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スマートシティスタートアップの最新トレンド2024

テクノロジー実装によるスマートシティの導入拡大と注目のスタートアップ

はじめに

デジタルの活用と規制・制度改革を一体的に推進し、未来社会の先行実現と、生活に関わる様々な分野における地域課題の解決を目指す取り組みである「スーパーシティ構想」が国家戦略特区制度の適用により進展したことで、各地でスマートシティテックの社会実装に向けた動きが活発化している。スマートシティは、実際の生活空間である「まち」を実証の場として活用できるため、生活に関わるイノベーションの事業化を目指すスタートアップによる活躍が期待されている。
本稿では、国家戦略特区を中心に、今後存在感を高めていくと考えられるスマートシティ分野のスタートアップとそのソリューションを紹介する。

参照:前回のスタートアップの活躍で追い風に乗るスマートシティ転換期では、スマートシティの潮流や持続可能なスマートシティの実現に向けた要諦と、スマートシティにおける重要分野のうち都市OS、モビリティ、および健康・医療領域のスタートアップを紹介している。

直近のスマートシティテック市場規模

Grand View Research*1によると、2023年の世界のスマートシティ市場規模は約7,487億米ドルとなり、2023年から2030年にかけてCAGR25.8%で成長していくと予測されている。

これまでの技術実証を目的としたスマートシティから、生活者や都市の利用者の利便性を高めることを目的とした住民中心のスマートシティを目指すようになったことで、スマートシティテック市場は拡大してきた。そのような背景に加え、COVID-19の感染が拡大したことで、サービスのオンライン化、デジタルインタフェースの拡張や都市の状況の可視化等のニーズがさらに高まり、また2022年以降は環境に配慮した持続可能な都市づくりの機運上昇や防犯・防災を含むパブリックセーフティーへの懸念が高まっていることが市場成長を後押ししている。

また、スマートシティテックの市場規模に焦点を当てると、Guidehouse*2による分析では2023年は1,210億米ドル、2023年から2032年にかけてCAGR10.7%で成長すると予測されている。スマートグリッドやスマート水道を始めとしたいくつかの技術は、多くの地域で導入が進んでおり、スマートシティテックの一部は実装段階に入っているといえる。

日本におけるスマートシティテック導入加速の背景

2022年4月、政府が「スーパーシティ」として茨城県つくば市と大阪府・大阪市を、「デジタル田園健康特区」として石川県加賀市・長野県茅野市・岡山県吉備中央町を指定したことを受け、2024年度に入りスマートシティテックの社会実装に向けた動きが活発化している。
特にスーパーシティ構想では、2030年頃に実現される未来社会を、住民参画により先行実現していくことが目標とされている。この目標実現に向けて、スーパーシティ指定自治体においては、AIやビッグデータ解析などの先端技術を様々な領域(行政手続、都市交通、医療サービス、教育サービス等)に活用し住民の利便性を向上させる取り組みが進展している。
また、スマートシティにおいてサービス間の連携を担う「データ連携基盤」を通じた多様なデータの連携・共有に向けた取り組みも進められている。2021年7月には、国際標準化機構(ISO)において、日本が提案した「スマートコミュニティインフラの統合と運用のためのフレームワーク」に関する国際規格が発行され、日本のスマートシティソリューション実装に向けた取り組みは世界的にも注目を集めている。この規格の発行により、都市インフラを構成するシステムの要求事項の割り当て範囲、コンポーネントの役割・責任範囲、製品性能評価が明確化・適正化された。この国際規格発行は、日本メーカーの海外進出を後押しするものと考えられる。

世界のスマートシティ開発動向

スマートシティの開発は欧米が中心であるものの、近年は、シンガポール、インド、中国、ベトナム、セネガル、ナイジェリアといったアジア・アフリカ等の地域でも急速に進められている。
中でも特に注目すべき国の一つはインドである。インド政府は2015年「スマートシティミッション」を開始した。これは、「スマートソリューション」により重要な都市インフラ・衛生環境の整備、持続可能な環境構築、市民の良質な生活確保を目的としたものである。国内多数の都市を同時にスマートシティ化し、上下水道などの基礎インフラの整備と併せ、行政サービスや教育、医療といった幅広い分野の先進サービスを導入する点に特徴がある。インド国内の100都市をコンペにより選出し、2024年の完了に向けて事業を急ピッチで進めており、事業価値は263億米ドル以上*3とされている。また、将来的には他国・都市への水平展開も狙っている。
他の注目すべき国としてサウジアラビアがある。サウジアラビアは、石油依存体質からの脱却を実現し経済を多角化するための成長戦略である「サウジ・ビジョン2030」の中心プロジェクトとして、スマートシティ構想であるNEOMの開発を進めている。建設費用5,000億米ドル*4を超える大規模プロジェクトであり、2045年の居住者受け入れに向け、クリーンエネルギーの導入、AIを活用し交通機関や環境などのデータを高度に連携したコミュニティ形成などを、急ピッチで進めている。

