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M&Aの加速と企業のデジタル化を促進するSAP S/4HANA Cloud

M&Aにおけるシステム統合・分離課題を減らし、デジタル化の基盤作りを短期・低コストで実現するSAP S/4HANA Cloud

M&A市場が急拡大する中、企業は各種テクノロジー課題に直面している。システムの統合・分離及び関連コストの負担に加え、IT統制強化、要員確保、運用サービスレベル維持等が挙げられる。他方最近ではM&Aをトリガーにデジタル化を加速させる前向きな動きもある。このような局面においてSAP社のCloud型ERP(S/4HANA Cloud)は基幹業務の標準化を促進し柔軟性・拡張性の高いIT環境をより短期かつ低コストで実現し、デジタル化の促進にも繋げる有用なソリューションであると考えている。以降デロイトにおける方法論について紹介する。

1. After COVID-19を見据えたM&A市場の急拡大がディールを「せっかち」にしている

まず下図をご覧いただきたい。昨年(2020年)1年間に世界で実行されたM&Aの規模の月次推移である。世界は昨年3月頃から一斉にロックダウンに入ったが、その解除後の6月以降、実行額が急増していたことがわかる。結果、昨年1年間での総実行額は3兆ドルにせまり、そのうち2兆ドルが7月以降の下半期に実行されている。この間、企業の手元資金は3.9兆ドル、ドライ・パウダー(ファンドがまだ投資に回していない投資待機資金)は2.5兆ドルにまで積みあがっており、この勢いは今年になってもまだ衰えることなく続いている。

<図表1>
Global M&A Activity - 2020
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昨年秋に、デロイトが米国企業のM&A責任者に対して実施したサーベイの中で、「M&Aの実施件数や金額が、COVID-19以前のレベルまで戻るのはいつ頃と考えるか?」という問いを投げかけているが、実に61%の回答者が「1年以内に元のレベルまで戻る」と回答している。

<図表2>
Q. When do you think US M&A activity might return to pre-COVID-19 levels?
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このサーベイの実施時期からちょうど一年が経つ今、彼らの見立て通り日々のM&Aコンサルティングの現場でも「明らかに戻っている」「いやそれ以上である」という感触を得ている。さらに、ニューノーマルに向けた企業のありかたを模索する動きが活性化しており、同僚や業界の諸先輩方からも「10年でやることを1年でやろうとしている」という声もまた多く耳にしている。

実際のところ、「今すぐやりたい」「今期中に完了させたい」「その上での課題があったら解決法も含めて助言してほしい」というご相談が本当に増えた。あえて言えば、昨年夏以降、M&Aの世界がかつてないほど「せっかち」になりつつあるという実感である。

さて、COVID-19に伴うリモートワークの環境下において、バーチャル空間上での統合や分離を進めていく上での懸念事項についても、同じサーベイの中でアンケートがとられている。

案の定、Technology Integration(買収企業と被買収企業のシステム統合やインフラ統合等)が最もハイライトされていた。

<図表3>
Q. What is the biggest hurdle to effectively manage the integration phase of a deal in a purely virtual environment?
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これまで以上に短期間での統合や分離作業を、多くの社員がリモート環境にある中で進めていかなくてはならない、というハードルをいかに超えていくか。本稿で、当社のアプローチについて紹介する。

2. ITは深刻なボトルネックとなりかねない

まず、このように「せっかち」になったM&A需要に対応していく上での最大のボトルネックは何であろうか? 筆者らは、主にIT(レガシー的情報システムから、最新のデジタルテクノロジーまで)を中心とした統合・分離を支援しているが、往々にしてここにボトルネックが内在していることが多い。プレディールの段階では「データがそろっていないのでシナジーを分析できない」、ポストディールの段階では「その時間枠ではITの十分な刷新ができない」と判断せざるを得ないことが多かった。結果、プレディールの段階では限られた時間の中でアクセスできる限られた社内外のデータに基づきM&A戦略の立案やシナジー試算をせざるをえず、またポストディールでも従来型のウォーターフォール的なアプローチで情報システムを順次刷新(もしくは統合)していくがために、それが完了するまでシナジー実現が後回しにされてしまう傾向にある。下図に、ディールの際にTechnologyの領域で見られる課題傾向を列挙する。

