ナレッジ

M&A会計 企業結合の実務 第25回

日本基準に定めのない場合

企業結合の実務をQ&A形式でわかりやすく解説します。今回は、日本の企業結合会計基準や事業分離等会計基準には定めがないものの、国際会計基準(IFRS)では定めのある場合の会計処理の考え方について考えます。

1. 日本基準では定めがないがIFRSでは定めがある場合

-IFRSが参考になるときがある

Q:本日は、日本の企業結合会計基準や事業分離等会計基準には定めがないものの、国際会計基準(IFRS)では定めのある場合の会計処理の考え方について伺いたいと思います。例えば、ある取引が企業結合に該当する取引であるかどうか、補償資産の会計処理などは、日本の企業結合会計基準では具体的な定めがないと思うのですが、その理解でよろしいでしょうか。

A(会計士):はい。確かに具体的に定められていないと思います。ただのれんの償却の会計処理(M&A会計 日本基準と国際会計基準との主な相違 第4回)や、条件付取得対価の会計処理(M&A会計 日本基準と国際会計基準との主な相違 第2回)など日本基準とIFRSに差異があるルールは日本基準に従う必要があるわけですが、日本基準で具体的な定めがなくても、日本基準の枠組みに反するものではないのであれば、その取引の本質を踏まえつつ、国際会計基準を参考にして会計処理することはありえると思います。

Q:日本基準に定めがない項目については、IFRSに従うことが適切ということでしょうか。

A(会計士):IFRSに従う、またはIFRSを参考にしなければならない、ということではありません。取引の本質を踏まえて会計処理を考えたが、結果としてIFRSと同様であった、ということなのだと思います。IFRSはグローバルで生じる様々な取引や事象を踏まえ、多様なバックグランドを持つ方々により開発されたルールですから、日本基準に定めの無い取引の会計処理の検討に当たっては、とても参考になると思います。

 

2. 参考となる既存の会計基準が存在しないとき

-それが重要であれば重要な会計方針として注記する

Q:そのような対応は日本の会計基準の枠組みとして認められるのでしょうか。

A(会計士):『会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準』44-4では「対象とする会計事象等自体に関して適用される会計基準等については明らかではないものの、参考となる既存の会計基準等がある場合に当該既存の会計基準等が定める会計処理の原則及び手続を採用したとき」も、重要な会計方針に記載すべき場合に該当するとされています。「参考となる既存の会計基準」は日本基準を想定していると思いますが、日本の会計基準の枠組みに反しない限り、IFRSの定めを積極的に排除する必要はなく、会計方針にIFRSという用語を記載せずとも、結果として類似の会計処理の定めを重要な会計方針として記載することはありえると思います。

 

3. 企業結合に該当するかどうか

-取得企業のために実行された取引は、企業結合会計の対象外である可能性が高い(IFRSの定め)

Q:先ほどの例ですと、ある取引が企業結合に該当する取引であるかどうかについては、どのように考えるのでしょうか。

A(会計士):企業結合会計基準の対象は、「企業結合に該当する取引には、・・途中省略・・本会計基準を適用する。」(3項)とされていますので、当然のことですが、企業結合に該当しない取引には適用されないわけです。この点、IFRS3号「企業結合」では、「企業結合前に、主として被取得企業(又は旧所有者)の便益のためではなく、取得企業により若しくは取得企業に代わって又は主として取得企業若しくは結合後企業の便益のために実行された取引は、(企業結合とは)別個の取引である可能性が高い。」(IFRS3.52、( )内は筆者加筆)とされ、IFRS3号が適用される取引かどうかの考え方を示し、IFRS3.B50以降ではその指針も記載されています。この点に関する日本の会計基準の明確な定めはありませんが、趣旨は同じと考えられるので、IFRSの定めは参考になる、ということですね。

 

4. 補償資産の会計処理

-売手と買手との契約上の資産であり、負債計上された額に対応した資産を計上することがある(IFRSの定め)

