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ビジネスモデル特許に関する国際動向
米・中・日の3極でのビジネスモデル特許の比較および最新動向
ビジネスモデル特許の出願件数は各国で年々増加傾向にあり、各産業においてデジタル化が進行するなかで、ITを活用したビジネスモデルを保護する重要性が益々大きくなってきている。本稿ではこのビジネスモデル特許に関する日米中の国際動向を比較する。
イントロダクション
ここ十数年にわたり、各産業においてデジタル化が驚異的なスピードで進行している。
デジタル化には多くの利点があることは周知の事実であるが、ひとたび情報をネットワークに送ることで極めて広範囲にその情報が共有されうることも大きな特徴の1つである。ITを活用したビジネスモデルも例外ではない。独自に開発したビジネスモデルであっても、そのビジネスを展開したと同時に競合等に模倣されるリスクを背負うことになる。
1998年7月、米国の裁判所においてビジネス方法は特許の対象として除外されないという判決*1が出たのを皮切りに、コンピュータやインターネットを活用したビジネスモデルについては発明の保護を認めるよう各国の特許制度が整えられていった。
このような経緯のあるビジネスモデル特許であるが、その出願件数は各国で年々増加傾向にある。各産業においてデジタル化が進行するなかで、ITを活用したビジネスモデルを保護する重要性が益々大きくなってきていることの表れであろう。
そこで本稿では、日本、米国、中国の3極に注目し、ビジネスモデル特許の傾向を分析した結果を報告する。なお、本稿にある全ての分析結果についてはWIPOが提供している特許データベース検索サービスPatentscope*2を利用して実施している。
注釈*1 ステートストリートバンク事件:1998年7月に米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)が判決した裁判であり、投資運用システムに係る特許の有効性について争っていたが、ビジネス方法は特許の対象として除外されないと認定した。その後の最高裁でもこの判決を全面的に支持したことにより、ビジネスモデル特許が認められる1つの契機となった。
注釈*2 WIPO Patentscope, https://patentscope2.wipo.int/search/ja/search.jsf
ビジネスモデル特許の全体像
本稿における流れとしては、はじめに日米中のビジネスモデル特許の全体像を示し、次項以降においてより詳細な分析を実施するため、各国の業種別のビジネスモデルの出願動向について比較検討していく。
また、本稿の特許分析では、特許分類記号であるIPC分類※3をもとに分析を実施する。具体的には、ビジネスモデル特許として一般的に利用されるG06Q(データ処理システムまたはその方法)に分類された特許を分析する。
まずは日米中におけるビジネスモデル特許(G06Qに分類された特許出願)の全体像を図1に示す(2021年は未だ特許公開されていない件数が多いため、参考値として記載)。
図1から分かるように、2010年代前半は米国を中心にビジネスモデルの権利保護が実施されていたが、2010年代後半からは中国での出願が驚異的なレベルで増加している。一方、日本においては2010年から一定数の特許確保が実施されており、近年にわたり微増傾向を示している。
中国のビジネスモデル特許が急増した背景としては、下記2つの要因により急速に産業のデジタル化が進行したことが契機になっているものと考えられる。
- 2015年に中国の産業政策として発表された「中国製造2025」において、電力設備や航空・宇宙など重点分野における製造業の高度化を強力に推し進めたこと
- 同年発表された「互聯網+(インターネットプラス)行動計画」によりインターネットと各産業の融合を国家レベルで推進したこと
近年においては日米ともに一定数の権利確保を実施しているものの、国策による後押しもあり中国におけるビジネスモデルの権利保護が目立つ結果となっている。
次段ではより詳細な分析を実施するため、G06Qの下位グループ別(技術別)および各国の企業におけるビジネスモデル特許を比較していく。なお、G06Qの下位グループはG06Q10~50のような構成となっているが、イメージをつけやすくするため下記の通り再定義したグループを用いることとする。なお、【】書きは正式な定義名である。
