ローカルなイノベーションエコシステムで鍵となる「スタートアップ」北九州市市長×デロイト トーマツ対談

要約

  • 北九州市の武内和久市長と、デロイト トーマツの香月稔による対談
  • 北九州市はものづくり産業の集積地として成長、現在転換期を迎えている
  • 課題先進地域ともいえる北九州市はスタートアップ支援で活路を見いだそうとしている
  • デロイト トーマツはスタートアップ支援を通じてローカルイノベーションエコシステムの構築を実施
  • それぞれの視点から日本の地域における課題と解決策について考えていく

福岡県北九州市は、「日本一起業家に優しいまち」をスローガンに積極的なスタートアップ支援施策を数多く実施、さらに支援を通じたSDGs未来都市の実現を掲げている。有限責任監査法人トーマツ(以下、トーマツ) 地域未来創造室は、全国約29拠点のネットワークを活用し、さまざまなスタートアップ企業を伴走支援している。双方に共通するのはスタートアップを軸に地域・社会課題を解決しようとする試みだ。そこで北九州市の武内和久市長と、トーマツ 中小・スタートアップ支援全国リーダーの香月稔による対談を実施、2人の話を通じて日本の地方都市の未来について考えていく。

地域にフィットするイノベーションエコシステムを目指して

日本全体で少子高齢化が進展し、2008年の約1.3億人をピークに、2050年代には1億人を切ることが予想されている。※地方では若者の首都圏への流出などにより、人口減少が深刻化している。

「これからの地方都市は、地域独自の強みを生かしながら新たな産業構造の転換を積極的に図り、「少子高齢化・人口減少」という大きな課題の克服に挑戦し、成果を出していく視点が重要です」と話すのは、北九州市の武内和久市長だ。

北九州市長 / 武内 和久氏

「北九州市は人口減や高齢化といった時代の変化が他都市に先駆けて現れており、そのたびに市民や企業などの英知が結集されて、課題を解決してきました。社会課題の解決に向けた視座と使命を備えたまちだといえるでしょう」

武内氏が市長就任後、すぐに動いたのが「メガ・リージョン」構想だ。これは「北九州市と福岡市」「北九州市と下関市」の連携、北九州都市圏域の枠組みで経済社会圏域を構築していこうという試みだ。都市間の連携により、スケールメリットや役割分担を利かせて、ウィンウィンの関係を創る。

「人材や産業構造において、北九州市がものづくりに強い一方、福岡市はサービス産業の集積がある。両市の強みを補完し合うことが可能。連携域を北部九州や九州全体に拡張し、アジアに開かれた北九州市がゲートウェイとしての役割を果たしていくことが重要です」

異なる分野、異なる業界、異なる都市、それぞれの違いを「掛け合わせる」ことによって、新しい発想、イノベーションが生まれる。

「市民、企業、行政が新たなチャレンジに一体となって取り組むことで、持続可能なイノベーションのサイクルが生まれる。北九州市から社会課題の解決につながったというロールモデルを生み出していきたい。そのための鍵とも言えるのが、スタートアップです」

北九州市の課題を解決する鍵「スタートアップ支援」

北九州市は1901年の官営八幡製鉄所操業開始以来、日本の産業拠点として発展してきた。主に鉄鋼、素材・部材、半導体、自動車関連を中心とした産業が集積されている。しかし、経済成長率はこの10年間、政令市最下位レベルと停滞してもいる。政令指定都市で最も高齢化が進む街でもあり、人口減少、都市インフラの老朽化といった課題も多い。

そこで北九州市では低迷する経済を「再起動」させ、「稼げる街」を実現していくために、新たな産業振興戦略の策定へと動いている。戦略の策定にあたっては北九州市が持つ「人」「場」「企業」という三つのポテンシャルを最大限発揮することを目指している。

その鍵となるのがスタートアップだ。

「市民が思いきって自分の力を試すチャレンジができる街になることで、次世代の若者や子どもたちも心躍らせ、挑戦の勇気を持つことにもつながります。そのためには挑戦する人を市として全力で応援することが必要となります」

武内市長はそう話す。北九州市では令和2年に内閣府から「スタートアップ・エコシステム推進拠点都市」に選定され、環境・ロボット・Digital Transformation(DX)などのテック系スタートアップの創出・成長支援に取り組んでいる。そのために市内企業や金融機関、VC、大学など産官学民金のコンソーシアムも形成した。