スマートシティスタートアップ最前線

スマートシティテックでは、前述したエネルギー利用効率の向上分野やパブリックセーフティー分野に加え、行政サービスのデジタル化のように市民の利便性向上を目的とした分野が注目されている。近年、特にこうした分野においてIoTやAI、クラウドコンピューティングによる技術革新が急速に進んでいる。
StartUs Insights*5の世界のスマートシティスタートアップ3298社を対象とした分析によると、スマートシティテックのスタートアップ数分野別トップ10として、スマートモビリティ、デジタルガバメント、パブリックセーフティー、スマートエネルギー、電子政府、グリーン都市計画、スマートビル、廃棄物管理、水管理、スマート農業があげられる。

ここでは、スマートシティテックにおけるスタートアップ数割合上位5分野であるスマートモビリティ、デジタルガバメント、パブリックセーフティー、スマートエネルギー、電子政府の分野から、注目のスタートアップを紹介していく。
なお、デジタルガバメントは「多様な人々が医療や福祉などの公共サービスにアクセスできるようにするためのテクノロジー」を指し、電子政府は「オンライン投票やデジタルパスポート等のIT技術を活用した行政サービス」と定義する。

スマートモビリティ:SWAT Mobility

これまでより少ない資源で多くのヒトやモノを運び、社会を豊かにすることを目的に、2015年にシンガポールで創業された。オンデマンド交通運行アプリ「SWATBiz」「SWATMove」の提供等、モビリティのルート最適化を軸とした事業を展開している。2020年の日本進出以降は、地方における公共交通のイノベーションなど日本の社会課題に取り組み、長野県白馬村、石川県加賀市でのサービス提供など、展開範囲を順調に拡大している。また、2022年にはSupply Chain AsiaからSupply Chain Innovator of the Year (Startup) 賞を授与*6 されるなど、国際的な認知度も順調に向上してきている。これまでの総調達額は2,260万米ドル(シリーズ非公表)であり、2024年4月には、既存投資家及び日本の事業会社から資金調達を実施し、更なるサービスの拡大を進めている。

スマートモビリティ:Urban SDK

データ活用・分析により交通課題を改善することを目指し、2018年にアメリカで創業したUrban SDKは、交通データの収集およびエンドツーエンドの計画策定を実施している。また交通情報の分析レポートやGIS可視化情報を行政、警察、交通エンジニア等に提供し、市民のクレームの解消、交通違反・事故の減少、交通渋滞の改善等を行っている。2022年にはEnterprise Floridaからグローバルな事業展開などの功績と地域での雇用促進が認められ表彰*7 されている。総調達額は450万米ドルであり、2023年7月にシードラウンドで資金を調達(金額非公表)した。カリフォルニア州エルカホンやオハイオ州クリーブランドハイツをはじめ、多数の地方自治体に対するサービス提供実績がある。

デジタルガバメント:株式会社issues

issuesは、様々な社会課題を解決するインフラを作ることを目指し、2018年に創業した日本のスタートアップであり、政策作りのDXを実現するプラットフォームを開発・運営している。住民と地元議員を繋ぐデジタルプラットフォーム上で、住民は暮らしの中の困り事を手軽に地元議員に相談する事ができ、議員は課題解決の取り組みや成果を報告することが出来る。これにより、住民と地元議員との間でコミュニケーションが活性化し、必要な連携が促進された事例が見られている。このスタートアップはこれまでに、2023年8月のシリーズA1stラウンドで約2億円を含む、合計3億3,400万円を調達している。東京23区統一地方選挙で当選した45歳以下の女性議員のうち、「28.57%」がissuesを活用*8 するなど、着実にサービス展開を拡大しており、今後の事業拡大が注目される。

デジタルガバメント:eAgora

eAgoraは、参加型ガバナンスによる新しい民主主義文化を醸成し、スマートシティの「ラストワンマイル」を市民に提供することを目的として2021年にスペインで創業された。このスタートアップは、行政と市民、企業、政治家をつなげるためのプラットフォームを開発・運営している。参加者の興味・関心に応じた情報の配信や、政府の政策形成に必要なデータ分析ツール、政策形成に参加するためのパッケージツール(提案の収集・評価・投票)などを提供している。総調達額は非公表であるものの、2023年にはスペインの公的投資機関であるEnisa Entrepreneurs から約20万ユーロの融資を獲得した。また、同年スペインのシンクタンクRepueblo & Reimpulsoから社会にポジティブなインパクトを与える活動を進めている組織に与えられる賞のファイナリストに選出*9 されるなど、認知度も順調に向上しており、注目が集まっている。

