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Googleの特許調達事例

市場の成長スピードが速く、1製品または1サービスを作り上げるために膨大な特許件数が必要となるICT業界で、業界の雄であるGoogleが、どのように特許を調達してきたのか。モトローラ・モビリティ買収の事例を、財務諸表を読み解きながら紹介します。

I.ICT業界における特許リスク

ICT産業の急速な発展に乗って、創業から急成長を遂げた企業が数多くある。創業から短期間で上場を果たす企業も少なくない。Googleもその1つである。しかしながら、こうした急成長した企業の多くは、成長スピードの速さに、特許ポートフォリオの整備が追い付いていない場合が多い。こうした状況では、特許侵害による訴訟リスクが非常に大きくなる。多くの新興企業にとって、特許ポートフォリオの整備は、喫緊の課題となっている。

ICT産業では、いわゆる必須特許を保有しなければ、市場に参入できない、または差し止めにより市場から追い出されてしまう。したがって、特許保有の重要性が日々増してきているといえる。

その背景には、現在ではプラットフォームやネットワーク、システム、デバイスといった、ICTシステムを構成する要素技術が一体化に向かっていることがある。それらを扱う企業間で、事業の壁が極めて薄くなってきた。また、スマートフォンに代表されるように、1製品または1サービスを作り上げるために必要な特許件数が膨大になり、しかもそれぞれの技術が複雑かつ重層的に絡み合う状況になっていることも特許ポートフォリオの整備が必要となっている理由のひとつであろう。

これらの理由によって、ICT業界では、特許侵害による訴訟リスクが格段に高まっている。実際に特許訴訟件数は急増している。一方で、訴訟リスクを低減するために、特許のポートフォリオの拡充を目的とした、M&Aや特許売買も増加している。

 

II.Googleの危機

Googleは1998年にラリー・ペイジ氏とセルゲイ・ブリン氏によって設立された、創業から20年に満たない若い企業である。インターネットでの検索エンジンをコアにして、広告収入等により急速に事業を拡大。現在ではICT業界のリーディングカンパニーとして不動の地位を築いている。

しかしながら、急激な成長を遂げたGoogleは、2010年時点ではIBMやマイクロソフトと比較して、売上高に対する特許出願件数が少ない状況であった(図1)。Googleは競合他社から特許侵害で訴えられるリスクを回避するため、同社の経営陣は特許ポートフォリオの拡充を急いでいた。この状況はAppleも全く同様であった。

Googleは2010年から2012年にかけて、自社の米国特許出願件数を約3倍に増加させている。しかしながら、自社で研究開発を実施し、特許出願するのでは時間的に間に合わない。このため、特に外部から特許買収することを望んでいた。

 

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III.ノーテル特許の入札競争

その折、2009年、事実上破産したカナダの大手通信機器メーカーであるノーテル・ネットワークスが保有する特許ポートフォリオ約6,000件が、資産売却整理によるオークションに出された。いわゆる特許の競売である。オークションの対象になっていたのは、無線通信、4G(LTE)、データネットワーキング、光ファイバー通信、音声、インターネット検索、サービスプロバイダ、半導体などに関する特許および特許出願だった。

多くのICT関連企業が関心を持ち、Googleもオークション参加の意向を示し、当初は9億米ドルの入札予定で第一入札者に指名され、単独入札を予定していた。当初、入札に参加していたのは5社で、Google以外には、Apple、インテルが単独で、加えてマイクロソフト、リサーチ イン モーション、エリクソン、EMC、ソニーの5社連合であるRPX(クライアント企業の代表として)が名乗りを上げていた。

2011年6月27日から4日間、計20回の入札が行なわれ、最終的には入札者同士が手を組み、Googleインテル連合(レンジャー)とApple、マイクロソフト、リサーチ イン モーション、エリクソン、EMC、ソニー連合(ロックスター: 後にロックスター・コンソーシアム)の一騎打ちになり、最終的にはロックスター・コンソーシアムが45億米ドルで競り落とした。Googleの戦略は奏功せずに、Apple側が勝利する結果になった。

 

IV.モトローラの買収

Googleの競合企業であるApple、マイクロソフトがノーテルの特許を獲得することによって、特許ポートフォリオを拡充した。このため、Googleとしては知財競争力という意味で、さらに窮地に立たされることになり、ビジネス上の大きな脅威を感じていた。このような背景もあり、Googleは起死回生の一手として、モトローラ・モビリティの買収に踏み切ったと考えられる。

