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中国市場における事業リスクとどう向き合うべきか

APリスクアドバイザリー ニュースレター(2022年12月5日)

中国政府による中期的な経済と社会発展の方針を示す第14次5ヵ年計画(2021-2025年)によれば、戦略的なイノベーション投資を促進し、ハイテク領域等での新興産業や企業の発展、デジタル技術による実態経済との融合と産業モデル転換を目指しており、矢継ぎ早に様々な具体的な政策を強く打ち出している。2022年10月に実施された第20回党大会においても、国家主導によるイノベーションを打ち出しており、製造業イノベーションセンターの立ち上げや環境問題解決に向けた生態環境領域科学イノベーション特別計画など、様々な領域での施策を推し進めている。政策的には経済の高速成長よりも発展の質を重視する方向性を強調しているが、巨大なマーケットを背景に強力なイノベーションの促進により、グローバルにおける中国市場の存在感は高まり、双循環政策[1]のもと、外循環と呼ばれるアセアンをはじめとする国外市場への拡大を図っている。

中国市場で事業を行う現地日系企業においても、中国市場での競争力を高め、技術革新やデジタル活用による経営効率の高度化などを進めなくては成長が難しくなっているという声をお伺いする。つまり、従来のように、日本で開発した製品・サービスを中国で低コストに製造し、かつそれを中国市場や海外市場で販売することでは中長期的に成長戦略を描くのは難しいと感じていらっしゃる企業のマネジメントは増えていると感じている。また、日本の本社からは、国際的な潮流や法規制等による中国市場の難しさとその高まりを懸念し、現地の市場性を十分に見定めることが出来ているのか、更なる投資をすることで競争力を高め、本当に将来的な成長が図られ、投資回収が可能なのか、といった本社側からの声というのも耳にするケースは増えている。

一方で、中国市場における欧米企業含めた外資企業の中では、この巨大市場において競争優位性を高めるために、中国における市場ニーズや商慣習、法規制に合わせて人材及び設備も含めた投資を推し進め、中国市場で勝ち抜くための戦略に舵を切り、実際に成長し続けているのも事実である。

このような懸念は、言い換えれば事業成長に向けた機会とリスク(不確実性)が見定められているのか、正しく評価されているのか、という議論だと考えている。本社からは現地固有のリスクが漠然としており、厳しい環境で成長を続けるため設備投資、技術開発、人材の派遣といった経営資源の投下をするというリスクテイクに踏み込めない、もしくはリスクを見誤り過度のリスクテイクをしてしまうとしたら、機会損失または投資の失敗ということにつながってくるため、正しく外部・内部の経営環境を見定め、適切なリスク評価がなくては企業成長が難しい時代になってきているものと言える。

リスクマネジメントにおける課題については以前に「中国におけるビジネスリスクに関する考察 - リスクを俯瞰し、中長期的なリスクテイクを」において触れているが、”リスク”という言葉が曖昧に使われており、人それぞれに捉えているリスクについての認識が一致していないため、本稿では戦略的な意思決定やリスクテイクに際しての判断を難しくさせている点に着目したい。

デロイトのリスクアドバイザリーでは、リスクとは「組織の収益や損失などの究極的には事業目標の達成に影響を与える不確実性」と定義づけており、マイナスの影響だけではなく、プラスの影響も含めた不確実性と捉え、この不確実性をできる限り想定内に収め続け、適切かつ果断な経営判断を行うことが重要と考えている。

[1] 双循環政策:国内市場における内循環(国内経済の自立化を目標とし国内の指定19都市群による国内大循環を主体に国内経済を強化する政策)と外循環(一帯一路関連国を中心に国際経済と連動しながら持続的に発展し、中⻑期的に国際循環を育成する政策)の総称

リスクを言語化する

上述の通り、”リスク”を正しく識別し評価するためには、どんな”リスク”なのか、それはどのような影響を及ぼすものなのかについて言語化し、共通認識を持つことが必要となる。そして、”リスク”と言っても一様ではなく、リスクの性質に合わせてマネージの仕方は異なってくるため、言語化する上でも分類は重要となる。本稿ではリスクの性質を下図の通り「未経験/曖昧/変動性が高い」と「反復的/経験値が蓄積される」の縦軸と「内部要因」と「外部要因」の横軸で整理し、それぞれの管理の在り方について整理する。

