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M&A会計 企業結合の実務 第23回

IASB討議資料「企業結合-開示、のれん及び減損」に対するASBJのコメント

企業結合の実務をQ&A形式でわかりやすく解説します。今回は、2020年12月28日に企業会計基準委員会(ASBJ)が国際会計基準審議会(IASB)が公表した討議資料「企業結合-開示、のれん及び減損」に対するコメントについて説明します。

Q:本年もよろしくお願いいたします。本日は、企業会計基準委員会(ASBJ)が2020年12月28日に、国際会計基準審議会(IASB)が公表した討議資料「企業結合-開示、のれん及び減損」(2020年3月19日公表、以下「DPという」)に対するコメントを公表しましたので、それについてうかがってみたいと思います。

まず、DPが公表された背景を教えてください。

1. DP公表の背景と適用後レビューの結果

-主要論点としてのれんの会計処理を指摘

A(会計士):IASBでは適用後レビューといって、新基準や既存基準の大規模修正のそれぞれについて、意図した通り機能していることを確保するために、その適用から通常2年後にレビューを実施しています。IFRS第3号「企業結合」も適用後レビューの対象となり、2015年6月にその結果が公表されました。その中では、IASBは、重要性が高い検討領域として「のれんの減損テストの有効性及び複雑性」と「のれんの事後の会計処理(減損のみのアプローチと償却及び減損アプローチとの比較)」を挙げています。

Q:日本でも関心がとても高いのれんの会計処理(日本基準は償却+減損、国際基準は減損のみ)が重要度の高い領域とされたわけですね。

A(会計士):その後、IASBでは2015年に「のれんと減損」リサーチプロジェクトを立ち上げ、識別された論点について審議を行ってきました。

Q:適用後レビューの対象は2004年版と2008年版のIFRS第3号がメインですから、いわゆる2008年のリーマンショックへの対応も考慮され、DP公表前には英国での会計不祥事もありましたので、その影響も考慮されているわけですね。DPの結論はどのようなものになったのでしょうか。

 

2. DPの予備的見解

-会計処理の枠組みが現行維持、開示の充実の提案がなされる

A(会計士):DPですので、会計基準に反映させるような結論はありませんが、それまでの審議を踏まえたIASBの予備的見解が含まれています。

(主なもの)

① 企業結合に関する開示の改善

  • 企業結合時に設定した企業結合の目的が、その後どの程度達成されているかについて、経営者がモニターしている情報を開示する。

② のれんの会計処理の改善

  • のれんの減損テストモデルの変更は行わない(ヘッドルーム・アプローチは採用しない)。
  • のれんの償却は行わない。
  • 年次の減損テストを廃止し、減損テストは減損の兆候がある場合にのみ要求する。
  • 使用価値算定における要求事項の一部を改訂する。

③ その他の論点

  • 企業結合時における無形資産の認識要件は変更しない。

 

3. DPでののれんの会計処理の検討

-新たなアプローチの断念と僅差で減損のみアプローチを支持

Q:重要領域とされたのれんの会計処理については、どのような議論があったのでしょうか。

A(会計士):論点はいろいろとありますが、適用後レビューで特に注目されたのれんの減損テストの有効性に関する意見としては、現行モデル(IAS第36号「資産の減損」)で認識される減損損失が“too little, too late”(少なすぎる、遅すぎる)というものでした。

そして、IASBでは、その原因として、以下の2点を指摘しています。

① 経営者が過度に楽観的な回収可能価額の見積りを行う可能性(これについてIASBは、監査人や規制当局により対処されることが最善と考えている)

② 資金生成単位(CGU)で判定する減損テストにおいて、他の資産の含み益や未認識の自己創設のれん等、CGUの回収可能価額が帳簿価額を上回る余裕部分(これを「ヘッドルーム」という)により、取得したのれんの減損が覆い隠される「シールド」の影響

Q:②のイメージですが、例えば、買収した被取得企業(A)の帳簿価額(のれんを含む)が回収可能額を下回っていても、同じCGUに属する取得企業の既存の事業(B)の回収可能額が帳簿価額を上回っている場合には、CGU全体としては、A+Bでのれんの減損テストを実施するため回収可能額が帳簿価額を上回ることがあり、その場合には減損損失は計上されないことになる、というものですね。

A(会計士):はい。このため、②については、「シールド」の影響が軽減される減損テストの設計(ヘッドルーム・アプローチ)が議論されたのですが、合理的なコストで減損テストの有効性を大幅に改善することは不可能であるという予備的見解に至っています。ヘッドルーム・アプローチについては、『M&A会計 日本基準と国際会計基準との主な相違 第5回』もご参照ください。

Q:減損のみのアプローチと償却および減損アプローチはどちらの方向性となりましたか。

A(会計士):IASBは、現行の「減損のみのモデル」を維持するか、償却を再導入するかの議論を行い、14名のボードメンバーのうち8名の賛成をもって、現行モデルの維持を予備的見解としています。

