デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド2024 #6 デジタル・プレイグラウンド活用によるパフォーマンス向上

アイルランドのダブリンでは、同国の一流の私立病院の１つが危機に直面していました。患者からの要望が増加する一方で、臨床上の問題はますます複雑になり、インフラの老朽化や、スペース上の制約に直面し、患者のケアが損なわれ始めていました。待ち時間が長すぎました。対応の遅れや中断が、患者に対してネガティブな影響を及ぼしていました。

これらの問題に対処するため、病院はまず放射線科をパイロットにデジタルツイン（仮想空間）を作成し、実験を開始することにしました。この仮想3D環境内で、チームは、スタッフや関係者と一緒に、ワークショップ形式で様々な物理的レイアウトを試し、新たな運用シナリオを検証しました。

その結果、放射線科は短期間のうちに、患者の待ち時間を最大25分、対応時間（患者が病院に到着してから病院を去るまでの時間）を28分以上短縮することができました。物理的なアクセシビリティを改善し、設備をより効果的に活用し、更にはスタッフのコストを削減することができました。これらの改善は、通常では何カ月も何年もの試行錯誤を必要とするものでしたが、（デジタルツイン上での検証により）数週間という短期間で実現できました。¹

これは、組織が急速に進化するデジタルツールやアプリケーションを利用することで、顧客体験とビジネスの成果に対して変革を起こすことができた一例です。しかし、この方法は、重要な要素が欠けています。それは、労働者への影響です。組織が顧客体験とビジネスの成果の改善に注力しすぎてしまうと、これらのテクノロジーの利用が労働者に利益をもたらす可能性や、それによって組織が影響力を拡大できる重要な機会を見落としてしまうかもしれません。

特に生成AIによってもたらされた技術的な進歩は、人間のパフォーマンス（組織と労働者の双方の成果）の向上に寄与する新しい働き方の可能性を生み出しています。この新しい働き方が成果につながるためには、組織の中にデジタル・プレイグラウンド、すなわち意図を持った遊びと好奇心を持ち追求することが奨励される、安心・安全な場が必要です。この場が存在することで、新しい働き方を実験し、探求することができるのです。

デジタル・プレイグラウンドとは、特定の場所や仮想プラットフォームを指すわけではありません。様々なテクノロジーやツールを、意図を持って選別・収集し、それらを使用できる機会を民主化するという考え方とアプローチです。この安心・安全な場を活用することで、労働者は自信を持って新しいスキルを学ぶことができます。² ここでの安心・安全とは、個人がアイデアや質問、懸念、間違いを発言しても、罰せられたり屈辱を感じたりするリスクがなく、心理的安全性が守られる場であるということを意味します。³ また、労働者がビジネス上の成果をリスクにさらすことなく、新しいプロセスやテクノロジーを試すことができる場である、ということも意味しています。

デジタル・プレイグラウンドとは、特定の場所や仮想プラットフォームを指すわけではありません。様々なテクノロジーやツールを、意図を持って選別・収集し、それを使用する機会を民主化するという考え方とアプローチです。

このプレイグラウンドで、新たなテクノロジーが生み出す未来の可能性を探求することで、労働者と組織の両方が経験を積み、現実世界の試行錯誤だけでは達成できない速さでビジネスの成果（つまりイノベーション）を達成することができます。

デジタル・プレイグラウンドのテクノロジーを活用した事例として、バンクーバー国際空港が2022年にカナダのバンクーバー空港（YVR）にデジタルツイン環境を導入し、仮想環境と現実環境をリアルタイムかつインタラクティブに繋いだ事例が挙げられます。⁴ この環境は、実験を行うことを想定して作られました。環境の設計者たちは、YVRの労働者と空港を取り巻くコミュニティが、当初考えていたよりも多くの環境の使い方を考え出すであろうと予想していました。この環境では、施設全体に取り付けられたセンサーやその他のIoTツールからリアルタイムに収集されたデータと空港施設の仮想空間を持ち合わせています。データは、日々の意思決定や協働、改善やイノベーションを促進するための未来の機会の探索等に使用されています。

現地のチームは、このプラットフォームを利用して、地上交通管理、労働者の安全とセキュリティの向上、航空機や他設備からの二酸化炭素排出量の削減、労働者のスキル向上、空港に陳列されている先住民アートコレクションの拡大等、様々な用途と成果の向上のために活用しています。YVRはこの環境を、空港を取り巻くコミュニティのイノベーションと成長促進の取り組みである、同社のデジタル・ラーニングハブの中心と位置付けています。

