Chair of the Future - 取締役会議長インタビュー ブックマークが追加されました
ナレッジ
Chair of the Future - 取締役会議長インタビュー
株式会社リコー 稲葉 延雄氏
デロイトでは、取締役会や経営幹部の皆様が共通して関心を寄せる重要なトピックに取り組むべく、「Deloitte Global Boardroom Program」を実施しております。このプログラムの一環として「取締役会議長」にフォーカスをあて、インタビューを実施しました。
目次
- “非業務執行の議長として、経営からの中立性を確保することが議論の深化に繋がっている“
- “環境問題への取り組みの中で重要なことは、利益創出と社会的責任をいかに両立していくかという議論“
- デロイト トーマツ コーポレートガバナンス ライブラリー
- デロイト グローバル コーポレートガバナンス センター
- お問合せ
<プロフィール>
株式会社リコー
取締役(取締役会議長)
稲葉 延雄 (Inaba Nobuo)
1974年に日本銀行入行。同行のシステム情報局長、考査局長、理事を歴任。2008年に株式会社リコーへ入社し、同社特別顧問やリコー経済社会研究所長を務める。
2010年より株式会社リコーの業務執行兼務の取締役に就任後(その後、非業務執行取締役となり現在に至る)、CIO、コーポレートガバナンス推進担当を歴任し、2017年に取締役会議長に就任。
“非業務執行の議長として、経営からの中立性を確保することが議論の深化に繋がっている“
Q. 取締役会議長就任後の意識・役割の変化や、メンバーの意見を引き出すために意識していること
A. 私は元々業務執行兼務の取締役として就任しましたが、取締役会に参加する中で経営の監視・監督という取締役としての役割を全うしきれないと感じ、当時の社長に非業務執行にしてもらうようお願いした背景があります。そして今、非業務執行の取締役会議長として、経営からの中立性を確保することが取締役会における議論の深化に繋がっていると感じます。
取締役会として持続的な企業価値向上を目指すためには、その妨げになる様々な外部環境の問題に対し会社として意思表明する、あるいは改善を促すことが重要であり、その議論を行う場が取締役会であると認識しています。そのための精緻な議論を行うには、様々な専門性や経験を持ち合わせた社外取締役の方々の意見が非常に重要です。取締役会における議論というのは、社外取締役の方が疑問点を執行サイドへ質問しながら進んでいくことが多いと思いますが、私は賛否が分かれそうな場合には、「賛成ですか・反対ですか」と案件への賛否を明らかにして頂いた上でご意見を伺うようにしています。こうすることで議論の展開をより明確にできると感じています。また、そのようなことを可能とするため、議長が中立的な立場でいることが重要であり、貢献する余地もあると思います。
やや複雑な議論が想定される際には、事前に社外取締役の方に想定される議論とご意見をいただきたい論点を事前にお伝えしております。そうすることで、取締役会当日に唐突に話を振られて困惑することなく、円滑に議論を進められます。
もう1点、単に取締役が執行の監督をするだけでなく、持続的に企業価値の拡大を図っていくために広く社外に働きかけ外部環境を変える役目も取締役会は担っていると思います。外部の様々な問題に対して会社としての意見を提言する・改善を促すように働きかけることを議論する母体は取締役会なのではないかと思うのです。例えば、企業経営をめぐる税制の在り方や企業会計原則の見直しなどは明らかに企業価値の拡大に大きな影響を及ぼします。イベントドリブンを志向する株主に対してどう対応するかも然りです。取締役会で議論を精緻にして、必要があれば社外に訴えていく、そのためには社外取締役や監査役で企業経営を経験した方や深い知見をお持ちの方から専門的な意見を言っていただいて議論を展開していくことが重要であり、中立的な議長の立場は大事だと思います。今、岸田首相が”新しい資本主義”を提唱していますが、その理想を実現するためのエンジンのような役割を企業とりわけ取締役会が担っていて、取締役会をうまく運営していけば日本経済を前進させていく力になるのではないかと思っています。
Q. コロナ禍前後で中長期の戦略・事業計画についての議論の変化
A. コロナ禍において取締役会がまず考えたことは以下の点です。リコーもコロナ禍によって大幅な減益局面に晒されましたが、今回のような未曽有の事態の発生は、経営者にとってみると何か戦略や方針を間違えたことの結果ではなく、どの企業にとっても不可避なものでした。そのため、取締役会の基本姿勢として、”減益の責任を執行サイドや社員に問わない“ことを取締役会の皆様と共有しながら運営を行いました。リコーはこのような危機に備えて、資本を比較的多く持ち、流動性を高く保持していたので、今こそ役立てるべきだというような議論もいたしました。
アフターコロナ戦略に関して既存の財務戦略の妥当性などについても議論を行いました。また、コロナ禍によって想定していた世界経済の変化が加速したこともあり、中期計画を策定したばかりでしたが、改めて期間を短くして中期計画を策定し直すことも行いました。ただ、それだけではまだ不十分だと感じています。
一拠点で大量に生産してグローバルに流通させるというこれまでのビジネスモデルそのものを見直す必要があると考えています。これからは世界的にモノづくりの企業であれ、サービスの企業であれ、消費地に近いところで生産することで必要な量を消費者から示してもらって製造するという「分散型付加価値生産・創造システム」のような体制になっていくのだと思います。リコーでは、今まで生産コストを下げるために一拠点で大量生産を行っていましたが、技術力の向上により、例えば3Dプリンターのような新しいテクノロジーを活用することで、生産コストを上げることなく少量生産することが可能になってきました。これからは消費地に近いところで必要な分だけの財・サービスを生産することで、必要以上に在庫を抱えず、資源の無駄遣い削減に繋がると考えています。また、消費地で生産することで、コロナ禍によって寸断されているサプライチェーンの長さに関する問題も解消されていくのではないかと思っており、これらの点は取締役会でも頻繁に議論しています。
