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中国におけるビジネスリスクに関する考察 - リスクを俯瞰し、中長期的なリスクテイクを

APリスクアドバイザリー ニュースレター(2022年2月7日)

技術革新のみならず、新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあり、デジタル化はあらゆる産業において加速され、データやテクノロジーの活用が新たな付加価値の創出や労働生産性の向上においてますます重要となってきている。一方で、データ・プライバシーに対する規制の検討や整備も各国において進んでおり、日本の新聞等でも中国の政府や企業の動向、新たな法規制等についての報道は多くなされている。

在中日系企業の方々からも、そのような報道を目にした本社から「どんなリスクがあるのか?」、「対応は大丈夫か?」という問い合わせがあった、というお話を耳にすることは多い。一方で、規制のみならず、例えばサステナビリティに関する政府や他社の動向、中国のマーケット動向が今後の自社ビジネスにおいてどのような影響を及ぼすかを俯瞰的に捉え、「どんなリスクがあるのか?」ということを具体的にアセスメントし、リスクに応じて施策やロードマップを定めて対応を図り、その進捗や「対応は大丈夫か?」という点を継続的にモニタリングする仕組み、リスクマネジメントシステムが構築・運用できているかというと、実際には必ずしも十分とは言えないのではないかと感じている。

現地法人や地域統括会社に対して本社は問いかけをするものの、その対応に関する役割や責任が明示的になっておらず、必要なリソースが手当てされていない場合、海外を含めた企業グループ全体における仕組みとしてのリスクマネジメントが十分に機能しない可能性がある。リスクマネジメントに関する目的、定義、評価、体制/リソースの観点から事象や課題を例示すると下表の通りである。

不正事例
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また、上記の整理でも触れている通り、事業特性や事業を展開する地域/国固有のリスクおよびその対応状況は本社から全てを把握することは困難であり、以前のニュースレター「中国地域統括機能に関する考察」で触れたようにグループガバナンスの構造としてグローバル本社と地域本社、各事業会社の役割分担が明確でない場合、地域横串でのリスクマネジメント機能は発揮されにくいケースが散見される。

つまり、本社からは海外現地に対して、例えば新たに施行された法規制などに関し、「どんなリスクがあるのか?」、「対応は大丈夫か?」と投げかけはされるものの、地域/国という単位でそのリスクを評価し、域内における各事業会社に対しての対応状況をモニタリングする責任と役割はグループとして具体的に定まっておらず、そのための十分な専門人材も調査費用も確保されていないケースが生じることが考えられる。

一方で、時折聞かれる声としては、リスクマネジメントに取り組んでも不測の事態を完全には防げないし、収益に直結する活動ではないので対応の優先度が上がらない、ということである。確かに不測の事態を正確に予見することは困難であるし、一定の予測は可能だとしても、リスクをゼロにすることは不可能であることも事実である。しかし、ゼロサムでやらなくて良い、という話ではなく、実際には成長戦略を事業別、展開するマーケット別にブレークダウンする際に、生じ得ることを可能な限り予測して計画を立てているはずである。しかし、その際の影響などは言語化されておらず、何等かのリスクをテイクして成長を目指す、という判断が明示的な根拠に基づいて検討されていないことが背景にあると推察される。加えて、多くの日系企業が様々な地域・国でビジネスをしている中、特定の地域/国という観点が欠けてしまうことも背景にあると筆者は理解している。

また、中国におけるビジネスリスクといっても、様々な論点に対して何を軸に検討していくべきか、どのような枠組みに基づいてリスクを洗い出すかが難しく、どうしても分かりやすい法規制、つまりは最低限のコンプライアンスという観点に留まってしまう傾向にあると考えられる。

企業やビジネスによって当然にリスクの在り方は異なるが、以下参考までに、中国政府による中期的な経済と社会発展の方針を示した「第 14 次 5 ヵ年(2021~2025 年)計画綱要」をもとにしたビジネスリスクについて例示を交えて考察する。(第14次5ヵ年計画綱要は19編、65章で構成されているが、下表は当綱要をもとにデロイト トーマツにより整理、要約を加えている)

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① Economic Development(経済発展)

