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EV電池リサイクル市場台頭の背景・ビジネスモデルと、注目のスタートアップ
はじめに
電気自動車(EV)の普及が進む中、持続可能な電池サプライチェーンの構築が急がれている。温室効果ガス(GHG)排出量を削減する効果的な手段として期待されている電気自動車(EV)だが、その主要部品となる電池の生産についてはサプライチェーン上の課題が指摘されている。原材料となる資源について特定国への偏在傾向があり、依存脱却に向け各国政府・企業は国内、およびパートナー国との連携を通じた域内サプライチェーンの強化を急ぐ。本稿では、域内サプライチェーンの確立に向けた重要な打ち手であるEVバッテリーのリサイクルに注目し、同領域への投資やスタートアップの動向を紹介する。
域内サプライチェーン確立に向けた動き
GHG排出量削減に向けた主要施策の一つとしてEVシフトが進んでおり、特に米国・欧州・中国を中心にEVの普及が確実に進んでいる。国際エネルギー機関(IEA)は、世界の電気自動車(BEV(バッテリー式電気自動車)・PHEV(プラグインハイブリッド電気自動車))の総台数が2030年に2億5,000万台、2035年に5億2,500万台に達すると見込んでいる1。なお、これが実現すると路上を走る自動車の1/4以上が電気自動車となる。
図1. グローバル市場における電気自動車 総台数予測
2023年のEV登録台数は前年比35%増の約1,400万台となり、グローバル新車販売の18%を占めた2。米国は2032年に新車販売におけるEV(BEV)比率35~56%3(2024年12月時点の状況)、欧州は2035年に内燃機関車両の新車販売の禁止4、中国は新車販売における新エネルギー車(NEV=BEV, PHEV, FCV)の割合を2027年までに45%に引き上げることを目標5をして発表しており、世界的なEVシフトの流れは今後も続く見込みである。
EVの普及にはバッテリーの生産が必要だが、バッテリーの材料となる資源の生産・加工の多くは一部の資源国に依存している。例えばバッテリーに利用される主要レアメタルのコバルトは、中国が精錬能力の60%を占め、上流権益の約35%が中国資本となっている6。特定国への依存が高いことで、事業者は供給国の輸出政策や生産施設の状況による影響を受けやすくなる。実際に、2023年10月に中国がリチウムイオン電池の負極材として利用される黒鉛の輸出規制7を発表したことで、自動車OEM等、電池に関わる多くのプレイヤーがサプライチェーン多角化の重要性を再認識する事となった。
この様な状況を受け、EV化を進める各国はサプライチェーン多角化に向けた取り組みを加速させている。
例えば米国はインフラ投資雇用法(IIJA)とインフレ削減法(IRA)を通じた国内生産体制強化の支援プログラムを多く提供8しており、総額77億ドル・12プログラムが割り当てられたIIJAでは、鉱山の開発や代替品の研究のほか、原材料の安定確保のためのリサイクルシステムの構築に重点が置かれ、5プログラムがリサイクル支援に焦点を当てたものである。
欧州もEU域内・近隣国との協力を通じたサプライチェーン多角化・強靭化を目指しており9、2020年9月には重要鉱物(Critical Raw Material)に関する行動計画を発表した。同計画においては、「グリーン及びデジタル経済への移行、及び欧州の戦略的自立性確立のため、重要鉱物について多角化され、持続可能で社会的責任を果たすことができ、循環性とイノベーションが確保されたサプライチェーンの構築が必要」との認識の下、資源の循環利用を含む4つの取組みが打ち出された。加えて、欧州ではバッテリーリサイクルに関するルール作りも進められており、EVバッテリーのリサイクル率やリサイクル材料使用率に関する規制10が定められている。2025年以降はEVバッテリーのライフサイクルカーボンフットプリントの開示義務、2028年以降は同フットプリントに上限も設定される見込みであり、欧州でEVバッテリー関連事業に取り組む事業者にとって、リサイクルやそれを通じたカーボンフットプリントの削減はますます重要な論点となっている。
国だけでなく企業レベルでも資源確保の動きは加速している。EVメーカーのTeslaは自社バッテリー工場でのリサイクルプログラムの運営・高度化を進めており11、重要資源のリサイクル量は年々増加12している。メルセデスベンツは2024年に欧州初となる電池リサイクルの自社工場の開設を発表13し、バッテリーのリサイクルを通じてバージン材料(primary resources)の使用量削減を目指し、域内でのクローズドループを完成させたとした。域内でクローズドループを持つことは、サプライチェーン上の他国・企業への依存を軽減させ地政学的なリスクを回避したり、スクラップの再利用や輸送距離の最小化等によりコスト削減に繋がるだけでなく、地域によっては域内のリサイクル材に対して政策支援を提供している場合もあり、企業にとって事業上の利点が多く見込める。クローズドループを完成させる上で不可欠となるリサイクル事業への取り組み方針としては、個別の専門業者がパートナーシップを組んで運営するパートナーシップ型と、自社で完結させる垂直統合型が存在するが、企業の取り組み方針から各社の思惑について一定程度の推察をすることができると考えられる。
EVバッテリーリサイクル事業の構造と論点
EVバッテリーのリサイクル事業は大きく、①原料調達、②リサイクル処理(含む前処理)、③商品化の3工程に分類できる。
①:原料調達
