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世界のM&A事情 ~インド~
注目が集まるインドのM&A動向
数年内にドイツ、日本を抜きアメリカ、中国に次ぐGDP世界第三位の国となる見通しのインド。日本だけでなく世界中から注目が集まっている中、M&Aは同国市場への参入・拡大における重要なツールであり、現地から見えるインドM&Aの状況・ポイントを解説する。
I. インドのマクロ経済環境
World Bankの統計によるとインドの人口は2023年に14億人を超え、中国を抜き世界第一位となった1。国連の見通しによればインドは2060年まで人口が増え続け17億人まで到達するとも言われている2。
2023年の実質GDP成長率は8.2%と引き続き高水準を維持しており、IMFによる見通しではインドは2029年においても主要国の中で最大となる実質GDP成長率6.5%を維持する見通し。なお、日本の2029年実質GDP成長率はIMFデータベース中全世界最下位の0.5%である。
2023年の一人当たりGDPは2,485 USドルの水準に留まるが、IMFによると2026年末には同3,210 USドルと、急激な経済成長に繋がるとされる同3,000 USドルを超える見通しで、内需の大幅な拡大が期待される、日本にとっても極めて魅力的な市場の一つである。
データソース:IMF
2024年から開始した第三期モディ政権は経済成長を念頭に置きつつも、第二期に顕在化した貧困拡大の是正などにも積極的な姿勢を打ち出しており、バランスの取れた経済成長が推し進められる見通しである。
なお、対内直接投資(FDI)ベースでは日本は上位国の一つだ。過去の推移を見ると全世界ベースでの金額はコロナ前の水準にまでまだ回復していないものの、日本は増減を繰り返しつつも、2023年の金額はコロナ前の水準にまで既に回復している。
データソース:Department for Promotion of Industry and Internal Trade
(https://dpiit.gov.in/publications/fdi-statistics)
本稿が掲載されている時点では2025年2月1日にFY25-FY26本予算の内容が発表予定であり、更なる経済成長・対外投資誘致に向けた取り組みが発表されることが期待される。
II. インドにおけるM&A環境
上記の経済成長を踏まえインド側でも承継問題や事業売却に対し柔軟な姿勢が見られることになってきたことなどを背景に、インドにおけるM&A件数は増加傾向にある。他方でIn-In(インド企業によるインド企業買収)の増加が顕著であるが、Out-In(外国企業によるインド企業買収)はコロナ禍をピークとして足元の件数はやや伸び悩んでいる。
過去10年の累計件数を国別にみると日本は買い手側としての上位国家の一つとなっている。主な要因としては上記の経済成長に加え、日本・インドが政治的に良好な関係を保っていること、自動車をはじめとして日系企業の強みを活かせる成長市場がインドに存在していること、海外市場での成長の重要性がこれまで以上に重要となっていることなどが挙げられるのではないかと思われる。
データソース:Refinitiv
高成長への期待を受け株式市場でのバリュエーションも高水準が続いており、20倍~30倍のEBITDAマルチプルで取引されている企業も多くみられる。
下記は一例だが、Refinitivでの統計を見ると、過去5年間(2020年1月16日~2025年1月16日)に発表されたM&A案件の企業価値/EBITDAマルチプル中央値はインドが高い水準を示している。
これはそれだけインド市場に対する成長性を買い手が確信していることの証左でもあるとともに、インドにおけるM&Aはそれだけ高いバリュエーションでの価格を払わないと実現が難しいケースもある、という見方も出来る。
データソース:Refinitiv
注:2020年1月16日~2025年1月16日の間に発表された資本取引全てを対象。
III. 日系企業によるインドM&Aの状況
他方で上記統計などを踏まえ日系企業によるインド企業のM&Aが積極的かつ効率的に進んでいるのかと言われると、必ずしもそうではないというのが現地での肌感覚である。
より正確に申し上げると、潜在的には極めて関心が高く、かつ結果として数多くのM&A事例が生まれている状況にはあるものの交渉の過程などで不調に終わった案件も多く、どの日系企業も非常に苦労されながら案件の検討・交渉を行っているのが実態だと感じている。
上記を感じる理由はいくつか挙げられるが、主なところでは①インド企業側からの高い価格・条件目線、②交渉が思うように進まず、時には振り出しに戻るなど長期化する傾向、③検討・交渉を進める過程で管理体制の不備・不透明さなどガバナンス上の課題が顕在化する傾向、④駐在員派遣など「誰が買収先・合弁先を管理するのか」が課題となる、などが存在するのではないかと思われる。
