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顧客体験(カスタマーエクスペリエンス: CX)マネジメントの実践 Vol.1

ビジネスの世界では既にバズワードになりつつある「顧客体験(Customer Experience 以下CX)」。その重要性は理解されつつも、実際には何をどうすればよいのか今ひとつ分からず、具体的な活動に結びつけられていない企業も多くある。またCX向上をうたいながらも、単発の施策に留まり、カスタマージャーニーを踏まえた取り組みになっていない企業も多い。本稿では改めてCXの重要性を再確認すると共に、具体的な事例を挙げながら、CX向上に向けた考え方およびアプローチを紹介することで、各企業が一歩を踏み出すための一助になることを願う。

顧客体験(CX)の重要性は理解されつつも実際には何をどうすればよいのか今ひとつ分からず、具体的な活動に結びつけられていない企業も多くある。CXの重要性を再確認すると共に、具体的な事例を挙げながら、CX向上に向けた考え方およびアプローチを紹介する。

改めて顧客体験を考える ー CX、カスタマージャーニー、ジャーニーマップ

顧客体験の始まり

今、経営者の間で取り組むべき重要なテーマの一つが「顧客体験」であることは誰も疑いのないことであろう。CEOなど企業トップが応える「今年の重点施策」や「今後○年間で取り組むテーマ」といった類の調査レポートでは顧客体験、顧客エンゲージメント、カスタマー○○といったキーワードがずらりと並ぶ。

様々な業界でこの「体験」が話題になっているが、記憶をたどれば旅行業界がその昔始めた「〇〇体験ツアー」というのがその走りだったのかもしれない。遺跡や建築物、絶景などを「見る」というツアーから「蕎麦を打つ」「祭りに参加する」といった体験型ツアーへと需要が移っていき、今では当たり前のように「体験型商品」がパンフレットに並ぶ。それから暫くして2006年頃から製造業を中心に広まっていったのが「モノの消費からコトの消費」ではないだろうか。

懐かしい話だが国内の自動車メーカーのCMで「モノより思い出」のコピーが登場したのが1999年。また2018年度の国民生活に関する世論調査を見ると、既に1979年(昭和54年)から心の豊かさ(の重視)がモノの豊かさ(の重視)を上回っており、その差は年々開いていっている。「なぜ人は体験を重要視するのか」は心理学でも度々論じられているが、本稿ではその観点では深掘りは行わず、ビジネスの観点で論じていきたい。

出所:内閣府大臣官房政府広報室Webサイトより

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言葉を整理しよう

現在CXに関わる言葉は世の中に溢れている。顧客体験、顧客経験価値、カスタマージャーニー、ユーザーエクスペリエンス、UX、カスタマー・エクスペリエンス、CXがバズワードになってきていることの象徴のようである。

それぞれの言葉が混同して使われているが明確な定義があるわけではないので、ここでは一旦言葉を整理する。

「顧客体験」、「カスタマー・エクスペリエンス」、「顧客経験価値」これらは表現方法が異なるだけであり、意味は同じである。顧客が(既存顧客、新規顧客、潜在顧客を問わず)企業やその商品、サービスと触れる一瞬一瞬の出来事であり、シーンと考えても良いだろう。企業やブランドのWebサイトを見るシーン、店舗で商品を選ぶシーン、スポーツ観戦の状況をSNSに投稿するシーンなどである。この一つ一つの体験が時系列に繋がったものをカスタマージャーニーと呼ぶ。買い物を例に例えるなら、Instagramで友達の投稿に気になる商品があったことをきっかけに、ネットで検索し、その商品の評判を調べ、販売している店舗を調べ店舗に買いに行き、店員のアドバイスを聞きながら商品を購入する。商品を使っているうちに不明点が出てきて、電話やチャットでサポートセンターに連絡をして、わかりやすく親切な回答に満足し、今度は自分自身がその商品の良さやサポートセンターの素晴らしい対応についてTweetするといった一連の流れである。

このカスタマージャーニーを一定の表記ルールのもと可視化したものがカスタマージャーニーマップである。カスタマージャーニーをそのまま「顧客体験」と呼ぶメディアや人もいるが、文脈から判断してほしい。一方UX(User Experience=ユーザ体験)という言葉も顧客体験と同義で語られることも多いが、厳密には違う意味と考えた方が良い。UXは商品やサービスの見た目や操作性、使い勝手といったユーザーインターフェース(User Interface)の側面が強く、CXそのものというよりはCXの一部だと考えた方がわかりやすい。

