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失敗しない記者会見とは~準備とトレーニングのポイント~
不祥事を起こした企業・団体のトップらが無数のフラッシュを浴びながらカメラの前で頭を下げる場面、いわゆる「謝罪会見」を見ながら、「自社だったら、どうなるだろうか」と考えたことはあるでしょうか。あるいは、「会見は、有名企業だけが行うもので、自社は無関係だ」と思ってはいないでしょうか。近年は、ESG(環境・社会・企業統治)やコンプライアンスへの関心も高まっており、企業に説明責任を求める声も強くなっています。本稿では、不祥事発生時の会見の準備やトレーニングのポイントをご紹介します。
I. 記者会見はどんな時に必要か
企業に何らかのクライシス(危機)が発生した時、それによるレピュテーションや業績の落ち込みを最小限に食い止め、信頼回復を図るまでに実施する一連の広報活動をクライシスコミュニケーション(危機管理広報)と呼ぶ。危機における情報発信は、企業が説明責任を果たすための重要な経営課題であるが、クライシスに直面した企業は、次から次へと発生するタスクの処理に追われ、事案の公表を決断するタイミングが遅れてしまうケースが往々にしてある。判断のスピードを早めるためには、事前に会見の開催要否の条件を検討しておくことが有効だ。基本的には、以下が判断要素となる。
① ステークホルダーの生命・身体、財産への被害が発生した
② 発生事案またはそれに付随する事態により、影響を与える範囲や被害が不特定多数に及ぶ
③ コンプライアンス違反等があり、企業の信頼・業績に大きな影響がある
上記のうち、一つでも合致すれば会見を開催するのか、あるいは、全てを満たした場合に限るのかは、業態や発生事案の性質によって異なる。自社のリスクマップを参考にしながら、具体的なリスクごとに被害額等の基準を設定しておくと、議論の効率化を図り、迅速に判断することができるだろう。ただし、状況が刻一刻と変化する有事においては、判断基準は絶対ではない。ステークホルダーの状況などに目を配り、最適な方法を検討することが必要である。そもそも、会見は説明責任を果たす一つの手段ではあるが、プレスリリースや被害者への直接の説明など他の手段も存在する。企業は、情報を伝えるべき相手に対して、状況に応じて最適な手段を選定すればよい。しかしながら、近年は、ESG(環境・社会・企業統治)やコンプライアンスに対する世間の評価も厳しくなっており、企業に公の場で説明を求める声が大きくなっている。例えば、「不祥事の原因を明らかにし、再発防止策を公表するまでは取引できない」と得意先から宣言されたり、「会見で謝罪しない会社は信用できない」という消費者のコメントがSNSに多数書き込まれたりすることもある。このように会見を望む声が多い場合、会見の開催を否定し続ければ、消費者が離れ、取引先を失い、ビジネスに多大な影響が生じる可能性もある。ステークホルダーの反応も見極めながら、会見の開催要否を検討する必要がある。
II. 記者会見の失敗原因
注意が必要なのは、事態の打開策として会見を開催しても、それが裏目に出て、ステークホルダーからの批判が強まる可能性があることだ。会見が「炎上」する大きな要因は、主に以下がある。
① 一方的な説明に終始する
② 記者の質問、すなわち世間の疑問・関心に答えていない
③ 回答内容や登壇者の態度に問題がある(反省の色が見えない、認識の甘さが露呈するなど)
①については、記者の質問を遮ったり、短時間の質疑応答で会見を終了したりするケースが該当するが、近年は、可能な限り多くの質問を受けようと、長時間に及んで質疑応答をする企業がほとんどである。インターネットでの会見中継も増加し、記者に限らず消費者や取引先も会見を視聴することができるため、今後も情報公開に積極的な姿勢を示す必要があるだろう。上記②と③については、主に会見前の準備不足が原因だ。会見の目的は何か、その目的達成のためには、会見までに何をしておく必要があるのか、すなわち、会見をどのタイミングで設定すべきかという検討が必要である。それらの検討に基づき、会見で説明する原稿や想定Q&Aを作成するが、記者の質問の特徴を押さえた準備が重要である。会見で注意が必要な質問パターンと準備のポイントを下表に示す。
