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COVID-19は「SDGsが問いかける経営の未来」へのWake-Up Call
With/Afterコロナ時代のサステナビリティ経営
COVID-19という有事を受けて「V字回復」を急ぐ企業に対し、ステークホルダーからは、パンデミックの要因を重視してサステナビリティを軸に据えた"Build Back Better"を求める動きが活発化している。
目次
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- コロナ危機で岐路に立つ、経営アジェンダとしてのサステナビリティ
- 1.コロナ禍は「SDGsが達成されない2030年の世界」を垣間見せる
- 2. Planetary Healthが示す、EとSのインターリンケージ
- 3. 「V字回復」では元の木阿弥:復興資金に伴う“Build Back Better”の付帯条件
コロナ危機で岐路に立つ、経営アジェンダとしてのサステナビリティ
新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大への各国政府の対応による生産活動への著しい制約を前に、多くの企業は足元の感染予防やリモートワークの導入などの「対応」に追われた。その一方、このパンデミックがもたらすであろう経済社会の根源的な変革を見据えた事業戦略の見直しには、まだ着手できていない。
パンデミック前の段階で、多くの企業が2030年ビジョンや次期中期経営計画の策定プロセスにおいてキーワードに掲げていた「SDGs(国連の「持続可能な開発目標」)/サステナビリティ」は、With / After COVID期において、どう扱われることになるのであろうか。
モニター デロイト著「SDGsが問いかける経営の未来」では、企業経営にとってのSDGsの位置づけについて、短期・中期の外部機会(攻め)や外部脅威(守り)の特定だけでなく、自社の長期成長を目指すうえで克服が必須となる社会課題を理解し、「売り上げが伸びれば伸びるほど社会がよくなる」ようなビジネスモデル(土台)の検討につなげるべきとしていた。
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従前よりサステナビリティが自社の長期的成長に不可欠と認識し、自社のパーパス(存在意義)や戦略の土台に位置付けようとしていた企業は、コロナ危機を一つの契機に、経営戦略におけるサステナビリティの統合をより加速させるであろう。他方、コアビジネスには何一つ手をつけることなく、SDGsをコミュニケーションツールとして、もしくは余力に応じた新規事業対象としてのみ扱っていた企業は、今次パンデミックがもたらした業績悪化を前に「背に腹はかえられぬ」と、コストと見なすサステナビリティを劣後させてコアビジネス再建に集中するかもしれない。
筆者の考えは前者に近く、以下に述べるいくつかの重要な観点から、COVIDは企業にサステナビリティ経営を促すWake-Up Callだと捉えている。
1.コロナ禍は「SDGsが達成されない2030年の世界」を垣間見せる
世界はSDGsの前身である「ミレニアム開発目標(MDGs:2001-2015)」の時代に、深刻なパンデミックに直面した経験を持つ。1980年代以降、HIV/AIDSが特にアフリカ諸国など貧困国で猛威を振るい、MDGs発足時には一部の国で平均寿命が30 歳台にまで落ち込むなど、想像を絶する社会インパクトをもたらしていた。これに対して、当事国や国際社会がMDGsの掛け声のもと資源と政策を動員して行った取り組みは一定奏功し、人類はエイズ禍が抑制可能であることを示した。この時期の取り組みには、個人の感染ステータスに関するプライバシーや、ハイリスクな社会的属性や職業に従事する人々の人権を保護することが当事者に積極的な検査や治療を促し、感染拡大を防止するうえで不可欠なことなど、コロナ禍でまさに我々が直面している「問い」への示唆が多く含まれている。
事実、エイズ対策の蓄積があるアフリカ諸国の中には、脆弱な医療制度やソーシャルディスタンシングが不可能なスラムなどを抱えながらも、日本よりも迅速かつ広範な対策を通じてこれまでのところ感染爆発を食い止めているところもある。