この北九州市のスタートアップ支援政策に関わっているのが、デロイト トーマツの香月稔だ。香月は公認会計士であり、中小・スタートアップ支援全国リーダーでもある。

有限責任監査法人トーマツ 地域未来創造室 パートナー / 香月 稔

「全国のスタートアップ支援を通じて感じることは、地域の特性とスタートアップ支援を掛け合わせることで生み出される新しい価値の可能性。特に北九州市の取り組みは今後、全国の地域が目指すべき一つの形になると捉えています。既存の大手企業や金融機関、市民に新しい風を起こし、インスピレーションを与えていくのがスタートアップ。そしてスタートアップも、その土地にあるリソースを利活用し、成長速度を高められるのです」

香月がそう話すと、武内市長も「北九州市は日本のものづくり産業の象徴的な場所でもあります。日本は他の地域も少なからずものづくり産業を中心に成長してきているからこそ、これだけの規模感でスタートアップ支援による地域変革が起きれば多くの地域で横展開できるでしょう」とうなずく。

香月らが取り組むスタートアップ支援は、下の図にある5つの活動軸で支援を展開し、ローカルのイノベーションエコシステム構築を目指す。トーマツは監査法人として全国各地に拠点があり、ローカルの特性を深く理解している。その上で、グローバルで展開しているデロイトの一員として、そのネットワークを駆使し、その地域特性にあわせた仕組み作りをしているのだ。

スタートアップ・中小企業支援を通じた地域活性化

学研都市もあるため、未来を変えうるチャレンジがしやすい環境

北九州市に拠点を置く早稲田大学発のスタートアップ、ハインツテック株式会社は微細加工技術を用いて細胞への物質導入や抽出を行うためのツール・システムを開発・製造している。代表の青木睦子氏は東京都出身で、ナノテクとバイオロジーを学ぶ傍ら「技術の事業化」に興味を持ち、米国半導体メーカーなどで新規事業開発などを経て2021年7月に同社を設立した。ハインツテックの技術は医療などだけでなく、環境・食品など幅広い分野で利用が期待されるいわばベースとなる技術ともいえる。なぜ北九州市に拠点を置くのか。

ハインツテック株式会社 代表取締役社長 / 青木 睦子氏

「北九州市には、国内で唯一、理工系の国公私立大学や研究機関・先進企業が同じキャンパスに集まり、先端的な科学技術に関する研究開発を行う産学連携拠点である学術研究都市があります。ここには早稲田大学大学院も入っているのですが、当社では彼らのシーズ技術を事業化しようとしているので、起業するなら近くが望ましいと判断しました。とはいえ、私は北九州市とは縁もゆかりもありません。そこでまずCOMPASS小倉で創業相談をしました」

COMPASS小倉は小倉駅新幹線口最寄りにあり、スモールビジネスから世界に通用するグローバルビジネスまで、まちぐるみで創業を応援する施設だ。創業に関する総合相談窓口などもある。

青木氏はそこでデロイト トーマツの香月らとも出会う。「北九州市でスタートアップ向けのイベントなどを裏方でデロイト トーマツさんが支えていました。イベントではピッチの機会などを多数いただきました。私のようなBtoB、特にディープテック系のスタートアップは多くの方々と出会い、会社や技術について知っていただく必要があります。北九州市の職員の方々やデロイト トーマツの皆さんから多くの人たちをご紹介いただいたのは財産になっています」。

彼女は北九州市の特徴として「ものづくり系の大手企業が多く、人材豊富。専門性の高い優秀な方も多く、私たちの会社にもそのような方々に入ってもらっています」と話す。また、市民性としては「一肌脱ぐ文化がありますね」と笑う。「私たちのビジネスは非常にニッチな領域のビジネスですので、多くの方には理解されづらいですし、他の自治体ではスルーされてしまうかもしれません。でも、北九州市の職員の方々は仮にすべてを分からなくても、価値があると感じたらぐっと前に出てきてくれるんです。こんなにスタートアップを応援してくれるのは、他の自治体ではあまり見たことがありません」

武内市長も「基本的に北九州人は郷土愛が強く、一肌脱ぐ文化はある」と笑う。

青木氏は「そういった面で仕事はしやすいですし、何よりここは学研都市で自治体としてクリーンルームも持っているんです。当社の製品開発にもこの設備を使わせてもらっていますが、この設備を自力で持とうと思ったら、一スタートアップではとても資金が持ちません」と北九州学術研究都市にある設備などの利便性も大きな魅力の一つと話した。

