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多様なステークホルダーと共創する未来シナリオの考え方
FA Innovative Senses 第7回
不確実性の高い時代に、多くのメンバーを巻き込みつつ、どのように共に未来を創っていくことができるのか。本稿では、多様なステークホルダーを巻き込んだシナリオ・プランニングによる未来共創の必要性とその進め方について解説します。
目次
I. 不確実な未来に対処するための3つのフィットと組織の変革行動
未来の不確実性が増していることは、いまさら強調するまでもないだろう。
そのような不確実な未来に対して、「起こりうる複数の未来」を事前に考察し、未来への対処を戦略という形で準備していくマネジメント手法のことをシナリオ・プランニングという。このシナリオ・プランニングについての解説は、以前も詳しく説明している。(未来洞察のポイント~企業の自己革新の視点から:Financial Advisory Topics 第8回)
ポイントだけ触れておくと、未来起点で戦略を考察する際に重要なのは、起こりうる未来を客観的にとらえるための「アウトサイド・イン」という考え方である。
戦略の定義のひとつに「環境の変化に応じた資源の投入・展開パターン」があることからすると、これは当然のことである。外部環境が変化すれば、それに応じて「ヒト・モノ・カネ・情報」といった資源の振り向け先が変わる。従って、まずはどのような環境が今後起こりえるかからスタートすべきだ―これがアウトサイド・イン発想の原点である。この考え方が図1の左に示されている。「環境」をまず考察し、そこから「戦略」を構築し、次に「自社の強みや組織」についての示唆を抽出する。
一方、これらの三つの要素を横に並べると、図1の右にあるような形になる。
それぞれの要素間には、フィット感がなければならない。環境に合わせて戦略が変化しなければ、独りよがりの戦略になるリスクが増すし(①のフィット)、戦略が変化しても自社・自組織がそれを受け入れなければ、戦略が「絵に描いた餅」になる(②のフィット)。自社・自組織が受け入れたつもりでも、組織の構成員が一丸となって変化を受け入れなければ、組織内の一貫性が失われ「バラバラな組織」となってしまうリスクが高まる(組織内部の連鎖という③のフィット)。
このように考えると、未来起点で戦略を再構築し実行するということは、組織の変革行動そのものだということがわかる。
組織の変革行動について、その効果を示す言葉に「E=Q×A」という言葉がある(図2)。
変革行動の効果(Effectiveness)は、検討内容の「質(Quality)」と変革に関わるメンバーの「受容度(Acceptance)」の掛け算によって示される、というものだ。
不確実な未来についての検討を全て外部の専門家に委ねれば、その「質」は上がるかもしれない。一方で「受容度」はどうだろうか。おそらく自らハンズオンで取り組んだ時ほどは高くならないのではないか。未来に正解がない中、手探りで進むべき道を定めなければいけない今日、自分たちでもがきながら、その道の先にある光を見つけたときのほうが、はるかに手応えや納得感が高いはずだ。
そして、これら二つの要素の掛け算で効果が決まるのであれば、なおさら自らの手で自らの未来観を構築する必要がある。これが、我々のチームがシナリオ・プランニングの進め方にこだわっている理由でもある。
欧米で時折引用される古いことわざに、
“Tell me and I forget. Teach me and I may remember. Involve me, and I will learn.”
「話してくれても忘れてしまう。教えてくれたなら覚えているかもしれない。一緒に巻き込んでくれたら習得できるでしょう。」
という言葉があるが、このようにメンバーを巻き込んだ活動を実現しないと、変革行動の成功にはつながらない。
では企業を含む諸々の組織は、どのように未来についての「巻き込み(Involvement)」を行っているのだろうか。我々のチームは独自にその点についての調査を実施した。その結果が図3に示されている。
図3からわかるように、「自組織を取り巻く環境や未来の姿について、広くステークホルダー(社員・職員、住民など)を巻き込んで検討し、その内容を共有している」組織は全体の約10%に留まる。未来についての検討が不十分との回答も約50%近くある。総じて、多くの企業・組織では不確実な未来の検討および組織メンバーの巻き込みについて、まだ未着手な状況にあると言えるのではないだろうか。
II. 未来共創目的でのシナリオ・プランニング
客観的に起こりうる未来を事前に考察し、それに備えるのがシナリオ・プランニングであり、企業でこれを活用する際には「良い未来・悪い未来」というような分け方はしない。なぜなら、自社にとって都合の悪い未来であっても、起こりうる限りその対処は必須であり、「悪い未来」というバイアスが「未来の回避という誤った行動」を生む可能性があるからだ。
一方、公共領域で活用されるシナリオ・プランニングでは、「誰にとっても望ましくない未来シナリオ」が事前に想像できるのであれば、政府・自治体、住民、企業、NPOなどの多くのステークホルダーの協力によって、そうした「望ましくない未来」を回避し、「望ましい未来」を共創していこうという目的でシナリオが作成されることがある。
ここで詳細の説明は割愛するが、図4に示された2002年策定の「南アフリカの未来シナリオ」は「フラミンゴの飛翔」という望ましい未来とそれに至らない3つの不確実性と3つのシナリオが示されている。これらの不確実性はステークホルダーの協力により乗り越えることができるはずだ、という信念のもとに、様々なバックグラウンドを持つ22名のステークホルダーの参画によりつくられたものである。
III. 多様なステークホルダーを巻き込んだ未来共創型のシナリオプロジェクトの進め方
このような様々なステークホルダー参加型の未来シナリオ構築の場合、参加人数が増える傾向にあり、従来の対面型でのシナリオ・プランニングワークショップでは進め方が難しかった。
未来シナリオの構築においては、多様な意見収集という「発散」型のフェーズと、意見を集約しシンプルな複数の未来像に帰結させる「収束」型のフェーズが存在するが、特に「収束」が大人数で行うには難しく、ファシリテーター泣かせであった。
そこで我々のチームでは、デジタル・テクノロジーを活用し、こうした発散と収束を大人数で実行し、多くのステークホルダーを巻き込んだ未来シナリオ構築を実現する「シナリオ・プランニング・プラットフォーム」を開発中である。2024年夏ごろには、数千人の意見を集約した形でシンプルな未来シナリオをつくりあげるプラットフォームが完成予定となっている。
仕様の詳細には触れないが、多様な意見の投稿や、意見間の類似性や相関関係を統計処理したうえで、シンプルな未来を構築していくことができる。またシナリオ構築後には、「どのような未来シーンが考えられるか」といった未来のワクワク感を投稿できる機能や「各ステークホルダーがどのような行動をとるべきか」といった変革行動にまつわる意見投稿ができる機能なども実装しており、大人数参加型の未来共創を実現することを企図している。もちろん、すべてがオンラインのプラットフォーム上で完結するわけではなく、少人数でのワークショップなども交えながらの進め方となっている。
このような大人数参加型の未来共創シナリオは、公共の領域に限ったことではなく、企業内で多くのメンバーを巻き込んだシナリオ構築にも活用できることは言うまでもない。
最後は少し宣伝めいたトーンとなってしまって恐縮だが、このようなデジタルツールをうまく活用しながら、多くの皆様が不確実な未来を乗り越えていくための「伴走者」であり続けたいと考えている。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
パートナー 西村 行功
(2024.3.7)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。