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スタートアップ共創からの利益を最大化する「ベンチャークライアント(Venture Client)」とは?

~世界40カ国超で導入される最新オープンイノベーション手法の紹介~

はじめに

スタートアップ共創を行うオープンイノベーションの手法としては、CVCやアクセラレーションプログラムが有名である。一方、いずれの手法も協業に至る確率は出資企業やプログラム採択企業の10%~20%程度とも言われ、本格導入となると更に確率が下がると言われている。出資の場合、スタートアップ側としても持分を放出しなくてはならなず、大企業側としてもステージが進んだスタートアップへの出資は多額の支出を伴う場合が多く、ファイナンシャルリターンを重視することも多いためスタートアップ側のソリューションが大企業の課題解決に直結しない場合も多い。アクセラレーションプログラムは、スタートアップのステージが早いことが一般的であり、スタートアップが競合に対して明確な優位性を持っているか不明な場合も多く、大企業の課題を解決するのに十分なソリューションとなっていないことも多い。これらCVCやアクセラレーションが抱える課題を解決する方法として、ベンチャークライアントモデルという手法が注目を集めている。

 

本稿では以下の定義としています。

ベンチャークライアント:スタートアップの顧客となる主体

ベンチャークライアントモデル:スタートアップの顧客となり戦略的利益を実現するための一連のプロセスおよび手法(具体的には、世界トップクラスのスタートアップのソリューションを発掘、試験購入、導入することで、事業会社が直面する最も差し迫った戦略的課題を解決し、経済的効果(売上の増加、費用の削減)を実現する手法)

ベンチャークライアントユニット:スタートアップの顧客となり戦略的利益を実現する一連のプロセスを主導、サポートする組織

ベンチャークライアント(Venture Client)

「ベンチャークライアントモデル(Venture Client Model)」は、スタートアップとの協業で戦略的利益を得るための新しいアプローチである。世界トップクラスのスタートアップのソリューションを発掘、試験購入、導入することで、大手企業が直面する最も差し迫った戦略的課題を解決し、経済的効果(売上の増加、費用の削減)を実現する手法として、欧米で導入が進んでいる。

ベンチャークライアント(Venture Client)は、2014年、当時BMWに所属していたGregor Gimmy(グレゴール ギミー)が発案した概念である1 。「ベンチャーキャピタル」という用語は、伝統的な企業がよりリスクの高いスタートアップ株式への投資を行う主体であることを表すが、「ベンチャークライアント(Venture Client)」はリスクの高いスタートアップの製品を購入する主体、スタートアップと共創する主体であることを指す。トップクラスの「ベンチャーキャピタル」がスタートアップの目利きを行いリスクを適切にマネジメントすることにより、通常より多くのリターンを獲得する存在であることでも知られるように、優秀な「ベンチャークライアント(Venture Client)」も優秀なスタートアップとの共創により巨額の経済的効果を生み出す。

スタートアップは未来の競争優位性を生み出す存在として注目されており、2022年には年間6,000億ドル以上のベンチャーキャピタルによるリスクマネーを原資とし、様々な先端技術や専門人材により、スピード感をもって技術的な大躍進を生み出している。スタートアップが成長するためには、顧客のニーズを捉えたビジネス、資本、顧客の3つが必要だとされる。民間ベンチャーキャピタルやその他のプロの投資家は、最初の2つについて手助けをすることができることが多い。しかし、最後の1つを提供できるのは主に大企業である。トップクラスのスタートアップが大企業から必要としているのは、ビジネスへの助言でも資本でもなく、顧客となることである2 。そして、大企業もスタートアップの力を活用することにより、巨額の経済的利益を創出し得る。この点で、大企業とスタートアップはWin-Winの関係となることができる。

ベンチャークライアントモデル(Venture Client Model)

一方で、市場には非常に多くのスタートアップが存在し、技術も未成熟で、スタートアップと大企業で情報の非対称性が生じることも多い。スタートアップから戦略的効果を生むソリューションを見つけ、本格的に導入もしくは採用し経済的利益を得ることは、非常に複雑でリスクが高い行為と考えられている。

このような困難性を解決するために生まれたアプローチがベンチャークライアントモデル(Venture Client Model)である。ベンチャークライアントモデル(Venture Client Model)の歴史は、シリアルアントレプレナーでカリフォルニアを拠点とするIDEOのコンサルタントだったGregor Gimmyが、BMWのイノベーションの方法を再構築するミッションを受け、BMWに移籍することからはじまる。Gregorは、BMWがオープンイノベーションで最も大きな成功を収めたのは、現在は衝突回避技術のリーダーとなっているモービルアイの技術を2000年初頭にアーリーステージの段階で「ベンチャークライアント(Venture Client)」として試験購入・導入したことによると知る。この成功体験を再現するべく、2015年Gregorによって、BMW内に世界初の当該概念に基づくアプローチを体現するベンチャークライアントユニット(Venture Client Unit)がBMW Startup Garageとして誕生した。BMWを皮切りにBosch、シーメンス、ホルシムなど、著名な企業が社内にベンチャークライアント(Venture Client)を設立し、40カ国以上に導入されている。Harvard Business ReviewやINSEADがBMW Startup Garageに関するケースをベンチャークライアントモデル(Venture Client Model)として発表したことで新たなイノベーション手法としても注目を集めている。

