INTERVIEW
#リスクマネジメント
不正に対峙する主体・責任・ガバナンスを考える
2024/12/11
日本にコーポレートガバナンス・コードが生まれておよそ10年。2015年の策定以来二度の改訂を経て、コードは進化してきました。しかし残念ながら、大企業の不正・不祥事の件数はむしろ増えています。不祥事に対応していくために、誰が主体となり、責任を持つべきか。健全なガバナンスのあり方について語り合います。

PROFESSIONAL
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浅野 敏雄 旭化成株式会社 特別顧問
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浜田 宰 DT弁護士法人 パートナー 弁護士・ニューヨーク州弁護士・公認会計士
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中島 祐輔 デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー パートナー
社外取締役の存在意義とは
中島 コーポレートガバナンス・コードが制定されて10年。改訂も二度されています。2022年の数字で既に、2名以上の独立社外取締役を選任している企業は、JPX日経400では99.5%にのぼっています。全取締役の3分の1以上を独立社外取締役としている企業も同じく95%です。ただ残念ながら、企業の不祥事は後を絶ちません。不祥事が起きた場合は、社外取締役の方からも働きかけをすることになると思いますが、事前にそういった事実を社外取締役がつかむのは難しい。エスカレーションの問題について実際に社外取締役をやっていらっしゃっていかがですか?

浅野 社内で不祥事に気がついた場合、一番迷うのは、いつ、社長に報告するかということです。あるいはいつ取締役会、監査役会(監査役)に報告すべきなのか。その基準が実はあるようでない。場合によっては社長に報告があって、社長が執行側で処理して、最後に取締役会に報告するということもあります。いずれにしても社外取締役は当然取締役会報告のときに聞くことになります。そのため、社外取締役がその事実を知ったときは、既に発覚からかなり時間が経っていることが少なくない。経営層がその不祥事に関係している可能性がある場合もあり、果たしてそれでいいのかということですね。そのため、取締役会(社外取締役)にいつ報告するのかという基準を一度各社整理しておいた方がいいと思います。

旭化成株式会社代表取締役社長兼社長執行役員などを歴任後、同社相談役。複数の社外取締役として経営への助言や執行の監督を実施するほか、昭和女子大学理事、公益財団法人がん研究会理事長、公益社団法人発明協会 理事・副会長、一般社団法人企業研究会 理事・副会長、高分子同友会代表幹事を務める。
浜田 不正の発見に至る過程を見ますと、通常、当初は不正の兆候が見つかるだけです。どのような不正が行われたか、不正がどれだけの深度や広がりを持っているかは、第一報の段階では分かりません。その段階ですぐに取締役に報告することを、担当者の方はどうしても躊躇してしまいがちです。事実が「生煮え」のままで報告しても、「もっと判断に足るようなきちんとした事実を調査して持ってきてください」と言われるのではないか、そうならないようにもっと調べてからにしよう、と思ってしまうのです。しかし、不祥事の全貌はすぐに明らかになるものではありません。そのため、重大な不祥事の兆候を発見した場合には、情報が「生煮え」であったとしても、その時点で何がわからないのかも含めて、できるだけ早く取締役の耳に入れることが重要です。そのうえで、調査体制をどうしていくか、機密管理をどう図っていくか等を、必要に応じて社外取締役を含めて議論することが重要です。担当者が案件を抱え込まず、こうした議論のできる状況にできるだけ早く持ち込むようにすることが、ガバナンスの実効性の観点からは期待されていると思います。
浅野 そうですね。いろいろな過去事例を見ると、有事と平時という言葉が用いられるのですけど、会社経営をしていると、実は平時というのは存在しないというのが実感です。外部に言わない、言うほどの話ではないというだけで、常に事案は発生していて有事なのです。つまり、いつだって必ず何か問題は起きています。内部通報制度などを導入すれば、インシデントレポートは必ず増えます。まず、「常日頃から、問題は全ての会社で発生している」ということを改めて認識することが大切だと思います。そこが出発点です。インシデントレポートは、それこそたくさん出た方がいいといわれています。その方が、組織の感度が高いといえるからです。そういう、いわば日常的な活動を通して、各社に「本当の」有事に備える土壌ができると思います。
内部通報制度は機能しているのか?
浜田 今年、消費者庁からの委託調査で、不祥事を起こした企業において、どのように内部通報制度が運用されていたかの調査を行いました。2019年以降に公表された不祥事の調査報告書265本を収集して、内部通報制度の整備や運用状況に対する指摘事項を見てみました。内部通報が機能しなかった理由として一番多かった点は、「内部通報の窓口に対する信頼性が十分でない」ことでした。つまり、「通報したからといって適切に対処してもらえるかどうかわからない」あるいは「通報したことで自分が不利益を被らないと言い切れない」ということです。消費者庁で、公益通報者保護法の改正が現在議論されていますけれども、そこでも通報者の保護が一つのテーマになっています。