デジタル・プレイグラウンドでは、既存の技術と新たな技術の両方を組み合わせて実験することができます。例えば、船舶、建設現場、厳しい自然環境下の肉体的に負荷のかかる作業現場では、既にアナリティクス、センサー、ドローン、デジタルモデル、IoT、エッジコンピューティング、XR技術等の技術を組み合わせて労働者がより効率的に作業できるように支援しています。拡張現実（AR）や仮想現実（VR）は、パーソナライズされた豊富なデータと環境を労働者に提供し、労働者が安心・安全な状態で新しいスキル習得や新しい環境に適応したり、地理的距離や共通言語の不足等の複雑な作業障壁があったりする場合においても、より良い協力関係が構築できるようにサポートします。生成AIのサンドボックスは、組織のあらゆるレベルの労働者に、AIと人間の仕事の新たな組み合わせを想像できるように、安心・安全な場所を提供しています。

デジタル・プレイグラウンドは、不安を和らげつつ、可能性を実現させるための安全な場所である

急速に進化する技術の可能性に対する楽観的な見方の中にも、技術の利用に対して不安と警戒の風潮があります。2023年11月には、世界のTOP20の経済大国のうち18カ国を含む28カ国が、責任ある人間中心のAI利用を自分たちに課す宣言を発表しました。⁵ この宣言では、AIが「人間のウェルビーイング、平和、繁栄を変革し向上させる」可能性を強調しつつ、誤った利用から生じる恐れのあるリスクについても指摘しています。リーダーたちはこの境界線上を歩んでいます。世界経済フォーラムでは、世界の主要企業の75%が、次の5年間でAIの利用を加速させる意向を持つ一方で、現在の労働者のスキル⁶ に大きな混乱が生じるだろうとも予想しています。労働者もまた、両側面を見ています。グローバルの調査では、労働者の39％はAIが自分の仕事に与える影響を心配している一方で、52%はAIの利用拡大が自分のキャリアの可能性を高めると考えています。⁷

世界の主要企業の75%の組織が、次の5年間でAIの利用を加速する意向を持つ一方で、現在の労働者のスキルに大きな混乱が生じるだろうとも予想しています。

一方で、人間のパフォーマンスにポジティブに影響を与える機会もあります。デジタルやAI技術等の新たなテクノロジーの潮流は、労働者と組織の両方に対して、現実世界のリスクや不確実性への考慮をいったん脇に置いた上で、人間の仕事をより良くし、仕事でより優れた成果を上げるための解決策を探求、実験し、共同で作り出すことができるプレイグラウンドを提供します。これらのツールには、AIを活用したピープル・アナリティクス、拡張現実（AR）、仮想現実（VR）、クロスリアリティ（XR）、デジタルツイン、デジタル・ドッペルゲンガー、およびその他の技術が含まれています。これらの技術は、数年前までは主にSFの世界のものだと認識されていました。ですが、これらのツールは既に様々な業界の中で生産性を向上させ、プロセスを改善し、労働者を訓練し、新しい働き方を探求するために使用されています。今後、組織は、労働者と組織の両方の成果を創出するために、自分たちのデジタル・プレイグラウンドの一部となる可能性のある様々なテクノロジーを保有することになります。具体的な例を挙げて考えてみましょう。

• 生成AI：生成AIは、人工知能の一種であり、機械が深層学習（ディープラーニング）を活用してテキスト、コード、音声、画像、ビデオ、プロセス等の新しいコンテンツを生成します。生成されたコンテンツは、多くの場合、人間が作成したものと区別がつかないことが多いです。

Fortune 500に名を連ねるあるソフトウェア企業では、顧客の問題を解決するために、顧客サービス担当者（担当者には製品に関する詳細な知識と優れた問題解決能力が求められる）と共に、新しい生成AIシステムをテストしました。システムは、GPTプラットフォームの最新バージョンと、過去の5,000人とのカスタマーサービスのやり取りのデータに基づく独自の機械学習アルゴリズムを組み合わせたものです。このシステムでは、担当者が顧客に対してどのように対応すべきかについてのリアルタイムの提案、および技術的な問題の解決に役立つ内部の関連ドキュメントへのリンクが提示されます。この企業では、担当者の1時間あたりの解決成功チャット数が14%増加し、経験の浅い担当者では更に大幅な増加 (35%)が見られ、より迅速に担当者の成長を支援することができました。⁸

シンガポールでは、デジタル政府機関の連合が、公共部門と民間部門の両方で生成AI機能を推進するために、大手テクノロジー企業と協力して共同イニシアチブを立ち上げました。生成AIの能力増強に向けてのアプローチには、「イノベーションサンドボックス」やワークショップが含まれており、これにより、AIを活用できる人材を迅速に育成したり、生成AIのプロトタイプをより速く製品に組み込んだりすることを目指しています。シンガポールの取り組みは、消費者向けチャットボットに留まらず、イノベーションを促進するAIファーストの文化の創造を目指しています。⁹

