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最新動向/市場予測
2023年上半期、海外のInsurtech(インシュアテック)投資トレンドと今後の展望
全体として冷え込みが続くスタートアップ投資市場における、Insurtech領域のトレンドと今後の展望、保険会社にとっての機会とは
Insurtech(インシュアテック)市場の投資動向
IPO市場の冷え込み、インフレ抑制目的の利上げが継続する中で、米国のスタートアップ投資は2021年をピークに下落を続けており、全セクターの投資額は、ピークであった2021年の638.4B米ドルから2022年は$415.1B米ドルへと下落した(出所1)。Insurtech領域においても、2021年をピークとし下落に移った傾向に変わりはなく、2023年Q2の調達総額は0.9B米ドルとなり、2018年Q2以来初めて1.0B米ドルを割り込む状況となっている(出所2)。
ステージ別では、2021年Q3に資金調達したレイターステージの企業数を100%とした場合、2023年Q1は38%ほどまでに下落している。アーリーステージ、ミドルステージと比較してレイターステージで下落率が大きいことから、比較的規模が大きいスタートアップにとって特に資金調達が困難となった様子が伺える(出所3)。
また、Insurtechのバリュエーション平均は、2021年1月を100%とした際に2023年7月以降で41%ほどの水準(マイナス59%)で推移しており(出所4)、デジタルInsurtechの中でも有力銘柄とされてきた上場企業の中には、株価・時価総額をピーク時の1/10程度、またはそれ以上に下落させている会社もある。
このように、Insurtech領域のスタートアップにとっては厳しい市場環境が続いている。しかしながら、そうした中にあっても資金調達に成功したスタートアップは存在しており、その内容について次章にて紹介していく。
2023年上半期におけるトップディールの動向
今回、CB Insightsが発表した2023Q1・Q2それぞれの調達額ランキングをもとに、どのような領域のInsurtech企業が資金調達に成功したかを確認した(出所5)。
各企業がメインで提供していると見られるソリューションをベースに、カテゴリ別に分類を行った結果が下の図となる。
マクロ動向含めた現在の投資環境下において、投資家がスタートアップへの資金提供に慎重になる中で、代理店支援や保険会社の業務効率改善といった手堅い領域で勝負しているスタートアップが資金調達に成功した様子が見て取れる。
代理店支援:
2023年上半期に調達に成功したWefox(ドイツ、調達総額 1.4B米ドル)とThinksurance(ドイツ、調達総額39Mユーロ)、Novidea(イスラエル、調達総額88.0M米ドル)は、主要事業に代理店支援ソリューションを掲げている。Insurtech領域では特に有名なユニコーン企業であるWefoxは、ダウンラウンドも散見されるInsurtech調達マーケット内において、45億米ドルのバリュエーションを維持しつつ新たに55M米ドルの調達に成功した。この会社の主要事業は保険ブローカー向けのソリューション提供であり、顧客とのマッチング、顧客とのコミュニケーションツール、顧客管理システムまで幅広く提供ししている。スマートフォンやPCなど複数チャネルで顧客とブローカーを繋ぎこむプラットフォームを展開するほか、AIを活用した顧客の保険購入ニーズ予測を提供する等、ブローカーの営業活動を徹底支援しているところが特徴の一つである。なお、今回獲得した資金の使途として、ヨーロッパ域内での更なる販路拡大を目指したM&Aを志向している(出所6)。
保険会社の業務効率改善:
デジタルを活用したソリューションを投入して業務効率化を実現し、コストインパクトを出していくことは、多くの保険会社において未だトッププライオリティの一つであると考えられる。例えば、2023年Q1のTop Dealsに入ったUshur(アメリカ、調達総額92M米ドル)は、AIで顧客コミュニケーションを自動化するソリューションを提供している。クレーム処理やカスタマーサポート、アポイントメントスケジューリング等、幅広い業務をカバーしており、UXの高さが評価され保険業界の大手企業複数にソリューション提供実績がある(出所7)。
また、Federato(アメリカ、調達総額40.6M米ドル)は引受業務の効率化・高度化を目的とし、アンダーライターが保険引き受け時に参照すべきデータを統合して提供するプラットフォームを提供している。複雑なリスク環境に対応するため、リアルタイムで収集したデータからリスクを自動算出し、アンダーライターに提供できるところが強みとなっている。2023年Q2のTop DealsとなったAccelerant(アメリカ、調達総額343M米ドル)は、MGAにキャパシティと併せてデータ分析プラットフォームを提供する会社であるが、直近の報道によると2024年のIPOを目指している模様である(出所8)。
