではベスト16敗退と成績は下降線を辿っていたからである。
前回大会と今回大会のなでしこの結果は16強と8強であり、大差が無いようにも感じられるが、前回はグループリーグで世界ランク下位のアルゼンチンに引き分ける等苦戦していた一方、今回は優勝したスペインを4-0で圧倒するクオリティの高さを見せた。FIFAのインファンティーノ会長からも異例にも名指しでの賞賛を受けるなど、進化は明らかである。それでは、なぜなでしこジャパンは下降線を脱し、再び世界のトップクラスまで盛り返すことができたのだろうか。
この点について、筆者は、2011年ドイツ大会でのレガシーが効いていると考える。2011年の世界制覇を受け、女子サッカー熱が高まり、多くの子供たちがサッカーを始めた。日本サッカー協会の女子競技登録者数 (図表1) を見ると、大会前の2010年度の37,369人から大会翌年度の2012年度には42,573人、翌2013年度には45,981人へと大きく増加している。一般にスポーツは裾野が広く競技人口が多ければ多いほど、実力の高い選手が現れる確率が高まり、トップのレベルも高まる (故に、日本では野球代表チームの侍ジャパンのレベルが高い)。2011年のワールドカップ優勝に憧れてサッカー選手を目指した小学生たちも、12年の時を経て現在は20代だ。まさに選手としての実力が開花する時期を迎えており、これがなでしこジャパンの躍進の原動力になったと考えられるのである。なお、今大会得点王・宮澤ひなた選手は、2011年大会を見て、選手になるという夢が明確になったとのことであり、トレードマークのヘアバンドは、2011年大会でヘアバンドをつけて活躍していた川澄奈穂美選手を見て影響を受けて着用し始めたそうだ。
1. 読売新聞 ヘアバンドは川澄奈穂美の影響…世界を驚かせた宮沢ひなたが「シンデレラ」になるまでhttps://www.yomiuri.co.jp/sports/soccer/worldcup/20230805-OYT1T50275/
III.裾野を広げるにあたっての課題
さて、それでは、なでしこジャパンの未来は安泰なのだろうか。この点については、現状が続くかといえば、残念ながら必ずしもそうではないと言わざるを得ない。というのは、2011年大会を機に増えた女子サッカー人口は、続くワールドカップ2015年大会での準優勝を経て成長を続けたものの、その後成長は鈍化し、頭打ちになってしまったからだ(図表2)。なぜ競技人口は右肩上がりに増えなかったのであろうか。
この点について有力な理由の一つとして挙げられるのは、十分な環境が整備されていないことである。年齢別の日本サッカー協会 (JFA) の女子選手数を見ると、小学生の間は概ね上昇傾向にあるが、中学進学 (≒部活入部) 時から減少傾向に転じ、その傾向が加速していくことがわかる (図表3)。中学生になると男女の体格差が広がるため、それまでのように男女一緒にプレーすることが難しくなる。女子チームに入れるのであれば、辞める理由にはならないが、そもそも女子サッカー部が存在する学校が限られている。最低11人がいないとチームが成立しないため、学校ごとに女子サッカー部を持つハードルは高い。加えて、男女混合の部活があったとしても女子専用の更衣室等が整備されていない等、設備面の不足も影響している可能性がある。今大会のなでしこの活躍を見て、未来のなでしこを夢見る子供たちが増えても、受け皿が十分でないと持続しない恐れがあることが示唆されるのである。
IV.企業が引き上げているイングランド女子サッカー
では、上記課題に諸外国はどのように取り組んでいるのだろうか。近年躍進が目覚ましいイングランドの事例にヒントを求めたい。イングランドを始め、欧州女子サッカーの実力向上の背景にあると考えられているのが、ESG名目での女子サッカーへの投資である。例えば、FIFAは2026年戦略にて女子サッカーをトッププライオリティと位置づけ、加盟する211の連盟と連携しグローバルに普及・収益力向上・持続的成長のための環境形成に取り組む方針を打ち出したのだが、この流れに呼応する形で、英国の金融機関Barclaysはイングランド・女子プロサッカーリーグWomen’s Super Leagueと2019-22年に年間1,000万ポンドでスポンサー契約を結んだ。契約は、その後増額のうえ2025年まで延長することとなっている。
この契約で注目すべきは、契約内容に各地の学校や女子サッカースクールでの普及活動の支援も含まれており、イングランド女子サッカー全体の底上げが図られている点である。プロというトップを輝かせるだけでなく、そのトップを生み出す裾野にも投資が行われているのである。Barclaysの投資開始から数年経つと、裾野から生まれた選手たちがトップで輝く側に回り、プロリーグの価値向上に貢献することが予想される。これは、Barclaysのプロリーグへの投資のリターンの増加にも繋がり得る。企業のスポーツ投資へのリテラシーの高さが感じられよう。
V.おわりに
Barclaysの例は、我が国の企業の女子サッカーやその他スポーツへの投資について考えるうえでも示唆に富む。仮にスポーツ投資がESG目的だったとしても、投資はあくまでも投資であり、リターンがあってこそ成立して然るべきものである。だとすると、企業側は、単にスポーツ団体が提示するスポンサーシップメニューから選択するのでなく、自らのリターンを最大化させるために望ましいスポンサーシップの絵図を描き、スポーツ団体と折衝しながらカスタムメイドすることも有効な手立てとなるだろう。
なお、我が国の女子サッカーの受け皿拡大の観点で言えば、ちょうど2023年度からスタートした部活動の地域移行がカギとなる可能性がある。部活動の地域移行は、学校単位で教員の監督の下営まれてきた部活動を地域単位で民間事業者の力を活用しながら運営することで、教員の働き方改革を進めるのが主な趣旨であるが、これが進むと学校単位では人数が不十分で難しかった女子サッカー部が地域単位で実現する可能性があり、多くの民間事業者の参入が期待されている。
DTFAでは、スポーツ領域における市場調査・参入戦略検討やM&A関連のサポートを多数行っている。女子サッカーをはじめ、スポーツへの投資が加速し、我が国のスポーツ産業の発展の一助になれば幸いである。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ライフサイエンス ヘルスケア 兼 スポーツビジネスグループ
ヴァイスプレジデント 太田 和彦
(2023.9.21)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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