ナレッジ

サステナビリティ基準委員会によるサステナビリティ開示基準公開草案の解説(第2回)

月刊誌『会計情報』2024年8月号

公認会計士 吉村 航平

サステナビリティ基準委員会(以下「SSBJ」という)は、2024年3月29日に、以下の3つの公開草案(以下あわせて「本公開草案」という)を公表した1

  • サステナビリティ開示ユニバーサル基準公開草案「サステナビリティ開示基準の適用(案)」(以下「適用基準案」という)
  • サステナビリティ開示テーマ別基準公開草案第1号「一般開示基準(案)」(以下「一般基準案」という)
  • サステナビリティ開示テーマ別基準公開草案第2号「気候関連開示基準(案)」(以下「気候基準案」という)

本解説記事では2回にわたり、本公開草案の提案の概要について、IFRSサステナビリティ開示基準との相違点にも触れながら解説する。この第2回では、「一般基準案」及び「気候基準案」の概要について解説する。

[PDF, 631KB] ※PDFダウンロード時には「本記事に関する留意事項」をご確認ください。

1. 一般基準案の概要

一般基準案は、一般目的財務報告書の主要な利用者が企業に資源を提供するかどうかに関する意思決定を行うにあたり有用な、当該企業のサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する情報の開示について定めている。一般基準案は、主にサステナビリティ関連のリスク及び機会に関して開示すべき事項(コア・コンテンツ)を、IFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」(以下「IFRS S1号」という)におけるコア・コンテンツの定めと整合的に定めている。

 

2. 気候基準案の概要

気候基準案は、一般目的財務報告書の主要な利用者が企業に資源を提供するかどうかに関する意思決定を行うにあたり有用な、当該企業の気候関連のリスク及び機会に関する情報の開示について定めている。

(1)気候レジリエンス

気候基準案における気候レジリエンスに関する定めは、IFRS S2号「気候関連開示」(以下「IFRS S2号」という)と整合的なものとなっている。

① 気候レジリエンスの評価の実施時期と気候関連のシナリオ分析の実施時期

気候レジリエンスの評価は、気候関連のシナリオ分析に基づき、報告期間ごとに実施することが要求される。ただし、この気候関連のシナリオ分析は、最低限、戦略計画サイクルに沿って更新しなければならないが、必ずしも報告期間ごとに実施することは要求されず、例えば前報告期間に実施したシナリオ分析の内容に基づいて、当報告期間の気候レジリエンスの評価を行う場合も想定されている。

② 気候関連のシナリオ分析の実施

気候レジリエンスの評価にあたり、企業の状況に見合ったアプローチを用いて、気候関連のシナリオ分析を用いることが要求されている。この企業の状況を評価するにあたり、以下の事項を考慮することが要求されている。

  • 気候関連のリスク及び機会に対する企業のエクスポージャー
  • 気候関連のシナリオ分析のために企業が利用可能なスキル、能力及び資源

気候基準案別紙Aでは、気候関連のシナリオ分析に対して用いるアプローチに関して、追加的な定めが示されている。例えば以下のような場合は、企業の状況に照らして、定量的なアプローチや技術的に洗練されたアプローチが要求される可能性は低くなると考えられる、とされている。

  • 企業がさらされている気候関連のリスク又は機会がほとんどない又は深刻度が低い場合
  • 気候関連のシナリオ分析を使用し始めたばかりで、そのスキル、能力及び資源が十分でない場合

(2)温室効果ガス排出量(産業横断的指標等)

産業横断的指標等の1つとして、当報告期間中に生成した温室効果ガス排出の絶対総量(温室効果ガス排出量)について、スコープ1、スコープ2及びスコープ3の温室効果ガス排出に区分して開示することが要求されている。温室効果ガス排出量は、CO2相当のメートル・トンにより表示しなければならないが、絶対総量が大きい場合はキロ・トン、メガ・トン又はギガ・トンの単位を用いて表示することもできる。

① 温室効果ガス排出の測定方法

温室効果ガス排出は、「温室効果ガスプロトコルの企業算定及び報告基準(2004年)」(以下「GHGプロトコル(2004年)」という)に従って測定することが要求されている。ただし、法域の当局又は企業が上場する取引所が、温室効果ガス排出を測定するうえで異なる方法を用いることを要求している場合、当該方法を用いることができる。

気候基準案の結論の背景においては、我が国の「地球温暖化対策の推進に関する法律」に基づく「温室効果ガス排出量の算定・報告・公表制度」(以下「温対法」という)に基づく温室効果ガス排出量の報告は、「法域の当局又は企業が上場する取引所が、温室効果ガス排出を測定するうえで異なる方法を用いることを要求している場合」に該当すると考えられる、と説明されている。

