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Industry Eye 第63回 スポーツビジネス

スケートボードの国内定着・発展に向けた展望

2021年東京で開催された世界的スポーツの祭典で日本代表選手が大活躍したこともあり、スケートボードに注目が集まっています。日本では何度かブームが繰り返されてきましたが、今後競技として発展、定着していくには何が必要なのか、日米の比較からまとめました。

I.はじめに

2021年東京で開催された世界的なスポーツの祭典において、日本は新競技のスケートボードで男女ストリート・パーク合わせて計5つのメダルを獲得し、世界中を大いに驚かせた。

この活躍を受けて、スケートボードに関心を持ったり、競技を始めたいと考える人が増えている。スケートボードを取り扱うスポーツ用品店で関連商品の売上が倍増したり、スケートボード場のスクールに申込が殺到するなど、ブームが到来している。

一方、場所や環境に関する問題も存在している。近隣にスケートボードができる場所や環境がないために、禁止区域で練習し、騒音や交通トラブルにつながるケースもある。また一部では、「ガラが悪い」といったイメージを持ち、治安の心配をする声も挙がっている。

スケートボードを一過性のブームに終わらせず、市場を拡大させ、文化として根付かせ、今後の世界的なスポーツの祭典でメダルを量産できるような競技に発展させていくには、どのような点に留意していくべきか、スケートボード発祥の地である米国との環境の比較から考察してみたい。

 

II. 日米のスケートボード市場環境の比較

1. 歴史・文化

まずは、スケートボードの歴史・文化の面から比較を行っていきたい。諸説あるものの、スケートボードの歴史は、1940年代に米国カリフォルニアで木の板に鉄製の戸車を付けて滑った遊びが始まりといわれている。その後、商品化され改良を重ね、陸上のサーフィンとして、米国内で広まっていった。

米国では、1970年代に競技としての形ができ、プロスケーターやチームが登場したものの、1980年代にスケートパークが閉鎖するなど一時衰退を経験する。その後、ストリートなど新しいジャンルが生まれ、X Gamesのような大規模な大会の開催もあり、市場が拡大していったと推察される。ANNが米国のスケートボードの聖地であるベニスビーチで現地人に行ったインタビューによると「スケートボードはライフスタイル」という回答が多く、日常生活に根差したものとなっている。

一方、日本は1960年代に輸入されてから、10年単位でブームを繰り返している。90年代以降は、ストリートカルチャーとして、グラフィックや音楽など他分野にも進出していったこともあり、それまでと比べ、スケートボード文化は浸透していったものの、定着するには至っていない。世界的なスポーツの祭典での日本人選手の活躍を受けて、スケートボードがブームとして一過性のものとなるか、文化として定着するか分水嶺に立っているのである。

【図表1】日米のスケートボードの歴史
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2. 競技実施人口

次に、年に1回でも競技を経験したことのある、競技実施人口について比較を行う。日本のスケートボードの競技実施人口に関する明確な数字はないものの、業界関係者の間では約40万人と推定されている。一方、米国の競技実施人口は約887万人と推計されており、日本の約22倍と大きく差が開いている。

人口比率でみた場合、日本の約0.3%に対し、米国は約2.7%であり、その差は9倍である。ただし、米国の数値は、日本の野球実施人口比率(約3.1%)やサッカー実施人口比率(約3.5%)よりも低いため、将来的に到達不可能な水準ではないと考えられる。

スケートボードは、ファッションや音楽、アートなどとの関連性から若い世代のスポーツと考えられがちだが、一人でも取り組め、自身のペースで進められることから、生涯スポーツの面も持ち合わせている。そのため、幅広い世代に訴求することで、競技実施人口を増やしていける可能性を秘めている。

【図表2】競技実施人口の比較
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3. 競技環境(ハード面)

続いて、ハード面での競技環境としてスケートパーク施設数を比較する。日本でスケートボードを行うことが可能なスケートパークは2021年時点で399施設ある。一方、米国のスケートパークは2019年時点で3,500施設存在しており、その差は約8.8倍と大きく差が開いている。

ただし、競技実施人口あたりでみた場合、逆に日本の方が約2.6倍も施設数が多い計算となる。米国は日本に比べ街中で滑っているスケーターも多いため、単純比較はできない点は留意が必要である。人口あたりでみた場合、米国の施設数が約3.3倍多いため、競技実施人口を増やし、規模を拡大していくために、施設数の増加は不可欠である。

【図表3】日米のスケートパーク数
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4. 競技環境(ソフト面)

最後に、競技環境のソフト面として、賞金総額について比較を行う。なお、大会数の比較も行いたかったが、網羅的に整理されたデータベースなどが存在せず、大会も様々な方式で行われており、統一基準を設けて比較することは困難と判断した。

日米それぞれ、賞金総額もしくは賞金額の一部が分かる大会を抽出した結果が図表4である。米国で挙げている3大会はどれも、他国でも開催している国際大会・ツアーであり、賞金額が高額な傾向にある。中でもStreet League Skateboarding World Tour(SLS)は賞金総額が1億円を超える、最高峰のプロツアーとなっている。

一方、日本の賞金総額は、全体的に米国よりも少ない金額となっているが、2021年に中止となったCHIMERA A-SIDE THE FINALが6,400万円と2018年の1,200万円から大幅に増加させ、国内最高額となっている。他競技もあるため、競技ごとに賞金を按分しても約1,600万円であり、SLSに次ぐ金額となっている。