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感性、共感が重要視される

ではなぜ企業はCXを重要視しなければならないのだろうか。

商品そのものでの差別化が難しくなってきたというのは言わずもがなであるが、消費者が「少しでもスペックが高いもの」「少しでも価格の安いもの」といったシンプルな理由で購買行動を取らなくなってきたことが主な原因である。企業は「他社よりもこのスペックが優れているから売れるはず」「ここまで値引きしたから売れるはず」というロジックでマーケティングを行ってきたが、消費者にいわゆる「経済人」(合理的経済人)は存在しないということと向き合い、消費者が持つ感性や感情に訴え、共感を得ることで自社の商品、サービスを選択していただくというアプローチを取り始めた。「自分にぴったりのもの」を選ぶようになった消費者がこれに反応・共感し、共有しそして拡散され始めたというのが、昨今のCXブームの背景である。

もちろんこの背景には消費者の行動が見えるようになってきたということも、大きな要因を占めている。いわゆるPOSデータの収集しか手段がなかった以前に比べて、DMをメールで送れば、開封率はおろかそこからwebにアクセスしたのか、どれくらい滞在したか、商品をカートに入れたか、SNSに投稿したのかまでリアルタイムでわかるようになっている。その結果、以前はキャンペーン期間中に一度しかコンタクトできなかった顧客に、タイミングと反応を見ながら複数回コンタクトをとる、というようなことが可能になった。

データの裏にある「体験」を読みとる

様々な行動データが取得でき、分析できることで顧客の行動が見えるようになってきた。世の中はアナリティクスブームでもある。データアナリストという職種が不足し、分析ツールを使いこなす人財が重宝されている。折角集まったデータを分析するのは非常に重要なのだが扱いを間違うと思わぬ落とし穴にも落ちることになる。

自動車販売の業界では「試乗」という一つのプロセスが成約率に大きく影響することが分かっている。試乗した顧客としない顧客では成約率が大幅に違っている。心情的には理解できる。興味のある車を試乗することでワクワク感が増長され、実感が湧き、「欲しい」という感情が高くなってくる。だが、こういった顧客は実は、試乗前の体験がポイントになっている。それはショールーム訪問前の情報収集で他人の試乗体験を見て気持ちが高まっていたり、ショールームのスタッフの説明が素晴らしいため、当日早々に帰るつもりが試乗したくなったりするのである。そこに気づかず、データだけを見て判断してしまうとどうなるか。「大試乗キャンペーン」と銘打って、はじめてショールームを訪れた客に「先ずは試乗してみて下さい」「乗った後でお話ししましょう」「試乗を予約してくれたら○○をプレゼント」と試乗が目的の施策が展開されてしまうのである。

その結果、成約率はおろか試乗率も上がらず、逆に「しつこく試乗を勧めてくる」という苦情につながってしまった事例もある。

価値の連続性を重要視する

前述の試乗の事例は、「試乗」というピンポイントの体験のみにフォーカスしてしまった事例であり、試乗の前後を考慮すべきだという示唆だが、この「前後」を意識することを我々は「価値の連続性」と呼んでいる。

一つのシーンのみで価値(サービス)を提供するのではなく、複数の連続するシーンにおいて提供する価値を断絶しないということである。

スマートフォンを使ってインターネットやSNSで簡単に加入することができる保険が注目されている。1回数百円で気軽に加入できる保険で、世代を問わず日常生活のすぐそばに保険を感じていただくことができる。デジタルを活用し、保険に加入するための新しい動機付けとスマートフォンで手続きするという体験を提供している。

しかしながら、実際に保険金を請求するときは保険会社に直接電話をしなければならなかったり、紙の書類を提出しなければならなかったりする。残念ながら価値の連続性が途切れる瞬間である。顧客がスマートフォンを使って保険に加入するというところのカスタマージャーニーが設計され、UX / UI(User Interface)もしっかり作り込まれたと思われる反面、保険の支払いまでのカスタマージャーニーの設計が十分ではなかったのではないだろうか。デジタル化が進む中でこういった事例は決して珍しいことではない。