M&A・組織再編、コーポレートガバナンス・不祥事対応、開示規制・公開買付規制をはじめとして、企業法務全般を扱う。2020年3月から2022年3月まで、金融庁において企業統治改革推進管理官として執務し、コーポレートガバナンス・コードの再改訂等の責任者を務める。
浅野 通報者の保護は当然で、通報後のプロセスが問題ですね。相談窓口が社外にあったとしても、調査自体には社内の人間が関与せざるを得ない。そのプロセスで通報者を保護するのは相当な工夫が必要です。その通報を取締役会に報告するのか。会社によっては、取締役会で議論しているところもあるようですけれども、それがかえって内部通報をうまく機能させない方向に進ませてしまう恐れもあります。案件によっては社長にも知らせないで、調査する必要があるかもしれません。実際に、監査役が極秘に調査をして経営トップの不正を暴いたという例も過去にはありました。もう一つ、提言したいのは、内部通報をしても通報者にメリットがないといった議論に対して、「内部通報は権利というだけでなく、義務のようなものでもある」ということです。義務というのは言い過ぎかもしれませが、たとえばセクハラやパワハラの場合、被害者は声を挙げづらいものです。それを同僚などが横から見ていて知っていたとすれば、代わりに声をあげるのは、これは明らかに人としての義務、あるいは責任だと思うのです。不正について知ったときも同じです。黙ってみているのは決して適切な行為ではないはずです。
浜田 内部通報は、組織にとってはものすごく有意義ですが、通報した個人にとってプラスになるわけでは必ずしもありません。そのため、内部通報をすることは、組織のためになる行為であり、それをすることが社員一人ひとりに期待されているのだということを、組織全体で啓発していくことが非常に重要です。
中島 我々が行った内部通報に関するリサーチの結果を見ても、欧米企業と日本企業には差があって、サプライヤーを含めた対応もそうですし、匿名性の担保、通報に対応する部署の独立性、通報があった後どのくらいの時間で回答しなければいけないといったルール作りも含めて、欧米企業の方が進んでいるという事実があります。ただ一方で、日本企業の意識も徐々に進んできているという肌感があります。我々が提供している内部通報のプラットフォームに対しても、ここ1年~2年で問い合わせが増えてきています。グローバルに展開している会社ほど、意識が変わってきているのではないかと期待しています。
なぜ3カ月前にできなかったか?
中島 昨今の傾向を見ると、品質不正の事例が多く報道されています。長い年月にわたって隠していて、今になって発覚したというケースが非常に多く、欧米企業と比較しても特徴的だと思っています。なぜそうなってしまったかというガバナンス上の問題と、今後どうしていくべきか、についてご意見いただければと思います。

