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ビジネスDDガイド:コマーシャルデューデリジェンスの実務ポイント 第3回
市場環境分析~市場分析の方法および外部調査レポートが存在しない場合のアプローチ方法とは
本稿では、コマーシャルデューデリジェンスの構成要素である市場環境分析、競合環境分析、顧客動向分析のうち、市場環境分析について解説します。
目次
- I.はじめに
- II.M&A対象会社の今後の展望を見極める市場環境分析
- III.市場環境分析のアプローチ方法のポイントとは
- IV.外部調査レポートが存在しない場合、市場全体からアプローチするトップダウンと、需要および供給を積み上げるボトムアップのアプローチ手法がある
- V.(Tips)市場調査でデータベースが無い場合の情報収集のためのヒント
I.はじめに
市場環境分析は、M&A対象会社の事業が市場環境の視点から魅力的かどうか、かつ、将来性やリスクがあるかどうか評価するために実施する。市場環境に対して誤った認識に基づいて参入すると、思いもよらぬリスクに遭遇する可能性もあり、正しい市場環境認識はM&Aの成否を左右する重要な要因となる。市場環境分析は過去や現状だけでなく将来も対象とし、当該分析結果は買収後の成長戦略策定やバリュエーションの前提になっている事業計画の市場成長率の検証等の多くの場面で活用できる。
なお、市場環境分析の過程で外部調査レポートがなく市場規模の特定が困難なケースが多くある。リサーチ会社は特定製品の市場全体を対象に分析して調査レポートを発行しており、市場環境分析で必要なデータの粒度と比較して粗い分類軸となっている傾向があり、市場環境分析に適した情報が得られない場合がある。そのような場合に、どのように市場環境分析を進めるのかについても解説したい。
II.M&A対象会社の今後の展望を見極める市場環境分析
自社の競合企業を合併・買収する場合を除き、対象会社の市場環境(規模、成長性、収益性、トレンド、リスク、規制動向、等)を適切に理解できているケースは少ないと考えられる。そのため、地理的拡大および事業範囲拡大を目的としたM&Aでは、市場環境分析を行うことを推奨する。特に地理的および事業範囲の拡大が同時に対象となる場合や、事業リスクが高く自社事業との関連性も低い場合には、実施を強く推める。
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社が実施した「日本企業の海外M&Aに関する意識・実態結果」(2018年5月29日公表)の海外M&A目的別の成功・失敗傾向を見ても新規事業への参入の成功企業が7%なのに対して、失敗企業が40%となっており、極端に失敗企業が多くなっている。このことからも新規領域への進出の際には念入りに準備は行うべきだろう。※自社が設定した目的・指標を8割以上達成した企業を「成功企業」、5割未満の企業を「失敗企業」と定義している。
M&Aのプロセスでは、多岐にわたる実施業務があり、各業務で専門のアドバイザーが入るのが一般的ではあるものの買収企業の社内でも各種検討が必要になってくるため、市場環境分析は重要だとの認識はあっても後回しになりがちだ。市場環境分析には想定以上に時間を要するため、十分な検討時間がなく浅い分析しか出来ないということを避けるためにも、初期段階から準備を行い取り掛かり始めるのが良いだろう。
III.市場環境分析のアプローチ方法のポイントとは
市場環境分析のアプローチ方法は、以下の3つのステップで進める。
① 分析目的および検討課題の明確化
② 仮説およびリサーチプランの構築
③ 情報収集および仮説検証
なお、①、②を省略して③から始めるケースを見かけるが、的外れな分析になり、無駄足になることが多いため、正しい順序で分析を進めることを推奨する。
①分析目的および検討課題の明確化
―市場環境分析で何を検討すべきなのか目的から導き出す
一般的なM&Aにおける市場環境分析の目的は、M&A対象会社が売上前提として見込んでいる市場成長率が達成できるのか、収益性は想定通りに達成できる見通しなのか、将来的なポテンシャルやリスクの発現確度や影響はどの程度か、等を見極めることが多い。その場合、検討すべき課題は何になるだろうか。検討課題を考えるステップとしては、分析対象の変動に影響を与える構成要素に分解し、その要素の中で影響が大きいものを特定し、その影響が大きい要素の変動要因を検討していくという流れになる。