原料調達は使用済みバッテリーやバッテリー生産時のスクラップ等、リサイクルの原料となる資源の回収・物流に関する業務であり、リサイクル事業者の売上高に直結する重要な工程14である。特に、調達する原料の量・種類・タイミングや、その輸送コストをいかに抑えるかは重要な論点であり、EVバッテリーリサイクリング事業者のRedwood Materialsも、2023年の発表15において「物流がバッテリー回収・リサイクル事業の最も大きなコストであり、規模の経済を実現することが重要」と述べている。
②:リサイクル処理(含む前処理)
リサイクル処理の工程では、収集したバッテリーの破損状況等を把握した上で、バッテリーの種類やその後のリサイクル手法に合わせた前処理(破砕・選別)を施し、実際のリサイクル処理(分離・精錬)を行う16。ここでは、資源の回収率をいかに高めるかとういことや、作業に必要なエネルギー・人件費をどこまで抑えられるかが重要な論点であり、多くのスタートアップが資源回収率の向上やリサイクル処理の自動化・省エネ化に取り組んでいる17。
③:商品化
商品化の工程では、回収した資源を顧客の要望に合わせてEVバッテリーの正極材や銅箔として加工する。正極材等の電池材料の製造には高度な専門性が求められ、顧客の要望に合わせた電池材料を提供できることは、顧客獲得・利益拡大を目指す上で大きな強みとなる。
図2. リサイクル事業における3つの大工程と論点
以上の様に、バッテリーのリサイクルはサプライチェーンの多角化・強靭化の観点から国・企業の注目を集めており、今後のEV化促進において欠かせない要素であると同時に、事業として成立させるには課題が多い領域である。世界中で多くのスタートアップ企業がこれらの課題の解決・事業化に取り組んでおり、2023年までに少なくとも80社がEVリサイクルに取り組み、50社のスタートアップが合計で27億ドルを調達した18。以下に、その様なスタートアップの一部を紹介していく。
Li-Cycle
Li-Cycleは2016年に設立されたカナダ発のリチウムイオン電池リサイクルスタートアップであり、2021年にニューヨーク証券取引所への上場を果たした19。独自の”Spoke(スポーク)& Hub(ハブ)技術” 20により上述の重要論点である輸送コストの削減を実現しつつ、リチウムイオン電池中の全材料の95%以上を回収し電池材料として再利用することに可能にしている企業であり、主にカナダ、米国、欧州で事業を展開している21。同社は独自の資源回収技術である”スポーク技術”を用いたスポーク施設を分散して配置し、同施設にて電池の破砕や選別といったリサイクルの前処理工程を自動で効率よく実施し、電池リサイクルプロセスにおける中間生成物であるブラックマスと呼ばれる粉体を生成する。その後、リサイクル工程を行う工場であるハブ施設にブラックマスを輸送し、高純度の電池材料を生産している。輸送しやすい中間生成物の状態でハブ施設に輸送し、大型かつ高重量であるEVバッテリーの輸送を最小限に抑えることによって、輸送コストの削減を実現している。また、同社によると従来の製造方法と比べ、CO2は74%、NOxは92%、SOxは92%、水使用量は97%削減22しており、サステナビリティの観点でも同社の製造方法は注目を集めている。米国でサステイナブルなクローズドループを実現したい電池メーカーから注目を集めており、LG ChemやLG Energy Solutionsが投資家として名を連ねる。LG Energy Solutionsがリサイクル原料(スクラップや使用済み電池)を提供し、Li-Cycleはリサイクルした資源をLG ChemとLG Energy Solutionsに提供するとしている30。
2024年11月にはNY州で建設中のリサイクル施設(ハブ施設)の建設資金として、米国エネルギー省(DOE)による4億7,500万ドルの融資が決定された23。この施設が本格稼働すると、年間18万台のEV生産にリサイクル材料が提供され、常時200名の雇用を生む見込みである24。同社は、ニューヨーク州・アリゾナ州・アラバマ州にスポーク施設を保有しており、今後はNY州のハブ施設で北米向けリサイクル材料の共有を加速させる考えであり、今後益々米国におけるリチウムイオン電池のクローズドループの確立が進むものとみられる。
Ascend Elements
Ascend Elementsは2015年に設立された米国発のスタートアップであり、2024年10月までに8億8,000万ドルを調達している。投資家にはVCに加えシンガポール政府系投資機関のTemasekや、カタールの政府系投資機関のQatar Investment Authority、企業ではHitachi Venturesなどが名を連ねる25。2023年2月にはHondaと「北米におけるリチウムイオン電池用リサイクル資源の安定調達について協業することに基本合意」したと発表26しており、日系企業との繋がりも深い。その他にも2022年9月には韓国のSKバッテリーアメリカ31と、2023年7月には米国大手バッテリーメーカーと10億ドル相当のバッテリー材料の供給契約を締結31しており、米国でバッテリー生産を行う企業からの注目が高い。