質問分類 |
質問例 |
準備のポイント |
可能性 |
他に不祥事はないと言い切れますか |
実施済みの調査範囲、判明事項、今後の調査予定を把握しておく |
仮定 |
もし被害者が増えたら、どう責任を取るのですか |
発生事案については、責任の所在を検討するが、仮定の質問には安易に回答しない |
二者択一 |
辞任しますか、しませんか |
検討すべき論点は、会見前に整理し、結論を出しておく。会見の場で新たな決断をしない |
認識 |
会社は加害者ですか、被害者ですか |
発生事案がステークホルダーに与えた被害や影響を正確に認識しておく |
断定 |
不正を見て見ぬふりをしてきたんですね |
会見で明らかにできること、できないことの整理をしておく |
III. 準備とトレーニングのポイント
会見の前には、登壇者が読み上げる説明原稿と記者の質問に備えた想定Q&Aを準備する。これらの準備におけるポイントは、まず、会見では社内常識が通用しないという認識を持つことだ。社内用語や業界用語を使わず、一般の人にも理解できる表現で作成する必要がある。また、自社の認識が世間一般の感覚から乖離していないかという点も注意する必要があるだろう。多くの不祥事は、社内常識が一般常識とズレていたために発生している。会見では、自社が問題だと認識していなかった論点について記者から追及を受ける可能性もある。この追及にうまく対応できないと、会見が失敗に終わる恐れがあり、慎重な準備が必要だが、社内の意見だけでは、その論点に気付くのは難しい。会見で使用する原稿や回答案は、外部の専門家の意見も取り入れながら準備するのが望ましいだろう。
次に、会見登壇者の冷静な対応力を鍛えることも重要だ。原稿や想定Q&Aを用意していたとしても、極度のプレッシャーにさらされる記者会見という場においては、優秀な経営陣といえども記者の質問に適切に回答するのは易しいことではない。質問につられて、うっかり不要な発言をしてしまうこともあるだろう。登壇者が多数の記者を目の前にして、落ち着いて対応することができるか、事案や回答案を正しく理解できているかを会見前に確認する必要がある。会見本番を想定し、記者役からの厳しい質問に答える実践的なトレーニングが有効だ。
トレーニングは、登壇者に限らず、司会や登壇者をサポートするメンバーも含めて参加するべきだ。会見本番では、登壇者の専門分野でない事項や、手元資料にない情報を記者から聞かれることがある。焦った登壇者があやふやな回答をすれば、「そんなことも把握していないのか」という批判が生じるため、全社一丸となって、登壇者を支える体制が必要だ。質問分野ごとに役割分担を定めておき、登壇者が返答に窮した場合は、誰がサポートするのかを事前に整理をしておく。実は、役割分担を決めていても、会見が始まるとサポート役が傍観者になってしまい、スピーディーに動くことができないケースは少なくない。具体的な質疑応答の訓練を通して、関与者全員で登壇者を支えるという意識を醸成するのが重要だ。
IV. まとめ
コンプライアンスの徹底を求める社会的な要請は強まっており、自社のコンプライアンス強化はもちろんのこと、取引先等のコンプライアンス管理体制まで気を配る必要がある時代だ。これまでは、取引先への個別の謝罪で済んでいた事案であっても、公での説明が求められることも増えていくだろう。いざ会見を開催するという時は、会社全体がクライシス対応に忙殺されるなか、記者やステークホルダーからの問合せもひっきりなしという非常事態である。そのさなかに、会見の準備を進めるのは容易いことではないため、上述したように、平時から会見開催の要件を検討し、本番を想定したトレーニングで備えておくことをお勧めする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック&クライシスマネジメントサービス
阿部 麻実(シニアアナリスト)
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