② 温対法に基づく温室効果ガス排出量の報告

温室効果ガス排出の測定にあたり、温対法により測定した温室効果ガス排出量を報告することを選択した場合、以下のことが要求される。

  • サステナビリティ関連財務開示の公表承認日において既に当局に提出した温室効果ガス排出量のデータのうち、直近のものを用いる(すなわち、公表承認日において未提出のデータは用いることができない)
  • 温室効果ガス排出量の報告のための算定期間と当該企業のサステナビリティ関連財務開示(及び関連する財務諸表)の報告期間の差異が1年を超える場合、以下の事項を追加的に開示する
    • 温室効果ガス排出量の報告のための算定期間と当該企業のサステナビリティ関連財務開示(及び関連する財務諸表)の報告期間の差異が1年を超えている旨
    • 温室効果ガス排出量の報告のための算定期間
    • 温室効果ガス排出量の報告のための算定期間の末日からサステナビリティ関連財務開示(及び関連する財務諸表)の報告期間の末日までの間に、企業の温室効果ガス排出に関する重大な事象が発生したか又は状況の重大な変化があった場合、その内容及び影響
③ スコープ2温室効果ガス排出

スコープ2温室効果ガス排出3を測定するにあたっては、以下の2つの方法が考えられる。

  • ロケーション基準:地域、地方、国などの特定された場所におけるエネルギー生成に関する平均的な排出係数を用いてスコープ2温室効果ガス排出を測定する方法
  • マーケット基準:電気等の購入契約(分離できない契約証書が含まれることがある)及び分離された契約証書の内容を反映してスコープ2温室効果ガス排出を測定する方法

気候基準案では、ロケーション基準によるスコープ2温室効果ガス排出量を開示しなければならないと定められている。またこれに加えて、少なくとも以下のいずれかの事項を開示することが要求されている。

  • 契約証書を企業が有している場合、スコープ2温室効果ガス排出を理解するうえで必要な、当該契約証書に関する情報(IFRS S2号における要求事項と同じ)
  • マーケット基準によるスコープ2温室効果ガス排出量及びその測定方法
④ スコープ3温室効果ガス排出

スコープ3温室効果ガス排出4については、「温室効果ガスプロトコルのコーポレート・バリュー・チェーン(スコープ3)基準(2011年)」に記述されているスコープ3カテゴリーに従い、報告企業の活動に関連するカテゴリー別に分解して開示することが要求されている。

⑤ ファイナンスド・エミッションに関する追加的な情報

報告企業が、資産運用、商業銀行又は保険に関する活動のうち1つ以上の活動を行う場合、ファイナンスド・エミッションに関する追加的な情報を開示することが要求されている。この「ファイナンスド・エミッションに関する追加的な情報」の内容は、それぞれの活動について、気候基準案別紙Cに定められている。例えば商業銀行に関する活動の場合、ファイナンスド・エミッションの絶対総量についての、産業別及び資産クラス別の分解などが定められている。

このように、上述の活動を行う場合には、温室効果ガス排出の絶対総量に関する情報(スコープ1、スコープ2及びスコープ3の温室効果ガス排出に区分して開示した情報)に加え、ファイナンスド・エミッションに関する追加的な情報の開示が必要になる。ただし気候基準案では、このような活動を業として営むことについて企業が活動する法域の法律等により規制を受けていない場合、ファイナンスド・エミッションに関する追加的な情報の開示は要求されない旨の定めが追加的に設けられている。

⑥ 温室効果ガス排出の測定アプローチ

報告企業に含める温室効果ガス排出の範囲を決定する方法について、GHGプロトコル(2004年)に定める以下の測定アプローチのうちの1つを選択することが要求されている。

  • 持分割合アプローチ:子会社等の投資先の温室効果ガス排出量のうち、持分割合相当を報告企業の温室効果ガス排出量に含めるアプローチ
  • 経営支配力アプローチ:子会社等の投資先の意思決定機関に対する支配力を通じて、当該投資先の経営方針を決定する力を持つ場合、持分割合によらず、当該投資先の温室効果ガス排出量の100%を報告企業の温室効果ガス排出量に含めるアプローチ
  • 財務支配力アプローチ:子会社等の投資先の活動から経済的利益を得る目的で、契約等により当該投資先の財務方針を決定する力を持つ場合、持分割合によらず、経済的実質を反映する割合において当該投資先の温室効果ガス排出量を報告企業の温室効果ガス排出量に含めるアプローチ

これらの測定アプローチの選択に関して、温室効果ガス排出の測定にあたり、以下の事項を開示することが要求されている。

  • 選択した測定アプローチ(持分割合アプローチ、経営支配力アプローチ又は財務支配力アプローチのいずれか)
  • 当該アプローチを選択した理由
  • 選択した当該測定アプローチが、どのように気候関連の指標及び目標に関する開示目的と関連しているか
  • 当報告期間において測定アプローチを変更した場合、その変更の内容及び変更の理由
⑦ 異なる算定期間の情報の使用(バリュー・チェーン)

温室効果ガス排出に関する開示を行うための温室効果ガス排出の測定にあたり、バリュー・チェーン上の各企業から入手した情報の算定期間が、報告企業の報告期間と異なる場合がある。このような場合で、以下の要件をすべて満たすときは、当該情報を使用することができる。