• デジタルツイン：デジタルツインは、物理的なオブジェクト（車や人体）、ビジネスプロセス（サプライチェーン）、労働力（コールセンター）、場所（工場、空港、あるいは都市全体）の、ほぼリアルタイムのデジタルレプリカのことを指します。

BMWは2025年10月にハンガリーのデブレツェンにオープンする予定の電気自動車生産工場の建設が始まる前に、工場のデジタルツインモデルを作成しました。¹⁰ デジタルツイン・シミュレーションにより、労働者が仮想3D環境で一緒にトレーニングを行い、自由に実験し、遊び、失敗しながら新しい空間に慣れ、親しむ機会を提供しています。BMWのチームは、あらゆるデバイスを使用して複数の場所で共同作業を行うことができます。デジタルツインモデルにより、工場が稼働する前にエンジニアがバグを解決し、プロセスをより効率的することが可能になり、時間とコストを節約できます。ハードウェアが設置され、ロボットが特定のモデルを生産するようプログラムされる前に、生産プロセス全体が仮想的に検証されます。

ある英国の通信会社では、コールセンター業務のデジタルツインを構築し、稼働状況とパフォーマンスを監視し、視覚化しました。このアプリケーションの使用により、ユーザーはリアルタイムで実験を行い、スタッフの配置を変更したり、運用変更を行ったりして、期待されるパフォーマンスへの影響を確認できます。また、勤務シフト、様々な通話ルーティングの方法、需要の急増に関連する様々な影響をテストすることができます。¹¹

• デジタル・ドッペルゲンガー/デジタル・ヒューマン：デジタル・ドッペルゲンガーは、個人や小規模なチームの特定のスキル、知識、その他の属性を複製します。デジタル・ヒューマンは、仮想環境で使用されるアバターで、人間のボディーランゲージ全般を生み出すことができます。

ある世界的なテクノロジー企業が、本物の人間のようにふるまうことができるチャットボットの特許を取得しました。このドッペルゲンガーは、音声データや投稿、メッセージ、行動情報、画像等、個人のソーシャルメディアのプロフィールから収集できる情報を使用して作成されます。¹² MIT Media Labのチームは、個人のデジタル・アイデンティティを複製できるようにするテクノロジー開発に取り組んでいます。これにより、他人が「アイデンティティを借りて」相談に乗ったり、大元となっている人間本人がいなくても意思決定を支援したりできるようになります。例えば、この技術を使って、顧問弁護士のドッペルゲンガーを作り、顧客に法律の専門知識を低価格で提供することができるようになります。要するに、顧問弁護士のアイデンティティを「借りる」ことができるのです。¹³

HPは既に、自社のコールセンターで、AIを使用して顧客からの電話を最も適切に処理できる担当者に転送していましたが、更にAIを進化させてデジタル・ドッペルゲンガーとして機能させ、高性能なコールエージェントのスキルと専門知識を複製してアルゴリズムに組み込みました。¹⁴

有名人や多忙な一般人も、限られた時間とエネルギーを最大限に活用するための実験を行っています。例えば、スウェーデンのバンドAbbaは、モーションキャプチャーから作成した3Dデジタルアバターが音楽を演奏するコンサートのシリーズを開始しました。¹⁵

• 拡張現実（AR）と仮想現実（VR）：拡張現実（AR）は、通常はヘッドアップディスプレイ、モバイルアプリ、スマートグラス等通じて、ユーザーの現実世界の環境にデジタルで作成されたコンテンツを重ね合わせ、物理世界と仮想世界をシームレスに融合させます。仮想現実（VR）は、高度に没入感があり、非常に完成度高く描き出されたデジタル環境を作成し、ユーザーの現実世界の環境を完全に置き換えます。

米空軍は、パイロットと整備員のトレーニングとリスキリングのためにAR/VRを活用し、安全性を向上させ、カリキュラムの完了を46%早めることに成功しました。AR/VRトレーニングプログラムは、整備トレーニングのためのツールやシステム、航空機を視覚化し、AI機能は、パイロットの学習スタイルに基づいてパーソナライズされたアドバイスを提供することができます。¹⁶

• アナリティクス（分析）：アナリティクスやAI等の技術は、組織が膨大なデータをより上手く利用することを支援できる可能性があります。リアルタイムアナリティクスは、データに対して論理と数学を適用して、ユーザーがリアルタイムでより良い判断を下すことができるようにインサイトを提供します。オートアナリティクスとは、自己改善のために自身に関するデータを自発的に収集し分析することを指します。