エイズ・結核・マラリアという三大感染症のみを標的にしたMDGsと違い、SDGsは「顧みられない熱帯病」、「肝炎、水系感染症およびその他の感染症」にもその対象を広げているが、そこに込められた真のメッセージは、MDGs時代の知見や経験を基に感染症による悲劇全般を根絶するという意志であり、MDGsを経験した国々がそれをCOVID対策に活かしているという事実から得られる示唆は大きい。
なお、MDGsについては、その対象となったパンデミックや絶対的貧困などの背景にある経済的不平等やジェンダー格差、気候変動などの構造的要因には切り込まなかったことから「対症療法的」との批判がついて回った。また、MDGs期間中はむしろそれらの構造的課題の方がより深刻化したことから、よりラディカルなアジェンダが必要としてSDGsが合意された経緯がある。コロナという有事を前に「平時アジェンダのSDGsは優先度を下げざるを得ない」という意見が散見されるが、MDGs時代からサステナビリティ経営を強化してきたグローバルの競合に伍していくためには、世界が有事対応を経てSDGsを必要とするに至った経緯をしっかりと押さえる必要があるのではないか。
2. Planetary Healthが示す、EとSのインターリンケージ
Planetary Health(地球の健康)とは、「人間の文明の健康とそれが依存する自然システムの状態」を指す概念のことで、近年この考えのもとに、人類が自然界にもたらすディスラプションが翻って人間の健康に与える影響についての学際研究が進められている。
それによると、エボラ出血熱、鳥インフルエンザ、ニパウイルス、MERS、SARS、西ナイル熱、ジカ熱など、近年発生した新規感染症はすべて「人獣共通感染症(zoonosis、ズーノーシス)」であり、コウモリ由来とされる COVID-19もその一例となる。ズーノーシス頻発の背景にあるとされるのが、野生動物の生息域の移動による人獣接触機会の増加であり、森林伐採、資源採掘、農地開墾、道路建設、ダム建設、灌漑、沿岸開発、都市化などの人間活動がそのドライバーだ。
そして生物多様性の喪失は、自然界が持つ気候安定化機能も毀損するため、人類による温室効果ガス排出による直接的な影響を超えたペースで温暖化が加速し、それがさらなる種の絶滅につながるという負の連鎖が起きている。この連鎖が、パンデミックリスクをさらに高めることになる。
パンデミック前にメガトレンド化しつつあった脱炭素化やサーキュラーエコノミーの動きは、一見するとCOVID-19がもたらした短期的インパクトの大きさの前に霞み、危機脱出後の世界では後景化するように思えるかもしれないが、経済活動における資源利用のあり方がパンデミックのドライバーであるという意味において、逆にその必要性はさらに高まりそうだ。
3. 「V字回復」では元の木阿弥:復興資金に伴う“Build Back Better”の付帯条件
日本では政府が緊急事態宣言解除後の経済の「V字回復」に向けた予算措置などを図っているが、国際社会や資本市場は企業に対し、サステナビリティを中心に据えた経済システムへの転換を強く求めている。国連のアントニオ・グテーレス事務総長は国際アースデー発表のメッセージにおいて、パンデミックを「より良い経済復興(build back better)」の機会にするべきとし、公的資金による救済の条件として企業にグリーン雇用の創出や持続可能な成長へのコミットメントを求めるなどの「6つの行動」を提案している。
同様の動きは国家レベルでも起きている。欧州ではある欧州議会議員(MEP)の提唱に180名の政治指導者、大手企業経営者、労働組合やNGO、シンクタンクの代表らが賛同する形で、コロナ後の経済復興の軸に先般発表されたEUの経済戦略「グリーンディール」を据え、カーボンニュートラルな経済への移行を加速すべきと訴えている。現実の政策レベルにおいても、ロックダウンで経営危機に陥った航空会社の救済申請に対し大幅な環境負荷削減を課す事態が起きている。
また、国際コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(ICGN:運用額約5800兆円)は4月23日、配当や役員報酬の削減をしてでも従業員の解雇を避けるべきとする企業向け書簡を公開した。平時に自社の成長を支えてきた労働者を、有事の際に企業側がどう扱うかにこそ、その企業の長期的な成長性が表れると投資家が判断した格好だ。