浅野 根っこは共通ですが、二種類の品質問題があると思っています。一つは、長年、品質不正をやっていた。そして今発覚したのですが、実はこれまでも問題は発生していなかったという場合ですね。技術の進歩があり過去に作った基準が現実では陳腐化している例があります。現実の製品は既に過剰品質になっている例もあります。この場合は、本来であれば、しっかりとお金と手間をかけて検証をして、マニュアルや基準を作り変えて顧客等に説明すればいいわけです。制度を実態に合わせるわけです。その手間を惜しんでしまって、時にその検査を省き、クリアしたことにしてしまった。これでは不正になってしまいます。顧客も含めて、日本人の悪い癖ですが、波風を立てない、前例踏襲が第一という風土が問題です。私は現場を預かる部課長の役割が重要だと思います。もちろん最終的には担当役員やトップの責任ですけど、部課長が提案しないと議論が始まらないからです。より深刻なのは、もう一つの品質問題で、実際に大きな被害が発生した場合です。明らかに品質基準などが甘かった例になります。そうした風土が、時にそれとは別次元で、絶対に起こってはいけない事故や事件をも生んでしまう土壌になってしまうのです。前例とは別に、おかしいことはおかしいと声をあげる。実際には簡単ではありませんが、そうした気概が欲しいです。
浜田 組織に対する帰属意識に起因する問題ですね。最近の、品質不正の事例でも、複数の事業がそれぞれ「タコツボ化」していることに起因した不正の例が多く見られます。ある特定の事業部門、特定の工場で、不正な行為が開始された後、前の担当者がそのようにやっていたからと、不正の実務が引き継がれてしまうようなケースです。組織が「タコ壺化」していると、人事異動が少ないため、新任者が問題に気付きにくくなります。また、問題に気付いても、ここで声をあげると工場や部門全体の騒ぎになるからと、会社全体よりも自分の部門への影響を優先して、不正を切り出しにくくなりがちです。内部通報をすることを一番期待できるのは、異動直後の人です。まっさらな目で業務を見て、おかしいと気付き、しがらみに囚われずに内部通報をすることが期待できるためです。そういう人が、健全な疑問を持って業務に臨み、おかしいと思ったら声をあげるように促すことが、内部通報を機能させるうえでは重要です。
浅野 どんどん異動させて風通しをよくするべきだし、「こういうことはいかん」と言って教育することも必要なので、そういうことを愚直にやり続けるしかないのだと思います。また、そのラインのその仕事はこのベテランの職人さんしかわからない、ではだめなので、担当の部課長が全部の仕事をきっちり把握することが重要です。メーカー的な発想で言えばそうなります。下の人が声に出しても、部課長、経営層が耳を傾けない場合が問題になります。そして、消費者の命に危険が及ぶような欠陥があっても、1例や2例起きた時点では、会社は重い腰を上げなかった。そこが問題になるわけです。もっと早く対応していれば、事故の範囲、損害の程度はもっと軽微で済んだはずです。しかし、どうしようもなくなってから調査を始めている。あるいは表立って行動しています。キーワードは「なぜ3カ月前にできなかったのか?」です。実はできたかもしれないのです。そうすれば被害は半分で済んだかもしれない。そういう教育をすることが必要でしょう。そして最終責任は社長ですから、社長の強いコミットメントが必要です。

中島 必要性はある程度認識されている一方で、部課長から経営トップまで、どの階層も品質保証とかコンプライアンスの立場が実際には弱いというところにも問題がありそうです。
浅野 そうではないと思うのですが、コンプライアンス担当役員や品質保証管掌の役員の立場の方はそう思う経験があるのかもしれません。ただそうであっても、最終責任は社長だと明確にしておけばいい。コンプライアンスも品質保証も本来なら社長がやらなくてはいけない。だけど、全てを一人で行うことには無理があるので、分担しているだけであって、責任という意味では社長なのだということをはっきりさせておけば良いと思います。決して担当役員が責任を取るだけでは済まないのですよ、ということです。調査にはお金がかかるし、ラインを止めるにもお金がかかるから、社長じゃないとできないですよ。損害が出ますから。それで社外取締役はどうかと言うと、そのことを認識していないといけないのです。何か製品事故に関わることが起きたら、追及すべきは社長。その次はその状態を放置していた可能性のある自分たち社外取締役かもしれないという自覚を持っていないといけないと思います。
監査役の任期4年は伝家の宝刀
浅野 昨今、不祥事を起こしている会社を見ると、いわゆるブレーキ役が機能していない。社外取締役の出番であるわけですけれども、必ずしも取締役会に報告して多数決を取るといった表向きの行為だけでなく、「少し問題があるのではないか」という議論を持ちかけることも必要かと思います。ただ、その点では、社外取締役よりも社外監査役の方がそういう役割は実は出来ると思っています。というのは任期が4年だからです。社外取締役は1年ですから、ある意味株主総会で否決されたら退場となってしまう。ガバナンスとか、企業文化の変革には時間がかかりますから、任期4年の社外監査役の方が適任だと思うわけです。
浜田 そうですね。今だと監査等委員会設置会社に移行する会社が増えていますが、こちらだと、監査等委員である取締役の任期は2年です。監査役の方が任期4年で立場が安定しているというのはおっしゃる通りだと思います。また、監査役は決議に参加しないので、過去に自分が決議に賛成したという「負い目」なしに、中立的に問題へ対応することを期待できるという側面もあります。