<図表4>
M&A IT対応における課題
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さらに、統合・分離のスコープに日ごろからITガバナンスの弱い海外現地法人(現法)も加わり、またこれらの問題を解決できるだけのスキルや業務・IT知見を持った人材がいない、という問題も重なり、結果、経営からの「Day1死守」や「システム統合日厳守」といった要請に対しIT部門長が頭を抱えてしまうことが多い。そして昨今、ITベンダーでも人材不足は深刻な問題となっており、頼み方を間違えると断られてしまうこともある。

IT部門としては八方ふさがりである。
 

3. 非ディール時からの準備がディールの成功確率を高める

残念ながら、ディールが始まってから上記の問題が顕在化しているようでは、時すでにおそしである。多くのディールでSafe Day1 = 必要最小限の対応でDay1を迎えざるを得ない背景は、まさにここにある。

一般的に日系企業のグローバルM&Aでは、IT部門がディールに巻き込まれるのはディールがあらかた成立し、PMIに移る直前からということが多い。突然に降ってわいたディールに対し、あわてて業務、アプリケーション、インフラ、データ、利用デバイス、Shadow IT(IT部門からは見えていない、ユーザが直接管理しているIT)の実態調査を始めるのである。そのために世界中と何度もコールを重ね、資料を集め、留意事項や制約事項も確認する。時間がとられ、その間もDay1は刻一刻と近づいてくる。

もちろん当社もこうした実務の支援を多くしているが、その都度、「もっと日ごろから準備できていれば、ここまで慌てる必要はないのに」と思うのが常である。

実際のところ、我々は、M&Aのフローをよくある一本の矢(この読者の多くの方が一度はごらんになったことがあるであろう、右から左に流れるディールの流れを表現したもの)ではなく、ひとつの輪としてとらえている。

<図表5>
 
デロイトのM&AとITに関するサービスの全体像
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この輪の右半分は実際のM&Aのディールを、左半分はディール完了後のシステム統合や組織再編、次期成長戦略立案等の非ディール時を表している。この左半分の時に、次のM&Aを意識した準備がどれくらいできているかが、右半分の成功率に大きく作用するといっても過言ではない。

実際のところ、過去20年以上に亘り積極的なM&Aの活用で成長してきたグローバル先進企業の多くは、”Easy onboarding, Easy good-bye”のアーキテクチャを採用している。すなわち非ディール時から、グローバルで運用・活用可能なERPシステム(含・人事システム)を整備しておき、新たにグループに加わった企業は、Day1後100日以内にそちらのシステムに移行できるよう業務やシステムの標準化が完成している。あとは個社固有の事情にだけ対応できるように受け側の用意が整っているのである(Easy onboarding)。逆にある事業部をカーブアウトする際も、グローバルで標準化されたシステムを使っていることから、分離対象となるITの範囲の特定も容易に行えるようになっている(Easy good-bye)。

なお、最近では、カーブアウトされてきた事業に対し、これをいきなりグローバル標準のERPに統合するのではなく、ワンクッション置く事例も多数出始めている。すなわち、カーブアウト対象事業だけに特化したERPをクラウドベースで短期間にDay1までに構築し、そこに対象となる業務を極力アドオンを排除した形で移行してくるのである。Day1後このクラウドERPを使うことで、譲渡対象事業となった新会社は余計なTSA(Transition Service Agreement)費用を元の親会社に支払う必要がなくなり、元の親会社(売り手側)もTSAサポートの範囲をひとつ減らすことができる。新しい親会社(買い手側)にとっても、前社でのシステム上のしがらみをそのまま持ってくるのではなく、クラウドERP化することでモダナイズできることから、その後の自社のグループERPへの統合が進めやすくなるという三方得のメリットがある。

企業価値向上に向けて近年はデータ経営の重要性も認識され、その実現に向けてタイムリーなデータの活用や分析も企業グループ全体で必要となる。M&Aをトリガーにデジタルの観点でシナジーを追求して行くためには買い手側と譲渡対象事業間のデータ移行は必須となるが、両者のデータモデルが異なる状況下におけるストレッチコンバージョンではデータ移行はスムーズには進まない。特にadd-onで作りこまれたシステム間のデータ移行は、データ移行そのものの作業難易度と所要工数の観点や、データ移行後のデータ有効活用の観点においても考慮すべき点が多いと推察される。そのため買い手側がクラウドERPに代表されるClean ERPを導入している等、モダナイズされた基幹システムを保有することによってデータ移行の円滑化に加え、その後のデジタル化の推進についてもメリットの享受につながると考えられる。

