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ヘルスケア業界:病院の事業環境と今後の展望(2)
精神科病院の制度動向を踏まえた、今後の経営施策のポイント
国は精神疾患患者を入院医療中心から地域の一員として、安心して自分らしい暮らしができるよう、医療、障害福祉・介護、社会参加、住まいなどを整備することで地域生活中心へ切り替える方針を示し、今後さらなる精神病床の削減を求めています。精神科医療の現状と特徴を踏まえながら、今後の精神科病院における経営施策のポイントを検討します。
I.はじめに
日本の精神患者数は増加の一途を辿っている中で、国は2004年9月に策定した「精神保健福祉施策の改革ビジョン」において、入院医療中心から地域生活中心とする方針を決定した。その後、全国の精神科病院はこのビジョンに沿って戦略を策定、実行を進めている段階であるが、まだ道半ばと言わざるを得ない。将来への変化の過渡期といえる現在の状況で、精神科病院の役割について検証し思索することは困難であるが、これからさらに改革が進むであろう制度動向を踏まえ、精神科病院が取り組むべき経営施策のポイントを整理する。
II.精神科医療の現状
1.精神疾患患者数の推移
厚生労働省の患者調査によると精神疾患を有する総患者数は、2002年の258万人から2017年の419万人へと15年間で1.6倍と増加している。しかし、入院患者数と外来患者数に分けて見てみると、増加しているのは外来患者数であり、入院患者数は1割程度減少している。これは、精神科疾患が治療薬の普及や国が入院患者の地域移行を推し進める中で、「入院する病気」から「外来で治療可能な病気」に変わってきたと考えられる。
2.精神疾患内容の推移
精神疾患の内訳として、2017年時点で一番多いのは気分障害(躁うつ病含む。全体の30%)であり、次いで統合失調症(20%)、認知症(17%)となっている。気分障害の患者が増加している要因としては、うつ病に罹患している人が増えているというよりも、「うつ病」の世間的認知度が広がり、受診者が急激に増えていることが挙げられる。また、過去においては精神疾患といえば統合失調症が代表的な疾患されていたが、近年では薬の進化や精神科リハビリと併せて継続的に治療することで再発率が下がっており、患者数の増加が抑制されてきている。一方、高齢化が進んでいる影響で、BPSD (認知症の行動・心理症状)の増悪により精神科病院への入院を要する症例が増加してきている。
3.平均在院日数の推移
平均在院日数は2002年で364日であったが2017年では268日まで短縮してきている。しかし、2014年の精神病床入院患者数の約29万人に対し、18万人が1年以上の長期入院、10万人は5年以上の超長期入院となっており、先進諸国の平均在院日数である18日前後と比較するとまだかなり長期化していると言わざるを得ない。
4.厚生労働省の指針
平均在院日数は2002年で364日であったが2017年では268日まで短縮してきている。しかし、2014年の精神病床入院患者数の約29万人に対し、18万人が1年以上の長期入院、10万人は5年以上の超長期入院となっており、先進諸国の平均在院日数である18日前後と比較するとまだ2017年2月に厚生労働省がまとめた「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会報告書」では、精神保健医療体制の在り方として、「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築」、「多様な精神疾患等に対応出来る医療連携体制の構築」、「精神病床の更なる機能分化」の3点を掲げている。増え続ける医療費への対策として、これら3点を実現することで、入院需要においては2025年までに最大9.8万人を地域移行に伴う基盤整備量(入院需要の削減量)として目標設定をしている。この目標数値の前提としては、1年以上の長期入院患者のうち「重度かつ慢性ではない」患者を地域へ移行すること、および治療抵抗性統合失調症治療薬の普及による効果を見込んでおり、精神科病院はこれらの国の目標に向けてさらなる対応を求められている。
III.精神科医療の特徴(一般病院との比較)
1.病床規模が大きく、民間病院が多い
精神科病院は過去長期入院が主流であったため、病床数が肥大化し1 病院当たりの病床数は233.8床と一般病院の177.8床の約1.3 倍の規模である。また、日本の精神科病院の8割、精神病床の9割は民間病院で占めてられており、非常に民間依存が高くなっている。これは1954年の全国精神障害者実態調査で入院が必要な患者が35 万人と推定され、当時精神科病床はその100 分の1 に満たない状況であったため、病床の確保を目的に、国は「精神科特例」で医師や看護師等の配置を少なくて良いと定め、精神科病院に国庫補助規定を設けるなどして民間経営の病院建設を推進した経緯があるためである。
2.平均在院日数が長く入院単価が低い
