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保健分野における日本のユニバーサル・ヘルス・カバレッジへの取組み

ユニバーサル・ヘルス・カバレッジにおける日本の役割

日本は世界一の長寿を達成し、国民皆保険制度等の保健医療システムを有する国として、世界中から注目されており、これまでも保健医療分野で国際的に大きな役割を果たしてきました。今後日本の製品やソリューションを海外へ展開していく際に、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(Universal Health Coverage)は重要なキーワードとなるため、UHCにおける日本の役割に焦点を当てたいと思います。

ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ

まず最初に、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジについてご紹介します。

◆世界保健機関(WHO)のホームページより

(1)すべての人々が
(2)必要とする保健サービスを
(3)支払いの際に経済的な困難に苦しめられることなく
(4)確保している状態

◆日本国際協力機構(JICA)のホームページ

「すべての人が、健康増進・予防・治療・機能回復にかかる基礎的な保健サービスを、必要な時に負担可能な費用で受けられること」を示す概念
と紹介しています。

特に開発途上国においてユニバーサル・ヘルス・カバレッジの取組みを考える際に、医療費の負担(上述の「支払いの際に経済的な困難に苦しめられることなく」「負担可能な費用で受けられること」)が重要課題として挙げられます。国民が保健医療サービスを受け、それに係る医療費を支払うことと、貧困になることが二者択一という深刻な状況があるためです。そのひとつの理由として医療費の自己負担率の高さが挙げられます。開発途上国でも政府や援助機関の多くが任意加入の民間もしくは公的保険制度を構築しており、医療費の自己負担率を軽減するよう努力していますが、現実的には、これら制度の普及率、加入率はおしなべて低く、運用コストが高いため、結果的に貧困状態にある人々の医療費自己負担率は非常に高いという状況を生み出しています。

低所得国の、国の医療費における医療費の自己負担率は42.3%、一方で高所得国(OECD)の医療費自己負担率は17.9%である。

国の医療費における医療費の自己負担率
出所:WHO/The Word Bank Tracking Universal Health Coverage First Global Monitoring Reports Table2, Figure3.2.よりトーマツ作成

国際保健における日本の貢献

本国内では、超高齢化社会の到来、少子高齢化や国民医療費や介護給付費の増加等により、日本の保健医療システムは、課題山積という議論があります。一方、国際的な観点からみると、日本は戦後約60年間で世界で最高レベルの平均寿命、乳幼児死亡率を達成し、国民皆保険制度を構築、維持してきた経験を有し、国民皆保険制度を中心とした保健医療システムにより、UHCの「世界の模範」とも称されています。(一部引用:キム世界銀行グループ総裁による基調講演 保健政策閣僚級会合:ユニバーサル・ヘルス・カバレッジに向けて)

勿論、必ずしも日本の国民皆保険制度がベストプラクティスとは言えず、各国の戸籍制度、税制度、医療保障制度、医療費、薬価格の水準、経済水準等、相異なる様々な要素が複雑に絡み合うため、一概に推奨される保健医療システムを示すことは難しい状況にあります。

こうした事情を踏まえつつ日本は、これまでも国際保健の領域において政府開発援助(ODA)を通じて世界銀行やユニセフ等の主要な国際機関と連携しながら開発援助に取組んできています。

日本の保健医療状況も、戦後は今の開発途上国と同様もしくはそれ以下だった状態から健康指標は世界のトップレベル、平均寿命は30歳以上伸びた。

戦後日本の保健医療のシステムの改善・整備
出所:厚生労働白書平成19年度版よりトーマツ作成
戦後日本の保健医療のシステムの改善
出所:JICAホームページより一部抜粋

持続可能な開発目標(SDGs)

近年ではこれらの国際保健領域でのユニバーサル・ヘルス・カバレッジに関する取組みをSDGs活動の一環として語られることが一般的になってきています。

その理由として、SDGsには17の目標が設定されていますが、その中にユニバーサル・ヘルス・カバレッジの内容が明確に位置づいていることが挙げられます。

SDGsは、前身のMDGsと比較して、先進国と開発途上国双方を含む世界中の指導者が、達成期限と具体的な数値目標を定め、これらの目標の実現を公約したこと、また国際会議や会合といった首脳レベルでSDGs達成に向けた努力の強化を約束してきていることに大きな意義があるといわれています。

◆持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)

  • 2015年9月の国連サミットで採択された(2001年に作成されたMDGsの後継の位置づけ)
  • 国際社会全体の開発目標として、2016年から2030年までの国際目標となっている
  • 17の目標を設定。細分化された169のターゲットがある
  • 「誰一人取り残さない」社会の実現を目指し(=人間の安全保障の理念を反映)、 経済・社会・環境をめぐる広範な課題に統合的に取組む
  • 全ての関係者(先進国、途上国、民間企業、NGO、有識者等)の役割を重視