例えば、コンビニエンスストアにおける特定商品の市場の成長性を分析する場合、成長性に影響を与える要素として該当地域の出店店舗数、消費人口や所得水準が思いつくが、仮説として既に出店店舗数が飽和しており、商品単価が低いため所得水準の影響度が少なく、消費人口が最も市場規模に影響を与えるとしよう。そうすると、分析上で検討すべきなのは、当該地域の人口見通しや人口増加策として見込まれている施策案の実行可能性を検討する必要があるということが明確化できる。地理的および事業範囲の拡大が伴い、かつ、馴染みの薄い事業の場合には、変動要素の洗い出しや仮説出しが難しいと予想されるが、その場合には対象会社のマネジメントや外部の有識者にインタビューをしてブラッシュアップを行うのも有効な手段である。
また、第1回「M&A対象企業の競争力の「効果的な」分析方法とは~競合環境分析」でも述べたが、コマーシャルデューデリジェンスは外部環境分析と呼ばれるものの、分析対象となる市場範囲を定義するために対象会社が行っている事業を理解する必要があることには留意しなければならない。デスクトップ調査、マネジメントインタビュー、外部調査レポートの入手、外部有識者へのインタビュー等の市場環境分析では、対象会社の事業や製品、展開地域を適切に理解していることが前提となり、前提が間違っていると分析対象が異なって意味のない分析になってしまう。対象会社が将来的に事業拡大を検討している場合には、その市場も分析対象に含まれるため、予め事業計画の内容については理解をしておくことが必要だ。
②仮説およびリサーチプランの構築
―検討課題に対して仮説を設定し、取得すべきデータの定義、取得方法の検討、分析アプローチの検討を行う
検討課題を明らかにして、仮説を考え、その仮説を検証するために、どのようなデータが必要で、どこからどのように取得して、それをどう分析するのか、等のプランニングを実施する必要がある。なお、この段階である程度のスケジュール感が見えるため、いつ、だれが実施するのか検討した方が良い。また、データが無いと見込まれる場合にはどのようにして代替するのかもプランニングの段階で考えておく必要がある。リサーチプランの整理方法としては、ガントチャートを使うのも有用である。特に複数人で作業を進める場合には、タスクに漏れが生じないように一元管理して担当者および進捗状況を管理した方が良い。
また、この段階で空スライドで構成をまとめておいた方が良い。データ収集は最後のステップで行うとしても、仮説ベースでストーリーを構成して流れを作るというものである。スケルトンとも呼ばれるが、この段階でストーリーの流れを構築して、違和感がないか確認しておくと手戻りが少なくなる。冒頭に正しいステップで進めることを推奨したのは、情報収集から始めると、仮説がない段階で収集を行うため、作業量も膨大になり、かつ、右往左往して手戻りが発生するためである。
③情報収集および仮説検証
―リサーチプランに沿って情報収集および仮説検証を行う
最後のステップはリサーチプランに基づいて、情報収集および仮説の検証を行う。情報収集の段階では情報量が非常に多く、収集して整理するために作業スピードが求められる。なお、基本的なことではあるが、資料の出所を整理しておくというルールを徹底する。市場環境分析では多くの資料を扱うため、最初のうちは覚えているものの、後々どの資料を参照したか分からなくなれば、データの信頼性の低下につながるからだ。なお、最初に設定した検討課題に対して答えが得られるか、それに対して考えられる反論は想定されるか、その場合に反論に耐えられるロジックは分析に含まれているか、等の視点も含めるとさらに良いものとなる。
なお、本稿では一般的なフレームワークについてはあまり触れていないが、市場環境分析を行ううえでPEST分析は有用である。PEST分析とは、政治的要因(Politics)、経済的要因(Economics)、社会的要因(Social)、技術的要因(Technology)の切り口で市場に与える影響を分析するというフレームワークであるが、フレームワークに頼りすぎて論点が不明瞭にならないように気を付ける。一見網羅性はあるが、検討課題がしっかり定まっていない中でフレームワーク一辺倒で分析をすると、目的に沿っていない分析になってしまう。フレームワークを否定している訳ではなく、分析結果をフレームワークに当てはめて整理するといった使い方は分析内容が構造化されるため、必要に応じて活用を検討した方が良いだろう。
また、以下の質問はどの市場を対象にした分析であっても典型的に聞かれるものであり、市場環境分析の実施者は分析結果をまとめる際にそれぞれの回答が含まれているか確認を行った方が良いだろう。
- 市場規模(数量、価格)はどのようになっているのか?