まず上記①についてだが、インド企業も同国経済の高い成長性や、海外から注目が集まっている点はよく理解しており、事業計画・価格・契約条件が強気であったりと注目が集まっているからこそハードな要求を突き付けてくることが特に足元増加しているように感じている。
もちろん全てを受け入れる必要はなく、しかるべき精査を行い合理的な検討・交渉・合意を図ればよいところではあるのだが、検討の途中で倍近い価格目線の開きが生じ、破断になった案件も足元で複数見られる。
また、合意に向けた交渉の中で大枠が固まっていないのに各論の議論に入り込み議論がなかなか進まなかったり、場合によっては途中で議論がひっくり返され振り出しに戻ってしまうなど、複雑化・長期化する事例も多く存在する。特に合弁会社設立などで数年間合弁体制を議論しているといった事例も決して珍しくはない。
また、交渉の最終化が近づくにつれ、誰が駐在員として現地での管理に向かうのかといった議論が本格化するも、思うような人材が集まらず断念する、といった事例も見られる。
これらはインドだけでなく他の国でも生じ得る事象ではあると思うが、現地での肌感覚や周辺からのヒアリングを踏まえると、特にインドではその傾向が強いように思われる。
上記への主な対応策としては、買い手・売り手双方にアドバイザーが就き、それぞれの利害の最大化を目的としつつも現実的な合意条件の形成に向けた助言・調整を行うことが極めて重要と考える。特にインドはオーナー系企業が多く、M&Aに慣れていない会社も多いため、インド側企業の期待値コントロールなどをインド側企業アドバイザーに担ってもらう重要性は高い。インド側がアドバイザーを起用しない場合も多いので、その場合は日系企業側アドバイザーがクライアント側の利益最大化を追求しつつも、両社の間に入る形で案件交渉をリードすることも重要となる。
交渉の効率化という面では、議論が空転しないよう、都度議論・合意内容を書面化し、「言った/言わない」を避けることが重要である。その観点では相対案件などでは主要な合意条項をまとめたタームシート/基本合意書の作成が重要となる。タームシート/基本合意書の議論に長い時間を要することも多いが、議論が詳細化してからの双方のすれ違いを防ぐためにも、インドM&Aでは必須とも言える。
ガバナンス面での課題については課題が出てきたことそのものを指摘しても話が進まない場合が多いので、個別の状況を詳細に確認しつつ、どのように対応していくのかを専門家や対象会社を交え議論していくことが必要だ。他方で、課題の重要性があまりに大きい場合は案件を中断することも必要である。
駐在員を含む管理体制は家族含む当該人員の私生活に影響するので課題は多いと理解はしつつも、インド企業M&Aではインド現地に本社人員を派遣ししっかりと経営管理することが必須と考えている。その点を踏まえ、検討の初期段階から候補人員の選定を進めておくことが望ましい。
上記一連の事項は案件議論が進んでからではなく、初期の段階から「M&Aを通じて何を実現したいのか」「目標実現にあたりどのようにビジネスを展開し、管理していくのか」「ビジネスの展開・管理に向け最終契約で何を合意・確保する必要があるのか」「契約交渉にあたりどのような論点をどのように議論すればよいのか」といった事項を逆算する形で検討することがインドでの長期的な成功実現において極めて重要になると考えている。
上記項目は必ずしも自社単独で行う必要はなく、管理体制の構築含め専門家が適切な助言・支援を提供可能な環境がインドには整っている。インドでのM&Aは課題事項も多いが、適切な外部支援を活用することで十分に成功可能な市場である。インドでのM&Aを検討するにあたっては上記の流れを検証し、自社では足りないと思う機能を外部委託する形で補完することが重要と考える。
上記日系企業がインドM&Aを検討する上での主な課題などを記載したが、上記を踏まえても引き続きインド市場が高い成長を長期間に亘り実現するであろうことには変わりはなく、引き続き日系企業にとって有力な進出市場である点には疑いの余地が無いと考えている。
インドは食料事情やインフラなど含め、日本人の居住においても色々とハードルが高い国ではある。成長機会とリスクの両方を見据えつつ自社の成長に向け尽力されているインド現地での日系企業の皆様は公私ともに日々様々な苦労をされており、本当に頭が下がる思いである。
デロイト トーマツとしては日本経済の成長にご貢献されている皆様を陰ながらご支援させていただければと思う次第である。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
インド駐在員
長谷川 雅彦
(2025.02.12)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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