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デジタルセラピューティクスにおける知財動向と論点

デジタルセラピューティクス(DTx)の全体像と最新動向からDTxにおける知財戦略を考察

本稿では、近年新たな治療方法として注目されているデジタルセラピューティクス(DTx)について、国内外におけるソリューションの全体像と個別プレーヤーの最新動向を知財の観点から明らかにするとともに、DTxにおける知財戦略の考え方および将来市場成長が進んだ場合の知財リスクについての考察を行う

デジタルセラピューティクス業界の全体像

近年、ヘルスケア領域における新規ソリューションとして、デジタルセラピューティクス(以下DTx)が注目されている。デジタルセラピューティクスとは、デジタル手段を用いた健康/疾患へのアプローチ技術である「デジタルヘルス」技術の中でも、特に臨床的にその効果が検証された治療ソリューションのことを指す用語である(なお本稿では、薬事承認済み、または承認申請中および臨床試験準備中と公表されている製品を対象としている)。

DTxの市場規模は全世界の老年人口増加に伴う慢性疾患発生率増加を主な背景として、2028年までに年29%の成長率で225億米ドル市場に成長することが見込まれている。

図1:DTxの市場規模予測(世界)
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現時点で存在するDTxのソリューションを種別で整理すると、行動習慣の改善、服薬最適化、脳/精神への働きかけ、治療方法へのインプット、身体への刺激によるものに分類することができる(図2)。中でも特に、治療アプリにより行動習慣の改善を促すことによる治療ソリューションは多くの企業が開発を行っており、依存症や不眠症などの精神的疾患を中心として、糖尿病や高血圧なども含めた広い疾患が適用のターゲットとなっている。

いずれの領域も米国企業が主導をしている状況である(図3)。それに対して日本企業も追随をしており、日本で初めてデジタルデラピューティクス製品の薬事承認を受けたCureApp社を筆頭に、サスメド、Save Medical社などもソリューションの開発・承認申請を進めている。

図2:DTxの疾患別ソリューションマップ
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図3:DTxの参入プレーヤー
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DTxは特許出願の観点からも近年急激に開発が活発化していることがうかがえる(図4)。先駆け的な企業であるWelldocの出願が2007年に出願されたのを皮切りに、2013年頃からは新規企業の参入および古参企業の開発強化により出願が徐々に活発化しており、2016年頃以降では出願件数が急激に伸びている。

近年の出願数増加の要因は、既存/新規の企業ともに行動習慣の改善に関連する出願が大幅に増加したという点が大きい。それに加え、新規参入企業を中心として脳/製品への働きかけに関連する出願が増加したこと、既存企業を中心として治療方法へのインプット関連の出願が増加したことも要因としてあげられる。

図4:DTxの出願件数推移(ソリューションタイプ別)
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DTxのソリューションタイプ別に特許出願企業の数と特許出願件数に基づきマッピングすると現状の開発傾向が可視化される(図5)。行動習慣の改善ソリューションは日米ともに多くの企業が開発を行っており、かつ特許も多く出願されている領域であり、DTxの中でも成長領域かつ競争が激しい領域ということができるであろう。一方で、脳/精神への働きかけや治療方法のインプット、服薬最適化の領域は、少数の企業により多数の特許出願が行われており、特定疾患領域における寡占状態が生じる恐れに留意する必要があるだろう。

図5:DTxのソリューションタイプマップ
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また、DTxでは近年、アライアンスも活発化している(図6)。アライアンスの形態としては地域別での開発及び販売を製薬企業が協力するタイプだけでなく、DTx企業同士のライセンス、VRなどの新規領域における共同研究が見られる。また、DTx企業の買収などのDTx技術を取り込む動きも進んでいるものと考えられる。

図6:DTxのアライアンス状況
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キープレイヤーの特許出願事例

DTxのキープレイヤーにおける出願戦略の事例として、Welldoc, Inc.「BlueStar」、Akili Interactive Labs「EndeavourRX」、Reciprocal Labs「Propeller Health」の3製品に関連する特許出願戦略を紹介する。
 

1. Welldoc, Inc./Bluestar

Welldoc, Inc.の提供する「Bluestar」は、糖尿病患者の自己管理を支援する治療アプリであり、患者の行動習慣の改善、および医療機関との連携を促進することを目的としたソリューションである。2010年に医療機器承認を取得したDTxの先駆け的製品である。

同社は米国特許を37件出願しており、その多くは治療方法のリコメンドという製品/サービスの基本コンセプトに直結するものである。また、治療アプリのアクティベーション、病状予測、医療コンプライアンスの管理といった付加価値技術についても出願を行っている。