(外務省ホームページより一部改変、作成)

持続可能な開発目標(SDGs-エスディージーズ-)
~入門編~
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/files/000270935.pdf
(外部サイトへ移動します)

◆ミレニアム開発目標(MDGs:Millennium Development Goals)

  • 2000年9月21世紀の国際社会の目標として国連ミレニアム宣言が採択された
  • 宣言は、7つのテーマ (1)平和、安全及び軍縮、(2)開発及び貧困撲滅、(3)共有の環境の保護、(4)人権、民主主義及び良い統治、(5)弱者の保護、(6)アフリカの特別なニーズへの対応、(7)国連の強化)に 関して、国際社会が連携・協調して取り組むことを合意
  • この宣言と1990年代に開催された主要な国際会議やサミットで採択された国際開発目標を統合し、一つの共通の枠組みとしてまとめられたものがミレニアム開発目標(MDGs)と言われている

(外務省ホームページより一部改変、作成)

近年の日本のユニバーサル・ヘルス・カバレッジの取組み

2013年に、G8諸国の首脳級による寄稿としては初めて、安倍総理の国際保健外交戦略に関する寄稿が、ランセット誌に掲載されました。「我が国の国際保健外交戦略-なぜ今重要か-」には、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジへ達成への取組み支援の重要性、また達成の先の成熟社会が抱える社会課題の解決や、持続可能な発展に貢献していくため、日本政府は民間セクターと共に取組みを進めていくことを記しています。

2015年に、健康・医療戦略推進本部において,「平和と健康のための基本方針」が決定されました。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/files/000099126.pdf

◆政策目標

1. 人間の安全保障を具現化するため,公衆衛生危機・災害等の外的要因から個人を守る体制を構築する。

2. 生涯を通じた基礎的保健医療の継ぎ目のない利用を確立し,UHCを達成する。

3. 上記1と2の達成に向けて,日本の保健人材,知見,医薬品,医療機器及び医療技術並びに医療サービスを活用する。

この「平和と健康のための基本方針」では、地域別重点方針を示しています。地域群の中でもアフリカ地域は、ヘルスチャレンジが多いエリアのひとつです。

ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)達成に向けてサブサハラ・アフリカ地域、南アジア地域は、Health Challengesが多い。

地域別のプライマリーヘルスケア
出所:WHO/The Word Bank Tracking Universal Health Coverage First Global Monitoring Reports Figure2.2.よりトーマツ作成

アフリカ地域におけるユニバーサル・ヘルス・カバレッジの達成に向けて

前述のとおり、アフリカにおける基礎的保健サービスの提供は先進国、世界の他地域と比較して低い状況にあり、その結果、5歳未満児の死亡率や妊産婦死亡率は望ましくない状況にあります。

アフリカの子どもの死亡率は世界で最も高く、8人に約1人は5歳未満で死亡している。

5歳未満児死亡率
出所:日本ユニセフ協会 ニューヨーク発報告書(2013年9月)よりトーマツ作成

こうした状況を改善すべく、現地(各地域)において、例えば家族計画(家庭単位で、いつ・どれだけ子供を持つかという計画)、ワクチン接種、及び妊産婦健診等の普及は重要と考えられます。アフリカ諸国での取組みやその効果はバラツキがありますが、主に労働集約型の基礎的保健サービスの手法が取られています。このような状況において、アフリカ地域でも情報通信技術(ICT)を社会保障分野に活用した試みが進んでおり、保健医療サービスの提供についても試験利用が検討・始まっているケースがあります。この背景にはアフリカ地域における情報通信技術の急速な発展があります。

地域別のプライマリーヘルスケア
出所:WHO/The Word Bank Tracking Universal Health Coverage First Global Monitoring Reports Figure2.2.よりトーマツ作成
サブサハラのスマートフォン
出所:GSMA Mobile Economy Sub-Saharan Africa 2014、及び 平成27年度総務省「情報通信白書」よりトーマツ作成
サブサハラのスマートフォン
出所:GSMA Mobile Economy Sub-Saharan Africa 2014、及び 平成27年度総務省「情報通信白書」よりトーマツ作成

スマートフォンの普及率は日本には及ばずとも、国の一人当たりGDPを考慮するとアフリカ地域の普及率は急速に成長しています。一方で、国によっては病院や診療所の電子カルテ等のインフラ整備はまだまだ発展途上にあります。しかしながら、低コストで利便性の高いスマートフォンを活用した保健医療サービスの提供を可能とする土壌が出来つつあります。これは一例となりますが、これまで様々な保健課題に対応してきた日本は、その過程で人材育成、技術開発、教育・研究を実施してきました。これらの経験・技術・知見を活かし、開発途上国の制度や状況を踏まえ、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ達成に向けて個別に具体的な対応策や解決策を提示していくことが可能と思います。

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