COVID-19の感染拡大と各国の対応を通じ、もともと存在していた経済格差や雇用差別、ジェンダーや障害などの社会格差が、感染率や死亡率、政府による給付金へのアクセスなどにおける格差という形で如実に可視化される事態となっており、これまでESG投資においては、E(環境)重視の傾向がみられたが、今後はS(社会)やG(企業統治)の比重も高まることが予想される。
このことは、今後企業に社会課題を個別サイロ的に捉えるのではなく、課題間の相互リンケージに対する深い洞察を持って同時解決を図れるようなビジネスモデルの確立が求められる可能性を示唆している。例えば、経済の環境負荷を低減するために必要とされる脱炭素移行について、多くの新規雇用を伴うインクルーシブな移行にすべきとの要求が、労働組合やNGOから上がっている。「Just Transition(公正な移行)」と呼ばれるこの考えは現在、パリ協定に盛り込まれ 、国連責任ある投資原則(PRI)の投資家向けガイダンスも発行されるようになっている 。このJust Transition的なEとSの統合的なアプローチが、サステナビリティ経営において今後さらに求められることになるのではないか。
ポストコロナのNew Normalに対し企業が採りうる戦略アプローチ
ポストコロナの確実なNew Normal(新常態)の一つは、サステナビリティ(ESG/SDGs)が特別なものでなく当たり前となり、企業の「サステナビリティ力」自体が競争力の大きなドライバーの一つとなる世界といえるのではないか。
このNew Normalを見据え、企業はどのような戦略アプローチを採りうるのだろうか。
まず、COVIDとそれへの社会対応が今後社会に及ぼす影響は、SDGsに照らして分析すると俯瞰的・網羅的に把握しやすくなる。モニター デロイトでは、グローバルのナレッジやNGO、国際機関等の発表内容を基に、現時点での17ゴールへの主要な影響の速報版を纏めている。総じてすべてのゴール領域への悪影響が懸念される。特にS領域においては、危機前に存在していた、所得、ジェンダー、障害、人種、雇用形態といった格差の断層がより深刻な結果を伴う形で顕在化している。一方のE領域では、経済停止に伴い、CO2排出量や大気汚染などの指数は一時的に大幅な改善を見せているが、根底にある化石燃料依存型のエネルギー構造や資源の大量消費を基調とするリニアエコノミーを能動的に変えていない以上、危機終息と共にリバウンドしてしまう。
このような世界展望を念頭に置き、特にこれまで手薄だったSやG領域を巡る市民社会ステークホルダーからの要求内容やその変化、行政当局や資本市場におけるルール形成の兆しなどについて、先手先手のセンシングを行う必要がある。
加えて、既知の過去の延長に未来を予測する「中計主義」から脱却し、10年20年先の超長期で捉えた経済社会の動向・市場変化の可能性に対する方向感覚を持った上で、足元・超短期でのDXに関する投資判断などを可能にする「Zoom-Out/Zoom-In」アプローチが、今後有効性を高めるであろう。
COVID-19は多くの不確実性を内包していることは否めない。一方で確かなのは、「SDGsが問いかける経営の未来」が少し早くやってきた、ということではないか。
著者
山田 太雲
モニター デロイト
スペシャリストリード(サステナビリティ)
大手国際NGOで12年間「持続可能な開発」の諸課題に関する政策アドボカシーに従事したのち、2015年の国連SDGs交渉に関与し、成果文書案の一部修正を勝ち取る。モニター デロイトではサステナビリティ潮流やステークホルダーの動向等についてインサイトを提供している。
加藤 彰
モニター デロイト マネジャー
CSV/サステナビリティ戦略プラクティス
モニター デロイトでは、国内外の企業をクライアントとした中期経営計画立案、Go-to-Market Strategy 等の経営戦略案件に加え、サーキュラーエコノミー、ジェンダー等の社会課題を起点としたグローバルの新規事業戦略立案・実行支援も多数経験。SDGs研究/教育にも従事。
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