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調査レポート
日本の動画配信市場の現状と将来展望
デロイト『Digital Consumer Trends 2021』日本版
着実に増加するSVOD(定額制動画配信サービス)利用
日本における動画配信サービスの利用状況(図1)では、回答者の36%がSVOD(Subscription Video on Demand:定額制動画配信)を利用しているとの結果になった。利用者数は直近の数年間で着実に増加しており、特にコロナ禍の影響下にあった2020年~2021年は9ポイント増と伸びが加速していることが分かる。
図1: SVOD(定額制動画配信サービス)*1の利用(日本、2018年〜2021年)
Q. 次に挙げる定期購読・サブスクリプションサービスのうち、あなたが利用しているものは?
N=日本 2018(2,000)、2019(2,001)、 2020(2,000)、2021(2,000)
注:18-75歳の回答者
出所:世界モバイル利用動向調査 2018、2019、Digital Consumer Trends 2020、2021
*1:例:Netflix、Amazon Prime Video、Hulu、DAZNなど
2021年のSVOD利用者増の背景として、2020年初頭以降のコロナ禍で外出が控えられ在宅時間が長くなった結果、生活パターンの変化に伴い余暇時間における動画視聴利用が増加傾向にあったことが挙げられる。本調査の「COVID-19流行以前よりも増えた行動」を尋ねた設問でも、動画関連の項目が複数上位に挙がっている。増えた行動として最も多く回答されたのは「YouTube、TikTokまたは同様のサービスで動画を観る」(27%:2020年の21%から6ポイント増加)で、3番目に「映画・テレビドラマをストリーミングで視聴する」(17%:同12%から5ポイント増加)が入っている。(「2021年のデジタル消費行動の変化」参照)他の調査においても同様の傾向は現れており、「レジャー白書2021」でも2020年の余暇活動種目で動画鑑賞が前年の8位から急伸して1位になるなど、余暇時間利用に関する全体的な行動変化と動画利用の増加傾向が現れている1。
SVOD利用率を年代別に見ると(図2)若年層が高く、18-24歳では6割以上、25-34歳も半数に迫る利用率になっている。一方中高年の利用も増加傾向にあり、本調査における65-75歳の利用率は、経年では若干の増減はあるものの2018年の10%と比較すると2021年は21%となり3年で倍増している。 なおUKのレポートでは65-75歳の層のSVOD利用が急増(2021年は前年比21ポイント増の57%)している傾向を取り上げている2。高齢層にも広くサービスが浸透しつつあることがうかがえる。
図2: SVOD (定額制動画配信サービス)*1サービスの利用(日本、年代別)
Q. 次に挙げる定期購読・サブスクリプションサービスのうち、あなたが利用しているものは?
N=日本 2021(2,000)
注:18-75歳の回答者
出所:Digital Consumer Trends 2021
*1:例:Netflix、Amazon Prime Video、Hulu、DAZNなど
SVODの利用率が高いUK(76%:2021年7月調査)3・US(82%:2021年2月調査)4をはじめとする他国と比較すると日本の数値は低く、伸び率が目立って高いわけでもない状況にある。とはいえ別の見方をすれば、7割以上の加入を得て成熟市場に向かいつつあるUKやUSのSVOD市場と比較して、日本市場にはいまだ拡大の余地があると捉えることができる。特にUSのように従前から衛星・ケーブルテレビの契約数が多く、放送メディア/映像コンテンツに料金を支払う土壌があった市場と比べると、日本では広告放送の地上波・BSの利用が主流の状態が数十年の間続いており、衛星・CATVの有料多チャンネル放送に料金を支払うユーザーが市場の多くを占める状況にはならなかった。現在は複数のSVODサービスの運用が本格化する中で、日本市場において「映像コンテンツに料金を支払う」行動をどのように喚起し、定着させていくかという施策が改めて問われる段階にあると言える。
UKのレポートでは、市場が成熟する中で次の論点は「Churn:解約」と分析しており5、USの別の調査ではサービス間の乗り換え等の動向にも言及されている6。デロイトTMTが毎年発行している将来予測レポート「TMT Predictions 2022」グローバル版でもSVODをテーマの一つとして取り上げており、契約・解約の動向を踏まえて競争が激化する中での発展の要件を考察している7。日本でもSVODの契約者が多数派になると、これらの論点により目が向く形になっていくと想定される。
