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産学連携による地方創生の可能性について~新産業創出・地方発ユニコーン創出による地方創生への挑戦

Industry Eye 第96回 政府・公共サービスセクター

産学連携による地域イノベーションは、本当に地方創生に寄与するのか。実際に地域の産業×大学や、大学発ベンチャー×地域企業等で産学連携をはじめとしたオープンイノベーションに取り組む企業の事例から、そのポテンシャルを読み解きます。

産学連携による地方創生の可能性について

①  はじめに

地方創生とは何か。
約10年前に初代の地方創生大臣を務めた石破茂氏が首相になったことで、再び「地方創生」が再燃している。2025年12月24日、石破首相は重点政策の「地方創生2.0」の指針となる「基本的な考え方」を決定し、「失敗すると大変なことになる」と危機感を示している。特に若者や女性からみて「いい仕事」、「魅力的な職場」が地方に不足している根源的な問題を指摘し、基本構想となる5本柱を掲げた。このうち「付加価値創出型の新しい地方経済」では「スタートアップエコシステム拠点都市における環境整備の推進」や「産官学の連携によるオープンイノベーションの推進」等の施策の検討を提唱。5つ目の柱としては「産官学金労言」の連携による国民的な機運の向上を打ち出しており、地方創生における産官学連携の重要性が強調されている。

 

②  地方衰退の原因

そもそも、「地方衰退」の根本的な原因は何か。私は山形県の田舎出身で大学進学を機に地元を離れた典型的な上京組。なぜ私は地元を離れ東京の会社に勤め、都心で暮らしているのか。答えは明確で「魅力的な職場が地元に少ないから」。他にも地方衰退の原因はあるが、地方において魅力的な雇用機会が不足していることは解決すべき代表的な課題である。

地方衰退の負の連鎖は若者の都心への流出(東京一極集中)・人材不足による地方企業の低迷を引き起こし、雇用機会の減少や地方企業の活力低下を招く。また、企業の業績が低下すると地域の法人税や住民税等の税収低下にも直結する。そして、税収が低下し地方自治体がまちづくりに割り当てる財源が不足するため、地域の魅力が低下。結果、若者は地方から都心に流出することとなり、この負のサイクル・連鎖が回り続けていると考える。

そこで近年では、全国の自治体が着手しているトレンドとして地域のシーズ源である大学発イノベーションの事業化をはじめ、地域内の企業とスタートアップとの共創やオープンイノベーションが注目されている。

 

③  昨今の地域イノベーション

私は「魅力的な職場を地域に創出すること」を目指し、先ずは東京の多摩地域や墨田区などのローカルエリアから地方にも展開できる地域イノベーションの在り方について考え、取り組んでいる。

東京都多摩イノベーションエコシステム促進事業では地域の企業とスタートアップが事業共創し、複数のイノベーションプロジェクトを実施している。例えば多摩地域の大学である電気通信大学発ベンチャーの株式会社ChiCaRoは立川で実証実験に取り組み製品開発をアップデートした後、社会実装を目指し多摩地域外の自治体への導入提案を実施した。教育系ベンチャーの株式会社シンクアロットは多摩地域の大学である国際基督教大学(ICU)の先生と学術指導の体制を構築し、実証実験の品質を向上させた。

墨田区産業共創施設運営委託事業(Sumida Innovation Core)ではものづくり系スタートアップと区内製造業等が共創に取り組み、多様な技術開発・試作品製造に挑戦している。東京大学発のAIベンチャーである株式会社IGSAは墨田区にある千葉大学のサテライトキャンパス内の予防医療センターと連携し実証実験を行い、墨田区の健康まちづくりや地域交流の活性化を目指している。墨田区に本社を置く島根大学発ベンチャーの株式会社ナチュラニクスは本事業をきっかけに大手電機メーカーと出会い共同開発・販売を開始している。

「地域×技術」文脈のイノベーションは着実に進捗しており、各企業が成長することで地域における新しい雇用機会の受け皿にもなり得る。技術の側面では大学発シーズによる社会還元が際立っており、新産業の創出による経済活性化に寄与すると期待されている。

④  産学連携による地域産業活性化の事例

産学連携は、地域イノベーションを推進するための強力なオープンイノベーションである。今後さらに発展すると考えられる地域事例を紹介する。

【くすりのシリコンバレーTOYAMA】

富山県は産学官が連携し新薬の開発や製造技術の向上を目指し、産学官共創による「くすりのシリコンバレーTOYAMA」創造コンソーシアムを2018年に設立。富山県は「くすりの富山」として古くから知られ、コンソーシアムによりさらに産業の成長が図られている。また、富山県では2022年に成長企業の発掘・支援に向けたスタートアップエコシステム形成プロジェクト「T-Startup」を開始しており、臨床検査キットや医薬品・医薬部外品の製造販売事業等を展開するLABTECHS株式会社(富山大学発ベンチャー認定第1号)などの新興企業の支援にも注力している。

【鶴岡サイエンスパーク】

山形県は2001年に慶應義塾大学の研究所を誘致し鶴岡サイエンスパークを設立。大学発イノベーションによる地域経済への波及効果と世界水準の科学技術開発拠点として発展している。サイエンスパーク発ベンチャーであるヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社は庄内地方唯一の東証上場を達成し、「鶴岡の奇蹟」と呼ばれている。日本唯一の地方発ユニコーンであるSpiber株式会社は微生物で分解できる環境負荷を低減したシルクの様な光沢感を放つ素材を人工タンパク質の繊維で開発し、鉄以上の強度を持ちナイロンを上回る伸縮性と軽量化を実現。この素材はアウトドアブランド「THE NORTH FACE」を手掛けるゴールドウイン社と提携しアパレル商品を共同開発・販売している。

【柑橘産業イノベーションセンター】

愛媛大学は2018年7月の西日本豪雨災害からの柑橘産業の復興と農学研究で培ってきた技術やノウハウのさらなる発展を目指して「柑橘産業イノベーションセンター」を設置。傾斜園地で稼働する小型ロボットシステムの実証実験を地元の農業事業者等と実施し、社会実装に向けた取り組みが進められている。この実証実験は農研機構の生物系特定産業技術研究支援センターにおける「スマート農業技術の開発・実証・実装プロジェクト」により委託され生産性の向上や労働力不足の解消を目指す取り組みの一つとして期待されている。

⑤  おわりに

産学連携により学術機関の研究成果を地域産業に適用することで、新しい技術や製品が生まれ地域経済の活性化を図ることができる。企業と大学が共同で研究開発を行うことで、より実践的で市場ニーズに即したイノベーションが促進され、学生や研究者が企業との連携により地域における人材育成にも寄与している。大学発ベンチャーの機動力を通して様々な実証実験も行われており、大学の知の社会還元も浸透している。政府も大学発イノベーションの好事例を生み出し各地域におけるイノベーションエコシステムの形成を促している。

一方で地方におけるシーズ源の多くは大学が有しているため、大学が中心となって地域の事業創出や雇用機会創出を担わなければ、この国の地方は本当に衰退してしまうのではないか。今後も多くの産学連携による大学イノベーションの創出を通して、地方経済の負の循環を好循環に転換することを目指し取り組みを推進したい。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
シニアコンサルタント 平清水 元宣

 

(2025.2.20)

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

 

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