ある通信会社は、AIを使って、機械学習の専門家を自認する数千人の労働者のプロフィールを分析し、これらの労働者の機械学習開発に関連するスキル、経験、およびそれらを習得するためにたどってきた経験等の経路について分析しました。¹⁷ これにより、同社は新しい指標に基づいて人材を検索し採用するアルゴリズムを作成し、人材プールを少なくとも同社の推定値の3倍に増やすことができました。同社は、類似するスキルを持つ労働者を採用した後、彼らの基礎スキルを迅速に構築するために、採用した労働者毎に強化が必要な機械学習スキルを特定し、トレーニングを提供しました。同社は現在、労働者が自分のスキルプロファイルと様々な種類の仕事とを比較して、適合性を評価し、開発する必要のあるスキルリストを提示できる技術を持っています。

• 5G、ドローン、エッジコンピューティング、IoT、センサー：これらの技術は、実際に作業が行われる現実世界を含むデジタル・フィードバックループを拡大させています。これらの技術は、仮想コピーの精度を向上させ、シミュレーションとシナリオを実行するためのデータ量を増やし、個人とチームを導くべくデータを全世界にフィードバックするために展開されています。

EUは、Destination Earthと呼ばれる、気候、大気、気象センサーが収集したデータから構築された地球全体のデジタルシミュレーションを立ち上げています。¹⁸ 世界中の科学者、政策立案者、ビジネスリーダーは、このデジタル・プレイグラウンドで、気候変動の社会経済的影響をモデル化するためのデータにアクセスできます。これらの分析は、政策やビジネス戦略の方向性を定めたり、気候変動の動向を探求したり、シナリオのテストをしたり、どのような行動をとりどこに投資すれば良いかについての情報を提供してくれます。

仕事の効率化や質の向上に繋がり、たくさんの可能性に満ちた未来を創り出すことができるこれらのツールは、まだまだ潜在能力を秘め、今もなおその能力は開花途上です。実験や遊びに活用できるように整備され、誰もが利用できるように公開された時に初めて、その全潜在能力を発揮することができるでしょう。

革新と可能性の時代において、実験や遊びは、未知のものや予期せぬものを探索し、適応し、境界無き全世界的な課題を解決するために必要な想像力を生み出すことを助けてくれます。¹⁹ この時代の流れの中で生産的に取り組み成果を生み出すためには、新しいものや未知のもので遊ぶ機会は重要です。しかしそれを可能にするためには、特にビジネスの文脈においては、わかりやすく明示的な励まし、機会、そして心理的安全性が必要です。変革のスピードが加速するにつれて、より多くの機会や遊ぶための場（そこでは、新しい技術に触れることができ、労働者と組織の双方にとって安心・安全な場である）は、一層必要性が高まるでしょう。²⁰

変革と労働者のニーズの変化が、デジタル・プレイグラウンドの必要性を喚起している

変革のスピードは、予測不可能で複雑性が増す世界を生み出しています。新しい働き方がリアルタイムに次々と現れ、それに伴い複雑な問題が多く発生しています。その結果、組織が遊びに焦点を置くことが緊急であることを示すサインが、多く現れているようです。

• エントリーレベルの仕事の役割は減少しているか、あるいは新しいスキルが必要とされてきています。²¹ 多くの組織では、自動化やAI技術の導入により、エントリーレベルの仕事の役割の一部が不要になる可能性があります。現在、一般的な事務作業やオフィスワークは、ソフトウェアが実行するか、かなりの少人数で対応しています。²² 例えば、カスタマーサービスでは、チャットボットが顧客からの問い合わせの大部分を対応しています。²³ ヘルスケア領域では、AIベースのシステムが最初に症例の分類を行っており、企業は、経験豊富な医療コーディングの専門家を活用して、AIベースのシステムが導き出した判断をチェックするようになるかもしれません。²⁴

更に、一部の組織では、新しいスタッフに対して、磨き抜かれたスキルと人間的な能力をすぐに活用できる状態であることを期待しています。なぜなら、今後の労働者の役割は、より高度な感情知能と多様な思考が必要とされるからです。²⁵ この変化は、特に若い世代の労働市場に影響を及ぼす可能性があります。伝統的に、エントリーレベルの仕事は、新しいスタッフにスキル研鑽の時間と場を提供してきました。これらの役割の減少に代わり、デジタル・プレイグラウンドが、必要な経験を積み、訓練し、新たなスキルを開発するための場を提供する可能性があります。例えば、人体や病院環境のデジタルツインは、医療専門家が実際の患者とやり取りする前に準備を整えることができます。²⁶ 経験豊富なセールス・エグゼクティブのデジタル・ドッペルゲンガーは、新しいスタッフに対して、個別のオンデマンドのコーチになることができます。そして、VRは、労働者が電力変電所のような危険な環境で働くための準備をするために使用されています。²⁷

