世の中の潮流を見極め、逆境の中で行われるリスクマネジメントと意思決定【後編】 ブックマークが追加されました
デロイト トーマツ グループでは、企業経営の意思決定をサポートし、将来リスクを事業成長につなげるリスクアドバイザリー(RA)の領域に約2,500名のプロフェッショナルを擁しています。
「Executive Interview」では、RAのトップアドバイザーによる企業の経営トップのインタビューを通じ、不確実で多様なリスクが取り巻く事業環境のなかで、企業成長に向けた様々な取り組みや経験を語っていただき、「守りの経営」としてのリスクマネジメントだけではなく、「攻めの経営」に資するリスクマネジメントの重要性や気づきをお届けしていきます。
今回、富士フイルムホールディングス株式会社 代表取締役会長の助野 健児氏をお招きし、企業のトップマネジメントがリスクをどのように捉え、マネジメントしているのかについてお話を伺いました。
長谷川:今までの議論では、どうやってリスクをマネージしていくかということが中心となっていましたが、もう少し具体的な話として、富士フイルム様の執行と取締役との役割分担について教えて下さい。
長谷川 孝明/Takaaki Hasegawa 有限責任監査法人トーマツ パートナー
主に製造業を対象として会計監査、内部統制構築支援業務に従事したのち、投資ファンド向けのM&Aアドバイザリー業務に従事。その後、4年間のジャカルタ事務所への駐在経験を経て、現在は、主にテクノロジー関連を中心とする製造業向けに、グループガバナンス、内部管理体制強化、リスクマネジメント、ESG、会計アドバイザリー業務に従事している。
助野氏:日本独特の制度として、執行役員になり、その後で取締役執行役員になるというパターンがあります。執行役員は「事業」という枠の中でその事業全体のマネジメントを行い、そこで全体感を勉強していきます。取締役執行役員は、担当する事業だけではなく、会社全体を見て意見を言うことになり、他の事業や分野でも思ったことを言う。これが基本的な役割ですよね。ブレーキをかけることもあるし、アクセルを踏むこともある。そういったことは取締役会で徹底的に議論しています。
それでは社外取締役はどういった役割なのかということになりますが、私は「この会社の常識が世の中の常識とずれていないかどうかを見る」ことだと思っています。世の中とずれてくると、それがパフォーマンスギャップになることもありますからね。
もちろん専門的な見方もあるかもしれませんが、常識的な見方でおかしいと感じたことは言ってもらう。その意見を踏まえて議論を重ね、チューニングしています。チューニングする中で撤退を決めた事業もありますよ。
助野 健児/Kenji Sukeno 富士フイルムホールディングス株式会社 代表取締役会長
1977年富士写真フイルム株式会社(現富士フイルムホールディングス株式会社)入社。主に、経理・経営企画部門に従事。85年~英国、2002年~米国(CFOとして)現地法人での駐在などを経て、13年富士フイルムホールディングス 取締役 執行役員 経営企画部長、16年代表取締役社長 グループ最高執行責任者に就任。21年6月から現職。
松本:経営層や現場についてのお話を伺ってきましたが、日本企業の場合にはミドルマネジメント層が不満分子になるケースも多いと感じています。そういったミドルマネジメント層との向き合い方についてご意見を頂けますか。
松本 拓也/Takuya Matsumoto 有限責任監査法人トーマツ パートナー
シンクタンクにてコンサルティング業務に従事した後、有限責任監査法人トーマツに入社。監査業務の経験を経た後、現在は、グローバルリスクマネジメント/コンプライアンス体制構築を中心に、グループガバナンス再構築、危機管理体制構築、内部統制構築、内部監査等のアドバイザリーサービスを数多く手掛ける。
助野氏:私が経営企画部長の時代に、色々な部門のミドルマネジメント層を集めて直接会話しました。そこで注意したのは、ミドルマネジメント層だけを集めるようにすること。一般層を混ぜると、本音を言わず、きれい事だけになってしまうんです。本音を聞き出せなければ、説得も納得もできないですからね。
岩村:富士フイルム様の場合、従業員がいろいろな意見や案を言える文化があるのだと思いました。しかし、やはりそれだけでは上手くいかない。それらについて冷静に見極める視点も必要になるはずです。それはリスクを見るということにも繋がると思いますが、いかがでしょうか。