堀米雄斗選手が2019年のSLS LOSANGELES、X GAMES Minneapolisで優勝、西村碧莉選手もX Gamesで3度優勝するなど、日本人選手が海外の大会・ツアーで活躍している一方、国内大会が霞んでいってしまうのはもったいないことであるため、CHIMERA A-SIDEの賞金総額が大幅に増加したように、大会の魅力度向上として、賞金の引き上げに期待したい。

【図表4】日米の主な大会・ツアーの概要と賞金額
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III.国内スケートボード界の発展に向けた対応策

ここまでみてきた通り、賞金総額など一部近づきつつある項目もあるものの、日本と米国のスケートボードの競技環境には未だ大きな差がある。今後、日本でスケートボード市場を拡大させ、文化として根付かせていくには、少しでもこの差を埋めていく必要があると考える。そこで、以下3つの施策を提案したい。
 

1. スケートボードの社会的価値の明確化

自治体や企業がスケートボードに関する取り組みを推進していくにあたり、まずは社会的価値を明確化する必要がある。市民にどのようなメリットがあるのか、自社やステークホルダーにどのような影響があるのか、社会的課題の解決にどのように寄与するかなど、あらかじめ整理することにより、スケートボードに取り組む意義が明確になる。また、整理したメリットを発信していくことで、スケートボードを取り巻く一部のネガティブなイメージを改善できる可能性がある。他にも、金銭代理指標を用いて、スケートボードの取り組みを通じた社会的価値を金額として定量化することにより、より説得力を増すことも可能である。

スケートボードの場合、具体例として以下のような効果が考えられる。

【自治体】

  • 地域住民の健康寿命延伸
  • 国際大会開催による国際交流推進
  • スケートパークとの一体開発による企業誘致
     

【企業】

  • ブランドイメージの向上
  • 国際大会による海外知名度の向上
  • 大会運営関与を通じた従業員のマネジメントスキル向上
     

2. 普及の場・仕組みづくり

市場を拡大させ、文化を根付かせていくためには、競技実施人口を増やすことが重要となる。競技実施人口の増加には、ハード、ソフト両面での対応が必要不可欠である。

ハード面では、スケートパーク施設数を増やし、スケートボードを安心してできる場所を確保していく必要がある。スケートパークの建設にあたっては、Park-PFIの活用や企業版ふるさと納税の活用が考えられる。

Park-PFIとは、公園の整備を行う民間事業者を公募により選定する制度である。カフェなどの「公募対象公園施設」の運営により得られた収益を広場、園路などの「特定公園施設」の整備に充てることで、管理者の財政負担を軽減しつつ、民間の力を活用することで、公園のサービスレベルの向上が期待される。

代々木公園では、Park-PFIの事業者が選定され、スケートパーク、多世代健康増進スタジオ、屋内外で飲食できるフードホールの設置が予定されている。他にも、改修事業ではあるが、鵠沼海浜公園スケートパークで事業者が選定されている。Park-PFIは2017年に創設された比較的新しい制度であり、今後スケートパークの需要が高まることによって、対象となる公園が増えていくものと考えられる。

また、企業版ふるさと納税を活用したスケートパークの建設も計画されている。企業版ふるさと納税とは、国が認定した地方公共団体の地方創生事業に対し企業が寄付を行った場合に、最大で寄付額の9割が税額軽減される制度である。宮城県亘理町では、地域住民のコミュニティ形成の基盤整備および交流人口の増加を図ることを目的に、1億円の寄付を集め、スケートパークを整備している。企業版ふるさと納税を活用したスケートパークの建設は、企業の法人関係税を軽減させられるとともに、社会貢献にもつながるため、地方を中心に活用が進むと考えられる。

続いてソフト面では、スクールなどスケートボードを教える環境の整備が必要である。民間のスクールだけでなく、総合型地域スポーツクラブの活用も一案である。ただ、適切な指導者の不在や安全安心の体制整備が課題と考えられる。これらの解決のためにも、初期的段階では、競技普及の観点から、民間の指導者を派遣してもらうなどによりノウハウを吸収していくことが必要と考えられる。
 

3. 企業コンソーシアムの形成

スケートボードをはじめとするアーバンスポーツは、アートや音楽、ファッション、テクノロジーなど他の領域との結びつきが強い点が、他のスポーツと異なる点である。従前からこれらの領域に対する言及はあったが、他にも「安全安心」「ヘルスケア」「コミュニティ」「まちづくり」といった領域にも親和性があると考えられる。「安全安心」に関していえば、スケートボードはケガが多いスポーツであることから保険会社との連携が重要となる。スケートパーク計画や周辺地域の開発などからも、「まちづくり」との関係性も強いものと考えられる。また、ステークホルダーが数多く存在することから、意見の取りまとめや調整を行う「マネジメント」の役割も重要となる。

これら関連するステークホルダーとコンソーシアムを形成することで、各々の強みを活かしながら、リスク分散することができ、新しい大会やイベントの企画・運営、スケートパークを含む都市開発など様々な取り組みへの挑戦が期待される。

【図表5】コンソーシアムイメージ図
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IV.おわりに

世界的なスポーツの祭典での日本人選手のメダルラッシュから生まれたブームを定着させていくには、現状を正しく理解し、環境と仕組みを確実に整備していくことが重要である。本稿では、スケートボードを例として取り上げたがが、他のアーバンスポーツやマイナースポーツにおいても共通する部分は多いと推察している

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
スポーツビジネスグループ
シニアアナリスト 杉山 功明

(2022.2.4)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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