2017年の精神科病院の平均在院日数は268日であり、一般病院の23.7 日と比較するとかなり長期化している。患者の入院期間が長いため、精神科病院の病床利用率は87.3%と、一般病院の79.1%に比べて高い水準となっている。しかし、入院1 日当たりの単価(日当円)は15千円であり、一般病院の49千円と比較して約1/3と低くなっている。これは、精神科病院の場合は一般病院に比べ、入院料の骨格である入院基本料等の点数が低く設定されていることが要因である。
3.医療計画の策定範囲が都道府県単位
一般病床の場合、配置計画は複数の市町村を一つの単位とし、都道府県内を3~20程度に分けた2次医療圏という単位で行われる。一方、精神病床の配置計画は都道府県という広域な単位でなされてきたために、精神医療の過疎・過密の問題が広がっている。例えば、精神病床を減らすことになった地域の病床を、病床過密地域の増床に回すという現象さえみられ、精神病床の地域偏在が一向に解消されていない。また、都会の精神科クリニックが増える一方で、地方都市の中核的な精神科医療機関は不採算性と精神科医不足から精神病床を撤退していくという状況まで起きている。
IV.精神科病院における経営施策のポイント
1.適切な病床規模および医療機能での運用
精神科医療の現状で述べた通り、現在の病床規模を将来的に維持し続けることは非常に困難とみられるため、自院の立地している医療マーケットの中で、今後提供する医療機能を踏まえ、適正病床数を検討する必要がある。具体的にはいわゆる社会的入院や統合失調症による入院患者は今後減り続けていく中で、いかに病床の機能や病床数を決めるかが非常に重要なポイントとなる。病床削減による収益減少をカバーするため、新規入院患者を確保し病床回転率を上昇させることを目指したり、医療体制強化による診療単価アップを検討する必要がある。また、過剰とされた病床を単純に削減するのではなく、地域包括ケア構想をより積極的に進めるため2018年度の診療報酬改定によって規定された医療介護院への転換や、認知症専門の高齢者住宅へ転換することなどを検討することも考えられる。
2.高齢化への対応
精神科病院に求められる役割の一つとして、高齢化がますます進展する中で、精神症状が強くグループホームや介護施設では対応困難な認知症患者の受け皿としての機能が挙げられる。2018年度の診療報酬改定でも「認知症治療病棟入院料」の点数が上がり、精神科病院における認知症に対する入院医療の改善が進んでいる。また、精神疾患患者の高齢化に伴い、身体合併症も増加してきている。統合失調症を主体とする施設であれば糖尿病などの代謝疾患が、認知症など高齢者が主体の施設であれば高血圧症、慢性心不全などの循環器疾患が身体合併症状として現れるケースが多く、精神科の専門医だけでは対応出来ない症例が増加している。そのため、今後ますます内科的診療やリハビリテーションの医療機能が必須となってくる。具体的な施策例としては、身体合併症に対応できる診療体制を構築するため、内科医師の採用を実施することや一般病院との連携強化の検討などが挙げられる。
3.アウトリーチの推進および地域連携の強化
アウトリーチとは「長期入院後の支援が必要な退院患者」と「入退院を繰り返す患者」に対して、退院早期に精神科医や看護師、作業療法士、精神保健福祉士など様々な職種がチームを組み、保健所や精神保健福祉センターの関与のもとで、患者の在宅での支援を行う活動のことをいう。これは国が精神科病床の削減のため、入院患者の退院促進および再入院を防ぐ目的で始まったものであるが、今後長期入院患者の診療報酬がさらに引き下げられることが確実視されており、精神病院としても取り組まなければ経営的に厳しくなることが予測される。また、長期入院患者等の地域移行を図るためには地域の介護施設や介護事業所との連携強化が必要なだけでなく、新規入院患者数の増加のための診療所や一般病院との連携を強化することで新規入院患者の増加を図る必要がある。
V.おわりに
2005年の障害者自立支援法の制定や、2014年の精神保健福祉法改正にみられるように、障害者施策とりわけ精神障害者施策が大きな転換期を迎えている。国の障害者施策が急速な見直しを迫られる要因の一つとして、障害者の権利擁護活動や自立生活運動の高まりなど障害者を巡る社会的文化的な状況変化がある。しかし、もう一つの重要な要因として、社会保障費の抑制、公共サービスの官から民への移行があったことも見逃してはならない。このような時代にあっては、あくまで患者本位、当事者本位の視点に立った診療を行うことはもちろんであるが、精神科医療がおかれている現状および将来像をしっかりと把握したうえで、自院の医療機能・ポジショニングなどを鑑みつつ経営施策を立案・実行していくことが重要だろう。
*本文中の数値はすべて厚生労働省の患者調査に基づく。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ライフサイエンス・ヘルスケア担当
シニアアナリスト 伊藤 建之
(2019.10.6)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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