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デジタル地域通貨の構造的な課題と持続可能性
「続ける仕組み」の作り方とは
地域活性化を目的に様々な自治体が取り組みを開始している「デジタル地域通貨(以下、地域通貨)」。スマートフォンを用いたキャッシュレス決済の浸透、デジタル地域通貨プラットフォーマーの出現などにより、導入が容易になりつつある一方、地域通貨はその特性から「長く続けることが難しい」ビジネスでもある。今回は地域通貨の構造的な課題を見つめ、持続可能な地域通貨の在り方について考察していく。
1.はじめに 地域通貨の特徴と有用性
地域通貨は、特定の地域内でのみ使用される通貨であり、地域の経済活動の促進や、地域社会の発展に寄与することを主な目的としている。
国内であればどこでも利用できる法定通貨とは異なり、基本的には地域内での取引や交換に限定されており、資金がその地域内で還流する仕組みとなっている。また、地域通貨の提供形式はスマートフォンアプリ型とカード/紙タイプの二つに大別されるが、使用方法やスキームは地域によって異なる。昨今は、地域通貨アプリを通じ自身で銀行口座やクレジットカードなどからチャージし、自治体など運営主体がプレミアムを付与し、コード決済を通じて地元店舗で使用するものが一般的である。そのような特性上、以下のような有用性が考えられる。
地域通貨は、地域活性化ツールであるとともに、地域や行政のデジタル化を支える基盤になりうる。昨今、様々な地域が抱える共通の課題にダイレクトにアプローチできることから、提供する自治体も増えている状況にある。
2.地域通貨の構造的な課題
魅力的な点が数多くある地域通貨であるが、一方、構造的な課題も存在する。
地域通貨を(1)ユーザー視点、(2)導入店舗視点、(3)自治体視点という3つの視点から考えてみる。
(1) ユーザー視点の課題「結局、地域通貨は不便・面倒」
- 使える場所が少ない
地域通貨の利用可能範囲は、当たり前であるが地域内に限定される。また、大規模店舗では利用できないケースも多い。(店舗側のPOSシステム連携が複雑であり、行政側も地域の小規模店舗を優遇したいという考えがあるケースが多い) - ダウンロードや登録、管理が面倒
新たにアプリをダウンロードし、個人情報やチャージ手段を登録することはユーザーにとって負担がある。
(2) 導入店舗視点の課題「これ以上オペレーションや決済手段を増やしたくはない」
- 従業員教育が必要
従業員に地域通貨の決済時のオペレーションを理解してもらうための教育コストが発生する。 - 新たなオペレーションが発生
従業員は新たな決済手段を受け入れるだけでなく、顧客への操作説明を求められることも想定される。経営者は新たに売上・入金管理の対象に地域通貨を加える必要がある。
(3)自治体視点の課題「いつまでもコストを負担し続けられない」
- オペレーション費用負担
推進する自治体には、地域通貨の開発コストや、リリース後の告知物の印刷、システムメンテナンス、利用者や加盟店からの問い合わせ対応など、さまざまなコストが断続的に発生する。 - インセンティブ原資負担
地域通貨推進に係る自治体の原資は主に税金である。地域経済の活性化のためという理由で一過性の財政措置を講じても、継続的にインセンティブ原資を負担し続けることは難しい。結果として、一過性の地域通貨として「使われない」「持続できない」ことになってしまう可能性がある。
3.持続可能な地域通貨とは
ここまで地域通貨の特徴と課題を洗い出してきたが、それら課題を克服した持続可能な地域通貨とはどのようなものが考えられるか。その解決となる糸口を以下に提起したい。
(1)地域情報と決済機能が融合したアプリの開発
現在の地域通貨アプリは決済機能のみに特化した専用のアプリ、もしくは専用のカードなど、決済機能に特化したものが多い。決済機能だけではなく、地域の情報発信の機能や地域住民に向けたサービスなど、一つのアプリに集約することで、「広告媒体としての価値」や「デジタル接点としての価値」を持つことができる。地域通貨事業単体での採算性だけでは持続可能と判断できなくとも、地域アプリに必要な機能の一つと捉えれば、違った見方も可能なはずである。
また、自治体だけではなく、地域住民にとってもメリットがある。よく利用する店舗の情報や地域イベントの予定、行政からのお知らせなど、利用者が普段知りたいことが一つのアプリで完結することで、利用者は地域通貨のためだけに複数のアプリを切り替える必要がなくなり、市民生活の利便性向上にも寄与すると考えられる。
地域ポータルへの組み込み
- 「決済のためだけのアプリ」ではなく、地域情報を含むプラットフォームとする
- 基本的な機能備えているため、すぐに地域通貨を始められる
- UIがカスタマイズ可能なため地域アプリとしての特色を出すことができる
- 地域サービス(MaaSや住民向けの支援サービスなど)の入口とするなど、最大限デジタル接点を活かすことが可能
(2)魅力的なインセンティブの設計と民間の受益者負担
自治体は地域通貨の促進のために期間限定の金銭的インセンティブを付与することが多く、インセンティブが終了すると同時に地域通貨が利用されなくなる状況が多々見受けられる。ポイントなどの金銭的インセンティブは、決済ビジネスにおいて必須なものであり、民間の競争は激しい。利便性が構造的に劣る地域通貨においては、さらにその要求度合いは高まるのが必然である。魅力的なインセンティブを継続的に付与することが地域通貨の成功の要諦である。
しかし、先に述べたように自治体が原資を負担し続けることは現実的には難しい。ここで、「受益者負担」という考え方を取り入れたい。
地域通貨が普及することで、地域経済は活性化する。この受益者は自治体であり、自治体はインセンティブを付与する。では、特定の商店街や特定の店舗の売上が上がる仕組みであればどうか。受益者は当然その商店街や店舗である。
例えば加盟店が独自に発行できるクーポン機能や、商店街限定のキャンペーンなどを行える機能があれば、民間(受益者)も積極的にそれを活用し、それに伴うコストを負担する合理性が得られる。
(3)利用可能場所の拡大とキープレイヤーの巻き込み
地域通貨の普及を成功させるためには、利用者はもとより、加盟店の積極的な参加と支持が必要である。そのためには加盟店だけではなく、加盟店の属する商店街組合や、地域に根差した地銀・信用金庫等との連携が必要不可欠である。
商店街が一丸となって地域イベントやキャンペーンを主催することで、利用者の呼び込み・商店街としての活性化とともに、加盟店拡大にも寄与する。
また、地場の地銀・信用金庫などの地域金融機関は、地域の経済活動や事業の振興に深く関与しており、加盟店との距離も近い。積極的な加盟店開拓のサポートが期待されるキープレーヤーである。地域金融機関にとっても、地域店舗の地域通貨売上を分析し新たな与信機会を得たり、地域通貨の精算時の振込手数料などの新たな収益源を獲得することにもつながる。
このように、地域通貨を普及させるためには加盟店を増やすことが重要であるが、そのためには加盟店と利用者だけにフォーカスするのではなく、地域全体を巻き込むことが肝要であり、相互の連携が必要不可欠である。
4.おわりに
地域通貨は、地域経済の活性化やデジタル化の遅れなど、多くの地域が抱える課題を解決するソリューションとして、引き続き多くの自治体での採用が見込まれる。一方で、地域通貨は「簡単に始められるが続けることが難しい」ソリューションである。
単なるシステムの導入と捉えず、構造的な問題を認識したうえで、地域に即した適切な戦略・戦術・座組を構築することが極めて重要である。
<執筆者>
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
マネジャー 蓮見 秀之