個々の大企業では戦略的目的に応じて、スタートアップと共創すべき領域や解決すべき課題が異なる。一方で、世界中で導入が進む大企業とスタートアップの共創プロセスであるベンチャークライアントモデル(Venture Client Model)は、大手企業が直面する最も差し迫った戦略的課題を解決することのできる世界トップクラスのスタートアップのソリューションを発掘、試験購入、導入し、経済的効果(売上の増加、費用の削減)を実現する一連の手法であり、定式化されている点も興味深い。

優秀なベンチャークライアント(Venture Client)の特徴

Gregorは、スタートアップとの共創から戦略的な経済的利益を生む優秀なベンチャークライアント(Venture Client)は以下の特徴を備えているとする3
 

-戦略適合性

優れたベンチャークライアント(Venture Client)は、全社戦略、事業戦略に紐付く明確な目的を持っている。優れたベンチャークライアント(Venture Client)企業は、スタートアップがなぜ、どのように自社の長期的なビジョンの達成に貢献するか定義する力を持っている。そして、次世代の製品開発やオペレーションを改善するかについての具体的な短期目標を持っている。スタートアップに何を求めるかが明確にならないと、スタートアップからも相手にされないのが常である。
 

-課題発見能力

優れたベンチャークライアント(Venture Client)は、スタートアップが解決すべき最適な社内の課題を特定することができる。これはコスト削減につながるオペレーション上の課題でも、売上増加につながる新製品ローンチに向けた技術的な課題である場合もある。より多くの課題を特定し解決することができる企業は、優れた企業であると同時に、どのような機能が自社に求められているかも明確に理解している企業であるため、スタートアップ製品の採用により、より大きな効果を上げることができる。
 

-大量採用

優れたベンチャークライアント(Venture Client)は、迅速かつ効果的に多くのスタートアップの製品を採用する。ベンチャークライアント(Venture Client)を開始した当初は、1年に5から10社程度のスタートアップの製品やサービスを採用するのが良い。当然スタートアップとの共創には不確実性が伴うため、取り組む件数が少なすぎると効果が見えにくく、ベンチャークライアント(Venture Client)の取り組み自体の効果が無かったとの誤った結論に達してしまう場合があるためである。その後、取り組みが熟練してくれば、年毎にスタートアップの数を倍増させている事例もあり、優れたベンチャークライアント(Venture Client)では、年間100件以上の共創を行っている。
 

-効果測定

スタートアップとの「共創」の決断には早い場合で数週間、場合によっては数ヶ月より長い期間がかかる。決断に2年かかるようでは遅すぎる。そのため、共創の意思決定がなされるまでの期間を測定し、共創プロセスの改善によって短縮することが重要である。

共創のプロセス全体を整備するオペレーショナルエクセレンスに加え、意思決定の期間を短縮するためには、スタートアップ共創からの戦略的利益を測定できる必要がある。共創から1年間に生み出すべき経済的インパクトの指標は、多くの先行企業で100万ドルに設定されている。スタートアップによって企業が何億、何十億ドルもの利益を生み出した例は数多くある。例としては、アップル、グーグル、BMW、ボッシュなどが挙げられる。ファイザーは2018年、当時スタートアップだったドイツのBioNTechとパートナーシップ契約を結んだ4 。その後、BioNTechとファイザーは、BioNTechが持つmRNAワクチン技術に基づき、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチンとして2020年12月に認可された「COMIRNATY」(コミナティ)を共同で開発した。2022年第3四半期での、ファイザーからBioNTechへのパートナーシップ料の支払いが18億ユーロを超えている5 ことからも、ファイザーがスタートアップ共創によって非常に多くの利益を得たことが分かるであろう。

スタートアップとの共創からの具体的な効果を生む必要性が叫ばれる昨今、ベンチャークライアントユニットの考え方は非常に参考になる。

1 ‘What is a Venture Client company, and what is a good one? ‘ Medium, Gregor Gimmy (What is a Venture Client company, and what is a good one? | by Gregor Gimmy | Medium)

2 ‘What BMW’s Corporate VC Offers That Regular Investors Can’t’ Harvard Business Review, Gregor Gimmy, Dominik Kanbach, Stephan Stubner, Andreas Konig, and Albrecht Enders (What BMW’s Corporate VC Offers That Regular Investors Can’t (hbr.org)を参考に記載

3 ‘What is a Venture Client company, and what is a good one? ‘ Medium, Gregor Gimmy (What is a Venture Client company, and what is a good one? | by Gregor Gimmy | Medium)

4 BioNTech Signs Collaboration Agreement with Pfizer to Develop mRNA-based Vaccines for Prevention of Influenza | Pfizer

5 BioNTech Announces Fourth Quarter and Full Year 2022 Financial Results and Corporate Update | BioNTech

執筆者

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社

取締役COO 木村将之

(2023.11.09)

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