革新、産業構造、デジタル等の項目には、戦略的なイノベーション投資を促進し、ハイテク領域等での新興産業や企業の発展、デジタル技術による実態経済との融合と産業モデル転換などが盛り込まれている。

  • 競争力低下:日系企業にとっては、デジタル化が急速に進む中国マーケットにおいて、イノベーション投資や先端技術の開発・活用が進まないことで中国市場における競争力低下というリスクが想定される。逆に、積極的な投資を行い、中国市場で磨いた製品・サービスを他地域へ積極展開する等の発想も今後は重要になってくると考える。現地スタートアップや販売チャネルやプラットフォームを持つ大手企業とのアライアンスが活発化している中、自前主義のみでの競争力強化が進むのか、リスクテイクが必要なのかは中長期的な視点から検討することはますます重要となっている。
  • 技術流出:データ活用の促進と合わせてデータ安全法等の法整備が進む中、技術情報の管理や中国国内で保有する情報の移転が困難になるなどのリスクを考慮する必要がある。
  • サイバー:外部からのアタックのみならず、内部流出のリスクも勘案した情報セキュリティの強化が求められる。IoTなど、情報通信を伴う製品・サービスに関しては現地法規制や認証等への対応はもとより、製品企画/設計段階からのセキュリティ対策を考慮する等が求められる。

② Reform & Opening-up(改革・解放)

国有企業改革や民営企業の経営環境の改善、高度な市場体系の建設として財産権制度の整備、デジタル通貨の推進などを含む金融体制の構築、独占および不正競争の防止などが盛り込まれている。また、対外開放として輸出入・投資に関する制度改革や一帯一路の促進、FTA等の国際ネットワークの構築等、積極的にASEAN等を含めた双循環モデルの構築を進めている。

  • コンプライアンス:業種ごとの規制、輸出管理、サイバーセキュリティ法のような国家安全・情報活用に向けた法規制等が整備されていく中で複雑さは増しており、日系企業においても法規制等の遵法性は引き続き重要となる。

③ Social(社会)

社会主義の核心的価値観を浸透し、思想道徳、科学文化、心身健康を向上し、公共文化サービスと文化産業の更なる健全化、中華民族の結束力強化等が盛り込まれている。実際に、国潮と呼ばれる中国ブランドや技術・文化に対する誇りを持つ傾向は近年ますます高まっている。

  • ブランド:ファッション、美容、自動車等、日系を含む外国ブランドは中国においても依然人気が高いが、 技術力や品質向上もあり、例えばEV(電気自動車)は中国ブランドを街中で多く見るようになっている。国産品に対する誇りの高まりや対日感情の変化等がブランド価値に対する影響を及ぼす可能性がある。

④ Ecological(環境)

グリーン発展を推進し、人と自然の調和的共生を促進することを掲げており、大気汚染や水質の改善、温室効果ガス排出削減を目指している。2030年までに温室効果ガス排出量をピークアウト、2060年には実質ゼロとする削減目標を掲げ、環境技術の開発や産業構造の変革、金融政策といった様々な施策の検討を進めている。様々な要因が絡むが、2021年夏頃には一時的な石炭不足等が相まって停電や地方政府による電力制限が発生する等の影響も生じた。

  • 環境規制:従前から大気汚染・水質汚染等の環境負荷軽減に向けて環境保護法や税制が整備されているが、今後も温室効果ガス削減目標の達成に向けた施策は促進される中、環境規制の対応は引き続き重要である。
  • 消費者志向変化:サステナビリティへの関心が高まる中で、いわゆるZ世代などの若い世代を中心とした消費者の志向や価値観・意識も変化しつつあり、ブランディング上での重要性は高まっていくことが想定される。

⑤ People's Well-being(民生・福祉)

民生福祉の領域では、医療・育児といった面での公共サービスの充実化、社会福祉の強化などを持続的に増進し、共同富裕を着実に進めることが掲げられている。教育の質的向上、高齢化への積極的対応、法定定年年齢の段階的な引き上げ等の検討を進めるとともに、低所得層の所得向上と中間所得層の拡大を目指しており、安定的な経済成長を図っている。