パブリックセーフティー:ジェネクスト株式会社

事故のない社会の形成を目指し2009年に日本で創業したジェネクストは、事故原因である道路交通法違反に着目した、社用車向け交通安全・運行管理サービス「AI-Contact(アイ・コンタクト)」シリーズを展開している。このサービスには、スマホアプリで交通違反を記録する「AI-Contact モバイル」、リアルタイムでドライバーに違反をアナウンスする「AI-Contact NOW」、完全無料の運行管理アプリ「AI-Contactフリート」といったラインナップが展開されている。その他にも、ドライブレコーダー映像から車両の位置・速度などを解析し、裁判用の資料を作成するサービス「交通事故鑑定」、アルコールチェック代行サービス等、幅広いソリューションを提供している。総調達額は3億4,500万円(シリーズ非公表)であり、2022年には7月にはエンジェル投資家の島田亨氏が株主として資本参加した。運送、小売業界を中心に企業でのサービス採用事例も多く見受けられ、今後のサービス拡大が期待されている。また、2023年には神奈川産業振興センターから神奈川県知事賞を授与*10 されるなど、事業の社会的意義が各方面から認められている。

パブリックセーフティー:BRINC

2017年に米国で創業したBRINCは、テクノロジー活用によりパブリックセーフティー向上への貢献を目指すスタートアップである。具体的には、消防、救助活動を始めとした緊急を要する状況の初動対応においてドローンを使用し、人々を危険な状況にさらすことなく人命救助、コミュニティの安全向上を図ることが出来る。ドローンにはガラスブレーカーや音声発信機能を付けることができ、火災時の換気や危険個所の周知、警報が可能となる。2023年にはThe Index Projectのコミュニティ賞にノミネート*11 されるなど、近年認知度を高めつつある。総調達額は8,220万米ドル、2022年1月にシリーズBラウンドで550万米ドルの資金を調達した。飛行性能の向上やライブ監視プラットフォームの開発など、ハード、ソフト両面での機能向上を積極的に実施しており、引き続きサービスの拡大に注目が集まる。

電子政府:株式会社TRUSTDOCK

デジタルアイデンティティとeKYCのインフラを構築することを目的に2017年に創業した日本のスタートアップであり、本人確認サービス事業およびデジタル身分証事業を展開している。eKYC対応のデジタル身分証アプリ「TRUSTDOCK(トラストドック)」や、様々な法令に対応するKYCのAPI基盤サービス、取引先の登記簿情報取得・法人確認のオンライン代行するサービス「オンライン法人確認」、反社会的勢力チェック・リスク確認の代行サービス「スピードリスクチェック」等を提供している。総調達額は約33億円であり、2023年5月のシリーズBラウンドでは15億円の資金調達を実施した。2024年にはSalesforce Japan Partner Award 2024を受賞*12 するなど、事業の成長率や実績も高く評価されている。マイナンバーカードのサービス導入をスムーズにするためのサービスや、リテール、介護など幅広い業界の企業との協業推進が注目される。

電子政府:Polyteia

データ主導の行政意思決定を支援することを目的とし、2018年にドイツで創業されたスタートアップであるPolyteiaは、行政機関向けに電子政府プラットフォームを提供している。このプラットフォームを使う事で、行政機関は多様なソースからデータを自動統合・変換・視覚化する事が可能になる。2019年には政府主催のSmart Country Convention in Berlinで電子政府部門のスタートアップ賞を受賞*13 するなど、創業直後から取組が高く評価されている。総調達額は500万ユーロであり、これは2023年3月のシードラウンドで調達したものである。2023年にベルリン州との大型契約を締結*14するなど、着実に事業を拡大しており、今後は幅広い地域へのサービス拡大が注目される。