- 過去および将来の成長率はどの程度と見込まれるか?(可能であれば数量、価格別で把握)
- 需要の構成要素、その構成要素の変動ドライバーは何か?
- マクロ経済指標や業界内で一般的に使用される指標との相関性はあるか?
- 製品サイクル、マーケットサイクルはどのようになっているか?
- 市場のサプライチェーンはどのようになっているか?
- 規制緩和や強化は見込まれるか?見込まれる場合の市場に対する影響はどのようなものが想定されるか?
- セグメント別の市場規模、成長性、トレンド、リスクはどうなっているか?
- 各セグメント間での相関性はあるか?
IV.外部調査レポートが存在しない場合、市場全体からアプローチするトップダウンと、需要および供給を積み上げるボトムアップのアプローチ手法がある
市場調査レポートは、対象企業が行っている事業の市場を軸に分析をしているわけではないため、概して定義が広範囲にわたっており、対象企業の展開国、製品セグメント、バリューチェーンまで市場規模を細分化することが困難となる。その際の対応策としてはトップダウンアプローチ、およびボトムアップアプローチがあるが、両アプローチに優劣はなく、同時に用いながら、適切な市場規模を分析するのが一般的であると考えられる。
トップダウンアプローチ
例えば、情報収集過程で国別の市場規模や成長性を調べたいが、複数国のデータが統合された地域別のデータしか入手できない場合には、そのデータを国別にブレイクダウンするというトップダウンアプローチを使用することができる。ただし、国別に合理的に配分する必要があり、どの指標を用いて分解をするかが論点となり、ケースバイケースではあるものの、市場規模を決定する要素を洗い出し、いかに合理的に説明できるかがカギとなる。また、対象会社の事業範囲によって異なるが、バリューチェーン別や製品セグメント別にブレイクダウンを行うことも必要となる。
ボトムアップアプローチ
顧客群や競合企業群が特定できている場合には、主要な顧客の需要量や競合企業の供給量を積み上げて推定するボトムアップアプローチも手段として考えられる。全ての顧客や競合企業のデータを積み上げるのはデータの制約がある中では実現性が低いため、主要なプレイヤーのデータを取得し、仮定を設定し、推計することが必要となる。
トップダウンアプローチ、およびボトムアップアプローチで市場規模を推計する場合に留意すべき事項として、使用する前提条件について覆る可能性があれば、意思決定者と事前に合意しておく必要がある。上記で述べた通り、何かしらの前提条件を設定する必要があるが、人によって前提が異なる場合があり、手戻りを防ぐために事前に合意しておく方が良い。
V.(Tips)市場調査でデータベースが無い場合の情報収集のためのヒント
市場規模を調べる際に市場調査レポートや欲しい情報が得られないケースに遭遇するが、視点を変えて調査を行ってみると意外と見つかる場合がある。以下、ヒントとなりえる情報を紹介する。
業界団体や関係省庁の有識者を活用
業界団体や関係省庁が発行しているレポートで類似業種を調査している担当者がいる場合、何かしらのアイデアを持っているケースがある。調査担当者に問い合わせる場合、こちら側の調査目的も明確化して説明およびヒアリングを行う必要があるが、M&Aは秘匿性の高い情報になるため、調査目的の伝え方に関しては一工夫する必要がある。
検索ワードに漏れがないかチーム内で確認する
Google等の検索ツールを用いて情報収集を行うのが一般的であるが、検索ワードを工夫することで必要とするデータが入手できる場合がある。チーム内に業界知見があるメンバーがいれば、自分では思いつかない検索ワードのアイデアをもらえることもある。例えば、自分で市場全体を調べていたとしても、自分では思いつかなかったセグメント名を検索ワードに加えることで目的とするデータを得られることがある。
既に消されたWebサイトも見ることはできる
