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【連載企画】教えて!デロイトさん!(第13回)

医師の働き方改革への対応における労働時間と自己研鑽の違いの整理について

2024年4月から始まる医師の時間外労働の上限規制に向けて、医師の労働時間の削減に苦慮する医療機関も多いと思われます。労働時間の削減のためには適切な労務管理を行うことが不可欠ですが、「労働時間」と「自己研鑽」の違いを明確にすることも重要です。日々の業務について「労働時間」か「自己研鑽」か整理する際のポイントについてお答えしていきたいと思います。

労働時間とは、上司等(病院長をはじめ診療部長等の使用者)の指揮命令下に置かれている時間のことであり、指示が明示か黙示かは関わらない。

相談者:

当院では医師の労働時間削減に向けて取り組んでいるところです。そのため、労働時間の管理を適正に行わなければいけないと考えています。当院では専攻医や研修医を受け入れているほか、他院での勤務実績がある医師も多いことから、自身の業務が労働時間か自己研鑽かを判断するにあたって他院の考え方を踏襲している医師も見られます。医師によって判断が異なることを是正するため、判断基準について明確にし、院内に周知しなければいけないと考えています。労働時間の判断基準について整理するポイントを教えていただけますか。

デロイト:

労働時間の判断基準について明確にし、院内に周知することは重要な取組みだと思います。

労働時間とは、上司等(病院長をはじめ診療部長等の使用者)の指揮命令下に置かれている時間のことであり、使用者の明示・黙示の指示によって行われるものは、労働時間に該当することになります。よって、参加することが業務上義務づけられている研修の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間も労働時間に該当します。一方で、自らの知識の習得や技能の向上のために行う研鑽のうち、診療等の本来業務と直接の関連性がなく、上司等の明示・黙示の指示無く行われるようなものであれば、医療機関にいる時間であっても労働時間には該当しません。

相談者:

黙示の指示とはどのようなものが該当するのでしょうか。

デロイト:

医師が行う診療等の本来業務及び本来業務に不可欠な準備・後処理のいずれかに該当するかどうかの「業務関連性」、その日・その時間に業務を行う必要があるかどうかの「必要性」、その業務の途中に自由意思で現場から離れることができるかどうかの「拘束性」がポイントとなります。

例えば、当日の外来準備のため、始業時刻の30分前に出勤した場合、上司等の指示がなくても、その準備を行わないと当日の外来が円滑に進められないような不可避な状況ならば、始業前30分間も労働時間に該当すると考えられます。ただし、本来必要な時間が15分で、上司等から15分で行うことを指示されていたにも関わらず出勤したのであれば、実労働時間は15分に限られると判断される可能性はあります。

また、業務時間内に当日の診療に係るカルテ記載が終わらず、時間外に行う場合、上司等の指示がなくても、診療録は医師法第24条第1項において診療から遅滞なく記載することが義務づけられていますので、労働時間に該当すると考えられます。

医師が自主的に行っている行為であっても、行為を行わないことにより不利益が課されているため、実施を余儀なくされている場合等は労働時間に該当する場合もある。

相談者:

「出なくて良い」と言っているのにも関わらず、医師が自主的に出てきている場合は、自己研鑽になると考えてよろしいでしょうか。

デロイト:

「自主的に出ている」ものは全て「自己研鑽」になるわけではないと思われます。

確かに「業務上必須ではない行為を、自由な意思に基づき、所定労働時間外に、自ら申し出て、上司の明示・黙示による指示なく行う時間については、医療機関にいる時間であっても、一般的に労働時間に該当しない」こととなっていますが、「自主的に」=「自由な意思」と解することは不十分と思われます。自主的な出勤だったとしても、実は、その自主的行為を行わないと不利益が課されるリスクがある場合も想定されます。そのような、実施を余儀なくされている場合等は労働時間に該当する場合もあります。

例えば、医師が検査翌日に休日出勤していることを皆が承知しており、科の中でも「当たり前」という風土があり、また、その業務を行わなければ、周囲から孤立しかねないような「組織の風潮」がある場合、検査翌日の休日出勤は労働時間に該当すると考えられます。その他、上司等が指示していなくても、人事評価で休日を含む予定外対応によって評価点数が増減する場合も、現実的に不利益を課されていると言え、労働時間に該当すると考えられます。