Hydro-to-Cathodeと呼ばれる独自の技術27により、従来よりも少ない手順でリサイクルが可能なことを強みとしており、同社によるとこの技術によりバッテリー用正極材の生産コストは最大50%、炭素排出量は最大90%削減されるとしている。上述の重要論点であるリサイクル処理の効率化や省エネ化を実現させている企業として注目されており、民間・政府からの資金調達を続けながら米国や欧州での事業展開を加速させている。2024年9月には米国エネルギー省(DOE)から1億2,500万ドルの助成金(Koura Global社とのcost-sharing grant)を受けることが発表28 29され、EVバッテリーから効率的に黒鉛を回収可能な(Hydro-to-Anode技術を用いた)リサイクル施設の建設をケンタッキー州とルイジアナ州で推進するとした。従来のリサイクル工程での黒鉛残渣は焼却用に低価格で売却されてきたが、同社の技術により効率的に回収しEVバッテリー用の負極材として循環できるようになるため、同社はリサイクル処理の効率化に留まらず、回収対象資源の拡大にも取り組んでいると言える。このHydro-to-Anode技術はHydro-to-Cathode技術を強力に補完するものであり、国内の正極(Cathode)材・負極(Anode)材のサプライチェーン強靭化に貢献するとして、DOEも当該プロジェクトを循環型経済の実現、ひいては米国内での重要鉱物の循環性確保の上での重要な一歩としている。
終わりに
EVは温室効果ガス排出量の削減において重要な打ち手であるが、その普及に向けては事業・環境の両面で持続可能な循環経済の確立が不可欠である。一部の資源国への過度な依存を回避し、ひいては供給国の動向による事業への影響を最小化する上で資源の域内循環(リサイクル)は重要な役割を持ち、その実現に向けては国・地域の特性を考慮した形での事業検討、各地域における動向の継続観察、ルールの読み解き、適したパートナーの探索等が求められる。また、本稿ではEVバッテリーのリサイクルに焦点を当てているが、EVの循環型経済の実現に向けてはEVバッテリーのリユース(再利用)やリファービッシュ(改修)も重要な取り組みあり、使用済みEV車両の増加に伴いそれらの市場は拡大していくものと考えられる。今後も各地域におけるEVの循環型経済に関する動向を、スタートアップの観点から注視したい。
出所および注釈
1 International Energy Agency (2024), ‘IEA Global EV Outlook 2024’, IEA, Paris
https://www.iea.org/reports/global-ev-outlook-2024/outlook-for-electric-mobility
2 International Energy Agency (2024), ‘Global EV Outlook 2024 Trends in electric cars’, IEA, Paris
https://www.iea.org/reports/global-ev-outlook-2024/trends-in-electric-cars
3 S&P Global Mobility ‘Highlights of the Latest US EPA Releases on 2032 Regulations April 03, 2024’
https://www.spglobal.com/mobility/en/research-analysis/us-epa-releases-2032-regulations.html
4 European Parliament ‘EU ban on the sale of new petrol and diesel cars from 2035 explained’
https://www.europarl.europa.eu/topics/en/article/20221019STO44572/eu-ban-on-sale-of-new-petrol-and-diesel-cars-from-2035-explained
5 CnEVPost
https://cnevpost.com/2024/01/12/china-aims-nevs-45-pct-car-sales-2027/
6 経済産業省資源エネルギー庁 ‘日本の新たな国際資源戦略 ③レアメタルを戦略的に確保するために’
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/kokusaisigensenryaku_03.html
7 Reuters ‘中国の黒鉛輸出規制、代替調達加速へ 対応には時間も’
https://www.reuters.com/article/idUSL6N3BT07D/
8 JETRO ‘連邦政府のEV普及政策、成果と課題(米国)’
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2023/0903/db25da831838dde7.html
9 経済産業省資源エネルギー庁 ‘2050年カーボンニュートラル社会実現に向けた鉱物資源政策’
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shigen_nenryo/kogyo/pdf/007_03_00.pdf
10 European Union Regulation (EU) 2023/1542 of the European Parliament and of the Council of 12 July 2023 concerning batteries and waste batteries, amending Directive 2008/98/EC and Regulation (EU) 2019/1020 and repealing Directive 2006/66/EC (Text with EEA relevance)
