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医療・ヘルスケアスタートアップによる生成AI活用事例
医薬品開発から販売までの各ステージでの生成AI活用事例および日本企業の参入余地に関して
医療・ヘルスケア領域は、取り扱うデータ種別が多様であり、その量も膨大であることから、AI活用が早期から期待されてきた領域の1つである。このため、昨今注目を集めている生成AIの影響は、この領域にも及んでいる。
従来のAIと生成AIの違いとは
従来のAIがプログラミングされた規則やアルゴリズムに基づいてタスクを実行するのに対して、生成AIは、すでに学習したデータを参考に、AI自身が自ら学習し続け、与えられていない情報やデータさえも、新たなアウトプットとして返すことができる。これにより、生成AIでは単なるデータ認識を超えた柔軟なアウトプットが可能となり、より個別・具体のケースへの対応が可能となる。
ファッション広告の例でいうと、顧客ひとりひとりの趣向に応じて、広告のモデルの性別、顔、服などシチュエーションを変化させ、新たな広告コピーを生み出すことさえ可能になる。
医薬品開発から販売までの各ステージにおける生成AI活用事例
① 診療・治療、医療機関
コロナ禍を経て、医師の長時間労働やそれに起因する”燃え尽き症候群“が社会問題として大きな注目を集めている。医師の負担が大きい業務として、よく挙げられるのが医療文書の作成であり、自動化ニーズが最も高いものの1つと考えられる。そのニーズに応えるように、医療文書の自動生成は、生成AIの活用が期待されている領域の一つであり、GoogleやAmazonといったビッグテックも同領域で生成AIソリューションを発表している。例えばAmazonは、音声認識と生成AIを組み合わせたツールを発表しており(参照1)、音声認識によって診察の様子を記録し、生成AIがそれを文章化することで、医師の文章作成業務の効率化を図っている。ソリューションの多くは、記録された診察の様子を基に、診療記録や医療事務書類などの医療文書を生成AIが自動的に作成するといったものである。
この種のソリューション開発を手がけるスタートアップの例として、米国のKnowtex(参照2)を取り上げたい。同社のサービスは、診察中の会話から医療情報を特定し、医療現場で標準的なSOAP(Subjective, Objective, Assessment, Plan)形式の要約を作成し、適切な償還コードを示す。その要約を基に保険償還申請の証憑となる医療レターを生成AIが自動的に作成する。同社HPによれば、1日2時間以上の業務時間の短縮が可能としている(参照2)。これにより、医師は患者のケアに集中できるようになり、標準化された透明性のある文書化によって医療機関の医療費回収漏れを防ぐことができる。
もう1つの事例として、米国のスタートアップHippocratic AI(参照3)を紹介する。医療における適切な診療や患者の満足度向上のためには、治療や診断のための科学的、技術的な専門性だけではなく、ベッドサイド・マナー(医療現場での患者とのコミュニケーション)も重要といわれる。同社は、医療アプリケーション向けのテキスト生成モデルとして、ベッドサイド・マナーに特化した医療用大規模言語モデルを開発している。米国の医師免許試験(USMLE)を含む114の認証試験をベンチマークとし、モデルの学習には医療専門家によるフィードバックプロセス(RLHF)を採用している。上記114の認証試験に対して、GPT-4とHippocratic AIが開発するAIで性能比較を行った場合、同社が開発するAIの方が、105の認証試験で優位なスコアを示したという結果を得ている(参照4)。同社は、医療における人手不足やそれに伴う人件費の増加を、この言語モデルを活用して解決することを目指している。
②基礎研究・非臨床研究、臨床試験
上記の臨床現場での利用以外に、基礎研究・非臨床研究や臨床試験の領域でも生成AIの活用が期待できる。
例えば、医薬品候補化合物において、既存かつ大量の化合物からスクリーニングで見つけるのではなく、特定の薬効などを持った化学式を新しく予測する研究が進められている(通常は化合物の化学式や構造などから薬効などを予測する構造活性相関解析が主流だが、その逆向きの方法論であることから逆構造活性相関解析などと呼ばれる)。一例として、”Simplified Molecular Input Line Entry System(SMILES記法)”と呼ばれる方法で化合物の化学式や構造を文字列として表記することで大規模言語モデルとして扱い、そのモデルを持つ生成AIによって新規化合物を生成する方法がある。
本分野で成果を上げている事例として、香港のスタートアップであるInsilico medicineは、短期間の内に生成AIによって、肺機能の低下をもたらす慢性肺疾患である特発性肺線維症に対する低分子阻害剤を開発したことで話題となった。生成AIを活用して開発された低分子阻害剤INS018_055は、プロジェクト開始から臨床試験フェーズ1完了までに要した期間が30カ月未満と従来の開発期間を大きく短縮し、2023年には臨床試験フェーズ2を開始した(参照5)。同社は、変分オートエンコーダに報酬型のフィードバックプロセスを加えた”GENTRL model”と呼ばれる生成AIを活用し、与えられた標的に対する効果や文献や特許に記載されている分子に対する新規性といった評価プロセスを最適化している(参照6)。
また、同社は臨床試験の効率化や成功予測にも取り組んでいる。同社が提供するサービスでは、対象の医薬品候補化合物について、効率的な臨床試験のプロトコルを自動で生成することが可能である。2023年7月の論文で、同社のモデルで臨床試験のフェーズ2の結果を予測したところ、実際の試験結果と79%で整合したことを発表している(参照7)。
③ 消費者・患者
生成AIによって多様な個別ニーズに対応できるようになることから、消費者・患者向けのサービスにも生成AIが活用されると考える。例えば、パーソナライズ化されたヘルスプラン生成や対話型AIによるカウンセリングといった利用が想定される。現状はまだ従来のAIをベースとしたサービス・プロダクトに留まっている印象であるが、生成AIならではの取り組みも少しずつ見え始めている。
例えば米国スタートアップのSpynは、パーソナライズ化したフィットネスプログラムを提供する対話型生成AIサービスを2023年7月31日に発表した(参照8)。ユーザーは利用したい器具や運動時間、目標などといった内容を対話ベースで入力することで、生成AIが目的・目標に合わせたフィットネスプログラムを自動的に生成してくれる。またマインドフルネスコーチとしても機能し、音楽・音声・スクリプトなどをユーザーごとにパーソナライズしたものをリアルタイムに生成し、瞑想体験を即座に提供することが可能となっている。
日本企業の参入余地