ビジネスの世界では「期待管理」という言葉が使われるが、一つの体験を向上させることで顧客は必ずそれに関連する別の体験に対する期待が高まるものであるし、それを止めることもできない。期待が連続・連鎖することを考慮し、「価値が連続する」カスタマージャーニーの設計が必要になってくる。

顧客の購買行動はデジタルだけでは完結しない

最近になってやっと、デジタルとリアルを考慮したカスタマージャーニーの設計の必要性が取り上げられ始めた。それでもプロジェクトの現場に行くと今でもデジタル一辺倒でのカスタマージャーニーの設計が議論されている。WebアプリケーションベンダーやCXM(Customer Experience Management)ツールのベンダーがその有効性や技術を実証するために、デジタル上の顧客導線に主眼が置かれる。デモの見栄えもいいし、一つ一つのデータが実在するため分かりやすい。しかしながら顧客の購買行動は必ずしもデジタルだけの世界で完結するものではない。O2O(Online to Offline)やOmni Channelを主張する割に実ソリューションはデジタルのみという現状を目にすることも少なくない。

20年ほど前にCRMが流行したときもITベンダーの台頭がきっかけであった。営業活動の見える化、顧客満足の見える化、顧客の声の見える化などテクノロジーなしでは実現できないことがあり、その機能、サービスを提供するソフトウェア、システムベンダーと一蓮托生したプロジェクトが数えきれないほどあった。その多くが失敗とは言わないまでも、その後の企業への変革、顧客サービスへの反映が十分にできたとは言い難い。当時からCRMの導入をリードしてきたコンサルティング業界にもその責任があると言えよう。私たちはその反省と自戒の意味込め、デジタル、テクノロジーありきではなく、デジタルとリアルが融合した顧客目線での体験、カスタマージャーニーの設計を進めている。


 

デロイトはCRM / Customer Experience領域をグローバルでリードしている

ガートナーが2019年2月に発表した「Magic Quadrant for CRM and Customer Experience Implementation Services, Worldwide」によると、Deloitteはリーダーにポジションされている。

私たちは このリーダーのポジションの評価を誇りに、グローバルのナレッジと経験をも武器にクライアントの提供するCXの向上をサポートし続けていく。
 

出所: Gartner, Magic Quadrant for CRM and Customer Experience Implementation Services, Worldwide, Patrick Sullivan, Ed Thompson, 7 February 2019*1

https://www.gartner.com/doc/reprints?id=1-69GXDAM&ct=190221&st=sb 

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次回以降ではCXへの取り組み事例の紹介やマネジメントに必要な視点、指標、成功の要因そして、今注目を集めているスポーツビジネスにおけるCXの応用について解説していく。 

*1この図表は、Gartner, Inc.がリサーチの一部として公開したものであり、文書全体のコンテクストにおいて評価されるべきものです。オリジナルのガートナー・ドキュメントは、リクエストにより デロイトトーマツコンサルティングからご提供することが可能です。 ガートナーは、ガートナー・リサーチの発行物に掲載された特定のベンダー、製品またはサービスを 推奨するものではありません。また、最高のレーティング又はその他の評価を得たベンダーのみを 選択するようにテクノロジーユーザーに助言するものではありません。ガートナー・リサーチの発行物 は、ガートナー・リサーチの見解を表したものであり、事実を表現したものではありません。ガートナーは、明示または黙示を問わず、本リサーチの商品性や特定目的への適合性を含め、一切の責任を負うものではありません 。

 

森松 誠二 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社

シニア マネジャー / Customer Experience Designer
Customer & Marketing Division Customer Experience チームメンバー

複数の外資系コンサルティングファームを経て現職。一貫してCRMビジネスにフォーカスし、現在はCustomer Experienceの向上に向けたコンサルティングを担当する。スポーツビジネス、MaaS (Mobility as a Service)やHealth Managementにおける顧客体験の設計も担当する。

  • 日本モビリティ・マネジメント会議 会員
  • Mobility as a Service in Japan (JCoMaaS) 会員
  • 公益財団法人 日本ハンドボール協会 戦略企画委員会委員
  • 日本スポーツアナリスト協会(JSAA)会員
  • CXPA(Customer Experience Professional Association会員)
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