• 仕事において人間的な能力の重要性が増しています。仕事がよりダイナミックで予測不可能になり、常に変化するデータに基づき判断を下すことが多くなるにつれて、好奇心や共感、レジリエンス等の能力は、相対的に重要性が増しています。デジタル・プレイグラウンドは、労働者に探求、実験、遊びの場を提供することで、これらの人間的な能力を育成し、価値を高めることを支援できます。デジタル・プレイグラウンドは、労働者がリスキルを行い、新しい役割を担い、急速に変化する労働市場に適応するための助けとなることができます。そして、組織が困難な状況下で成功するためのビジョンやレジリエンスを育むために、役立つことができます。²⁸
• 労働者には、スマートテクノロジーとどのように協働するかを学ぶための時間と場所が必要です。かつて議論されてきたほぼ全ての例において、テクノロジーは単に人間の労力を代替したり、増強したりするだけではありませんでした。スマートテクノロジーは、プロセスや作業グループ内のタスクを処理し、新しい相互作用の形を必要としています。労働者にとっての働き方の経験が変化しており、²⁹ この変化が私たちの調査において、経営陣が「人間と機械の協働スキルが非常に重要である」と評価した理由でしょう。人間と機械の協働³⁰ は、人間のパフォーマンスにとってますます重要性が高まってきている発展途上の研究分野であり、デジタル・プレイグラウンドで行われる可能性のある専門的な実験や遊びに十分値するものです。
• 分散型のチームでは仕事の進め方が変わってきています。現実と仮想のハイブリッド化が進むにつれて、労働者はますます異なる時間や異なる場所、そして様々なスピードで働くことが増えています。そのため、時間と距離を超えて、アイデアを出し合ったり、実験したり、探求するための場所が必要となっています。ひとつの例として、デジタル・プレイグラウンドを使って、世界中に分散している科学者のグループが、物理的なラボで科学実験を行うロボットの作業を管理することが可能になっています。³¹

更に、若い労働者はハイブリッドワークや分散型チーム、更にはオンラインでのやりとりを重視する傾向にあります。デロイト・グローバルのミレニアル世代とZ世代に関する調査では、Z世代とミレニアル世代の約半数が、オンラインでの経験は対面での経験の代替になり得ると考えていることが分かりました。³² これらの労働者にとって、デジタル・プレイグラウンドは彼らの生活の中で自然に延長上にあるものと感じられるでしょうし、彼らはデジタル空間での積極的な創造者としての役割を喜んで受け入れるでしょう。
 

何が問題なのか？

私たちの調査によれば、労働者の82％が、「自分の仕事が将来どのように変わるかを想像することについて、組織からの支援が非常に重要、または極めて重要」だと考えていますが、半数以下の43％の労働者しかそのような支援を受けていないと述べています。他にも、2023年9月に発表された世界の労働者に関する最新の調査では、多くの労働者が「AI関連スキルが自身の将来の見通しに必須だ」と考えているにも関わらず、過去1年間にAI関連のスキルトレーニングを提供された労働者はわずか13％に過ぎませんでした。³³ 多くの組織は、実験や遊ぶための時間、場所、機会、ツールを提供していないのです。

組織が成功するためには、労働者が自分の役割の進化に積極的になるべきです。探求と遊びの場を提供することは、労働者から賛同を得られるひとつの方法でしょう。更に、人間は実践を通じて最もよく学ぶ傾向があります。デジタル・プレイグラウンドは、継続的な学習と新たなスキルの開発、その中でも特に、他人との協働やテクノロジーとの協働力を磨くことを支援します。これに関しては、これが今後ますます必要になっていくでしょう。³⁴

デジタル・プレイグラウンドで探求を試みない組織は、従来の働き方にとらわれるリスクがあり、テクノロジーが進歩しできることが変わり続ける状況下で不利になる可能性があります。

労働者の役割が変わりつつあるこの瞬間に、組織と労働者がビジネスの成果と人間の持続可能性に向けて進むことができるように、安心・安全な場を作ることが重要です。これらの成果は組織毎労働者毎に異なるものである、ということが重要です。一概に全てに当てはまる解決策はありません。デジタル・プレイグラウンドは、特定の目標と状況に応じて、労働者と組織に、異なる働き方をモデル化し最適な選択を決定する機会を提供します。デジタル・プレイグラウンドでの探求を試みない組織は、従来の働き方にとらわれるリスクがあり、テクノロジーが進歩しできることが変わり続ける状況下で不利になる可能性があります。今日の世界では、スピードが主要な差別化要素であるため、これらの探求を可能にするのが早ければ早いほど良いでしょう。