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32023R1542
11 Tesla社の Impact Report 2022
https://www.tesla.com/ns_videos/2022-tesla-impact-report.pdf
12 Tesla社の Impact Report 2023
https://www.tesla.com/ns_videos/2023-tesla-impact-report.pdf
13 Mercedes-Benz社のニュースリリースOwn recycling factory to close the battery loop.
https://group.mercedes-benz.com/company/news/recycling-factory-kuppenheim.html
14 Supply Chain Management Reviewの記事 ‘Logistics key to supercharging EV battery recycling’
https://www.scmr.com/article/logistics-key-to-supercharging-ev-battery-recycling
15 Redwood Materials社のニュースリリース One year update: Redwood’s California EV Battery Recycling Program
https://www.redwoodmaterials.com/news/update-california-ev-battery-recycling-program/
16 JETRO米国における EV 用バッテリーのリサイクル事業の現状と見通し調査
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/8fb2500fdc0ea327/20230009rev1.pdf
17 ev Industry Blog by EV Charging Summitの記事 ‘7 Startups Rolling Out New Battery Recycling Methods for EVs’
https://evchargingsummit.com/blog/startups-rolling-out-new-battery-recycling-methods-for-evs/#:~:text=The%20startup%20Ascend%20Elements%20recycles,with%20scrap%20materials%20from%20batteries
18 Reuters ‘Dead EV batteries turn to gold with US incentives’
https://www.reuters.com/business/autos-transportation/dead-ev-batteries-turn-gold-with-us-incentives-2023-07-21/
19 Li-Cycle社ニュースリリース
https://li-cycle.com/in-the-news/li-cycle-licy-ceo-with-a-company-overview-merger-with-peridot/
20 名古屋市要綱会議所 産学連携 クリーンテック 技術展 Li-Cycle Corp.
https://cleantech.nagoya-cci.jp/2nd/details17.html
21 Li-Cycle社公開情報
https://li-cycle.com/press-releases/li-cycle-starts-operations-at-its-first-european-lithium-ion-battery-recycling-facility/
22 名古屋市要綱会議所 産学連携 クリーンテック 技術展 Li-Cycle Corp.
https://cleantech.nagoya-cci.jp/2nd/details17.html
25 Ascend Elements社ニュースリリース Ascend Elements Raises $542 Million to Accelerate Production of U.S.-engineered Lithium-Ion Battery Materials
https://ascendelements.com/ascend-elements-raises-542-million/
26 Honda社ニュースリリース
https://global.honda/jp/news/2023/c230227a.html
27 Ascend Elements社 HP
https://ascendelements.com/innovation/
28 US Department of Energy Bipartisan Infrastructure Law: Battery Materials Processing and Battery Manufacturing Recycling Selections
https://www.energy.gov/mesc/bipartisan-infrastructure-law-battery-materials-processing-and-battery-manufacturing-recycling
29 Ascend Elements社 News & Insights ‘Advanced Graphite Recycling: Ascend Elements and Orbia Selected for $125 Million Cost-Sharing Grant from U.S. Department of Energy‘
https://ascendelements.com/advanced-graphite-recycling-ascend-elements-and-orbia-selected-for-125-million-cost-sharing-grant-from-u-s-department-of-energy/
30 LG Energy Solutions社ニュースリリース ’Li-Cycle, LG Chem and LG Energy Solution Enter into Letter of Intent for Milestone Closed Loop Commercial Arrangement‘
https://news.lgensol.com/company-news/press-releases/879/
31 JETRO ビジネス短信 ‘米アセンド・エレメンツ、バッテリーリサイクルで10億ドルの供給契約締結’
https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/06/2f0ae0d276144205.html
執筆者
執筆:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社/Deloitte Consulting US San Francisco
シニアマネジャー 竹内 豪
監修:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
パートナー 木村 将之
協力:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社/Deloitte Consulting US San Jose
シニアマネジャー Mina Hammura