岩村 篤/Atsushi Iwamura 有限責任監査法人トーマツ 包括代表代行 兼 デロイト トーマツ グループ リスクアドバイザリー ビジネスリーダー
2021年デロイト トーマツ グループ 執行役、リスクアドバイザリー ビジネスリーダー、有限責任監査法人トーマツ執行役およびデロイト トーマツ リスクアドバイザリー株式会社 代表取締役。上場会社の監査業務に関与後、グローバル展開するメディア企業や製造業向けにアドバイザリー業務を提供。近年は複数のグローバル企業に対し、デロイト トーマツ グループのサービス責任者として従事
助野氏:研究所にいる若い技術者と話をすることがありますが、彼らはどうしても自分の技術に惚れ込んでいるが故、その研究だけにのめり込んでしまう。そこで、意図的に「研究に費やした費用はいつリターンがあるのか。続ける意味はあるのか」という会話をするようにしています。そうすると、技術者は技術の優位性や市場の成長などについて、客観的なデータなども使いながらきちんと説明するようになるんです。
あとは「タイミング」の問題もありますよね。どうしても、パフォーマンスギャップやオポチュニティギャップがでてしまう。たとえばインクジェットに関しては、2006年にヘッドとインクの会社をM&Aしましたが、市場の立ち上がるペースは思ったよりも遅かった。そういうこともありますからね。
松下:ありがとうございます。足元の話だけでなく、同時に中長期での社会の変遷なども見定めていく、その両輪が必要だと言うことなのだと思います。それがリスクマネジメントするための判断軸になっている。
経営としても「ここだ」という部分には、きちんとリスクテイクをして後押しする。それが今の隆盛に繋がっていることが分かりました。リスクをマネージしていくことが経営そのものだと改めて思いました。
松下 欣親/Yoshichika Matsushita 有限責任監査法人トーマツ パートナー
監査業務や株式公開支援業務などの業務に従事。大手証券会社への出向を経て、現在、取締役会の実効性分析・評価やリスクアペタイトフレームワークの導入を含む、コーポレート・ガバナンスのための組織体制整備業務等を行っている。
長谷川:一方、リスクは国内だけではなく、グローバルでもさまざまなリスクがあると思います。そういった国内のコーポレートからでは見えにくいリスクについて、どのように把握されているのか教えて頂けますか。
助野氏:グローバルでのリスクという意味でいうと「経済安全保障」が気になっています。
経済安全保障への対応は政治的な判断もあり、最新の情報を入手する必要があります。万が一、経済安全保障に抵触する製品・技術を販売してしまったり、抵触していないのに販売しなかったりということが起きないよう、細心の注意を払う必要があり、専門のチームでもなければ、とても対応できません。
見極めという点について言えば、経産省の方にも入ってもらいながら、企業の安全保障を専門にしている部門やアカデミアとも連絡を取り合う仕組みを作るなど、官民学での取り組みが必要になるはずです。
長谷川:ありがとうございます。ボトムアップとトップダウンのリスクマネジメントがある中で、「危ないからやめよう」というだけでは前に進みません。積極的にとるべきリスクを取っていく。それを促す仕組みなども必要になるのではないかと考えています。富士フイルム様ではリスクを取るということをどのように捉えていて、具体的にどういった取り組みをされているのか教えてください。
助野氏:教科書的な答えになってしまいますが、「早い段階から取締役会に議題を上げて意見を戦わせ、やるかやらないかを決める」ということになると思います。取締役会が執行側に「早く進めよ」という場合もあるでしょう。リスクというのは、ある意味「ビジネスチャンスの裏返し」ですからね。
そういった意味では逃げていても仕方がない。とりあえずやってみて、上手くいかないと思ったら立ち止まって考え直せばいい。そうしてもう一回試行する。その繰り返しをしていけば、早くリスクを回避できるはずです。
そこで「撤退」と決めたら、即座に撤退する。中には、「あと3年待ってほしい」ということもあります。しかし、その間に投じる会社のリソースは他の有望なところに投下した方がいい。現在の事業ポートフォリオに至るまで、それを繰り返してきました。
長谷川:ありがとうございます。最近、金融機関のようにストレステストを実施し、大きな問題が起きたときでも自己資本比率が担保できることを検証する事例も増えています。そのような中、富士フイルム様のリスクマネジメントをさらに高度化するために、実施しようと考えていることなどはありますか?