まとめ:スマートシティ領域で事業を行う際のポイント

スマートシティ市場は、日本政府による国家戦略特区を中心とした2030年の実装に向けた動きや、インド、サウジアラビアを始めとした政府主導の大規模事業に牽引される形で、今後も引き続き成長していくと予想される。
民間・公共含めた様々なプレイヤーがこの領域への新規参入、新規事業開発を活発化させている中において、スマートシティ事業における重要なポジション獲得を狙うプレイヤーの競争は激しくなってくるだろう。そうした競争の中では、どれだけサービスを差別化・高度化できるかが重要となるため、その手段としてスタートアップとの連携を通じ先端技術を導入することは一案と言えるだろう。
また、これまでのスマートシティは、「まち全体」を実証の場として活用するという位置づけで、主に「官」が主体となり形成されてきたが、大企業による取り組みや、官の取り組みの中で民間企業が主体となって進める事業の割合が増えつつある。各地でスマートシティの取り組みが進み、民間プレイヤーの役割変化が進む中で、この領域の専門性・成熟度が高まりつつあり、これまでよりも高度な技術・ソリューションの提供が求められる事例も増えており、前述の様にスタートアップが持つ先端技術の活用が益々重要となってくるだろう。
また、現在スマートシティの取り組みを実施するプレイヤーが検討すべき点として、実施内容の再評価、目指すゴール・効果の再定義、将来ビジョンの再策定・アップデートについて挙げておきたい。
スマートシティでは、モビリティや行政、医療、教育など公共性の高い分野が多く、これまでは実証事業として政府・自治体からの補助金活用を前提としたスキームにより事業が進めることが中心だった。しかし、政府・自治体の財政がひっ迫する中、資金面を含め持続的に実現可能な事業として、これまでの実施内容を評価し、社会課題解決とファイナンススキームの構築を同時に進められるような事業への転換を図ることが求められている。また、これまでは、事業の評価手法として、サービス利用者の声といった定性的な指標や、サービスの利用回数などのシンプルな指標が採用されることが一般的だったが、事業の成熟度が高まってきたことで、幅広い関連サービス利用データの蓄積が進み、より正確で高度な分析が可能になっている。このように、これまでの取り組みから一段高度な事業へと昇華するための基盤が整いつつある中、各領域での詳細な効果の測定と評価を新しいデータ・指標により実施した上で、持続的に実施可能かつ社会的にも有益なサービス、スキームを再考し、適切なゴールを再定義した上で長期的な視点から事業化を進める必要がある。

(デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社は、豊富なベンチャー支援実績、イノベーション創出における知見を生かし、多様なステークホルダーのオープンイノベーションによる、未来のスマートシティの実現を支援します。)

 

出所:

*1 Smart Cities Market Size, Share And Growth Report, 2030, Grand View Research,  https://www.grandviewresearch.com/industry-analysis/smart-cities-market

*2 Smart city market to reach $300 billion by 2032, Cities Today, https://cities-today.com/smart-city-market-to-reach-300-billion-by-2032/

*3 Smart City Mission, India Investment Grid, https://indiainvestmentgrid.gov.in/schemes/smart-city-mission

*4 Saudi Arabia’s City of the Future Gets $5.6 Billion Investment, Bloomberg, https://www.bloomberg.com/news/articles/2023-06-06/saudi-arabia-s-city-of-the-future-gets-5-6-billion-investment?embedded-checkout=true

*5 Top 10 Smart City Trends & Innovations in 2024, StartUs insights, https://www.startus-insights.com/innovators-guide/smart-city-trends/

*6 SWAT Mobility Wins Supply Chain Innovator of the Year 2022, SWAT Mobility, https://www.swatmobility.com/news/supply-chain-innovator-of-the-year-2022

*7 Urban SDK Receives the EFI Entrepreneur and Job Growth Award, Urban SDK, https://www.urbansdk.com/blog/urban-sdk-efi-entrepreneur-job-growth-award

*8 【プレスリリース】統一地方選、東京23区で当選した45歳以下の女性議員のうち28.57%がissuesを活用、新たな住民との対話が若手女性議員増加を後押し, 株式会社issues, https://corp.the-issues.jp/blog/23-45-28-57-issues

*9 eAgora winner of the Citizen Participation category of the Reimpulse 2023 Awards, eAgora, https://www.eagora.app/en/conocimiento/eagora-winner-of-the-citizen-participation-category-of-the-re-impulse-2023-awards/

*10 決定︕神奈川県知事賞はジェネクスト株式会社, 公益財団法人神奈川産業振興センター, https://www.kipc.or.jp/.assets/20210203_press.pdf

*11 Brinc Drones, The Index Project, https://theindexproject.org/award/nominees/7904

*12 Salesforce Japan Partner Award 2024を受賞, 株式会社TRUSTDOCK  https://biz.trustdock.io/news/salesforce-japan-partner-award-2024

*13 Polyteia gewinnt Smart Country Startup Award 2019, Polyteia,  https://www.polyteia.com/de/news-en/polyteia-gewinnt-smart-country-startup-award-2019

*14 Polyteia & msg systems ag win €52 million framework contract, Polyteia, https://www.polyteia.com/news-en/polyteia-msg-systems-ag-win-e52-million-framework-contract

執筆者

執筆:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
シニアコンサルタント 高田 展充

監修:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
COO 木村 将之

協力:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
マネジャー 濵 ミエ
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社/Deloitte Consulting US San Jose
Manager Mina Hammura
 

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