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DX時代の知的財産リスク
DX化に伴い生じる知的財産リスクに対応するために企業が検討すべき論点
デジタルトランスフォーメーションの推進はビジネスモデルや業務に変革を生み出すものである一方で、新たな知的財産リスクを生じさせるものでもある。本稿では、DX化に伴い生じる知的財産リスクに対応するうえで、企業が検討すべき知的財産の論点を紹介する。
Ⅰ.デジタルトランスフォーメーションと知的財産
デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)の推進はあらゆる企業において重要なテーマとなっている一方で、DX推進に伴う知的財産の扱いについては十分な検討がなされていないケースが多い。しかしながら、単にDX化を進めるだけでは、その先に待つ知的財産リスクに対応できない。本稿では、DX化により生じ得る知的財産リスクに対応するうえで、企業が検討すべき知的財産の論点を紹介する。
1)DXの定義
DXという概念は既に世の中に浸透しつつあり、その定義は経済産業省が公開するDX推進ガイドラインによると「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データやデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務や、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」というものである。しかしながら、DX化において活用されるデータやデジタル技術には様々なものがあり、それらに関連する知的財産も異なる。
2)DXに関連する技術
DX技術は、大きく「データ収集・蓄積」「データ分析・処理」「デジタルサービス」に分類することができる。モノや業務の状態を示すデータを分析することにより、顧客体験や業務改善につながるデジタルサービスを実現していくことができる。
これらDX技術の実現には、データを解析しサービスを実現するためのソフトウェア開発が欠かせないものである。
3)DXと知的財産
ソフトウェア開発で得られた資産はいわゆるソフトウェア発明として特許法により保護され得るものであり、ソフトウェア発明に関する裁判例も多く確認される。しかしながら、ソフトウェア資産は特許法だけでなく著作権法や不正競争防止法など様々な知的財産関連法により保護されるものである。
これらの知的財産権を複合的に活用することで、適切にソフトウェア資産を保護することができる。
4)DX関連の訴訟事例
以下は、特許以外の知的財産法における近年の裁判例を示したものである。
画面デザインの意匠権侵害が争われたアップルとサムスンの訴訟事例や、プログラムの著作権侵害が争われたグーグルとオラクルの訴訟事例など、上記の他にも注目すべきソフトウェア関連の紛争が存在する。他社の知的財産権を侵害して裁判に巻き込まれてしまった場合や、自社のソフトウェア資産を知的財産で保護できずに他社にまねされてしまった場合には、自社の事業に大きな影響を及ぼしかねない。このような知的財産リスクを抑えるために、DX化を進めるうえで検討すべき知的財産の論点を把握しておく必要がある。
Ⅱ.DX化推進に伴い生じ得る知的財産リスク
DX化における知的財産リスクは業務プロセスに沿って考えることができる。各業務プロセスについて、生じ得る知的財産リスク例を以下のとおり整理した。
これによると、そもそもの情報管理体制の構築に始まり、戦略策定からサービス提供まで業務プロセス全体に多くの知的財産リスクが存在していることがわかる。他社との紛争がこれらの一部にでも生じた場合には、サービス提供が困難となることもあり得る。自社の業務プロセスに照らして、どのようなステークホルダーとの間に、どのような知的財産権に関するリスクが生じ得るのかを、まずは認識する必要がある。
Ⅲ.知財リスクに対応するために企業が検討すべき論点
図4に示した知的財産リスクをふまえると、DX化に関連した業務プロセスの知的財産リスクは以下の知的財産権に関連して生じる可能性がある。これらの知的財産権毎に、知的財産リスクに対応するために検討すべき論点を紹介する。
- 特許権
- 著作権
- 営業秘密(不正競争防止法)
- 意匠権
- 商標権
1)各知的財産共通の論点
知的財産リスクへ対応するために検討すべき論点として各知的財産に共通のものは、たとえば以下が挙げられる。知的財産関連業務の管理・ガバナンスの体制整備が、知的財産リスクを低減するうえでの第一歩である。
- 知的財産権の管理方法(管理システム、管理プロセス等)
- 知的財産権に関する社内規程(職務発明規程、グループ知財管理規程等)
2)特許権の論点
ソフトウェア資産のうち、アルゴリズム、学習モデル、アプリケーションは特許法による保護が可能である。
特許権を保有することにより自社事業の保護を図ることができる一方で、特許権の取得には特許出願が必要である。また、開発したソフトウェアを使用したサービスが他社の特許権を侵害した場合には、サービス提供の停止や損害賠償金の発生を招くおそれがある。このため、特許に関しては以下のような論点を検討する必要がある。
- 事業規模に応じた適切な特許件数
- 他社特許権を侵害していないか
3)著作権の論点
著作権は、ソフトウェア資産を幅広く保護できる知的財産権であり、アルゴリズム、ソースコード、仕様書、学習モデル、アプリケーション、データセットを保護することができる。
著作権を利用することで他社による模倣を抑えることができるが、著作権はソフトウェア資産の発生とともに自然的に生じるものであることから、自社がどのような著作権を保有しているのかを把握・管理することが難しいという側面がある。また、特許権と同様に他社の著作権を侵害した場合には、他社との紛争に巻き込まれるリスクもある。このため、以下のような論点を検討する必要がある。
- 著作権として管理すべきソフトウェア資産と、その発生タイミング
- 他社著作権を侵害していないか
4)営業秘密の論点
すべてのソフトウェア資産は不正競争防止法による営業秘密として保護し得るものである。まずは、自社のノウハウを不正競争防止法上の保護対象としての営業秘密とするための要件をどう満たすかを検討することが重要である。一方で、営業秘密に関する知的財産リスクとしては、転職者等から他社の営業秘密が流入することも検討しなければならない。このため、以下のような論点を検討する必要がある。
- 不正競争防止法の保護対象としての要件を満たすための管理体制
- 営業秘密が流入しないための制度設計
- 営業秘密の流入出を抑えるための社内風土の醸成
5)意匠権・商標権の論点
ソフトウェア資産のうちのアプリケーションは、意匠権・商標権によっても保護することができる。意匠権・商標権については、特許等の他知的財産権とどのように組み合わせることで最も効果的に自社事業を保護することができるのか、という点を含めた知的財産ミックス戦略の立案が重要なポイントである。
6)データの論点
上述の知的財産権の他、データについては各国の規制に対応した特有のリスクが存在する。ソフトウェア開発にはデータの活用が欠かせないことから、データの規制に関する以下のような論点についても検討しておく必要がある。
- 個人データ利用の制限
- AI倫理
DX化に伴う知的財産リスクは、事業に及ぼす影響が大きい可能性がある一方で、上述のような論点を検討しておくことにより未然に防ぐことができるものである。確実なDX実現のためには、事業戦略だけでなく、知的財産戦略を含めたDX戦略の立案が肝要であると思料する。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
知的財産アドバイザリー
シニアアナリスト 山田 渡
監修
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
知的財産アドバイザリー
パートナー 國光 健一
(2022.9.22)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。