浅野 4年というのが相当重いですから、私は日本型の監査役会制度もいいじゃないかと思っています。監査役には強い権限があるのですが、残念ながら、会社によっては監査役の役割を認識していないのではないかと思われるところもあります。監査役というのは会社の副社長か専務を辞めた人がなったり、経理財務や人事法務の専門家がなったりする例が多いようですが、その方が会社のコンプライアンス体制をより良くしようと思えば、適任なわけです。建前で言ったら社長ではなく、監査役会の推薦で監査役は決まる。社長はタッチできないわけですから。
変革のための要は
中島 本日、不祥事対応に向けたガバナンスに関して色々なご意見をいただきました。最後に、多くの課題を変革していく際に、何が鍵となるのか、ご意見をいただければと思います。
浅野 最終的には全部社長、トップの責任ですから、社長の意識をまず変えないといけない。あくまでもトップの意識が下に反映されるからです。そのうえで、責任の取り方はたくさんあります。簡単にトップが退場させられていては、日本の経済はおかしくなってしまいます。ただ、トップの責任というモラルオブリゲ―ションをトップ自身が持っているということが大事ですよね。
浜田 トップの業務執行と責任をきちんと取締役会を通じて監督することが、社外取締役の最も重要な役割です。その役割をきちんと果たすためには、取締役会と指名委員会は、有事のときにこそ機能しなくてはいけません。
浅野 一番重要な取締役会の機能は、社長の解任なわけですから。そこは大変に重い話ですけど。解任でも辞任でも、そうならないように平時から議論、対応していくことが必要です。いずれにしてもガバナンス、コンプライアンスは、これで良いという解答のない課題なので、デロイト トーマツには、専門家、第三者の立場として、企業への提言を出し続けてほしいですね。
浜田 外部のアドバイザーとして、実効的な仕組みの整備を後押しし、より良い取り組みの実現へ向けた働きかけを続けていけたらと思っています。短期的にはコスト増になるとしても、その仕組みがあることで企業が救われる局面は、必ず来ます。ただし、の仕組みをきちんと機能させるには、トップの意識とリーダーシップが不可欠です。経営者の方々には、ガバナンスの実効性にもきちんと意識を向けているか、ぜひ機会のあるごとに振り返っていただけたらと思います。
中島 デロイトトーマツでは、不祥事発生時の有事対応や再発防止策の導入支援はもちろん提供していますが、そういった事態に陥る前のガバナンス強化支援にも力を入れています。不祥事に向けた対策は痛い目に遭わないとなかなか進まないという現実があったのですが、足元で内部通報制度の強化や不正発覚時の初動対応におけるガイドライン作りなどの問い合わせが増えてきています。不祥事を想定した記者会見などのトレーニングのリクエストも以前より増えました。よい傾向だと思うのですが、まだ部分的な取り組みにとどまっています。前例主義というキーワードが出てきましたが、日本企業の場合、それが不祥事の温床になっているケースが多い。人の入れ替えをしながら、風通しを良くしていって、組織を変えていく勇気みたいなものが、日本企業全体で落ちてしまっている。トップと同時に部課長を中心とした現場も変えていかなくてはいけない。そのためには、機関設計・予算・人事などの制度改革と、組織風土改革を全社的に同時に推し進めていくことが必要です。前例主義の重さを取り払って、組織全体として変化していくためのサポートをしていきたいと思います。
※当記事は、企業の不正リスク調査白書2024-2026の巻末対談の抜粋版です。