Q:補償資産の会計処理はどうでしょうか。例えば、被取得企業が訴訟を抱えており、企業結合契約の中で、売手が買手(取得企業)に対して300を超える全ての損失を補償することに合意して、買収価額が決定されたとします。そして、取得企業は企業結合日における当該訴訟に関する債務が企業会計原則注解18に従い500と見積もった場合はどのように会計処理するのでしょうか。

A(会計士):まず、引当金の計上要件を満たしている以上、企業結合日に引当金500を計上する必要があります。他方、売手との契約を踏まえると、買手の損失限度額は300ですから、全体としてみると差額200は引当金の積み過ぎとも考えられます。このような場合には、売手から契約上補償される金額200を資産に計上することが適当と考えます。これはIFRSで定める補償資産になり、結果として、IFRSと同じになりますね。なお、資産計上額(200)は売手からの回収可能性を考慮する必要があります。

Q:この場合、買手の負担は300が限度なのですから、はじめから引当金を300としてもよいのではないですか。

A(会計士):訴訟に対する債務の支払先と補償を受ける相手先が違うので、貸借対照表上も負債と資産は別々に表示すべきだと思います。

Q:このケースではまだ売手に200を請求していませんが、資産計上してもよいのでしょうか。例えば、『法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準』8項では「過年度の所得等に対する法人税、住民税及び事業税等について、更正等により追徴税額を納付したが、当該追徴の内容を不服として法的手段を取る場合において、還付されることが確実に見込まれ、当該還付税額を合理的に見積ることができる場合」に限り、当該還付税額を未収計上することとされています。これを踏まえると、資産計上はより慎重にすべきとも考えられます。

A(会計士):今回のケースでは、売手と買手との間で特定の取引に関する損失限度に関する契約が締結されているわけで上記のケースとは異なりますし、売手からの回収可能性に問題がないことを前提とすると、買手は限度額を超えた賠償金の支払はなくても、会計上、見積り計上した負債と連動した額を資産計上することが適当と考えます。このような会計処理に重要性があれば、重要な会計方針として注記する方法も考えられますね。

Q:わかりました。本日はありがとうございました。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&A会計実務研究会 萩谷和睦 森山太郎

(2021.3.15)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

関連サービス

M&A、企業再生、知的財産に関する最新情報、解説記事、ナレッジ、サービス紹介は以下からお進みください。 

M&A:トップページ

 ■ M&Aアドバイザリー
 ■ 企業再生
 ■ 知的財産アドバイザリー

記事、サービスに関するお問合せ

>> 問い合わせはこちら(オンラインフォーム)から

※ 担当者よりメールにて順次回答致しますので、お待ち頂けますようお願い申し上げます。

シリーズ記事一覧

M&A会計 企業結合の実務(記事一覧)

 

関連記事

M&A会計シリーズ 第3弾

日本基準と国際会計基準との主な相違 全5回(記事一覧)

第三者間の企業結合、すなわち「取得」と分類された企業結合の会計処理における、日本基準と国際会計基準(IFRS)との相違についてQ&A形式でわかりやすく解説します。

M&A会計シリーズ 第2弾
M&A会計 実践編 全10回(記事一覧)

連載「M&A会計の解説」の続編となる「実践編」では、M&A会計のポイントを事例を挙げ、より実践的な内容でお届けします。

M&A会計シリーズ 第1弾
M&A会計の解説 全12回(記事一覧)

M&Aのプロフェッショナルが、M&A会計のポイントをQ&A形式でわかりやすく簡潔に解説する全12回のシリーズ記事です。

基礎からのM&A講座 全12回(記事一覧)

大学で講義を受けるように基礎からM&Aを学ぶ12回完結の講座型連載記事。 今更聞けないM&Aの基礎から、現場に近い筆者だから書ける事例を踏まえた解説など、より実践に役立つ内容となります。

お役に立ちましたか?