情報収集を行っていると既にWebサイトが削除されており欲しいデータが閲覧できないケースに遭遇することがあるが、Wayback Machineという過去のWebサイトを見ることができる便利なツールもあり、方法は残されている。ただし、実際に使ってみると分かるが、日次ベースで保存されているわけではなく、かつ、URLに紐づく過去の情報しか得られないため、URLが変わっており、特定できない場合には活用ができないという難点があることはご留意いただきたい。
別指標での代替可能性を検討する
目的とするデータが手に入らない場合、類似および関連する市場データで代替することに一定の妥当性が認められる場合には、代替可能性についても検討を行う。
Google検索は完璧ではないということを事前に理解する
Googleで検索する場合、決算説明会資料に含まれているデータや業界団体や官公庁の調査レポートが検索ワードで引っかからないことがある。その場合には競合企業や業界団体のレポートから地道に探すことも必要になる。
画像検索で欲しい情報を探す
通常のWebサイト検索ではなく、Googleには画像を検索する機能もあり、目的とする市場データがあった場合には、そこから探すという手段も有効である。
社内データベースも徹底的に活用
社内で有料データベースを契約している場合には、使用を検討した方が良いだろう。
ローカル言語のサイトも参照
英語や日本語だけでなく、ローカル言語のサイトも参照するとデータが得られることがある。なお、その場合にローカル言語が読めないという問題に直面する。その際にGoogle翻訳を使うという手段を思いつくが、大量の文章を翻訳しようとすると文字数制限に引っかかる。その場合には、Google Chromeで言語変更をして、自動的にローカル言語を英語もしくは日本語に変換すると時間の節約につながる。
Vl.総括
今回は「市場環境分析~市場分析の方法および外部調査レポートが存在しない場合のアプローチ方法とは~」について解説を行った。一見、分析は簡単そうにも思えるが、経験してみると担当者の力量によってアプローチや分析結果の深さが千差万別になり、意外と難しく感じるかもしれない。ただ、本稿で述べた分析アプローチを正しく踏めば分析の方向性を大きくは外さないと考えており、是非、今後取り掛かる方の参考になればと思う。
過去3回で競合環境分析、顧客動向分析、市場動向分析を解説したが、次回はそもそものビジネスデューデリジェンスとコマーシャルデューデリジェンスの役割の違いおよび事業計画分析への活用方法について解説を行う。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス
ヴァイスプレジデント 中山 博喜
※2017年7月からタイのメンバーファームであるDeloitte Touche Tohmatsu Jaiyos Advisory Co., Ltd.に駐在中
コーポレートストラテジー部門にて、各業種のクライアントに対して主にビジネスDD、コマーシャルDD、オペレーショナルDDを提供。クロスボーダー案件の経験も数多く、現在は在タイの日系企業を中心にM&A案件に関するアドバイザリー業務を提供。
監修
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス統括
パートナー 初瀬 正晃
主にM&A戦略、統合型デューデリジェンス(ビジネスDDを含む)、事業計画策定支援、事業価値評価、交渉支援、PMI支援、Independent Business Review (IBR)、Corporate Business Review (CBR)、Performance Improvement (PI)に従事。大手商社の経営企画部に出向し、国内外の投融資案件を多数支援した経験を有する。
(2019.8.13)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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