武内市長は「技術と人が混じり合う多様性、そしてアジアに近いこともあり、進取の気性を持っていること、これらの遺伝子がぐるぐる回っているのが北九州市の大きな特徴」と話す。「さらにクリーンのエネルギーということも、私たちが先んじて取り組んできたことでもあり、時代とちょうどマッチしてきたともいえます。これは作ろうとしてできたのではなく、オーガニックでそれがあるといったほうが正しい。それをもっと自覚し、うまくつないでいくことで北九州市の未来をより良くしていくことが私たちの使命とも言えます」

香月は武内市長の話を聞き「自治体や企業の中にはスタートアップ支援だけを切り離して考えるケースもありますが、これはもったいない。その点、北九州市は全体のエコシステムの中にスタートアップ支援がしっかりと組み込まれているのが特徴です」と補足した。

デロイト トーマツと共に北九州市の新しい戦略を描いていく

北九州市がスタートアップ支援を通じてどのような未来を描いているのだろうか。

「日本全体、世界全体の大都市のイシューが集約されているのが北九州市。現在の課題を解決できれば大きな武器になる。だからこそチャレンジが必要になってきます」と武内市長は話す。

香月もうなずき、「課題を見つけ、向き合ったとき、解決するための挑戦が必要になります。挑戦にあたって、わかりやすく象徴的な存在がスタートアップでしょう。彼らが地域や社会の課題に対して向き合う姿を間近で見ればそこにいる人や企業の気持ちも変わってくる。ただ、そのとき地域、ここでは北九州市ですが課題に対してチャレンジして欲しいという姿勢を見せなくてはいけない。北九州市はまさに、その姿勢をだしていることで、チャレンジャーを増やす場になっています」と続ける。

それを聞いて武内市長は落ち着いているが力強い口調で「私のモットーはLife is Challengeでして、これまでも多くのチャレンジをしてきました。そこで得た考えですが大事なのは成功の道筋を逆算することではなく、成功するまで(形を出すまで)諦めないこと。だからこそチャレンジをしていく人たちを北九州市の場で増やすことを続けていく」と思いを語った。

香月は「北九州市での取り組みは全国的にもかなり興味を持っていただいています。そして他の地域でも真似できることがいっぱいある。やり方はシンプルです。まず自分たち地域の強みが何かを把握し、そこにチャレンジャーを巻き込む仕組みを作る。北九州市をロールモデルとし、日本の地域を変えていきたい」と話す。

武内市長は香月の話を聞き、北九州市はショーケースシティとしての特性もあると話す。

「北九州市は大手企業が多くあります。なぜ大手企業が会社や工場を北九州市に置くのか。その理由を経営層の方々に聞いたことがあるんです。理由の一つとして挙げられたのが最先端のものとか、あるいは付加価値の高いものをここでつくってみるショーケース的な位置づけとして北九州市を捉えているというお話がありました。香月さんも、そこを感じ取っていただいているんだと思います。香月さんをはじめとするデロイト トーマツの皆さんには、エコシステムの構築だけでなく具体的なイベントやスタートアップの支援など広範囲でサポートしてもらっています。デロイト トーマツは国内外に幅広いネットワークを持たれているのが強みでしょう。そのネットワークでもって北九州市に新しい風、新しいインスピレーションを与えていただけるような人や企業を引き込んでいただきたい。そして、私たちがそれを受け取ってまち全体で大切にしていくという流れをつくっていきたいです」と期待を語った。そして、もう一つと続ける。

「もう一度アジアへの近さを生かし、北九州市のあるべき姿を一緒に再定義していきたいと考えています。アジアがこれほど動いている中、北九州市のスタートアップ、そしてローカルの力を発信していく戦略づくりを一緒に考えていくパートナーとしても期待したいです」

香月は武内市長の話を受けて「市長からのメッセージは市民全体のやる気に直結します。このような言葉をいただき感謝しています。私たち自身もチームで一丸となって市長の目指す未来を形にしていきたいです」と意気込んだ。

トーマツの地域未来創造室では、各地域の特徴や課題を肌で感じているメンバーと共に、企業支援を中心とした地域の未来を描く活動を全国で続けている。また、各地域での実情を鑑み、行政単位での取組だけにとどまらず、国策を中心とした全国に影響を及ぼす取組も数多く推進している。
「これからの地域では、潜在的な魅力を可視化するとともに、その地域で活動し続けることの意義を発信することで、多くのステークホルダーとともに日本全国の活力を高めることに寄与していきたい」と語り、香月の次に進みたい道は明確なようだ。

※本ページの情報は掲載時点のものです。

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