INTERVIEW
#テクノロジートレンド
量子コンピュータが切り開く未来 ― デロイト トーマツが描く量子産業の展望
2025/03/04
かつて「100年先の技術」と言われた量子コンピュータは、今や現実のものとなりつつある。従来のコンピュータの高性能化が限界を迎えつつある今、世界各国の研究機関や企業が技術を競い合い、量子コンピュータで産業に大きな変革をもたらそうとしている。

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量子コンピュータがもたらす計算原理の革命
「量子技術の発展は、2040年には世界で100兆円規模の市場を形成すると言われています。昨年のブレイクスルーにより、それは現実味を増してきています」デロイト トーマツの寺部雅能はそう語る。

特に、2023~2024年にかけて米国企業QuEraやGoogle等が実証している、誤り訂正技術※は、量子コンピュータ業界のロードマップを何年か前倒しにするインパクトをもたらした。これにより、2050年と言われていた実用化が2030年代に本格化すると見られている。かつて研究室の理論にとどまっていた量子コンピュータが、今や実際のユースケースを想定しながら開発される段階に入ったのだ。
※誤り訂正技術:量子コンピュータ内のエラーを検出し修正する手法で、計算の精度と信頼性が向上し、より複雑で高度な計算が可能となる。
「以前は量子コンピュータの応用として、素因数分解による暗号解読がよく話題になっていました。しかし現在では、金融のリスク管理や新素材の開発、創薬など、より具体的な用途での活用が議論されています」と寺部は続ける。
特に金融業界ではリスク管理やポートフォリオ最適化の分野で量子アルゴリズムが試されており、すでに量子技術を活用した試験運用が行われている。また、製造業でも、材料の分子構造解析や物流最適化など、複雑な計算が求められる領域での活用が進んでいる。
「私が量子コンピュータと出会った学生の頃、『これは100年先の技術だろう』と思っていました。しかし、2019年にGoogleが世界最高のスーパーコンピュータで1万年かかる計算を200秒で解き、量子コンピュータの『量子超越性』を実証したと発表。これは世界に衝撃を与えました。企業がこぞって研究開発に乗り出したことで、一気に現実の技術へと近づいたのです」
今や量子コンピュータは、「遠い未来の技術」ではなく、「ビジネスへの活用に備え今まさに準備をすべき技術」へと進化している。企業の戦略として、どのように量子コンピュータを活用するかを早急に検討する必要がある。
日本企業が直面する、世界とのギャップ
量子コンピュータは、創薬、金融、製造業など幅広い分野に革新をもたらすと期待されている。しかし、その技術活用において日本企業は世界の動向に後れを取る危機に直面している。
「欧米企業はすでに量子技術を活用しつつあります。一方で、日本の企業は、まだ量子コンピュータが『遠い未来の技術』という認識のままのところも少なくありません」デロイト トーマツの前田善宏はそう指摘する。

世界ではすでに、金融機関や製造業の大手企業が量子コンピュータを実証実験に取り入れ、独自のアルゴリズム開発を進めている。
「量子技術は、デジタル革命に匹敵する計算原理の変革です。インターネットやスマートフォンの登場時と同じように、黎明期から試行錯誤する企業と、普及してから追随する企業では、大きな格差が生まれるでしょう。
日本企業が量子技術で後れを取らないためには、今から実際に触れ、学び、試す環境が必要です。そうでなければ、気づいた時には世界のスタンダードが確立され、日本は追随する立場になってしまう」
また、技術者不足の問題も深刻だ。欧米では量子コンピュータを専門とするエンジニアの育成が進んでいるが、日本ではまだそのような教育プログラムが限定的であり、専門人材の確保が課題となっている。
「量子技術の導入には、単なる投資ではなく、企業の文化そのものを変える覚悟が必要です。先行する企業は量子技術を事業戦略の一部として取り込みつつあります」
量子コンピュータは、すでに特定の業界で試験運用が始まっており、その適用範囲は拡大し続けている。日本企業が世界の競争に食い込むためには、今から量子技術の活用を本格的に検討し、実証実験を積み重ねることが不可欠だ。
「量子技術の発展は待ってくれません。だからこそ、私たちデロイト トーマツは企業や産業界と共に、今すぐに行動を起こし、ゼロからイチを生み出し、新しいスタンダードを創り出していきたい。そうして、日本の産業競争力を維持していきたいと考えています」
デロイト トーマツの量子コンピュータへの取り組み、その意図とは
デロイト トーマツでは量子技術の研究を進めているが、具体事例の実証を通じて、ビジネス視点でのインパクトの見極めも行っている。たとえば、創薬分野では量子コンピュータによる分子シミュレーションを活用し、新薬開発のプロセスを大幅に短縮する取り組みが進められている。

