AIで社会を切り拓くカギは、“つながる”データとエコシステム ブックマークが追加されました
生成AI(人工知能)の衝撃が世界をかけめぐる中、AI技術の先進的な活用に向け、各国政府や企業が動きを加速している。そこであらためて注目を集める存在となっているのが、AI技術開発のためのハードウェアからソフトウェアまでエンドツーエンドで提供しているエヌビディアだ。同社日本代表の大崎真孝氏と、デロイト トーマツ コンサルティングの首藤佑樹氏が、GPU(画像処理半導体)テクノロジーに支えられたAI活用の最前線や、データ活用やデジタルシミュレーションによって変革する産業と社会の未来について討議した。
※当記事はHarvard Business Review(株式会社ダイヤモンド社)にて、2024年3月11日に公開された記事を、掲載元の許諾を得て、一部改訂して転載しています。
首藤 生成AI(人工知能)の衝撃が世界をかけめぐり、AI技術の先進的な活用に対する関心がますます高まっています。AIの開発・運用で圧倒的に活用されているGPUで高いシェアを持つエヌビディアの存在感も格段に大きくなりましたね。
大崎 当社はグラフィックス、HPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング)、AIの3つの領域で事業を展開していますが、おっしゃる通りAI領域において各方面から注目されたり、相談を受けたりする機会が非常に増えました。
2023年11月にサンフランシスコ市内で開催された、経済産業省とAI・半導体分野企業の意見交換会に当社も参加し、同年12月に当社CEOのジェンスン・フアンが来日した時には、岸田文雄首相と面会した後、自民党本部での会合にも出席して、日本での投資拡大などについて説明しました。
CEOのジェンスンは、ソブリンAIという言葉を使っていますが、国家が固有の資源であるデータの価値を再認識し、自国内で生み出されたデータを有効活用するために独自のAIインフラの構築と運用を目指す動きが強まっています。米国だけでなく、インドやフランス、カナダなどの国々がソブリンAIへの投資を重視しており、日本も同様だと認識しています。
首藤 経済産業省が2024年2月に国内での生成AIの開発力を強化していくためのプロジェクト「GENIAC」(ジーニアック)を立ち上げたのも、そうした動きの一つですね。
自国内、自社内にある固有のデータをいかに活用するかが競争力に直結するようになってきました。オープンソースの大規模言語モデルを使うだけでは、できることに限界があります。固有のデータをAIと組み合わせることによって差別化要因が生まれてくるので、日本もそこにもっと投資していくべきだと思います。
デロイト トーマツ コンサルティング(以下DTC)はさまざまな先進技術を活用してクライアントの変革を支援していますが、なかでもいま最も注力しているのがAIで、関連プロジェクトは急速に増えています。我々のスタンスとしては、AIはあくまで手段の一つであり、クライアントの社内にあるデータ資産を活用できる状態にして、戦略そのものをつくり変えていく、その戦略を実現するためにビジネスプロセスを抜本的に変えていくといった“変革”を主軸にしています。
その点に関連して言えば、エヌビディアの強みは半導体というハードウェアメーカーの枠を超えた変革にあると理解していますが、いかがでしょうか。
大崎 ご指摘の通りです。かつて半導体メーカーに求められたのは、高性能で品質の高いハードウェアを提供することでした。その部分は変わりませんが、いまはハードウェアに加えてソフトウェア、ネットワークなどシステム全体の性能を高め、アプリケーション開発のハードルも下げていかないとAIのような急速な技術進歩を支えることはできません。
ですから私たちは、ゲーム用の半導体が主力だった時代からソフトウェアを戦略の中核に置いてきました。最高性能の半導体開発を追求しながら、何百、何千というソフトウェアライブラリーを自社で開発してきました。
私たちが開発しているのは、エヌビディアのハードウェア上でアプリケーションを動かすためのシステムソフトウェアや、よりスムーズなAI開発を支えるアプリケーション・フレームワークなどですが、そのソフトとハードをオンプレミス環境だけでなくクラウドでも同一のアーキテクチャーで活用いただけるプラットフォームを提供していることが、他社にはない大きな差別化要因になっていると思います。
大崎真孝
Masataka Osaki
エヌビディア
日本代表兼米国本社副社長
首藤 事業環境やテクノロジーの変化が激しい今日では、戦略やビジネスプロセスを描いても、それを実現するための手段を自前で開発していては変化のスピードに追いつけません。
ですから描いた戦略やビジネスプロセスを具現化するためのインフラやプラットフォーム、アプリケーションをどう組み合わせ、有効活用するかという視点でテクノロジーの知見を高めることが重要です。