参考までに、デロイトのクラウドERPのアプローチ(Fit-2-Standard)を図に示しておく。

<図表6>
M&Aに伴うシステム分離を短期間で実現させるクラウドERP化のアプローチ
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4. DX基盤としてSAP S/4HANA Cloudを選択する4つの利点

本セクションでは、将来的にM&Aを想定している企業が、子会社の基幹システムとしてSAP S/4HANA Cloud(以下S4HC)を採用し、DX基盤を整備した際に享受できる利点を考えてみたい。

1. Cutting Edge

1つ目は、S4HCのプロダクトとしての付加価値に直結した利点である。四半期毎のアップグレードによるDX基盤の陳腐化を防ぐことができるとともに、Intelligence機能というプロセスの自動化機能に代表されるような新規機能を随時オペレーションに組み込むことで、グローバル標準の先進的なプロセスを常に適用することができる。上記のような条件を満たした子会社であれば、IT基盤を梃にCarve Out Dealでより有利な条件を引き出せるのではないだろうか?

図表7の左上の棒グラフは、過去の四半期毎のリリースで継続的に機能がどれだけ追加されているかを示している。最下層の業務Scope Item(業務プロセスの塊)の伸びがなだらかになってきており、システムの成熟度が上がってきていることが見て取れる一方で、周辺システムとの連携に必要なAPIの数やIntelligent機能が飛躍的に増えていることが見て取れると思う。最後にOn-Premise版との比較論で言うと、従前のように大規模なリソースを投入したアップグレード作業が不要になることと、機能拡張のスピード感が大きく改善された点を付け加えておく。
 

2.Standardize to DX

2つ目は、S4HCの導入アプローチに起因した利点である。S4HCの導入では、従前のようなFit&Gap分析をして、Gapを埋めるためのAdd-on開発を実施するようなアプローチはとらない。より正確に言うとSaaSとして構築された基幹システムであるため、Add-on開発の制約がOn-Premiseと比べて非常に強く、従前のようなアプローチをとることができない。そのため、標準機能に合わせた業務設計(Fit to Standardアプローチ)が必須となる。当然、現場業務の変化が大きく、相応の痛みを伴う構築となるが、その分工期の短縮(一般的な導入プロジェクトで6ヵ月-1年程度)とAdd-on開発の削減による費用の縮小という利点を享受することができる。図表7の右上のグラフは、中規模企業のOn-Premise ERPとS4HCのTCOを比較したものであり、一般的に40%程度のコスト削減を期待することができる。例えばBuy Outした子会社に対して、短期間かつ安価にモダンなDX基盤を構築できるという点で、大きな利点があるのではないだろうか。
 

3.SAP to SAP Migration

3つ目は、子会社のLegacyシステムがSAPである場合に享受できる利点である。S4HCはデータテーブルやコンフィグレーションパラメータ(一部変更が制御されているものもある)がOn-Premise版のSAP S/4HANAと同等である。従って、例えばBuyoutした子会社のLegacyシステムがSAPである場合、もしくはCarve Outを検討している子会社のLegacyシステムがSAPである場合に、その他のSaaS製品ERPと比較して、データの移行が容易であるという利点が享受できる。併せて、オペレーション画面(Fioriのみが利用可能)がOn-Premiseと同等であるため、オペレーションの変化という観点でも、他ERPと比較して優位であると考える。図表7の左下の図は、Legacyシステムから移行における利点をまとめている。
 

4.Cloud Integration

4つ目は、DX基盤としてSaaS ERPを採用することによって得られる利点である。Seller企業が予めS4HCをDX基盤として採用している場合、Public Cloud上に基幹システムが構築されており、かつ周辺システムとAPIで連携されているため、PMIでのSeller企業システムからBuyer企業システム切替が比較的容易であるため、システムがDealの足枷になることを防ぐことができ、M&A Dealの加速化を実現することができるだろう。この利点は、Carve Outを企図する企業からするとより有利な条件でDealを実現することができる一方、Buyer企業からするとPMIでのシステム構築が不要になるという点で双方に大きな利点があると言えるだろう。図表7の右下の図は、Seller企業とBuyer企業間のシステム切替における利点をまとめている。