Googleは、2011年8月にモトローラ・モビリティを124億米ドルで買収した。このときモトローラ・モビリティが保有していた特許は約2万4,500件、登録特許が約1万8,000件、出願中が約6,500件という内訳だった。2011年当時、Googleによるモトローラ・モビリティの買収価格は高過ぎであると多くの人々が指摘した。実際にこの買収価格は高かったのであろうか。それともGoogleにとっては安かったのであろうか。

M&Aの世界では、買収価格を算定する際に、事業計画に基づく将来的なフリーキャッシュフローを現在価値に割り引いて事業価値を評価するインカムアプローチと呼ぶ手法を採用するのが通常である。この件での対象会社であるモトローラ・モビリティの場合、2009年、2010年、2011年の実績では、営業利益ベースでほぼ赤字が続いていた(図2)。このため、事業としての将来性に懸念があり、客観的に見てV字回復が期待できるような企業ではなかったと考えられる。実際にGoogleに買収された後の業績も芳しいものではなかった。従って、通常の評価であれば、仮に足元の利益が大きかったとしても、事業に将来性がなくフリーキャッシュフローが見込めない場合、現在価値もほとんどないことになる。
 

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しかし、買い手企業としてはシナジー効果なども含め、投資するに足りる根拠をもとに買収に踏み切っているはずである。そこで、買収価格の中に、無形資産が占める割合がどれくらいなのかを見てみよう。現行の財務会計では、重要な合併・買収を行った場合、取得した被合併・買収企業の資産・負債の全てを公正価値(時価)で評価し、自社の連結財務諸表に取り込む必要がある。これはPPA(Purchase Price Allocation、取得価格の配分)と呼ばれ、有形資産・無形資産を公正価値で評価し、最後に残った部分を「のれん」として計上する作業である。

それぞれの買収案件の背景はさまざまであるが、単純な規模拡大のためのM&Aではなく、買い手にとっての新規事業参入のための足掛かりだったり、技術獲得のための買収であったりすると推測される。そして、当然のことながら、技術獲得目的のM&Aである場合には、その価値は高く評価され、会計上も資産として貸借対照表に計上されることになる。

モトローラ・モビリティの買収後のPPAにより、買収価格の中で特許および技術に対する金額は55億米ドルに相当すると公表されている(図3)。買収金額の約45%が、特許および技術の価値として評価されているのである。技術分を含んでいるため、正確な数字とはならないが、単純計算すれば、1特許(出願含む)当たり、約22万5,000米ドルと非常に高額なものとなっている。これに対し、現金は29億米ドル、のれんは25億米ドル、顧客関係は7億米ドル、その他純資産が8億米ドルと評価されている。

 

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事業だけを売却しようとすれば、通常の評価から考えれば、会計的にはほとんど価値がつかない。特許だけを売却しようとすれば、技術分が減額されることもあり、おそらく55億米ドル以下の価値でしか売却できなかった可能性が高かっただろう。事業売却のプロセスの際に事業と特許をセットにすることで、高い価値を実現した好例であるといえる。

Googleは、モトローラ・モビリティの買収後、2014年1月にAndroid陣営のサムスン電子とクロスライセンス契約を締結している。おそらくモトローラ・モビリティ買収前であれば、Google側が保有する特許と、サムスン電子側の保有する特許の件数があまりに異なるため、クロスライセンスすることは難しかったのではないかと想定される。しかし、モトローラ・モビリティを買収することで、Googleは自身の特許ポートフォリオを拡充できた(図4)。それらを活用し、他社とクロスライセンスに持ち込むことで、さらに特許ポートフォリオを拡充させることに成功している。結果として、Appleなどの競合に対抗し得る特許ポートフォリオを獲得し、名実共にAndroid陣営のリーダーとしての地位を確立することができたのである。

 

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V.おわりに

このようにGoogleをはじめとするICT企業は、事業強化のために、マーケットから知財を調達することを活発に行っている。日本企業としても、新しい事業のための特許が必要となった場合は、企業買収・知財購入による外部調達を進めて早急に特許ポートフォリオを補強することを、選択肢の一つとして取り入れることが重要になってくると考えられる。

 

※ 本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りいたします。
※ 詳細情報をご要望の場合は別途お問い合わせください。
 

出所

Google Form 10-Q
Google Form 10-K (2010年,2012年,2013年)
Microsoft Form 10-K (2012年)
Apple Form 10-K (2010年,2012年)
IBM Annual Report (2010年,2012年)
Motorola mobility Annual Report 2011
各社ニュースリリース

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