人間のパフォーマンスを向上させるデジタル・プレイグラウンドの構築

成功するデジタル・プレイグラウンドを構築し、維持するためには、組織が新たな戦略や考え方、アプローチを受け入れることが求められるでしょう。しかし、デジタル・プレイグラウンドを立ち上げる際に、複雑で大量のリソースを準備する必要はありません。現在地を起点に、手元にある材料だけで始めれば良いのです。

既に、多くの組織は、デジタル・プレイグラウンドで見つけることが期待されるツールの一部を使用しています。デジタル・プレイグラウンドへのアクセスを整備することや、心理的な安全性の担保、遊びや実験の機会を作ることが次のステップです。組織がデジタル・プレイグラウンドを構築し始める際には、以下のアクションを検討すると良いでしょう。

• デジタル・プレイグラウンドへのアクセスを民主化しましょう。多くの場合、一部の専門家が、創造の可能性を再構築するためではなく、特定のプロセスを最適化する目的で、限定された方法でのみデジタル・プレイグラウンドのツールを使用しています。これらのツールへのアクセスを民主化しましょう。そして、短期的にはそれらのツールの使用方法や使用場所を拡大してください。将来的には、どのように遊びに使用できる可能性があるのか、可能性を周知してください。プレイグラウンドへのアクセスが拡大するにしたがって、中間管理職や現場の監督者に特別な注意を払うことも大切です。彼らは、しばしば目の前の運用上の課題に巻き込まれ、短期的な目標を達成するために働き、広い視野を持つための想像力を犠牲にすることがあります。デジタル・プレイグラウンドは、彼らの好奇心を取り戻し、より創造的な協働に参加することを可能にします。組織のリーダーは、労働者がリーダーの目を意識することなく、実験したり失敗したりすることができるように、リーダーの関与無しに自分たちのプレイグラウンドで遊ぶことができるよう、場を提供することを検討するべきです。そうすることで、彼らは安心して実験したり失敗したりすることができるでしょう。
• 遊びを奨励しましょう。何よりも、デジタル・プレイグラウンドは組織の全てのレベルの労働者に対して、時間や励まし、実験と遊びの機会を与えられる場所であるべきです。「遊びを奨励すること」とは、プレイグラウンドの規範と基本ルールとして、テクノロジーを使ってアイデアを試して失敗や間違いを犯しても完全に許容されること、が示されていることも含みます。労働者は、デジタル・プレイグラウンドで積極的に取り組み、その結果もたらされた革新について報われるべきです。更に、組織は、労働者が利用可能なツールを理解して、異なるテクノロジーの使用方法にアクセスできる環境を作ることで、労働者に対して遊びを奨励することができます。労働者がデジタル・プレイグラウンドで遊びや実験を奨励されると、労働者自身と組織が、より変化に適応し、不確実性を生き抜き、組織の想像力を欠如することなくより良い立場に立つ可能性が高まります。
• 仕事と遊びを繋げましょう。遊びに制限を付けないことが最も良いかもしれませんが、だからといって組織の目的からの逸脱や、目的の軽視は認められません。組織にとって重要で興味深い領域や問題に対してアプローチすることを奨励します。仕事の設計の観点から、プレイグラウンドでの実験や遊びを、日々の仕事の中でどのように取り込み設計できるのか、検討してみてください。チームで一緒に実験や遊びを実施することを奨励します。可能な限り、チームが創造的になるための場を提供し、プレイグラウンドで学んだことに基づいて、自分たちが直面している現実の課題範囲を定義し、精緻化してみてください。投資と革新のためのガバナンスメカニズムが、どのように想像力を養い、必要に応じてプレイグラウンドのルールを確立し、生み出された最高のアイデアを手に入れられるのかを考えてみてください。
• デジタル・プレイグラウンドを共創のために活用しましょう。多くの組織にとって、共創は困難であることが証明されています。経営陣の30％しか、戦略とソリューションの共創に労働者を定期的に関与させていないと言っています。デジタル・プレイグラウンドは、労働者が、自身の役割や組織の未来の変革を共創するための、リスクの少ないフォーラムとなることができます。このように労働者をエンパワーメントすることで、彼らの目的意識や帰属感、変化に対するレジリエンスを高めることができます。
• 人間の持続可能性に焦点を当てましょう。デジタル・プレイグラウンドは、最新の先進技術のコレクション以上の価値を秘めています。人間の好奇心と想像力を活用し養うための場所であるからこそ、プレイグラウンドを活用する人間には、健康や心理的安全性、信頼というしっかりした基盤が必要になることでしょう。更に言えば、プレイグラウンドは、人間の持続可能性に関連する結果を改善し探求を行う場所にもなります。例えば、ARまたはVRを使用してスキルの有効性を高めたり、センサーやアナリティクスを使用して安全性を向上させたりすることができます。
• 労働者のデータを有効に活用できるように交渉しましょう。AIを活用した分析からデジタルツインまで、デジタル・プレイグラウンドで使用される多くのツールは、仕事や労働者、職場の問題解決に適用することができますが、成功の可能性を高めるためには、大量の労働者のデータが必要となります。このデータの保護の必要性がますます高まっていますが、組織はこれらのデータを相互の価値を創出するために活用できる状態を目指すべきであり、透明性とアクセシビリティが担保された労働者データポリシーに沿って作業を行うことができるようにするべきです。³⁵