助野氏:リスクマネジメント部門があり、会社のリスクマップを作っています。グループ全体を捉えて想定されるリスクを洗い出し、その発生可能性や、起きたときのダメージはどれくらいなのか、対象となる部門はどういった手を打たないといけないのかといったことが分かるようにしています。
モニタリングについては、リスクマネジメント部門と対象となる部門が行っています。その他、監査部門でAIを使ったフォレンジックの仕組みを構築するなど、不正が起こらない取り組みを進めています。
また、先ほどの話にも関連するのですが、経済安全保障の問題はストレステストをしておいたほうがいいと思っています。例えば、台湾問題が最悪の状況になったときにどうビジネスを続けていくのかといったシナリオ作りは必ず必要になるでしょう。
経済安全保障については、会社単独で全てをマネージできるわけではありません。問題が起きたときに、どのビジネスを繋げていけるのか。繋げていくのが難しいビジネスはどれなのか。繋げていくためには何をしないといけないのか。どこにセカンド・サードサプライヤーを求めていくのかといった絵を描いておかないといけません。そういった意味で、ストレステストは非常に重要だと思います。
その上で、会社としてどういった備えをしていくのか。会社独自でできることもあれば、官民連携するという方向性もあると思います。いろいろな方向性があると思いますが、大きなことが起きたときにどういう連携体制を築くべきか検討する必要があるでしょうね。
長谷川:先ほど、世の中との「ギャップ」といった話もありましたが、それは社会の期待に応えるということにも繋がっていると思います。そうなると、企業の社会的責任を果たすべく社会課題解決への貢献を経営戦略に取り込んでいく必要があります。一方、サステナビリティを制度対応としか捉えていない企業も少なくありません。
そこで富士フイルム様がサステナビリティを経営に活かすために実施していることを教えて頂けますか。
助野氏:2017年に「サステナブルバリュープラン2030」というCSR計画を発表し、2030年度までにどういったことをしていくのかというのをまとめています。
そこでは、我々の事業ポートフォリオから考えたときに、さまざまな社会課題に対し、我々がお役に立てる分野として①環境、②健康、③生活、④働き方の4つを定めました。
①「環境」は気候変動への対応や資源循環の促進、脱炭素社会の実現を目指したエネルギー問題への対応などです。実は、写真フィルムを製造するためには、大量の清浄な水と空気が欠かせないことから、環境対応は創業以来の当社DNAの一部になっています。
➁「健康」への対応については、創業間もない頃からレントゲンフィルムの国産開発をしてきた歴史もあり、もともとの素地として持っているものです。当時のレントゲンフィルムは輸入品ばかりで非常に高価だったため、レントゲンを使った診察が簡単にはできなかった。それを国産で安価に作ることで、国民の健康に大きく貢献することができました。そういった考え方を根底に抱きながらこれからも事業活動を続けていこうと考えています。
③「生活」については、例えば写真文化を守るということが挙げられます。芸術的な写真を展示・保管するだけでなく、各家庭にある写真をアルバムに収めるという文化も後世に残していきたいと思っています。家族写真はそれ自体が宝物ですし、この文化が廃れてしまうのはもったいない。そういった領域で貢献できると考えています。
④「働き方」はDXに代表されるものでもあります。コロナ禍で働き方もかなり変わりましたし、今後も変化していくでしょう。これはビジネスイノベーションが担う領域です。