日本において現在既存のサービスに加入しているユーザーに解約の可能性を尋ねた設問では、サービスによって差があるものの、全体として6〜7割が「解約する可能性が低い」と回答している場合が多い。現時点ではこれらの継続意向を持つユーザーをしっかりとサービスにつなぎ止めつつ、さらに契約を拡大するためのコンテンツの充実やプロモーション、ユーザビリティの向上といった施策の検討・実行が求められるだろう。
AVOD(広告型動画配信サービス)の普及には、ユーザーニーズの把握と適切なサービス設計が肝要
今後の日本での動画配信サービスの利用拡大に関しては、AVOD(Advertising Video On Demand:広告型動画配信サービス)の普及の動向も注視すべきである。今後のAVODの利用意向を尋ねた設問(図3)では、現状では半数に迫る46%が「興味を持つサービスはない/登録しない」と回答し、「わからない」との回答19%と合わせると全体の約2/3がいわゆる「無関心層」となっている。特に放送の視聴と配信の両面からコンテンツへのリーチを狙うとした場合、現状で配信に関心を持っていない層や、そもそもサービス自体への理解を示していない層の興味を喚起し利用を促進するような施策が必要になるだろう。
一方で、「広告を視聴する形式での動画視聴の利用意向がある」との広告の受け入れ姿勢を見せる回答は合計で21%であった。内訳では「1時間に10分の広告を見る代わりに無料になる」形式を選んだ割合が多く、従来の地上波テレビ放送と大きく変わらない割合8で広告を見る代わりに、無料でコンテンツにアクセスしたいという意向が見て取れる。このような意向を持つユーザーを実際のサービス利用に誘導できる仕組みの構築が重要になると考えられる。また、「正規の金額だが広告を見る必要がない」方式を選ぶと回答したのは15%のため、新しいVODサービスの受容意向を受け入れ意向を持つ層の間で比較すると、AVODを志向する割合の方が高いことにも注目すべきである。
なおここで留意しておきたいのは、本設問が「興味を持っている新しい動画ストリーミングサービスがあると想像」したうえでの回答を促すものであるものの、具体的なサービスを提示しておらず、既存のサービスを想定した回答がされる場合も多かったのではないかと推察される点である。このことにより、利用意向が割合として低めに出ていると考えることもできる。仮に、キラーコンテンツなどユーザー視聴意欲を促進するような強みを持った新しいAVODサービスの登場を具体的に前提とした際には、より多くの回答者が利用意向を見せるかもしれない。現状のAVODサービスが採用している見逃しコンテンツ中心の運用にとどまらず、特にSVODの場合と同様に、他のサービスでは視聴できないような、話題性があり視聴者を惹きつけサービス利用に誘導することができるコンテンツをラインナップに揃えることで、AVODの利用が促進される可能性もある。またその際に、表示する広告の種類や時間・タイミングなどについて、ユーザビリティやユーザー層の特性を考慮しながら設計することも肝要と言える。
なお前述の「TMT Predictions 2022」では中国とインドでのAVODサービスの利用拡大についても言及されており、無料ユーザーの有料ユーザーへの移行やマルチサービスのバンドル化などのマネタイズ方法等が取り上げられている9。こういった海外の先進事例の把握と分析も、日本におけるサービス展開の参考になると想定される。
図3: AVOD(広告型動画配信サービス)への関心(日本)
Q. あなたが興味を持っている新しい動画ストリーミングサービスがあるとご想像ください。広告を見なければならない代わりに、サブスクリプション料金が低価格または完全に無料になるオプションが提供される場合、あなたが最も興味を持つサブスクリプションは次のどれですか。回答を1つだけ選んでください。
N=日本 2021(2,000)
注:18-75歳の回答者
出所:Digital Consumer Trends 2021
現時点で、見逃し配信サービスの利用自体は徐々にではあるが増加傾向にあることにも注目したい。今回の調査で「COVID-19が流行する前よりもすることが増えたこと」を尋ねた設問では「見逃し配信サービスを利用して テレビ番組を視聴する」と8%の人が回答している。(「2021年のデジタル消費行動の変化」参照)数値としての割合は決して大きくないものの、2020年の2%という回答からの伸びを考えるとサービス自体の認知向上と相まって、利用が増加しつつあると考えられる。
直近の例としては、2021年4月~10月に放送されたNHKの連続テレビ小説「おかえりモネ」はNHKの同時・見逃し配信サービス「NHKプラス」上で2020年4月のサービス開始以来最も多く視聴され、有料サービスの「NHKオンデマンド」でも最多視聴数を獲得したことが明らかになっている10。現在のサービス利用は、デジタル機器やサービスの扱いに慣れた「アーリーアダプター」から一般の視聴者へと広がりつつある段階と捉えられるが、番組の人気や注目度と相まってサービスの利用が進む傾向にある中、機器の操作やネットサービスの利用に明るくないユーザーなどにもより広く利用されるための工夫が必要になるだろう。もちろん、テレビのネット接続率や各家庭の通信環境といった前提となるユーザー側の条件の整備も欠かせないが、入り口としてアクセスしやすい環境を整えることが必須である。