<図表7>
DX基盤としてS4HCを選択する4つの利点
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5. 2 Tier ERPモデル導入がM&Aにおけるシステム統合インパクトを抑える

S/4HANA Cloudを利用した形態のうち、グローバルディールを行うような企業においてメジャーなものが、2Tier ERPモデルである。 2Tier ERPモデルにおいては、複雑な本社機能をS/4 HANAのオンプレミス版で実現しつつ、比較的シンプルな子会社業務はSAP S/4HANA Cloudを導入してカバーする。本社と子会社はS/4HANA Cloudが標準で提供するCloud Connectorによりネイティブに連携され、事業計画・連結(SAP BCP)やマスタデータガバナンス(SAP MDG)等の他SAPソリューションによるインテグレーションも可能である。

この2Tier ERPモデルが、M&Aの時にどのように有効に働くのかを説明したい。下図表8は、2Tier ERPモデル導入企業における、M&Aディール時のイメージである。

<図表8>
2Tier ERPモデルにおけるM&Aイメージ
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典型的なディール時のイシューとして、多くの場合ではディールある程度固まってからIT部門への相談が始まることにより非常に限られた期間でのシステム統合が求められることがある。リソースを増強させ対応しようにも急なITリソースの確保は容易ではなく、多くのIT部門長が頭を悩ませることになる。

このような場合において、2 Tier ERPを導入している企業であれば、Buy outする事業・子会社の業務を、S/4HANA Cloudで短期間かつ低コストで移行してくることができる。

特に、Buy out する事業・子会社が本社とは別業種である場合、既に本社で運用されているオンプレミスERPに他業種ソリューションを追加して統合することは非常に困難である。しかし、S/4HANA Cloudであれば、各種用意されているファンクションを業種・業態に合わせてオン・オフして導入することができる。

更に、S/4HANA CloudではSAPのベストプラクティスベースの機能提供が行われていることにより、S/4HANA Cloudを導入している子会社間でのプロセス共通化も狙える。

このようなメリットは買い手側企業としてのものだけではない。売り手側に立った場合、子会社が S/4HANA Cloud で独立して運用されていることにより、本社機能へのインパクトを最小限に抑えつつ早期に切り出すことができる。

対象子会社・事業にはSAP S/4HANA Cloudが導入されていることから、SAP導入先企業へのシステム統合・移行投資を最小限に抑えることができ、より良い条件でのディールが期待できる。

事業カーブアウトにおいては元事業が本社ERPで運用されていることが大半であるが、カーブアウト時にS/4HANA Cloudに載せて切り出すことで、同様のアドバンテージを得ることが可能である。

将来的なM&Aによる成長戦略を見据えているのであれば、SAP S/4HANA Cloudを利用した2Tier ERPによりディールに耐えうるIT基盤を整えておくことで、ディールの成功率を高めることができると考えられる。

6. DX化領域により多くのIT投資を行うべき

M&Aを見据えた時に、自社システムのデータ基盤アーキテクチャやマスタ等が独自仕様となっており統合後のデータ移行が困難となる問題や、自社の独自業務にあわせてシステムのカスタマイズを繰り返してきたことにより統合後にスムーズにシステム基盤を合わせることが出来ない問題が起きている。これらは歴史的に、日常業務にあわせて自社の基幹システムのカスタマイズに多額の投資を続けてきた結果であり、こうした基幹システムは時代遅れの機能や実際には使われていない機能などのテクノロジー負債を抱えていると言える。こうしたテクノロジー負債を断捨離し、可能な限り標準化されたプロセスのみを構築したClean ERPを基幹システムとして利用することで、将来の拡張性・柔軟性の高い環境を確保することが重要である。

Clean ERPの実現により、M&A後のシステム統合の円滑化のみならず、企業競争力の源泉となるDX領域により多くのIT投資を行うための基盤が構築され、ペース・レイヤリング戦略における革新システム構築への土台が出来上がると言えるだろう。

<図表9>
ペース・レイヤリング戦略に基づくアプリケーション戦略
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