「量子コンピュータの世界では、実装が鍵を握ります。私たちは研究にとどまらず、企業と共に、成功も失敗も共有しながら実際のユースケースを作り上げていくことに注力しています」と前田も話す。
ポイントは日本企業が量子技術を「実験室の技術」ではなく、「事業に直結する技術」として認識することだ。デロイト トーマツでは、企業が量子技術をスムーズに導入できるよう、業界ごとのユースケースを整理し、企業と協力して実証実験を進める体制を整えている。
「日本の産業界では、革新的な技術が登場すると『いつ実用化されるのか?』という疑問が先行しがちです。しかし、量子技術はすでに一部の業界では実証され始めており、今こそ実際に触れて学ぶ時期に来ています」と前田は話し、だからこそ自分たちが先んじて動いていると補足する。
そこで、デロイト トーマツは量子技術の認知向上、人材育成、ユースケース創出に向けた取り組みをより一層加速させるために、2025年2月、米国のQuEra社と戦略的パートナーシップを結んだ。
寺部は「私たちがQuEraと協業した理由は、量子産業を本格的に日本で発展させるためです。特に、中性原子方式を採用したQuEraの技術は、超電導方式の課題を克服し、大規模化が可能になる点が魅力です」と話す。
また、量子技術の発展を支える人材育成も不可欠だ。デロイト トーマツは、国内の大学や研究機関とも連携し、次世代の量子技術者の育成に力を入れている。寺部は「量子技術が本格的に普及するためには、単なる研究者だけでなく、実ビジネスの現場で活躍できる専門家が必要です。私たちは、その育成にも関与していきたいと考えています」と話す。
前田は「量子技術は、未来のテクノロジーではなく、今、企業が積極的に取り組むべき領域です。私たちは、企業とともにその実装を進め、日本の産業競争力を強化したいと考えています」と意気込む。

計算原理の革命が起き、情報社会から量子社会へ
寺部は、学生時代に世界各国をバックパッカーとして巡り、日本のテクノロジーが世界に与える影響の大きさを実感したという。「中東やアフリカなどどんな国でも日本の車が走っていて、日本の技術は世界を動かしていると確信しました。その思いが、自動車業界に進んだ理由でもあります」
その後、量子工学を学び、超電導技術に興味を持っていた寺部氏は、9年前にGoogleの量子コンピュータへの参入を知り、量子の世界へ本格的に飛び込んだ。「量子技術は今一度、日本の技術力の高さで世界を席巻する可能性があると感じました。ただ、それはまだ遠い未来の話だと思っていましたが、急速に現実のものとなったんです」

そして現在、デロイト トーマツにて、量子技術の実証やエコシステム構築など、実装に向けてクライアントを支援をする立場にある。「量子コンピュータの社会実装には、一歩先の将来を見通す視座の高さを持った、前田のような経営者の視点も不可欠です。技術を持ち、それを産業へとつなげることで、本当に世の中を変えられると信じています」
量子技術の可能性は、単に計算能力の向上にとどまらない。新薬開発のスピードを飛躍的に向上させたり、金融市場におけるリスク管理の精度を格段に高めたりできる。さらには、エネルギー問題の解決や、次世代の材料開発にも応用される可能性がある。
「例えば、化学分野では量子コンピュータを使って新素材の発見が飛躍的に進むと考えられています。これまでは数十年かかるとされていたプロセスが、数年、あるいは数ヶ月に短縮される可能性があるのです」と寺部は話す。「これは、計算原理の革命です。今までの0と1というデジタルではない、新しい計算原理が誕生している。これにより情報社会と呼ばれた現代の常識も変わっていき、次にやってくるのは量子社会ともいうべき時代でしょう」
「量子技術は、一部の専門家のものではなく、様々な人に関わる技術になっていく。私たちはその橋渡し役となり、日本の産業を次のステージへと導きたい」と前田は話す。寺部も「日本は半導体技術や精密加工技術など、量子技術の発展に必要な要素を数多く持っています。これを生かして、世界と競争し、リードする立場に立つべきです」と続ける。
量子コンピュータがもたらす未来は、決して遠い話ではない。今こそ、企業が量子技術に触れ、その可能性を探るべき時だ。デロイト トーマツは、グローバルな知見を生かし、日本企業の量子技術導入を支援し、共に未来を創造していくことを目指している。
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