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中国における自動車業界の概況と課題

APリスクアドバイザリー ニュースレター(2023年10月20日)

中国における自動車業界とEVの状況

中国における2022年の新エネルギー車(EV、PHEV、燃料電池車)の販売台数は大幅に増加し、その割合は4分の1を超えました。2023年1-6月の増加率も前年比40%以上の成長となっており、補助金等の関係でペースは鈍化したものの、依然として急速に普及しています。

また割合だけでなくその規模も非常に大きく、昨年増加した新エネルギー車の販売台数は300万台を超え、日本の自動車全体の市場規模である420万台と比べると、1セグメントの市場が1年で引き起こすインパクトの大きさが伺えます。

一方で、自動車市場全体の大きさは緩やかな増加となっているため、ICEの市場は新エネルギー車に押される形で大きく縮小したことも注目に値するポイントとなります。

中国国内EV市場のシェアを見てみると8割以上が中国系であり、日系企業はEV市場の急速な伸びを享受するというよりも、急速に縮小したICE車(Internal Combustion Engine、内燃機関)市場の煽りを受けたという側面が強い状況です。

また、最近中国自動車メーカーB社が日本市場向けに投入されたことは記憶に新しいですが、中国EVのプレゼンスは周辺国でも特に一帯一路の地域においては急速に上昇してきていると言えます。例えば、タイの2023年3月の国内EV販売台数は約7割が中国勢であり、米国自動車メーカー1社を加えるとEV市場のほとんどをこれらの会社が占めているという状況となっています。

 

イノベーションエコシステムの醸成

また、製造や製品のイノベーションについても、中国は非常に先進的です。

ギガプレスの普及

ボディの一部を一体成型する技術である「ギガプレス」は、製造コストを4割削減するともいわれる技術で、テスラの非常に高い粗利率を説明するのにしばしば引用されますが、一部の中国メーカーでもこの技術を使った製品が既に発売済みとなっているほか、その他のメーカー各社についても導入を計画しており、今後はギガプレスでの生産を前提とした価格競争が始まることが予想されます。

CASEを実現するアーキテクチャの実現

米国電気自動車メーカー先行しているもう一つのコンセプトとして、SDV(Software Defined Vehicle)がありますが、中国の先進的なEVメーカーも既にSDVのためのアーキテクチャが実現させつつあります。例えば日本で発売された中国自動車メーカーの車種に使われているEV専用プラットフォーム3.0では、車両ハードウェアを制御する部品であるECUの統合が進み、独自開発されたOSはハードウェア駆動層、オペレーティングシステム層、アプリケーションサービス層に分離され、スマートフォンと同じように外部開発者がアプリを開発したり、サプライヤーが統合されたOSやハードウェアアーキテクチャに合わせて部品開発をする環境が構築されつつあり、今後ソフト・ハード両面でますますの技術進歩・サービス高度化・開発サイクルの短期化が見込まれます。

研究開発・商用化のための環境整備

例えば北京市では、限定的なエリアではあるものの完全自動運転タクシーの商用化実験が開始されており、一般消費者も利用できる状況になっています。アプリで出発地・目的地を入力してタクシーを呼ぶと、無人の車両が来て、運転席に誰もいない車が目的地まで送迎してくれます。このように商用化のための法整備やビジネスエコシステムも先進的であり、OEMやスタートアップが実証を開始しています。

 

中国の現地法人が置かれている状況の考察

ここからはミクロな視点に切り替え、中国における自動車メーカーが置かれている状況や課題について私見を述べたいと思います。

これまでの中国におけるバリューチェーン上の役割とは「製造」であり、特に2000年以降、世界の工場としての地位を加速させてきました。スマイルカーブを用いて説明すると、グローバリゼーションに伴い日本はR&Dやブランド開発、設計などの付加価値の高い領域にフォーカスし、生産は中国やタイなどに徐々にシフトすることで、バリューチェーン全体での付加価値が最適化されてきました。

製造業スマイルカーブにおける中国の位置づけ
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一方近年では、「デカップリング」「デリスキング」、および、中国による「双循環戦略」が進められることで、バリューチェーンが分断され、「本社の設計に基づいて製造し、日本や欧米へ輸出する」といったビジネスモデルは維持が難しくなりました。分断の具体例としてバリューチェーン上流では、日米における経済安全保障などの枠組みや、中国におけるデータ三法により「情報の分断」が、下流ではバリューチェーンのレジリエンス向上のための「モノの移動の分断」が起こっていると言えます。

これは中国拠点から見ると、付加価値の取りにくい「製造」機能のみ切り離されてしまい、突然地場企業との競争に晒され、激しい価格競争、コスト圧力、人材獲得競争に巻き込まれた状態を意味しています。

 