DX
- G06Q10 【管理、経営】 ⇒ DX(業務効率化)
- G06Q50 【特定の業種に特に適合したシステムまたは方法】 ⇒ DX(サービスのIT化)
フィンテック
- G06Q20 【支払アーキテクチャ,スキーム,またはプロトコル】 ⇒ Fintech決済
- G06Q40 【金融;保険;税戦略;法人税または所得税の処理】 ⇒ Fintech金融
Eコマース
- G06Q30 【商取引,例.買物または電子商取引】 ⇒ Eコマース
米国企業におけるビジネスモデル特許の最新動向
米国企業におけるビジネスモデル特許の現状について、2010年前半と後半に分けて分析を実施した。
《米国企業の特徴》
- 2010年からIBM, Microsoft, Google等のIT企業がビジネスモデルの権利保護に注力しており、近年においても全領域において出願件数を伸ばしている
- 2010年以降から継続して金融・保険を生業とする企業の出願を確認することができ、2010年後半からはMastercardやCapital One Servicesなど金融系企業のほか、State Firmに代表される保険会社においてもビジネスモデル保護に注力している
《DXの状況》
DX(業務効率化)としてのG06Q10は予約システム、物流、ワークフローなど自社の業務マネージメントで利用される指標となっているが、米国企業においてはIBM, Microsoft, Googleが牽引している。2010年後半はWalmartが上位に入っており、大規模小売を管理するビジネスモデルの保護に注力していることが分かる。
一方、DX(サービスのIT化)としてのG06Q50は農業、製造管理、建設など業界特化のシステムに利用される指標となっており、IBM, GoogleだけでなくFacebookが上位となっている。FacebookはSNS関連のサービスを次々に展開しており、それに応じたビジネスモデル特許を取得している傾向にある。
《フィンテックの状況》
決済においてはMastercard、VISA、Bank of Americaのような金融系企業からの出願が上位に入っている。金融系企業が自社サービスの権利取得を図ることによって、金融におけるビジネスモデルを保護している。
金融においても決済と同様の傾向にあり、金融系企業が自らのサービスを権利保護する傾向にある。
《Eコマースの状況》
Eコマースについて上位に来ているのはIBM, Google, eBayの3社である。特にIBM, GoogleについてはEコマースに用いられるITのインフラ基盤を提供しており、インフラを利用したEコマース事業についてインフラ上に展開されるビジネスモデルの保護にまで自社の権利領域を広げていることが分かる。
注記:図2、図3、図4の集計は各IPCグループについて各国の上位15社を抽出して実施しており、縦軸の出願件数は日米中の出願総数を示している
中国企業におけるビジネスモデル特許の最新動向
前段と同様に、中国企業においても2010年代の前半と後半に分けて分析を実施した。分析結果は下記の通りである。
《中国企業の特徴》
- 2010年後半から「中国製造2025」や「互聯網+(インターネットプラス)行動計画」など中国の産業施策に後押しされてデジタル化が進んだ結果、出願件数が非常に大きく伸びており、特に国家電網公司(State Grid Corporation of China)に代表される電力会社からの出願件数が多くなっている
- テンセントやアリババに代表されるIT企業だけでなく、中国平安保険(Ping An)のような保険会社からも数多くの出願がなされており、中国市場におけるビジネスモデルの保護が急速に進んでいる
《DXの状況》
国家電網公司(State Grid Corporation of China)はDX(業務効率化)およびDX(サービスのIT化)ともにトップを占めており、中国の電力業界におけるビジネスモデルを牽引している存在である。また、当該会社は電力関連のマネージメントだけでなく、AIやブロックチェーン技術など先端技術に関連したビジネスモデル特許を出願する傾向にある。
また、DX(業務効率化)では中国平安保険(Ping An)が上位に入ってきており、中国国内の競争環境が厳しくなっていくのに応じて保険ビジネスの自国内保護が進められてきている。
