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不確実性と機会:新型コロナ、気候変動のリスクのとらえ方

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.74

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
勝藤 史郎
 

先月の当レポートで警戒を高めた新型コロナウイルス感染症の新規感染者数は、一部新興国を除き、グローバルで概ね収束方向に転換しつつある。日本、東南アジアのいずれでも今回の波の新規感染者数はピークアウト、米国でもその兆しがみられる。例えば日本では、新規感染者数や入院患者数が大幅に減少、行動制限緩和の議論も始まっており、当方では日本の緊急事態宣言は9月末で一旦解除されるとみている。日本においては、経済の回復が当初の見通しよりも1四半期程度後ずれする結果になったが、結果的に中期的な経済回復のパスは不変とみておく。ワクチン接種も総じてグローバルで進捗しており、これが中期的な感染拡大や医療逼迫の抑制要因になるとみる。当方の分析によっても、ワクチン接種の拡大が中期的な新型コロナ感染拡大の抑制要因となっていると考えられる。

しかしながらリスク管理の観点からは、引き続き新型コロナウイルス感染症のリスクは不確実性が極めて高いとみておくべきであろう。デルタ株など変異株拡大、変異株へのワクチン効果有無、行動制限緩和による感染再拡大など、現状では予想困難なリスク要因が未だ残存しているためである。今後の新型コロナとの付き合い方について、筆者が最近面談した何人かの大手金融セクターのリスク管理担当責任者によれば、当面の間はいわゆる「ウイズ(with)・コロナ」の状況を想定したビジネスモデルを構築維持する必要があるとの意見であった。「ウイズ・コロナ」から「アフター・コロナ」への移行は特定のトリガーを契機に起きるものではなく、ある程度の期間をかけた漸進的な移行になるとみておくのが現実的になってきていると思われる。

グローバル政治経済の世界ではほかにも不確実性が多数ある。コロナ後の生活形態変化や米中対立など複合要因による世界的な半導体不足はその典型例である。各企業は政府とも協働して新たな半導体生産拠点の設立やサプライチェーンの再構築を急いでいるが、半導体不足による自動車等の減産や、半導体価格上昇の影響がどこまで拡大するかの見通しは困難である。台湾は依然中国との関係で地政学リスクにさらされている。半導体に代表されるサプライチェーンの変容に伴い、国際関係と経済との接点である「経済安全保障」に係るリスクは今後も大きな不確実性要因となるだろう(経済産業省「令和3年版通商白書」(外部サイト)では、経済安全保障の対象に、日本の安全保障を脅かす「技術・データの流出」のみならず「サプライチェーンの強靭化」をも含めている)。

もっともこうした「不確実性」は「脅威」としてのみならず「機会」ともとらえることが必要であろう。新型コロナにより経済・社会は甚大な損失を蒙っているが、一方で新型コロナとの共存を前提に様々な技術やビジネスモデルが開発され、新たな社会生活形態や経済的な投資を促進していることも事実である。デロイトでは新型コロナウイルス感染拡大初期の時点から、新型コロナへの対策として「Respond対応」「Recover回復」「Thrive成長」を挙げ、新型コロナによるリスクを将来の繁栄につなげる機会としてもとらえるべきことを論じてきた。こうしたスタンスは新型コロナに関わらず、他の多くのリスクについても同様である。デロイトが気候変動の日本経済への影響を推計した最近のレポート「日本のターニングポイント」では、気候変動に対して日本がアクションを取らなかった場合、気温上昇により50年後の日本経済に95兆円の損失が発生、気温上昇を1.5℃以下に抑制してCO2排出ネットゼロを実現した場合には388兆円の利得が発生すると推計している。上記のリスク管理責任者も、新型コロナとの共存や構造変化、気候変動を新たなリスクとともに機会としてもとらえるスタンスをとっていた。

不確実性や構造変化対応のためのビジネスモデル改革や投資等は当初は相当のコストを伴うものである。しかしある「ターニングポイント」を経たのちにはこうした投資が徐々に利得を生むことになる。一般にリスク管理は、リスクの「特定」「評価」「監視」「制御」の4つの活動からなるとされる。しかし今後のリスク管理にはこれに「活用」という能動的な側面を付加することも必要と思われる。

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ マネージングディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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