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ヘルスケア業界:病院の事業環境と今後の展望(1)

病院経営においての不動産を取り巻く環境の考察

病院経営における不動産の在り方は、病床機能の分化や他病院との統合や再編を含む病床の適正化などの長期的な論点と結びつきます。各病院の単独の議論ではなく、より大きな観点から病院およびその不動産の在り方を考えていくことが求められてきています。

I.はじめに~厳しさを増す病院経営の現状と病院にとっての不動産

少子高齢化の進行や厳しい財政状況のもと、病院を経営する事業環境は今後ますます厳しくなることが予想される。各病院は地域の医療ニーズに応じた診療体制の構築が求められる。将来を見据えた医療提供機能の充実化が地域に必要とされている。

病院にとって土地や建物の不動産は医療提供の「場」として必要不可欠なものである。不動産は医師・看護師などの医療従事者や医薬品、医療機器などと同様に病院運営の重要な要素を占める。ここでは、病院の事業環境の今後の展望を考えるうえで、まず始めに病院がもつ不動産の性質や現況を考察する。

II.病院を取り巻く不動産の環境

1.地域のしばり

病院を開設するときは各都道府県知事の許可を得なければならないことが医療法で定められている。20床以上の病床を有する病院(19床以下であれば診療所)は自由に開設することは認められていない。各都道府県は、二次医療圏1とよばれる医療提供体制の確保のため一定の地域ごとの必要な病床数を計画的に管理している。同じ都道府県内であっても二次医療圏ごとの管理が重視され、ある二次医療圏から別の医療圏に変更することも病院は自由にできない。病院には地域性のしばりが存在するのである。

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1 二次医療圏とは、厚生労働省が、医療法にもとづいて、地理的な繋がりや交通事情などを考慮して、一定のエリアごとに定める入院に係る医療提供体制の単位。一般的に一次医療圏は市町村、三次医療圏は都道府県全域を指す。
 

2.建物の性質

建物は経年の使用とともに古くなるが、特に病院は医療提供の場として、24時間365日使い続けることで劣化が早い。「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」で定めている耐用年数は、(鉄骨)鉄筋コンクリート造の病院用で39年であり、事務所用の50年、住宅用の47年よりも短く、人の往来が激しい店舗用と同年数とされている。
使用による消耗が激しいだけでなく、医療安全の観点から補修や改修なども頻繁に発生する。老朽化した建物や設備を使用し続けることは診療環境上も望ましいものではない。耐震性だけでなく、非常用発電装置、建物に附属する医療用ガス設備など多様な設備の維持・メンテナンスなども必要となり、ランニングコストもかかりやすいことが病院建物の特徴といえる。

公表されている1988年度から2017年度の国土交通省の「建築着工統計調査」に基づく病院・診療所の着工件数から、2000年度以降の着工件数が減少傾向にあること、それ以前に建築された病院の建て替え時期が迫ってきていることがわかる。1987年度以前に建設された建物も含め、今後多くの病院が、移転や建て替えなどの対応が迫られることになる。

図表1 病院・診療所の年度ごとの建築数(鉄骨鉄筋コンクリート造、鉄筋コンクリート造を対象)
※クリックして画像を拡大表示できます

3.建築コストの高騰

建て替えにかかるコストは、建て替えを行う時期によって大きく異なる。病院の経営は経済的な好不況に左右されにくい性質であるものの、建築コストは時期によって異なるため、その影響は経営に大きな影響を及ぼす。

独立行政法人福祉医療機構(WAM)が公表している調査・レポート「平成29年度福祉・医療施設の建設費について」によると、「病院の定員1人当たり建設費」は、2011年度の11,308千円から2017年度は17,808千円にまで増加している。2016年度の17,468千円からは大きく変動していないものの、過去5年程度で約1.5倍も上昇している。それでだけでなく、働き手の減少や昨今の働き方改革の建設現場への広がりなどにより、労務単価は高止まりすることが予想され、その影響で建築コストも高止まる可能性は十分ある。

後ほど述べるが、病院は建物の建設に見合うコストを収益に反映させる手段が限定的であり、建て替えに伴うコスト負担は、そのまま病院経営に対する負担として跳ね返ることになる。

図表2  病院における定員1人あたり建設費と平米あたり単価の推移
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III.病院経営特有の内部環境

1.価格転嫁ができない建築コストに対する病院の課題

日本の医療保険制度では、国民皆保険のもと、事実上、国が病院の収益の源である診療報酬単価を決定している。その診療報酬は国の財政状況や医療政策、病院の経営状況に与える影響などを踏まえて決定される。診療報酬の改定により、消費税の増税に伴う仕入コストの増加(病院にとって公的医療保険でカバーされる医業収益は非課税売上であり、課税仕入れにかかる仕入税額控除ができず、病院が支払う消費税の大部分は病院負担となる)に対して一定の考慮がなされたとしても、病院の建替に伴うコストは考慮されるわけではない。