また、担当患者の状態が悪く、自分以外に経過を詳しい者もいないため、休日出勤して軽度な処置・観察を行った場合で、他医師への引き継ぎ等の対処もなく、それを上司も黙認している状況であり、現実に当該医師のほかに対応不可な状況の場合も、当該休日出勤は労働時間に該当すると考えられます。

学会発表や準備、専門医取得のための論文作成も、自由な意思に基づき研鑽が行われている場合は、労働時間に該当しないと考えられる。しかし、「自由な意思に基づいている」と言えるのかどうか、上司等の指示の範囲も明確にする必要がある。

相談者:

医師個人の学会発表や準備、専門医取得のための論文作成は、上司等からの指示はなく、医師の自主性に任している場合は自己研鑽になると考えてよろしいでしょうか。

デロイト:

上司や先輩である医師から奨励されている等の事情があっても、自由な意思に基づき研鑽が行われている場合は、労働時間に該当しないと考えて良いかと思われます。ただし、個人の割当に拒否権がなく、断ると今後の業務や発表の割当で不利になる等の場合や、上司等から論文作成の進捗確認があり、遅延等により、上司から叱責を受ける等不利益を被る場合は、労働時間に該当すると考えられます。

相談者:

上司が学術集会長を任され、学会を取り仕切ることとなり、上司から事前準備及び当日の手伝いを有志で募った場合はどうでしょうか。

デロイト:

上司から手伝いを奨励されていますが、個人への割当の強制力はなく、手伝いをする・しないは自由に決定でき、断ることも可能であれば、労働時間に該当しないと考えられます。ただし、例えば科に医師が2人しかおらず、業務上又は風潮として、どちらかがせざるを得ない等、手伝いをすることに実質的に拒否権がない場合は、労働時間に該当すると考えられます。

相談者:

「自由な意思に基づいている」と言えるのかどうか、判断が難しいところですね。

デロイト:

おっしゃる通り、自由意思が保障されているのか、それともせざるを得ない状況なのか、判断が難しいところですね。医師によって捉え方に差の出るところもあるかもしれません。と言うのも、ある中規模病院で、労働時間の判断基準について、具体的なケーススタディを用い、正規スタッフの医師に「労働時間にあたるか自己研鑽にあたるか」アンケートを行ったところ、「断ることもできる」とされた自由意志に基づく学会発表・準備や手伝いであっても、約4割の医師が「労働時間にあたる」と回答されていました。特に30代の医師の方が50代以上の医師よりも「労働時間にあたる」と回答された割合が高くなっていました。自由意志に任せていると上司等は思っていても、医師によっては、学会発表・準備や手伝いは「指示されている」「やらされている」という認識があるのかもしれません。上司等の指示の範囲も明確にした上で、労働時間と自己研鑽の違いを整理し、院内に周知することも必要かと思われます。なぜなら、上司側の医師と指示を受ける側の医師との指示に対する認識のギャップが、労働時間にあたるか否かの争いに発展するリスクもあるためです。

相談者:

「上司等の指示範囲を明確にする」とは具体的にどのような対応をすればよろしいでしょうか。

デロイト:

一例ですが、

  1. 当該業務を行わないことについて人事評価等への影響
  2. 業務内容の進め方、期限、場所

これらについて上司等から医師本人に説明する、または診療科毎に各業務のルールを定めて書面にて明示し、診療科内で周知を行うことはどうでしょうか。

また、医師が自己研鑽を開始する時点において、診療等の本来業務及びカルテ記載等の本来業務に不可欠な準備・後処理は終了しており、それらの業務から離れてよいことについて、上司等と医師本人とで確認を行う手続を設けることも有用と考えられます。

相談者:

労働時間の判断基準について整理するポイントがよく分かりました。

  • 労働時間とは、上司等の指揮命令下に置かれている時間のことだが、上司等が「指示をした」ものだけが労働時間にあたるのではなく、「黙示の指示」があることに注意するべき
  • 上司等による明示・黙示の指示がなく、自主的に行ったからといって全てが自己研鑽になるわけではない
  • 上司側と指示を受ける側の指示に対する認識のギャップがあるかもしれない。指示する側も、指示と指示でない範囲を明確にしておくことが、労務管理におけるリスクヘッジにもなる

3つのポイントに注意して院内ルールを作成し、院内に周知していこうと思います。

執筆

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
ヘルスケア

※上記の部署・内容は、掲載日時点のものとなります。2024/1

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