Q:そうすると、もともと適用後レビューでは、のれんの減損損失が“too little, too late”など、のれんの会計処理に懸念が示されていたものの、現行の減損テストモデル(減損のみモデル)を維持することが予備的見解とされ、結果として、会計処理については大幅な修正はしないという見解なのでしょうか。

A(会計士):はい。前述のように年次の減損テストを廃止し、兆候がある場合にのみ要求するなど、簡素化の方向も示されているので、むしろ、“too little, too late”への課題解決について逆方向の改正とも捉えられます。もっとも、IASBでは、企業結合における経営者の意思決定とその後の成果に関する情報に関する新たな開示要求により、買収の成果に関する財務諸表利用者のニーズに応える提案を行うなど、これらの課題に対処するには、企業結合に関する開示の充実を強化することを含めて対応することにしています。

 

4. ASBJコメント

-これまで通りのれんに対して「償却を伴う減損アプローチ」を主張

Q:それでは、ASBJのDPに対するコメントはどのようなものなのでしょうか。

A(会計士):ASBJは、IASBの予備的見解である、現行の「減損のみのモデル」を維持することに反対し、のれんに対して償却を伴う減損アプローチを適用すべきであるとしています。そして、コメントレターには、概ね以下の内容が含まれています。

  • のれんは主として超過収益力を表す資産で、耐用年数が有限の減耗性資産である。
  • のれんの費消を反映する償却費を、取得後に稼得する収益に対応させ、各期の当期純利益に反映させることで、投資者に取得後の成果に係る有用な情報が提供できる。
  • ”too little, too late”の課題が生じる原因として、のれんの減損損失に係るシールディング効果による構造的な原因が大きいが、その解決には「減損のみモデル」では対応できず、のれんの償却が役立つ。
  • のれんの償却期間は、「将来の正味キャッシュ・インフローが企業結合により増加すると見込まれる期間」に基づくべきである。その期間は、経営者の見積りによるべきであるが、”too little, too late”の課題を解決することとのバランスを考慮して、10年を上限とすることを提案する。

Q:のれんは「耐用年数が有限の減耗性資産」であるとの主張はポイントですね。

A(会計士):そうですね。この点については、以下の見解を示しています。

  • 市場における競争優位を与える源泉は健全な競争環境下で時間の経過とともに失われ、将来のリターンを生み出す知識やプロセスも環境の変化や人材の入れ替わりに対応して改善や調整が必要と考えられるため、それらを表章するのれんが永続的に効果を有することはない。
  • 企業は、通常、被取得企業の事業などについて幅広い情報の入手と十分な分析を行ったうえで取得を行うか否かを決定するため、のれんの耐用年数の見積りは可能である。

 

5. のれんの償却期間についてのASBJ提案

-上限を10年とする提案を行う

Q:のれんの償却期間は、「将来の正味キャッシュ・インフローが企業結合により増加すると見込まれる期間」に基づくべきという点は、日本基準での考え方を表したものですが、今回ASBJはさらに、のれんの償却期間の上限を20年ではなく、10年を上限とする提案を行ったわけですね。

A(会計士):既に、中小企業向けIFRSの償却の要求事項および米国会計基準における非公開企業向けの償却オプションにおいて上限として10年が示され実務で運用されているという実績もありますので、仮に償却年数の上限を定める場合には、理解の得やすい年数ともいえますね。

 

6. 償却費は業績評価に役立たない?

-利用者は償却費を反映した利益も活用しており有用

Q:のれんの償却処理に反対する方は、償却費は業績の評価に役立たないので、投資者は償却費を足し戻している、と主張されることもありますよね。

A(会計士):この点については、ASBJが2017年に日本のアナリストに対して行った調査では、財務諸表利用者の分析手法は様々であり、分析の目的によって、償却費を足し戻して分析する場合のほか、償却費を含んだ情報を用いる場合が一定程度存在していることが確認されたとしており、これは償却処理を主張する強い根拠となっています。また、現在、償却費を足し戻している財務諸表利用者は、減損損失も足し戻しているため、償却を伴う減損アプローチを採用しても大きなコストを要せず償却費の調整は可能である、ともコメントしています。

 

7. 企業結合の開示の改善

-別の枠組みで検討すべき

Q:IASBでは、のれんの会計処理は基本的に現行の枠組みを維持したうえで、企業結合の開示の改善を主要な検討事項として取り扱う方向のように感じましたが、ASBJはこの点について、どのように考えているのでしょうか。

A(会計士):ASBJは、適用後レビューで指摘された課題のうち、優先度が高いとされたのは、のれんの事後の会計処理であり、会計処理を優先して検討すべきであると強く主張しています。また、現行の企業結合の開示に改善の余地があり、その改善を検討すること自体は否定していませんが、DPでIASBが提案した開示には、企業の戦略や成果の分析に係る情報など財務諸表本表の補足を超えるものが含まれているなど、財務情報の範囲など大きな枠組みとも関係する論点になりますので、”too little, too late”の課題の解決と別に議論を進めることを提案しています。この点については、『M&A会計-企業結合の実務 第22回』もご参照ください。

Q:本日はありがとうございました。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&A会計実務研究会 萩谷和睦 森山太郎

(2021.1.19)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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