デロイトがエヌビディアとアライアンスを結んだのも(*1)、我々自身がエヌビディアのテクノロジーやプラットフォームに習熟し、それを活かしてクライアントの変革のスピードを速めるためです。
大崎 DTCが開発を支援した楽天証券のAIサービス「投資相談AIアバター」は、象徴的な事例ですね。あの開発スピードの速さは、プラットフォームを提供している私たちも驚くほどでした。
首藤 我々DTCでは、エヌビディアのプラットフォームを活用したソリューション群をつくり、「Quartz AI」(クォーツ エーアイ、*2)というブランドで展開しています。そのQuartz AIのソリューションの一つを楽天証券の生成AIチャットサービスと連携させることで開発したのが、投資相談AIアバターです(*3)。
お客様が質問すると、デジタルアバターが聞き耳を立てるしぐさをしたり、回答する時には音声に合わせて口を動かしたりするなど、人間らしい反応が大きな反響を呼んでいます。顧客接点におけるデジタル変革を検討している他の金融機関や自動車ディーラーなどからも高い関心が寄せられています。デロイトとエヌビディアのグローバルな戦略的アライアンスが効果を発揮したユースケースの一つだといえます。
我々としては、上流の戦略立案から下流の技術実装まで成果を迅速に具現化していくことに徹底してこだわっています。たとえば、いま大崎さんと話しているこの場所、The Smart Factory by Deloitte @ Tokyo(*4)もそうしたこだわりを表す施設です。生成AIやIoT(モノのインターネット)、メタバースといった効果的なソリューションや事例の紹介を行うエリア、製造現場のさまざまなデータを活用可能にするソリューションを体験できるロボット生産デモライン、お客様と我々が対話しながら製造業の新たな姿や戦略実行への道筋を描くワークショップエリアなどで構成されたイノベーション創発施設です。
首藤佑樹
Yuki Shuto
デロイト トーマツ コンサルティング
チーフ・ストラテジー・アンド・イノベーション・オフィサー(CSIO)
大崎 バリューチェーンの上流から下流までがデータを基点につながり、戦略や構想を製品・サービスとして具現化していくスピードが企業の競争力を大きく左右しますが、それができている企業は少ないですね。その意味で、いろいろな業界やテクノロジーについて深い知見を持ったDTCが企業の中に入ってともに戦略を描き、具現化までを支援する意味は大きいですし、戦略パートナーとして私たちが期待している部分でもあります。
首藤 ところで、日本企業におけるAI活用の現状と課題について、大崎さんはどうご覧になっていますか。
大崎 画像検知や故障予知などでAIがかなり活用されるようになっていますが、これからはデジタル仮想空間でのシミュレーションが大きな流れになると思います。
私たちは工場や都市空間、自然環境などをメタバース化し、物理的に正確なシミュレーションをリアルタイムで行うことを可能にするプラットフォームとしてOmniverse(オムニバース)を提供しており、製造、通信、建設、エンタテインメントなど幅広い産業、大規模な科学シミュレーションなどで利用が増えています。
道路状況や気象条件などを変え、さまざまな環境下で自動運転車の安全走行をシミュレーションできるプラットフォームとして磨き上げてきたものですが、工場全体をデジタル空間に3Dで再現し、安全で効率的なものづくりを検証して、その結果をリアルな生産ラインの配置やロボットの動きなどに反映させることもできます。
日本の強みである現場の力、ものづくりの力を拡張するためにも、AIを使ったデジタルシミュレーションをもっと活用すべきだと思います。
首藤 ものづくり大国の復権に向けては、開発・設計といった上流工程の図面データなどをデジタル化することも重要です。それにインデックスをつけてデータ資産として活用できる状態にしてバリューチェーン全体をつなげば、より精緻でスピーディなものづくりができます。
もう一つ、日本は人口減少がこれからも続きますから、海外市場の開拓がいままで以上に重要になります。進出先の現地企業やすでに進出している日系企業などとデータを相互活用し、市場の文化特性やニーズに合ったCX(顧客体験)をつくり上げていく。その能力によって、市場開拓のスピードが格段に違ってきます。
そうしたものづくりやCXの変革を実現する前提となるのがデータ基盤の整備です。日本企業では事業ごと、機能ごとにデータベースが別々になっていて、データも標準化されていないことが多いですが、それでは部門や企業の壁を超えてデータを相互活用することができません。また、AIに学習させるのも限界があります。データ資産を自社の競争力向上に役立てるには、データ基盤の整備が欠かせません。