同社は上記のような患者向け機能の保護を目的とした特許以外にも、治療計画の立案/修正、ターゲットユーザーの特定といった、医療機関の利便性向上を目的とした機能についても特許による保護を図っている。このように治療アプリを提供するタイプのDTxにおいては患者だけでなくステークホルダー全体の接点となる技術領域について特許化し知財で保護する戦略が有効であり、このような知財戦略は同社以外にも多数のDTx企業においてみられる。

図7: Welldoc, Inc.の知財戦略(仮説)
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2.Akili Interactive Labs/EndeavourRX

Akili Interactive Labsの提供する「EndeavourRX」は、は、ゲーム形式で小児のADHDを治療する治療アプリである。

同社は米国特許を35件出願しており、その多くはユーザーの認知能力提示といった、製品/サービスの基本コンセプト保護を目的とした特許である。それに加え、治療方法のレコメンド、音声ベースでの認知トレーニング、提示ゲームの最適化、顔認識技術による感情推定といった付加価値技術についても出願を行っている。

また、同社はユーザーインターフェース(UI)のデザインについて意匠権を取得しており、サービス全体を知財ミックスにより保護を図っている。

更に、同社では治療アプリだけではなく、プラットフォーム技術についても特許出願を行っている。臨床試験向けデータの生成、ソフトウェア開発の品質保証などの協業の際に他社が活用するミドルウェア技術に関する出願が行われている。同社は同じくDTx企業であるTali Digital社に対して技術ライセンスを行っており、協業する領域について特許の取得を図っているものと考えられる。このように同業者と協業するプラットフォーム機能を提供するタイプのDTxにおいては他社に活用させる領域の技術について特許を確保して権利を明確化する対応が必要になると考えられる

図8:Akili Interactive Labsの知財戦略(仮説)
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3. Reciprocal Labs Corporation(商号:Propeller Health)/Propeller Health

Reciprocal Labs Corporationの提供する「Propeller Health」は、アプリと吸入器を連携させた、ぜんそくの治療ソリューションである。スマートフォンアプリとPropeller Bluetoothセンサーが連携し、吸入薬を服用した日時や場所などの傾向を自動的に記録する点に特徴を有する。

同社は米国特許を50件出願しており、その多くは疾患リスクの予測、患者情報のレポートといった製品の基本機能や、医療コンプライアンス管理、治療方法とリコメンドといった付加価値的技術に関連するものである。

このソリューションの特徴の一つは、デバイスとアプリがセットとなったIoTソリューションである点である。そのため同社はソフトウェア/アプリ領域だけでなく、侵害検知性が高いと考えられるセンサデバイスについても特許を出願している。また当該領域については特許だけでなく、意匠権も取得しており、ハードウェア領域における知財ミックス戦略を実施しているといえる。

また同社は、通信やデータ格納技術、機械学習エンジンについての特許出願も行っている。このような基盤技術の特許出願は他社との協業やセンサーとスマートフォンの通信領域における標準必須特許のライセンスに対する備えとなっている可能性がある。

図9:Reciprocal Labs Corporation(商号:Propeller Health)の知財戦略(仮説)
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知財リスク増加の予兆

上記のように、近年DTxの市場成長、技術開発および特許出願活発化が進む一方で、それに伴い知財リスク増加の予兆も見られている。

DarioHealth Corpは2021年、自社製品である高血圧の治療アプリおよびそれに紐づく専用の血圧計に対して、特許侵害訴訟を受けている。この訴訟の原告はNon-Practicing Entity(NPE)であり、当該訴訟において侵害を主張した特許はDTx技術に特徴を有するものではなくデータ交換に関する汎用的な技術に関するものであった。このように、DTxの市場拡大に伴い、ITの汎用技術に関する特許によるNPEからの特許侵害の警告や大手IT企業からのライセンスの打診などの知財リスクが高まる可能性が考えられる。

まとめ 知財部が留意すべき論点

以上のとおり、DTxは市場成長が見込まれており、技術開発/特許出願も活発化するとともに知財リスク増加の予兆も存在する領域である。その中で、今後DTx事業を行う企業またはDTx企業への出資やアライアンスを検討している企業は、「患者だけでなく医療機関等の各ステークホルダーに対する機能を知財により保護できているか」、「特許だけでなく、意匠権なども考慮した知財ミックスにより保護が出来ているか」、「協業領域、標準化領域で権利を確保できているか」、「他社の知財に対する侵害有無を確認する知財リスク調査が十分にできているか」などの視点で知財戦略の立案や知財デューデリジェンスの実行をする必要があると考えられる。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
知的財産アドバイザリー
ヴァイスプレジデント 大島 裕史

監修

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
知的財産アドバイザリー
パートナー 國光 健一

(2022.8.26)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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