この4つの重点分野における社会課題を解決することが我々の存在価値だと考えています。
ロジカルに決めることも必要ですが、「思い」や「メッセージ」を伝えていくことも非常に重要だと思っています。富士フイルムは80年を超える歴史がありますが、その中で、価値を提供し続けてきたということを忘れてはいけません。
長谷川:リスクマネジメントを見事にやってこられた富士フイルム様からみて、我々のようなリスクマネジメントの外部専門家に期待することがあれば教えて頂けますか。
助野氏:課題を解決してくれるところまで一緒にやってほしいですね。コンサルタントというと、「課題」を見つけて「対応計画」を策定する所まではしてくれますが、そこで終わってしまうことが多い。泥臭いこともあると思いますが、一緒に実行してもらえると助かりますね。
長谷川:ありがとうございます。確かにきれいな絵を描いて、「こういう風にやってください」というのは簡単ですが、最後までやりきるコンサルタントはそう多くはないというのが実状ですからね。
我々も「本当にやりきれるか」という部分が重要だと思っています。デロイト トーマツでは、クライアントに伴走していくシェルパのように、クライアント企業と一蓮托生の思いでアドバイザリーを行っています。ぜひよろしくお願いします。
本日はありがとうございました。
(写真左から)
有限責任監査法人トーマツ パートナー 松下 欣親
有限責任監査法人トーマツ パートナー 岩村 篤
富士フイルムホールディングス株式会社 代表取締役会長 助野 健児様
富士フイルムホールディングス株式会社 コーポレートコミュニケーション部 広報グループ長 原田晋吾様
有限責任監査法人トーマツ パートナー 長谷川 孝明
有限責任監査法人トーマツ パートナー 松本 拓也
監査法人トーマツ(現 有限責任監査法人トーマツ)入社後、監査業務や株式公開支援などの業務に従事。 某大手証券会社への出向を経て、現在、ESG領域を中心に活動している。特に、取締役会の実効性分析・評価やリスクアペタイトフレームワークの導入を含む、ガバナンスに関する業務に知見を有している。 主な共著書として、『コーポレートガバナンスのすべて』、『M&A実務のすべて』(以上、日本実業出版社)、 『リスクマネジメントのプロセスと実務』(LexisNexis)、『組織再編における税効果会計の実務』(中央経済社)、『ベンチャー企業の法務・財務戦略』(商事法務)、他がある。
主に製造業を対象として会計監査、内部統制構築支援業務に従事したのち、投資ファンド向けのM&Aアドバイザリー業務に従事。その後、4年間のジャカルタ事務所への駐在経験を経て、現在は、主にテクノロジー関連を中心とする製造業向けに、グループガバナンス、内部管理体制強化、会計アドバイザリー業務に従事している。 主な著書:「コーポレートガバナンスのすべて」(日本実業出版社)、「M&A実務のすべて」(日本実業出版社) 資格:日本国公認会計士、中小企業診断士
シンクタンクにてコンサルティング業務に従事した後、有限責任監査法人トーマツに入社。 監査業務の経験を経た後、現在は、グローバルリスクマネジメント/コンプライアンス体制構築を中心に、グループガバナンス再構築、危機管理体制構築、内部統制構築、内部監査等のアドバイザリーサービスを数多く手掛ける。 主な著書に『最新 コーポレートガバナンスのすべて』(共著、日本実業出版)他 米国デラウェア州公認会計士/公認内部監査人/公認情報システム監査人