デジタル・ドッペルゲンガーは、デジタル・プレイグラウンドにおける労働者データの役割に関して、信頼が重要であることを強く示唆しています。デジタル・ドッペルゲンガーは実在の人間をモデルにすることが多いため、モデルとなる人々は自分の知識や能力をデジタル形式で共有し、潜在的には知的財産を所有または共有することになることについて、継続的に同意する必要があります。一部の有名人は、既に自分の似顔絵をデジタル利用のために販売することを選択している一方で、³⁶ 自分の許可なしに複製されてしまっている人もいます。³⁷ 需要のある専門知識、経験、才能を持つ労働者は、自身のドッペルゲンガーを作成することで、組織全体に利益をもたらし、自身の価値を高めていく有益な機会を見つけることができるかもしれません。しかし、まだ答えが出ていない多くの問いがあり、新出の更に多くの問いがある新しい分野であるため、動向に注意を払う必要があります。³⁸

デジタル・プレイグラウンドの未来

組織は多くのデジタル・プレイグラウンドを必要とするでしょう。それぞれが異なるツール、リーダー、労働者を組み込み、特定の目的を持っています。いくつかのデジタル・プレイグラウンドは、特定のプロジェクトや問題に特化しており、プロジェクトが終わった時点でその寿命が終わるかもしれません。あまり制限がなく、多くの潜在的な用途のために活用されるものもあるでしょう。

先ほど述べたバンクーバー国際空港の例では、プラットフォームは明確に人間中心の技術として設計され、運用チームにはそれをどのように適用するかを自由に想像する権限が与えられました。既に、これらのチームは多くの用途を見つけています。例えば、労働者のトレーニングや、新しい方法でテストを行うことを支援しています。乗客の需要に関するデータは、スタッフが待ち時間を予測し、処理に関する潜在的な問題を特定するのに役立ち、乗客により良いサービスを提供できるようにしています。カメラによって車がターミナルの縁石外に長時間駐車されているかどうかを検出し、運用チームとセキュリティチームが迅速に問題に対処することで、交通の流れを改善することができています。メンテナンスの必要性に関するリアルタイムの情報によって、メンテナンススタッフがより効率的に対応できるようになっています。³⁹

これらは、リーダーや労働者によって、空港のデジタル・プレイグラウンドが活用されている一部の例にすぎません。より良い成果を得るために、実験と遊びから生まれる潜在的な可能性は、実質的には無限といえます。それは、デジタル・プレイグラウンドが、最高の状態において無限の可能性を持つ場であることを示しています。組織と労働者はどちらも、新しいモデルを生み出し、喫緊の問題に対する解決策を見つけ、利益を得ることができます。ただし、最も緊急度が高い検討事項は、ますますテクノロジーが活用される職場における、労働者の役割について考えることです。

Endnotes

1 Siemens Healthineers, “From digital twin to improved patient experience,” September 11, 2018; Maulshree Singh, Rupal Srivastava, Evert Fuenmayor, Vladimir Kuts, Yuansong Qiao, Niall Murray, and Declan Devine, “Applications of digital twin across industries: A review,” Application Science 12, no. 11 (2022).

2 John Hagel III, John Seely Brown, and Maggie Wooll, Skills change, but capabilities endure, Deloitte Insights, August 30, 2019.

3 Amy C. Edmondson, “Psychological safety,” accessed December 19, 2023.

4 YVR, “YVR launches its digital twin, making people and community the center of its digital transformation,” March 24, 2022.

5 Gov.UK, “The Bletchley Declaration by countries attending the AI Safety Summit, 1-2 November 2023,” November 1, 2023.

6 World Economic Forum, “The future of jobs report 2023,” April 30, 2023.

7 Randstad, “AI threatening jobs? most workers say technology is an accelerant for career growth,” September 5, 2023.

8 Erik Brynjolfsson, Danielle Li, and Lindsey Raymond, Generative AI at work, October 9, 2023.

9 Yogesh Hirdaramani, “100 solutions in 100 days: Singapore government jumpstarts Generative AI capabilities with sandboxes, workshops,” GovInsider, July 25, 2023.