今後の見通しと保険会社にとっての機会
マクロ動向含め先行きが不透明な中において、投資家がミドル~ロングタームのスタートアップ出資に二の足を踏む、または様子見をする状況が続くものと考えられる。Insurtech領域も例外ではなく、投資対象に対する厳しい選別が行われる状況が一定継続する可能性がある。そうした状況においても、業務改善やディストリビューション効率化等の手堅い領域は、投資家から比較的良好な評価を受けられるケースが多いと考えられる。一方で、キャッシュを使い果たし苦しくなるスタートアップが、背に腹は代えられずダウンラウンドを受け入れる状況が増加する可能性がある。また、いくつかのレイターステージスタートアップは、企業の実力に対し不相応に企業価値を停滞させてしまっている可能性があり、このような状況がどの程度継続するかは今後も注視していく必要があるだろう。
上で述べたように、現在のマーケット環境は多くのスタートアップにとって苦しいものと言えるが、一方で見方を変えて考えると、大手保険会社や金融機関にとっては有望なスタートアップと協業・資本提携できる絶好の機会と捉えることが出来るのではないか。
実際に、2023年Q2において、M&Aのイグジット件数が増加に転じている(出所9)。時価総額の下落をチャンスと捉え、買収を仕掛ける企業も増えていると見られる。
(1)Insurtech企業が、別のInsurtech企業を買収
保険販売プラットフォームを展開するZinniaは、保険販売ケイパビリティの拡大を狙い、オンラインブローカーとして有力なスタートアップであるPolicygeniusを買収した。また、インドにおいてギグワーカーを活用した保険販売を行うプラットフォーマーであるInsurance Dekhoは、中小企業向け保険販売プラットフォームであるVERAKを買収し、顧客基盤拡大を狙っている模様である。
(2)保険会社が、Insurtech企業を買収
保険会社による買収事例としては、英国の保険会社Direct lineが従量制(運転距離ベース)の自動車保険販売プロバイダーであるBy Milesを買収したケースが挙げられる。この買収は、By Milesの持つ5万人ほどの顧客基盤に加え、同社が構築してきたコネクテッドカーデータプラットフォームの獲得を狙ったものと考えられる。
その他、PEファンドや金融機関も積極的にInsurtech企業の買収を仕掛けている状況である。
このように、現在のマーケット環境をチャンスと見てケイパビリティ獲得を狙う保険会社やInsurtech企業の動きが見受けられる。先行開発されたケイパビリティ・テクノロジーの獲得や新規市場への参入において、このタイミングだからこそ、インオーガニックの手段を有力な選択肢として検討することが出来るのではないか。
本文内容の留意点と、情報の出所について
- 各スタートアップの調達総額は、2023年9月時点のものである。
- 本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
(出所1)CB Insights「State of Venture 2022 Report」
(出所2)CB Insights「State of Insurtech Global | Q2 2023」
(出所3)Dealroom.co「The State Of Global Insurtech 2023」
(出所4)Dealroom.co「The State Of Global Insurtech 2023」、
Boston Consulting Group「Insurtech’s Hot Streak Has Ended. What’s Next?」
(出所5)CB Insights「State of Insurtech Global | Q2 2023」
(出所6)Tech Crunch記事
(出所7)Tech Crunch記事
(出所8)ロイター記事
(出所9)CB Insights「State of Insurtech Global | Q2 2023」
執筆者
執筆:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート / Deloitte Consulting US San Jose,
Manager, Mina Hammura
協力:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート
ビジネスアナリスト, 石橋裕
監修:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート
COO, 木村将之