また同じ設問で、「テレビ番組を録画ではなくリアルタイムで視聴する」と回答した割合は2020年の21%から14%に減少している。これはコロナ禍で在宅時間が増加する中で、コンテンツに接触する時間帯や方法をより視聴者がフレキシブルに選択できる環境になった結果ともみることができる。このような視聴動向を踏まえると、従来の「テレビ視聴」の範囲を拡大して、視聴者の動向やデータを分析する必要性が高まると想定される。すでに放送の視聴率から拡大して録画や配信、コンテンツ接触による態度・行動変容までを対象にした視聴指標の検討が進められているところであるが11、今後はさらに具体的な施策や指標の導入が本格化すると考えられる。
放送から配信へ、リアルタイムからタイムシフトへと拡大する視聴者のニーズと意向を適切に捉え、サービスにスムーズにアクセスできる環境や、簡便に利用できるユーザーインターフェイスを整えることができれば、有料のSVODサービスだけでなく、NHK+やTVerのような見逃し配信サービス、さらには広告モデルの動画配信サービスの利用もさらに広がる可能性がある。現状の配信サービスは、従来の「テレビのスイッチを入れるだけで地上波放送が視聴できる」というワンストップのシンプルなアクセス方法と比較すると非常に複雑である。テレビ・スマートフォン・PC・タブレットといったデバイスごとに使い勝手が異なる、アプリのダウンロードや利用登録が必要だが分かりづらい、サービス内に複数のチャネルが混在し、どこで何のコンテンツを視聴できるのかユーザーが把握しづらい、といった既存の配信サービスの構造自体をよりユーザーフレンドリーな方法にシフトする必要性がさらに高まると想定される。
1 日本生産性本部, 「レジャー白書 2021」, 2021/8
2 Digital Consumer Trends 2021: The UK Cut: “Subscription Video-on-Demand”, Deloitte, 2021/9/21: https://www2.deloitte.com/uk/en/pages/technology-media-and-telecommunications/articles/digital-consumer-trends-svod.html
3 Ibid.
4 Digital media trends, 15th edition, Deloitte, 2021/4/16: https://www2.deloitte.com/us/en/insights/industry/technology/digital-media-trends-consumption-habits-survey/summary.html
5 Deloitte, “Digital Consumer Trends 2021”, op.cit.
6 Deloitte, “Digital media trends, 15th edition”, op.cit.
7 TMT Predictions 2022, “As the world churns: The streaming wars go global”, Deloitte, 2021/12/1: https://www2.deloitte.com/global/en/insights/industry/technology/technology-media-and-telecom-predictions/2022/streaming-video-churn-svod.html
8 テレビの放送基準(週間のCM総量:18%、プライムタイム:放送時間の1割)を参考として想定; 日本民間放送連盟, ”日本民間放送連盟 放送基準”, 2021/12/13アクセス: https://j-ba.or.jp/category/broadcasting/jba101032#hk18
9 Deloitte, ”TMT Predictions 2022”, Op.cit.
10 【おかえりモネ】放送終了 全120回の平均視聴率は関東で16.3% ドラマ舞台・仙台は19.6%, ORICON STYLE, 2021/11/1: https://www.oricon.co.jp/news/2212258/full/
11 例えば、ビデオリサーチは視聴率の概念拡張や、コンテンツが視聴者に与える影響を分析する「視聴質」の開発等に取り組んでいることを発表している:ビデオリサーチ主催「VR FORUM 2021」を開催 今後の"テレビ×デジタル"と"視聴質"の取り組みについてご説明, ビデオリサーチ, 2021/11/16; https://www.videor.co.jp/press/2021/211116.html