日系企業が取るべき打ち手

それに対して、どのような打ち手が考えられるでしょうか。スマイルカーブに沿って考えてみると、主に以下の3つの方針が見えてきます。

双循環戦略に沿った在中外資企業の戦略シフト
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①「製造」領域において、地場企業と同等以上の競争力を維持する

製造の機能で近年力をつけてきている地場企業と戦うためには、例えばデジタル化についていえば、地場自動車メーカーは、工場、業務双方のオペレーションについてデジタル化を高い水準で推進しており、それに基づいたコスト削減やオペレーション最適化もレベルが高い傾向にあります。これに対抗するためには、少なくとも地場企業と同等以上の水準にしなければ今後ますます価格競争が厳しくなると言えます。

②「製造」以外のバリューチェーン川上、川下へのビジネスモデル拡大

より高付加価値なR&D、設計、保守、アフターサービス領域への拡大を狙うものです。特に近年CASEネイティブの中国EVメーカーの勃興が目覚ましく、R&Dやブランド投入の取り組み、充電インフラ、バッテリー関連サービス、モビリティサービスへの展開で付加価値を向上しようとしているため、日系企業としてもどのように付加価値を高めるのか、再考するべきタイミングであると言えます。

③中国における付加価値向上の方針と戦略を決定する地域戦略立案機能の強化

中国における素早いマーケットの変化やコンプライアンス対応を踏まえた意思決定を迅速に実施するため、意思決定の現地化を進める必要があると考える企業も増えてきています。一例として、下記のような大きな地域戦略ミッションを検討し、投資判断を実行する機能が求められています。

1) 双循環戦略の「内循環」に着目し、徹底的に地場企業と戦い、中国という巨大なマーケットでのプレゼンスを向上させる。例えば欧州系のOEMは、中国においてはロングホイールベース版の中国専用モデルを製造・販売するなどして、中国マーケットのニーズに応えています。

2) 双循環戦略の「外循環」に着目し、中国を戦略的R&D拠点と位置づけ、中国国外での将来的なマーケットプレゼンス向上を狙う。例えば、先に述べたCASEに係るエコシステムを活用し、中国拠点を世界の技術イノベーション拠点として再定義して、一帯一路経済圏での競争力強化を狙うなどの戦略です。

双循環戦略に沿った在中外資企業の戦略シナリオ(例)
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実際の事例

先に述べた北京市での完全無人自動運転タクシーの商業化試験開始について、日系OEMもスタートアップへの出資・車両提供など様々な方法でこの取り組みに参入しています。これには

  • 先進的な自動運転の研究開発や商用化実験の拠点として中国を位置づけ、商用化実績やデータを蓄積してブランド・メーカとして世界での競争力向上を目指す
  • 車を売る「モノ売り」ビジネスから、移動サービスを売る「コト売り」サービスへのビジネスモデル変革、つまりはバリューチェーン川下への参入を目指す

といった両方の側面が見て取れます。

また、サプライヤーに関しても、地場OEMとの共同研究所設立などの川上方向への投資加速や、アフターサービス拠点の立ち上げなどの川下への参入などの事例を複数見て取ることができます。

 

川上、川下への参入における主要な論点

では、具体的に川上、川下へビジネスエリアを広げるための論点やステップにどのようなものがあるか、以下によく耳にするご相談内容の例をまとめてみました。ここでお伝えしたいことは、「攻めの論点」「守りの論点」が表裏一体として存在しており、これらをバランスよく検討されることが重要である点です。

例えば、近年スマートファクトリーが広がりを見せており、センサーデータをはじめとした製造データを業務サーバへシームレスに連携し、データを活用した不良品低減や在庫削減などの取り組みをされているということをよく耳にします。近年ではこのような工場のスマート化に伴いPLC(生産制御のコントローラー)の制御をPCで記述したり、SCADAサーバ(センサーデータのロガー)とPLCがEthernetで接続されたりと、生産システムにおけるサイバーセキュリティ対策の重要性が急速に増していると言えます。

つまり、「スマートファクトリー化を推進したい」という論点がある場合、その裏に「OTセキュリティ(工場のセキュリティ)の強化」という重要な論点があるということです。

もし以下の論点のいずれかをご検討されていましたら、他にどのような論点が紐づいているのか、ご参考になりましたら幸いです。

新バリューチェーン構築における論点の例
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最後に

中国自動車業界においてはCASEのイノベーションや普及、地場企業の台頭、欧州OEMの動向など、着目すべき点が非常に多く、かつ状況の変化が非常に高いため、経営の舵取りが非常に難しいという声をよく耳にしますし、実際にニュースに驚かされることも日常茶飯事です。今回はまず概況をお伝えしましたが、引き続き中国における自動車業界情報について読者の皆様にご提供していければと考えております。

なお、本文中における見解は特定の組織を代表するものではなく筆者の私見です。

著者:井上 諒

※本ニュースレターは、2023年10月20日に投稿された内容です。

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