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生成AIの活用は化学・素材業界の課題解決に資するか?
Industry Eye 第93回 石油・化学/鉱業・金属セクター
日本の化学・素材業界のPBRは他産業や米国に比べ低い水準にあるが、PBR改善に対する課題に対して生成AIを用いることで効率的な施策を実現できると考える。本稿では、化学・素材業界での生成AIの活用事例をふまえてPBR改善に向けた生成AIを用いた施策に対する示唆を提供する。
I. 化学・素材業界を取り巻く環境や課題感
―化学・素材業界はグローバルも含めた競争環境の激化により相対的に低PBR状態である
化学を含む素材産業は、日本の製造業GDPの約2割を占める基幹産業であり、高い技術力を生かして、これまで日本の産業成長を支えてきた。一方でグローバル競争の激化やコモディティ化の進展により市場環境は厳しくなっており、成長性のバロメーターであるPER(株価収益率)、収益性を示すROE(自己資本利益率)は他業界と比較しても低くなっている。化学・素材業界全般が低PBR(株価純資産倍率)の状態というわけではなく、米国の化学・素材業界においては、PBR 2.6倍、PER 21.9%、ROE 11.6倍で日本と比較すると高い状態である(PERやPBRの国別の相対比較は、P(株価)が米国の方が高いからという意見もあるが、米国企業の方がROEも高い)。競争力を獲得し市場から評価される、すなわち株価向上や収益性改善のためには成長分野への積極投資やより稼げる体制作りなど資本効率性が重要である。東京証券取引所も資本効率性を重視しており、2023年3月には「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」が発表され、資本コスト/収益性を意識した経営を実践し企業価値向上を実現することが要請され、PBR1倍、ROE8%が評価基準として挙げられた。
低PBRであることは、株式を用いたファイナンスの選択肢(資金調達など)が狭まることや、従業員持株会やストックオプション等の株式によるインセンティブの価値低下、同意なき買収(敵対的買収)リスクなど前述の資本効率性以外の観点でもデメリットがある。
日本全体としてPBR1倍を下回る企業が多数存在するが、化学業界は過去5年平均のPBRが0.8倍と日本の産業全体の中央値を下回る水準である。PBRはPERとROEの積として分解可能であるため、それぞれ化学業界の値を確認するとPERは14倍、ROE 6.2%といずれも日本の産業全体を下回る水準である。
【東証上場企業の業界別PBR、PER、ROE】
【米国と日本の化学業界の相対比較】
本来PBRの検討にはROEおよびPERの分析検討が必要だが、本稿では紙幅の都合上ROE、特に売上高当期純利益率の向上に焦点を当てる。化学業界の売上高当期純利益率を向上させるためには、高利益率の製品/サービスの売上を増やしつつ、コスト削減を図るという二つの側面からの検討が必要と考えらえる。そこで化学業界一般に当てはまりうる課題を整理した。言うは易しであり、実際に行うには非常に高い困難性が伴う。かつ、各企業は既に様々な取組/施策を行ったうえで現状の収益性の水準となっており、一般的な打ち手を並べられても、「それが出来たら苦労しない」、などの反応になるのは自明である。ただ、打ち手として取れるものは最大限活用していくのが望ましく、生成AIを上手く用いることでより効果的な施策が実現できると考えており、次章では化学・素材業界における生成AIの活用について触れていきたい。
【収益性改善における一般的な打ち手】
II. 化学・素材業界における生成AIの利用動向
―生成AIによる売上・利益拡大
本論に入る前に、前提として本稿では「従来のAI」を学習したデータの範疇で分類や予測を行うもの、「生成AI」を学習したデータを組み合わせて回答を生成するものと定義する。生成AIの特徴として、大量のデータから有益な情報を抽出し、回答として生成することや、対話型の情報整理や収集方法として活用できる点が挙げられる。いくつかの生成AIを活用した化学企業の実例をもとに、ROE向上への示唆を提供する。
上記例のように研究開発やオペレーションの効率化によるコスト削減に生成AIを活用することはどの企業にも可能な施策であると考えられる。例えば、新規用途探索において技術資料を読み込んで情報を整理する場合、一つ一つ資料を読み、理解し、整理するという作業を想定すると相当な時間を要することは容易に想像ができる。それを生成AIがサポートする場合、かなりの生産性向上に寄与する。また、生成AIの翻訳機能を活かした海外販促や海外従業員/顧客とのコミュニケーションの円滑化も期待効果の1つである。翻訳だけであれば、これまでのWeb翻訳でも同じであるが、回答まで生成AIが出力するため作業工数を削減できる(かつ、自然な表現で文章が生成されるため、クオリティが上がるケースもある)。
また、生成AIを用いた売上/利益の向上は財務数値的な効果に加え、投資家に対してDXを推進していく姿勢を示すことにもつながり株価にもポジティブな影響を与えうると考えられる(これはP(株価)の上昇=PBRの改善にもつながる)。
一方、生成AIのネガティブな一面も認識しておくべきである。生成AIに入力した情報がAIモデルに学習されることや、サービス事業者のログに情報が残ることにより外部攻撃や人的ミスによる情報漏洩が発生するリスクがある。生成AIを用いる際は自社内で閉鎖された情報ウォールの構築など対策が必要である。
また、生成AIは誤った情報を出力してしまう可能性がある。そのため人によるファクトチェックや回答の質の確認は必要とされることは留意いただきたい。誤情報に対しては、プロンプトの質を上げる「プロンプトエンジニアリング」を用いることで生成AIの回答の精度を上げることができる。また、プロンプトエンジニアリングは精度だけではなく、質を向上させることにも繋がるため、これからの必須知識となってくるだろう。システム導入に加え、プロンプトエンジニアリングを使いこなせる従業員を増やすような教育施策を合わせることで、システム導入だけに満足せずに結果につながるDXが実現できると考えられる。会社全体として生成AIの活用を推進していくことも重要であるが、個人でも使いこなすことで会社全体の生産性向上に繋がる。
【プロンプトエンジニアリングの一例】
―化学業界にとって生成AIは打ち手として検討価値がある
生成AIの技術進歩と社会への浸透により、生成AIを事業に取り入れることがますます重要になっていくと考えられる。特に化学業界は川上産業であり、他産業に比べ一般消費者から距離があるため生成AIを活用しにくいと考えている方々がいるかもしれない。しかしながら、研究開発やオペレーションの観点でも十分に利用価値があると考えられる。既に生成AIを活用することで、大幅なコスト削減が図れている企業も出てきている。
本稿では開示されている事例を基に生成AIの活用例を整理したが、同様の施策はどの化学企業においても適用可能と考える。PBR等資本効率性や株主価値向上へのニーズが高まる中、生成AIはそれらを実現する有効手段の1つとして考える価値はあると思料する。
生成AIの他の先端技術として、現行コンピューターでは構築が難しい材料特性のシミュレーションモデルへの量子コンピューターの適用など量子技術を活用する化学・素材企業が増えてきている。紙幅の都合上詳説しないが、競争力の高い製品開発の一手段として生成AIと合わせて検討する価値があると考える。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
石油・化学/鉱業・金属
シニアマネジャー 中山 博喜
シニアコンサルタント 井上 淳一郎
シニアコンサルタント 武藤 雅
コンサルタント 前道 絢奈
(2024.11.21)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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