また、取締役会が一年間議論をしてきて、次の一年間どういう議論がやり残されているのか、どういう議論をもう少し深掘りすべきなのかを取締役会室と調整しながら議論するようにしています。その意味で、議案の設定は非常に大事で、時代を先取りした議論ができるように考えています。議案は、特に重点的に議論していく「重点議案」、今年度注力するモニタリング項目の「定常議案」、それ以外の「上程議案」に分けており、割合でいえばかなり重点・定常議案に時間を割いています。コロナの環境下では、コロナ対策というのも定常議案に入りますが、そのための人的資本や技術をしっかり確保するための資本強化を図ることも議論しています。
“環境問題への取り組みの中で重要なことは、利益創出と社会的責任をいかに両立していくかという議論“
Q. 企業と社会の関係変化、特にサステナビリティ動向・気候変動
A. リコーは、経済同友会の代表幹事も務められた桜井氏が会長・社長の頃から、環境問題の解決に向けて、”リコーが日本企業を牽引する存在でなければならない”ということを強く意識しながら、環境経営に取り組んできました。先日も、サステナビリティ活動全般について、取締役会で担当部署から報告を受けて議論しました。取締役会でこのような議論をすること自体が、会社全体の気候変動に対する問題意識を高めたり、社会的責任を全うする上で不可欠なので、定期的に扱うようにしています。また、議題として取り上げるだけでなく、課題解決に向けた社内活動の目標を設定することで、”取締役会がその応援団となって支援をしていくんだ”という雰囲気が醸成されています。
私は年々厳しくなる環境規制を”リスク”ではなく、企業価値向上のための”チャンス”として捉えています。環境保全と利益創出を同時に実現することは難しいですが、両者をいかに両立していくのかという議論を取締役会の中で今後更に深めていきたいと思います。
Q. 東証市場区分見直し、コーポレートガバナンス・コードの改訂などガバナンスに関する資本市場の要請
A. 東証が考えている、東京市場をグローバルに見て高度に機能する市場にしたい、という意図は十分理解しています。東京市場には、短期的な株高を狙うのでなく、より長期に企業価値拡大を望んでいる投資家が比較的多く、ここで資金調達を行う企業もそういう考えをもとに経営していきたい企業が多いと思います。その意味で東京市場は現状でも大変ユニークな特性をもった市場であり、この特性を踏まえて投資家のお金が世界中から集まってくるのが理想的な市場だと思います。
今回のコーポレートガバナンス・コードの改訂も、企業としてどのように昇華してより良いものにし、資本市場の要請に応えていくか議論しています。例えば、社外取締役や監査役がもっと株主との対話を促進すべきという内容がありましたが、具体的にどのように行うかは我々が真摯に議論する必要があると思っています。取締役会構成員が株主と対話をすること自体は、より促進されるべきだと思いますが、多様な対話手法があるので、効率的で実効性のある手法が選ばれるべきだと思っていますし、株主平等の原則に反さないようにすべきだとも思っています。
Q. 次世代の取締役会議長に対してアドバイス
A. よく社内の人は「社外から来た人は社内のことをよく知らない」と言われますが、「社内の人は社外のことを知らない」とも言えます。要は社内と社外が一緒になって議論することが重要です。少し社外の方を弁護すると、社外取締役の方は、ご出身の企業で経営の実績をあげている方が多く、経営を見る勘所というのは相当高度なものをお持ちです。そのため、1~2年企業を見ていれば社内の生え抜きの方と同じくらいの問題意識なりをお持ちになれると思います。
議長となる方は中立的立場での議事運営が求められます。社内出身の方であれば、経営から中立になるという意味でも非業務執行の取締役を数年務めたのちに議長になるのが理想的かと思います。私自身、非業務執行の取締役になったことで、業務執行兼務時と比べて議論をよりアクティブに展開できるようになったと感じております。
その上で、取締役会室と濃密なコミュニケーションを取ることが非常に重要ではないかと思います。誰かに遠慮することで議案設定を歪めてしまうことはあってはなりません。外部専門家や取引所、株主等の意見や情報を遅滞なく議長にインプット頂くことも円滑な取締役会運営に繋がります。この点、今の取締役会室の方々にはとても感謝しています。
デロイト トーマツ コーポレートガバナンス ライブラリー
デロイト トーマツ グループでは、コーポレートガバナンスに関するインタビュー記事や、各種の調査・研究結果レポートをリリースしております。デロイト トーマツ コーポレートガバナンス ライブラリーでは、これらの調査・研究の結果を公表しております。
デロイト グローバル コーポレートガバナンス センター
デロイト トーマツ グループでは、デロイト グローバル コーポレートガバナンス センター(Center for Corporate Governance) のポータルサイトを通して、企業に世界各国のコーポレートガバナンスに関する情報を提供しています。日本を始めとする世界各国のデロイト メンバーファームが緊密に連携し、海外で積極的に事業活動している企業のグローバルなコーポレートガバナンス活動をご支援いたします。
コーポレートガバナンスに関するご相談、お問合せは以下からお進みください。
≫ お問合せフォーム ≪
その他の記事
Chair of the Future - 取締役会議長インタビュー
株式会社三越伊勢丹ホールディングス 久保山 路子氏
Chair of the Future - 取締役会議長インタビュー
株式会社大和証券グループ本社 日比野 隆司氏