Posted: 22 Feb. 2022 4 min. read

人的資本情報開示が迫る企業経営のグレート・リセット

人的資本情報の開示要請の高まり

現在、非財務情報、とりわけ、人的資本に関する市場への情報開示を求める機運が高まっている。この背景にはESG投資の拡大に加え、産業構造の変化に伴う無形資産を重視した企業価値の潮流がある。これまでの装置産業からソフトウェアを核とする産業へのシフトが進み、早く・安く・効率的な資産の稼働で成長する企業への評価から、新たなアイディアを創造する企業が評価される社会へ移り変わっているのだ。

実にS&P500の指標銘柄の総企業価値の90%が無形資産(2020年時点)によるものになっている。そういった世界では独自の価値を創造し得る、企画力・構想力を備えた人材が、企業の成長にとってより重要な存在となる。この大きな潮流を受け、欧州、米国、そして日本でも、非財務情報の代表である人的資本情報の開示を義務化する動きが出ている。日本では、2021年6月に金融庁・東京証券取引所が発出した改定コーポレート・ガバナンス・コードにおいて、人的資本に関する開示の記載が追加されたのに加え、2022年1月、岸田首相による施政方針演説においても、「人的資本の充実に向けて、2022年中に非財務情報の開示ルールを策定する」旨が盛り込まれた。

今、企業に求められること

経営戦略と人材戦略の紐づけが重要だという論旨はこれまでも見られてきたが、現在は「人材戦略が経営戦略の中枢を成す」世界に入りつつあると言える。

今後、企業の人事戦略は、機関投資家等社外の目にさらされ、経営戦略の実現に向けた有効性が評価され、他社との比較の中で、投資判断における重要な要素となる。企業が市場に対して、自社の経営戦略を実現するに足る人的資本をどのように獲得し、また人材が持ち得る能力を最大限発揮するための施策をクリアに語ることができなければ、市場からの信頼を得られず、企業の資本政策にも少なからず影響が生じることになろう。また、成長の源泉たる人材自身も、各社の戦略を比較し易くなる。人的資本情報の開示によって、企業の魅力や価値、将来性が人材と共に適切に示されるならば、人事戦略の巧拙次第で中小企業が大企業に人材獲得競争で勝る世界へと変化していくことも考えられる。

今、企業が採るべき対応のうち最も重要なことは、企業の経営戦略との結びつけを意識して人事戦略を明確化していくことだ。企業がどこへ行きたいのか、そのためにどのような人材を必要としているのか、そういった人材を獲得し、成長を促すためにどのような施策を講じているのか、こうした一連の戦略をクリアに整理し、社内外に発信することが重要となる。戦略の策定と実行にあたっては、自社の状態を適切に把握することが必要となる。とりわけ、データの可視化やそれに基づく意思決定は、日本企業が取り組むべき大きな課題の一つとなっており、システム等も活用した戦略策定・実行の枠組み作りを加速させることが肝要となる。さらには、企業における人事部の位置づけを見直し、経営戦略の実現の中核を担う部門として、再構築することも必要である。企業の経営と人事が密接に連携して戦略の立案や実行を推し進める体制が期待される。

D-NNOVATIONスペシャルサイト

社会課題の解決に向けたプロフェッショナルたちの物語や視点を発信しています

プロフェッショナル

上林 俊介/Shunsuke Kambayashi

上林 俊介/Shunsuke Kambayashi

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

Human Capital Division  Organization Transformationユニット SIer、業務系コンサルティングファーム、組織・人事系コンサルティングファームを経て現職。DTCのM&A・再編人事サービスリーダー。 国内外の企業に対し、M&A・再編局面で、組織・人事の構想・戦略策定、計画立案、DD、取引実行、PMIまでをトータルに支援。 近年は、デジタル機能の強化・集約を目的とした組織再編の計画立案や、それを起点とした組織・人材変革、制度設計も手掛ける。 企業価値の向上に向けては、人的資本経営の実装や、人的投資の強化に向けたDD、人的投資戦略の立案なども総合的にサポートする。 関連サービス ・ヒューマンキャピタル(ナレッジ・サービス一覧はこちら)