生成AIのビジネスは一般的にインフラレイヤー、モデルレイヤー、アプリケーションレイヤーの3つのレイヤーで捉えられるが、それぞれのレイヤーでどのような対応が求められるのかについて検討する。
インフラレイヤーはハードウェアやソフトウェアの基盤に関する部分であり、クラウドプロバイダーが提供するサーバー、ネットワーク、データベースなどが含まれる。既にビッグテックやNVIDIAといった巨大資本が押さえている領域であるため、彼らとの連携を模索する必要があるだろう。例えばバイオテクノロジー企業であるAmgenはNVIDIAの生成AIクラウドサービスを利用し、自社が保有する分子生物学に関するデータを大規模言語モデルの事前トレーニングに用いて、治療用タンパク質の探索や開発に取り組んでいる(参照9)。
基礎となるモデルレイヤーでも、巨大資本が非常に大きな存在感を発揮している。一方で、疾病関連では関連する特定のデータを入手するのが困難であったり、患者データの人種間での比較可能性が問題となったり、医療データ中の各国言語特有の表現がある場合もある。そのため、特定のデータと疾病の関係に強みを持つようなモデルを開発したり、特定の人種の臨床データ、言語で書かれた医療データを学習データとする大規模言語モデルを開発したりすることも考えられる。既に日本でも、スタートアップであるオルツとファストドクターが連携した事例がある(参照10、参照11)。
アプリケーションレイヤーが最も参入障壁が低く、プレイヤーが多い。アプリケーションレイヤーはユーザーインターフェースとなるため、個別化された体験を提供することで差別化を図る必要がある。個別化された体験を実現するためには、モデルのファインチューニングやユーザーの趣向に応じて適切なアウトプットが行われるようにするようなサービス設計すること自体で差別化を図る必要がある。例えば、ヘルスケア領域には様々な規制が存在するという特性上、そうした規制への対応を支援するサービスが考えられる。具体的な例として、海外企業が日本に医療機器等を輸入・販売する、または日本の医療関連企業が海外へ展開する際に、進出国の規制や特許の関係で書類対応が多く発生するが、その必要となる書類の自動生成といったことが考えられる。他にも、各種規制の状況を踏まえた臨床試験における計画書や手順書等の文書作成の自動化や、被験者への説明資料やコミュニケーションのパーソナライズ化および自動化といった活用法も考えられる。
以上のように医療・ヘルスケア領域の生成AI活用には広範な機会が広がっている。一方で、本稿では詳細に扱っていないが、医療・ヘルスケア領域における生成AI活用においては、医療情報に関する情報保護やプライバシー保護およびその他の法規制の遵守、倫理、公平性の問題などに配慮し、医療関係者との連携が必須となる点にも留意が必要である。医療・ヘルスケアに携わるプレイヤーは、これらの課題やリスクを踏まえたうえで、どのように生成AIを活用することができるのかを議論・検討していく必要があるだろう。
本文内容の留意点と、情報の参照について
本文内容の留意点
- 本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
- 本稿は2023年11月時点での情報を基に執筆
参照元
(参照1)Amazon社プレスリリース(https://aws.amazon.com/jp/about-aws/whats-new/2023/07/aws-healthscribe-preview/)
(参照2)Knowtex社ホームページ(https://www.knowtex.ai/)
(参照3)Hippocratic AI社ホームページ(https://www.hippocraticai.com/)
(参照4)Hippocratic AI社公開資料(https://www.hippocraticai.com/benchmarks)
(参照5)Insilico medicine社プレスリリース(https://insilico.com/blog/first_phase2)
(参照6)Insilico medicine社公開資料(https://insilico.com/blog/fih)
(参照7)Aliper, A., Kudrin, R., Polykovskiy, D., Kamya, P., Tutubalina, E., Chen, S., Ren, F. and Zhavoronkov, A. (2023), Prediction of Clinical Trials Outcomes Based on Target Choice and Clinical Trial Design with Multi-Modal Artificial Intelligence. Clin Pharmacol Ther, 114: 972-980. (https://doi.org/10.1002/cpt.3008)
(参照8)Spyn社プレスリリース(https://www.globenewswire.com/news-release/2023/07/31/2715396/0/en/Spyn-Inc-announces-the-launch-of-a-hyper-personalized-generative-AI-powered-wellness-application.html)
(参照9)NVIDIA社プレスリリース(https://www.nvidia.com/ja-jp/about-nvidia/press-releases/2023/nvidia-unveils-large-language-models-and-generative-ai-services-to-advance-life-sciences-r-d/)
(参照10)オルツ社プレスリリース(https://alt.ai/news/news-2023/)
(参照11)ファストドクター社プレスリリース(https://fastdoctor.jp/corporate/news/news-20230406/)
執筆者
執筆:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社 コンサルタント,本多正樹
協力:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社 シニアマネジャー,金澤祐子
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社/Deloitte Consulting US San Jose, Manager,Mina Hammura
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社 シニアコンサルタント,鈴木慶子
監修:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社 COO,木村将之
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