  • 人材/ロイヤルティ確保:給与水準の向上やキャリア志向の変化に伴い、相対的に日系企業における人材確保は難しくなっており、生産現場の高離職率に悩む企業は多い。また、高度な専門性を持った人材確保は特に困難になる可能性があり、給与体系見直しやキャリアパス整備等の重要性が高まることが想定される。
    また、駐在員による現地法人の経営から現地の優秀な人材による経営にシフトを検討する日系企業も徐々に増える傾向にあるが、中長期的な視点からグループワイドに人材確保・育成を図ることがグローバル経営人材の基盤になると考えられる。

⑥ Governance of the nation(国家統治)

経済安全保障の強化に向けた食糧、エネルギー・資源、金融の安全保障戦略の実行、国防、法規制等の整備が含まれる。国家安全保障に関しては14次計画において新設され、食糧総合生産能力とエネルギー総合生産能力に対する指標を設定している。

  • サプライチェーン:安全保障という観点では食糧とエネルギー等が挙げられているが、昨今の半導体不足に代表されるように、経済の安定的な発展に向けた各国の取り組みが進む中、原材料や部品調達を含めたサプライチェーンリスクの重要性は高まっている。安定的な調達、生産体制の構築や物流網の整備等、グローバルな変動要素が複雑に絡み合う中で中国事業をどのように位置付けるかも含めて検討の必要性は今後も高まっていくものと考えられる。
  • プライバシー:データも同様に重要な経営資源である中、個人情報保護を中心としたデータ安全は重要性が高まっている。日系企業においても中国事業の成長のためにはデータ活用の重要性は高まっている中、中国においてもサイバーセキュリティ法に続き、データ安全法、個人情報保護法が施行されており、事業戦略を考えるうえでもコンプライアンスにおいても注視すべきリスクとなっている。

上記は参考として計画綱要をもとにした考察ではあるが、ビジネスリスクを海外の一事業会社で評価し、その対処を行うことは規模的にも難しい企業が多いことが想定される。そのため、前述した通り、グローバル本社・地域本社・事業会社の役割を明確にしたうえで、「どんなリスクがあるのか?」、「対応は大丈夫か?」といった問いに誰が責任をもって答えるべきかを決めることが重要となる。この責任の明確化なく、事が起きた時に、「どうなっているんだ」、「今までどんな対応していたのだ」と問うだけだとすれば、そもそも全社的なリスクマネジメントは持続的な成長に資するための仕組みとして十分に機能していないと考えられる。

また、コーポレートガバナンス・コードにおいても、2021年改訂の議論として、「リスク」をどう捉えるか?という点について、「損失回避等マイナス要素を減らすものと捉えるのみならず、企業価値の向上の観点から企業として引き受けるリスクを取締役会が適切に決定・評価する視点の重要性」について問題提起がなされている。

リスクマネジメントというと、コンプライアンスや法規制違反、情報漏洩、財務報告の虚偽記載などオペレーションに関するリスクを対象とし、損失回避のための対応策を検討する活動と捉える傾向もあった。しかし、中長期的な企業価値の向上のためには市場環境の見通し、異業種の参入による競争環境の変化、イノベーションの創出、技術革新の動向といった戦略的なリスクも含めた全社的リスクマネジメントを実践し、積極的にリスクテイクするような果断な経営判断を促すことがより求められてきている。企業グループにおいて海外のマーケットが重要と位置づけられる場合、地域/国の視点からもリスクを捉える必要性が高まっていると考えられる。

 

<まとめ>

  • 変化の激しい成長市場において勝ち残るためには、事業ドメインからの視点のみならず、地域・国ごとのリスクを把握し、中長期的にリスクテイクを図ることが必要となってきている
  • そのための仕組みとして全社的なリスクマネジメントの重要性は高まっており、従来型のコンプライアンス中心の仕組みではなく、ビジネスリスクを捉え、成長戦略やマネジメント経営判断に資する情報提供が重要となる
  • 本社から地域・国ごとのリスクを直接把握することが困難と想定されるため、グローバル本社・地域本社・事業会社間での役割と責任を明確にし、そのために必要な経営リソースを適切に配分することが必要となる

著者:高津秀光
※本ニュースレターは、2022年2月7日に投稿された内容です。

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