なお、国家電網公司や中国平安保険は中国国内に注力して特許保護を実施しており、海外進出よりも成長する中国市場においてビジネスモデルを保護する意図があると推察される。
《フィンテックの状況》
決済に関してはテンセントやアリババなどのIT企業や、金融の代表格である中国銀行が自社サービスを中心とするビジネスモデルについて権利保護を進めている。また、金融については上記の企業に加えて中国平安保険が上位に来ており、保険関連の金融モデルについて権利保護を図っている。
《Eコマースの状況》
Eコマースはテンセントやアリババのほか、主に中国国内でECサイトを運営する京東商城(JingDong)が2010年後半から上位に入ってきており、中国国内での競争が激しくなり、ビジネスモデル特許の役割が重要になってきていると推察される。
日本企業におけるビジネスモデル特許の最新動向
前段と同様に、日本企業のビジネスモデル特許を2010年代の前半と後半に分けて分析を実施した。分析結果は下図の通りである。
《日本企業の特徴》
- 2010年以降、日本におけるビジネスモデル特許はIT企業および製造業が牽引してきており、特に2010年後半以降は製造業を営む日立、東芝、トヨタの三社における特許出願が多い
- 金融・保険業を営む企業からの出願は2010年後半にかけて微増傾向にあるものの、米国、中国の状況と比較して顕著に少ない
《DXの状況》
業務管理等を主とするDX(業務効率化)については、富士通、日立、リコーが上位に入っていたが、2010年後半からはトヨタ自動車の伸びが顕著であり、モビリティサービスに関連した予約システムや販売・車両管理などの出願が増加している。一方、業界特化型のDX(サービスのIT化)についても上位プレイヤーは2010年代にはそれほど変化がなく、トヨタ、富士通、日立が主要プレイヤーとなっている。
また、トヨタについては2018年に物流・販売などの産業とモビリティを結びつける「e-palette」構想を発表する*3など、モビリティ全般のエコシステム構築を目指しており、ビジネスモデルの権利保護にも注力していると推察される。
《フィンテックの状況》
決済・金融ともにATM製造やITプラットフォームを手掛けてきた沖電気工業の出願が目立っており、事業に関連するビジネスモデル特許の取得にも注力していると推察される。また、決済においては三井住友グループ全体のシステムを管理・構築している日本総研(Japan Research Institute)などが上位に来ている。
一方、金融については金融業を営む三井住友銀行が2010年前半に上位に入っているものの、2010年後半は金融・保険業の企業は上位に入っておらず、金融システム開発を手掛けるオービックや、2018年にペイペイ(ソフトバンクとヤフーの合弁会社)を設立したヤフーが上位に入る結果となった。
《Eコマースの状況》
EコマースにおいてはECサイトも手掛ける東芝やヤフーが存在感を示している。また、2010年後半にはトヨタも上位に加わってきており、e-Palette構想における物流・販売関連ビジネスモデルの権利保護にも早くから着手しているものと推察される。
注釈*3:トヨタ自動車、「モビリティサービス専用EV “e-Palette Concept”をCESで発表」、
https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/20508200.html
まとめ
これまでにITを活用したビジネスモデルの権利保護という観点から日米中の3極比較を実施してきた。
これまでの特徴として、IT企業はその国籍を問わずビジネスモデルの権利保護に注力しているとともに、米国企業では金融・保険、中国企業では金融・保険と電力、日本企業では製造業に関わる企業がそれぞれITを活用したビジネスモデルの権利保護を牽引してきたことが分かった。
近年の日本では、前述したように製造業を営む企業がITを活用したビジネスを展開しており、ビジネスモデルにおいても権利保護を進めているが、金融・保険や電力、小売業界では米中と比較して顕著に特許出願が少ない傾向にあった。
一方、海外ではIT・製造業以外の企業においてもITを活用したビジネスモデルを展開し、権利保護する動きがある。それゆえ、これらの業界に属する日本企業においても、国内外問わずビジネスモデル特許の確保も念頭に置いた事業戦略を構築することで、独自に開発したビジネスモデルを保護し、さらなる企業成長に結び付けていって欲しいと願う。
本稿の内容が貴社のお役に立てれば幸いである。