病院は補助金の活用や患者の同意を前提に医療保険適用外の差額ベッド料金の設定などにより負担軽減を図るほかない。ただし、公的保険が広く普及する日本において入院時の療養環境への対価の支払いが一般的であるとはいえない。患者から診療報酬とは異なる料金を徴収することに対して、否定的に捉える病院も少なくないのが実情といえる。

仮に自己所有地に病院建設の簡単なシミュレーションをした場合、病院の経営に対して建築コストがいかに影響を与えるのかがよくわかる。建築コスト以外は同一の条件とし、無利息の借入により資金調達を行った場合、建築コストが10百万円/床のケース①は、ケース③(20百万円/床)より約4.5年も早く返済が完了することになる(本来は減価償却費がそれぞれ異なるため医業利益率も変わってくるが、比較を容易にするため、あえて医業利益率を2.5%で一律と仮定している)。前提条件次第で変わるものの、建て替え時に要する建築単価の違いで、これだけの差異が発生するのである。減価償却費分だけ医業利益が異なることを想定した場合、ケース①~③の簡易キャッシュ・インフローおよび返済原資は同一となり、返済期間の差異はさらに大きくなる。

図表3 建築単価のみ異なる病院建設の経営に与えるインパクトのシミュレーション

前提条件:
・ 病床数:200床
・ 1病床あたりの建築コスト:
  ケース①10百万円、ケース②15百万円、ケース③20百万円
・ 医業収益:4,000百万円
 (100床規模の病院の収益を2,000百万円と想定)
・ 利益率:(対医業収益)+2.5%を想定(減価償却費が異なるものの、あえて同一と仮定)
・ 減価償却費:耐用年数39年
・ 簡易キャッシュ・インフロー:医業利益+減価償却費
・ 医療機器購入等のための留保利益:80百万円を想定
・ 建て替え資金は全額借入を想定(無利息)
※ 土地の取得はなく、CAPEXも考慮していない。

図表3 建築単価のみ異なる病院建設の経営に与えるインパクトのシミュレーション
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2.労働集約型の装置産業としての病院ビジネスモデル

新しい病院の建設コストを回収するために差額ベッド料金を設定することの是非はともかく、仮に入院患者数など他の条件を同一と仮定した場合、概ね差額ベッド料金の徴収分だけ損益改善を図ることができる。病院は多様な職員が1つの場に集まり、医療を提供する労働集約型の事業であるだけでなく、建物や設備、大型の医療機器などの準備も必要となる点で装置産業の側面もある。高度な医療を提供する病院であるほど、装置産業としての要素が大きくなる。その結果、病院運営にかかる費用は固定費の割合が大きくなり、いかに固定費を回収するのかが病院経営の肝となってくる。医療機器や人件費については、その都度購入時期や対象機器の見直し、採用調整、昇給・賞与の調整をすることができる。だが、建物にかかるコストは、初期の建設時の意思決定がその後に大きな影響を及ぼすことになるのである。


3.病院経営で直面する多様な拘束性

固定費の割合が大きい産業は、変動費の割合が小さくなるため、損益分岐点を上回る収益があるほど利益は大きくなる。収益を伸ばせば固定費の回収が容易になるが、病院は与えられた病床数という規模の面でのキャップがある。外来患者数についても対応する職員数や物理的スペース、限られた診療時間からキャップがある。1つの病院が稼げる収益は上限が存在するのである。

また、既に述べたように病院には都道府県が設定した二次医療圏のしばりがあるだけでなく、病床利用率が常にフル稼働になるわけではない。建物や設備を新しくしたところで患者数が増えるとも限らない。移転した立地によってはむしろ患者が減少する可能性すらあるのである。

IV.おわりに

病院は立地、病床数、診療単価などを自由に変えることができず、差額ベッド料金の徴収なども広く社会に浸透しているわけではない。仮に過大投資を行い病院運営が苦境に立たされた場合は、外部からの支援なく、自院のみの運営で軌道修正を図ることは容易ではない。

病院は、建て替えや移転などの不動産の在り方を考えるうえで国や都道府県の医療政策の影響を考慮することは避けられない。また、病床機能報告制度でも病棟ごとの築年数が報告対象となる見通しである。各病院は、適正な病床数の設定と医療機能の確保を目指した医療計画や地域医療構想に基づいて将来のポジショニングを決定せざるを得ない。

病院の不動産の在り方は、病床機能の分化や他病院との統合や再編を含む地域の病床の適正化などの長期的な論点と結びつく。各病院の単独の議論ではなく、より大きな観点から病院およびその不動産の在り方を考えていくことが求められてきている。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 
ライフサイエンス・ヘルスケア担当 
シニアアナリスト 岡田 浩司

(2019.5.15)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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