大崎 キーワードはやはり、“つながる”ですね。AIを効果的に開発・活用するにはエコシステムやアライアンスの形成が重要なカギになります。三井物産と当社が協業し、国内の創薬研究の加速を目指すプロジェクト「Tokyo-1」が2024年から本格的に始動しました。
アステラス製薬、第一三共、小野薬品工業の3社がこのプロジェクトに参加していますが、参加企業はエヌビディアのスーパーコンピュータや創薬用の生成AIプラットフォームを利用できるほか、非競争領域において定期的な情報交換や知見共有を行います。高解像度分子動力学シミュレーションや生成AIモデルなどの開発・活用を促進し、日本の創薬力を高めるプロジェクトとして期待されています。
今後は他の製薬企業やスタートアップも参加する予定です。創薬以外の分野でも、こうしたエコシステムがもっと生まれていくといいと思います。
首藤 同感です。個人情報や機密性の高い情報は匿名化したり、暗号化したりすることでデータを相互活用することができますし、アルゴリズムだけを共有するという形もあります。データを中核としたエコシステムやアライアンスが、企業の競争力に直結していくのは間違いありません。
では最後に、大崎さんが今後チャレンジしていきたいことをお聞かせください。
大崎 私はここ5年ほど、ずっと悔しい思いをしてきました。というのも、AIの先進的なユースケースが海外発のものばかりだからです。日本のポテンシャルを確信しているだけに、世界に通用する日本発のユースケースをどんどん発信していきたいと思っています。
政府でも民間企業でも独自のAIモデルや活用技術を開発していく機運が高まっていますので、私たちも一緒になってその動きを牽引し、加速させたいですね。デロイトの力にも期待しています。
首藤 生成AIに限っても、デロイトはグローバルで500以上のユースケースがあり、クライアントにいつでも提供できます。いまのところ米国発が圧倒的に多いのですが、日本でのユースケース創出に我々も積極的にチャレンジしていきます。
大崎 そのためにも世界の動きを知ることが大事です。私たちは世界中から30万人以上の研究者や開発者、ビジネスリーダー、クリエーターなどが参加するAI技術カンファレンス「GTC 2024」(*5)を2024年3月18日からカリフォルニア州サンノゼで開催します。リアルとオンラインのハイブリッド開催ですが、リアルな会場でセッションや交流会を開くのは5年ぶりです。3月22日には日本のお客様向けの無償オンラインイベント「Japan AI Day」も開催します。GTCでは国内外の最新のAI活用事例や研究開発についてご紹介しますので、ぜひご参加いただきたいと思います。
首藤 テクノロジーが企業経営に与えるインパクトは年々大きくなっています。気候変動をはじめとする社会課題を解決するためにも、テクノロジーを存分に活用していくことが必要です。
生成AIをエージェントとして使うことで、専門家でなくても先端テクノロジーの恩恵にあずかることができる時代になりました。研究者やエンジニアに限らず、すべての人たちがテクノロジーとデータを活用して価値をつなげ、社会を発展させていく。そういう未来に我々は貢献したいと考えています。
*1 デロイトとNVIDIA(エヌビディア)のアライアンスについて、詳しくはこちら。
*2 Quartz AIについて、詳しくはこちら。
*3 投資相談AIアバターについて、詳しくはこちら。
*4 The Smart Factory by Deloitte @ Tokyoについて、詳しくはこちら。
*5 GTC 2024については、こちら。
大崎真孝
エヌビディア 日本代表兼米国本社副社長
日本テキサス・インスツルメンツでエンジニア、営業を経験した後、米国本社でのビジネスディベロップメント担当を含めてさまざまなマネジメント職に従事。2014年エヌビディア入社。日本法人の代表としてPC用ゲームのグラフィックス、インダストリアルデザインや科学技術計算用ワークステーション、スーパーコンピュータなど、エヌビディア製品やソリューションの市場およびエコシステムの拡大を牽引し、日本におけるAI(人工知能)コンピューティングの普及に注力している。
テクノロジー・メディア・通信インダストリー アジアパシフィックリーダー Chief Growth Officerとして戦略・アライアンス・イノベーション・AIを含む先端技術等を統括する。また、テクノロジー・メディア・通信インダストリーのアジアパシフィックリーダーを務め、事業戦略策定、組織改革、デジタルトランスフォーメーション等のプロジェクト実績が豊富である。米国への駐在経験もあり、日系企業の支援をグローバルに行ってきた。 関連するサービス・インダストリー ・ テクノロジー・メディア・通信 ・ 電機・ハイテク >> オンラインフォームよりお問い合わせ