  • 新事業・R&D/投資リスク:
    新たな事業への進出や研究開発に伴う投資はどこまで投資すべきかといった金額的な許容度や、仮にうまく行かない場合にどこで撤退をするかといった基準を設け、予め合意形成をしたうえで管理を行う。個別の投資案件の管理はほとんどの企業がすでに行っているものと認識している。
  • エマージングリスク:
    政策の変更や政情の変化など、外部環境変化による影響が大きく予測が難しい事象、例えば国・地域間の政情不安や紛争、それに伴う輸出規制や資金決済の制約、物流の停止やサステナビリティに関連した政策、エネルギーミックスの変化、製品・サービスニーズの中長期的な変化等が想定される。こういったリスクは影響範囲が多岐に渡り、グループ横断的に事業部門やコーポレート部門、グループ会社を含めた影響を勘案してリスクシナリオを策定し、シナリオの変動要素や何に影響を与えるかを考察することで管理を行う必要がある。
  • 業務リスク・事業推進リスク・戦略リスク:
    上述のような特に未経験/曖昧/変動性の高いリスク以外に、一定の経験値で管理できるリスクはいわゆるERM(Enterprise Risk Management)と呼ばれる手法を中心に管理を行う必要がある。リスクを識別・評価し、リスクオーナー(リスクへの対応に責任を負う責任者/組織)を定め、対応計画を策定(Plan)したうえで年間で活動を推進(Do)し、リスクマネジメン委員会等で活動状況をモニタリング(Check)し、更なる改善(Act)へつなげるPDCAサイクルを運用することで許容範囲内にリスクをマネージすることが一般的な手法と言える。

 

リスクの概念と管理の在り方(例)
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リスクの性質に合わせた適切な管理を行う

上述のエマージングリスクは中長期的な影響を及ぼし、短期的な活動による管理では必ずしも対応できず、その影響範囲が後半であるため、ERMによるリスクマネジメント手法のみでは管理が難しいリスクと言える。そこで、シナリオプランニングの手法により、そのリスクシナリオがどんな影響を及ぼすかを検討、関係者で議論し、すり合わせしながら共通認識を得ることが重要となる。

つまり、この先に起こり得ることの影響がビジネスにどんな影響を及ぼし、そのためにどのような戦略や企業としての方針を導き出すかが必要となるのである。このような可視化・言語化を行うことで、仮にリスクの評価が甘い、と指摘を得たのであれば、具体的にどこのことを指摘しているのか、どうあるべきと考えるのかを深堀することが可能となる。

下図は、起こり得るリスクシナリオとそれがステークホルダーにどのような影響を及ぼすのか、そして事業に及ぼす財務的な影響は何なのか、ということを、あくまで細かくなり過ぎないレベルで言語化するイメージを示している。この分析は細かくシナリオを立ててしまうと因果関係が複雑になりすぎるため、事業やコーポレート、取締役などが共通理解を持ち得る一定のレベルに留めることが重要となる。

シナリオプランニングイメージ
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中国市場において事業リスクとどう向き合うか

中国市場で成長し続けることの難しさの背景には、国家を揚げての中国企業の急速な技術革新、政策的な影響、国際的な国家間の協調関係、国固有の法規制や消費者の志向の変化等、予測が難しい市場環境であることだけではなく、リスクテイクを行うか否かの判断に際してステークホルダー間での合意形成が難しいことにあると考える。つまり、土地勘のない意思決定にとっては、本当に大丈夫なのか、十分な判断根拠が提示されているのか、といった懸念が残る限り、例え自社にとっては大きな成長機会であっても合理的な根拠を持って適切なリスクテイクを意思決定が難しくなるのである。また、仮にうまくいかないケースがあった際に、懸念していた通りだという見解のみではどこを見誤ったのかの原因分析に至らず、不確実性が高いからやめておこうという判断になりかねない。

必ずしも中国市場に限った話ではないが、不確実性の高い市場で成長を続けるためには改めて事業リスクと向き合い、可能な範囲で合理的な意思決定をどのように行うのかが重要となるのである。

【事業リスクに向き合う際のポイント】

  • リスクを言語化する:
    リスクを曖昧なままにせず、上述の性質による分類やシナリオ分析を通じて、言語化し、様々な立場(取締役、監査委員、事業担当執行役員、事業部門、コーポレート部門、グループ会社)から理解可能な状態にしたうえで議論されることが必要となる
  • グループ横断的に共通認識を持つ:
    エマージングリスクのように中長期かつ広範な影響範囲を持つリスクの場合は特にリスクに対してグループ横断的な共通認識のもとで事業戦略や中期経営計画の議論と合わせて検討し、意思決定することが重要となる
  • グループの総力を結集する:
    多くのコングロマリット企業において事業戦略は事業軸(事業本部/事業カンパニー)で検討されるが、地域・国固有の市場環境を分析し、リスクを識別・評価して議論するためには、規模にバラつきがあり、必ずしも十分な権限と責任及びリソースを持っていない海外事業子会社では対応が難しいことが想定される。そこで、地域統括会社の持つ機能を最大限に生かし、地域・国横断的な視点を補完していくことが必要と考える。

上記のポイントを踏まえ、グループの成長戦略をグローバルワイドに検討し、厳しい競争環境の中で更なるリスクテイクに踏み込むのか、将来的な成長は難しいと判断するのか、大事な岐路に立たされているものと考えている。

著者:高津秀光
※本ニュースレターは、2022年12月5日に投稿された内容です。

アジアパシフィック領域でのリスクアドバイザリーに関するお問い合わせは、以下のメールアドレスまでご連絡ください。

ap_risk@tohmatsu.co.jp

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