10 Jacob Bourne, “BMW, Zapata and MIT test quantum-inspired generative AI in production,” Engineering.com, June 30, 2023.

11 Deloitte, “How twin tech is helping _VOIS design a new future,” accessed December 19, 2023.

12 Grace Kay, “Microsoft has patented a chatbot that could imitate a deceased loved one, celebrity, or fictional character,” Business Insider, January 23, 2021.

13 MIT Media Lab, “Augmented eternity and swappable identities,” accessed December 19, 2023.

14 Simon Firth, “HP Labs uses artificial intelligence to improve HP’s customer service offerings,” The Garage, January 15, 2020.

15 Jenni Reid, “ABBA’s successful avatar show in London offers a glimpse at a daring new direction for live music,” CNBC, December 29, 2022.

16 Miriam A. Thurber, “Tech Training Transformation modernizes tech training with virtual reality,” AF.mil, July 26, 2021.

17 Michael Griffiths and Robin Jones, “The skills-based organization,” Deloitte, November 2, 2022.

18 European Commission, “Destination Earth – new digital twin of the Earth will help tackle climate change and protect nature,” press release, March 30, 2022.

19 Adam Piore, “Do you play enough? Science says it's critical to your health and well-being,” Newsweek, July 19, 2023

20 Joseph B. Fuller, Michael Griffiths, and Reem Janho, Are organizations actively managing the full spectrum of risks associated with the workforce?, Deloitte Insights, December 12, 2022.

21 Nicole Lewis, “Generative AI will disrupt career paths, recruiting,” SHRM, August 8, 2023.

22 Kate Morgan, “Why inexperienced workers can't get entry-level jobs,” BBC, September 20, 2021.

23 Pranshu Verma, “ChatGPT provided better customer service than his staff. He fired them,” Washington Post, October 3, 2023.

24 Thomas H. Davenport and Steven Miller, “Working with AI: Real stories of human-machine collaboration,” MIT Press, 2022.

25 Morgan, “Why inexperienced workers can't get entry-level jobs.”

26 Peter Coveney and Roger Highfield, “Why some scientists believe the future of medicine lies in creating digital twins,” TIME,April 5, 2023.

27 Deloitte Insights, Virtual reality helps Exelon put safety first, November 18, 2022.

28 Jeff Schwartz, Brad Denny, David Mallon, Yves Van Durme, Maren Hauptmann, Ramona Yan, and Shannon Poynton, Beyond reskilling, Deloitte Insights, May 15, 2020.

29 Alexandra Samuel, “I’ve worked with generative AI for nearly a year. Here’s what I’ve learned,” Wall Street Journal, November 6, 2023.

30 Sue Cantrell, Thomas H. Davenport, Steve Hatfield, and Brad Kreit, Strengthening the bonds of human and machine collaboration, Deloitte Insights, November 22, 2022.

31 Rachael Pells, “Why scientists are delving into the virtual world,” Nature, September 1, 2023.

32 Kevin Westcott, Jana Arbanas, Chris Arkenberg, Brooke Auxier, Jeff Loucks, and Kevin Downs, 2023 Digital media trends: Immersed and connected, Deloitte Insights, April 14, 2023.

33 Randstad, “More than half of workers believe AI skills will future-proof their careers, but only 13% have been offered such training opportunities - Randstad data reveals,” September 5, 2023.

34 Jim Guszcza, Harvey Lewis, and Peter Evans-Greenwood, Cognitive collaboration, Deloitte Insights, January 23, 2017.

35 Steve Hatfield, Tara Mahoutchian, Nate Paynter, Nic Scoble-Williams, David Mallon, Martin Kamen, John Forsythe, Lauren Kirby, Michael Griffiths, and Kraig Eaton, Negotiating worker data, Deloitte Insights, January 9, 2023.

36 Todd Spangler, “Meta launches AI chatbots for Snoop Dogg, MrBeast, Tom Brady, Kendall Jenner, Charli D’Amelio and more,” Variety, September 27, 2023.

37 Will Bedingfield, “The Bruce Willis deepfake is everyone’s problem,” Wired, October 17, 2022.

38 Steve Hatfield, John Brownridge, Gregory Vert, Eoin Drumm, and Brad Kreit, “Digital doppelgangers,” Deloitte, December 3, 2022.

39 Larisa Redins, “Using digital twins to improve operations at Vancouver’s airport,” Edgeir.com, October 19, 2022.