  • 過大なコストや労力をかけずに利用可能な、バリュー・チェーン上の各企業の最も直近のデータを使用する。
  • バリュー・チェーン上の各企業から入手した情報の算定期間の長さが、報告企業の報告期間の長さと同じである。
  • バリュー・チェーン上の各企業から入手した情報の算定期間の末日と、報告企業の一般目的財務報告書の報告期間の末日との間に発生した、報告企業の温室効果ガス排出に関連する重大な事象又は状況の重大な変化がある場合、その影響を開示する。

(3)気候関連の移行リスク、物理的リスク及び機会に関する開示(産業横断的指標等)

気候関連の移行リスク、物理的リスク及び機会については、それぞれ、少なくとも以下のA又はBのいずれかの事項を開示することが要求される。いずれもAはIFRS S2号における要求事項と同じ定めである一方、BはIFRS S2号と全く同じでないものの、気候基準案で追加的に設けられている選択肢であり、その開示目的を満たす情報の開示を要求する定めとなっている。

気候関連の移行リスク

A) 気候関連の移行リスクに対して脆弱な資産又は事業活動の金額及びパーセンテージ

B) 気候関連の移行リスクに対して脆弱な資産又は事業活動の規模に関する情報

気候関連の物理的リスク

A) 気候関連の物理的リスクに対して脆弱な資産又は事業活動の金額及びパーセンテージ

B) 気候関連の物理的リスクに対して脆弱な資産又は事業活動の規模に関する情報

気候関連の機会

A) 気候関連の機会と整合した資産又は事業活動の金額及びパーセンテージ

B) 気候関連の機会と整合した資産又は事業活動の規模に関する情報

 

(4)内部炭素価格(産業横断的指標等)

内部炭素価格に関する開示については、IFRS S2号と整合的に、内部炭素価格を意思決定に用いている場合、以下の事項に関する情報の開示が要求されている。

  • 内部炭素価格の適用方法(例えば、投資判断、移転価格及びシナリオ分析)
  • 温室効果ガス排出に係るコストの評価に用いている内部炭素価格(温室効果ガス排出のメートル・トン当たりの価格で表す)

これに関して、気候基準案では以下の場合を想定し、内部炭素価格に関する追加的な定めを設けている。

① 同じ目的において複数の内部炭素価格を意思決定に用いている場合

内部炭素価格を開示するにあたり、それぞれの内部炭素価格を開示することが要求されるが、この同じ目的に用いている内部炭素価格を範囲(最小値と最大値)で示すことができる。

② 複数の目的で内部炭素価格を意思決定に用いている場合

それぞれの目的について、上記の事項(内部炭素価格の適用方法、内部炭素価格)に関する情報を開示することが要求されている。

(5)報酬(産業横断的指標等)

報酬に関する開示については、IFRS S2号と整合的に、気候関連の評価項目が役員報酬に組み込まれている場合、以下の事項に関する情報を開示することが要求されている。

  • 気候関連の評価項目を役員報酬に組み込む方法
  • 当報告期間に認識された役員報酬のうち、気候関連の評価項目と結び付いている部分の割合

しかし、役員報酬の評価項目は、必ずしも気候関連の評価項目とそれ以外の評価項目とに区分して識別できるとは限らないと考えられる。そのため、気候基準案では、気候関連の評価項目が役員報酬に組み込まれているものの、他の評価項目とあわせて役員報酬に組み込まれており(例えば、役員報酬の評価項目が、気候関連以外の生物多様性や人的資本といった項目とあわせてサステナビリティ関連全般となっている場合)、気候関連の評価項目に係る部分を区分して識別できない場合は、気候関連の評価項目を含む評価項目全体について、上記の事項を開示することができる定めが設けられている。

以上

 

1 https://www.ssb-j.jp/jp/news_release/400713.html

2 気候基準案では、「京都議定書に記載されている7種類の温室効果ガス、すなわち、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)、ハイドロフルオロカーボン類(HFCs)、三フッ化窒素(NF3)、パーフルオロカーボン類(PFCs)及び六フッ化硫黄(SF6)をいう」とされている。

3 気候基準案においては、「報告企業が消費する、購入又は取得した電気、蒸気、温熱又は冷熱の生成から発生する間接的な温室効果ガス排出」と定義されている。

4 気候基準案においては、「報告企業のバリュー・チェーンで発生する間接的な温室効果ガス排出(スコープ2温室効果ガス排出に含まれないもの)」と定義されている。

本記事に関する留意事項

本記事は皆様への情報提供として一般的な情報を掲載するのみであり、その性質上、特定の個人や事業体に具体的に適用される個別の事情に対応するものではありません。また、本記事の作成または発行後に、関連する制度その他の適用の前提となる状況について、変動を生じる可能性もあります。個別の事案に適用するためには、当該時点で有効とされる内容により結論等を異にする可能性があることをご留意いただき、本記事の記載のみに依拠して意思決定・行動をされることなく、適用に関する具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

お役に立ちましたか?