最新動向/市場予測

欧州タクソノミー~トランジッションへの配慮と生物多様性など、気候変動以外のテーマへの取り組みも

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.74

金融規制の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
シニアマネジャー
対木 さおり
 

欧州では2022年から徐々に実際の金融機関や事業体への規制要件へ、EUタクソノミーの取り込みが開始されることもあり、タクソノミーをめぐる議論が拡大・深化している。欧州委員会の下で設定されたサステナブル・ファイナンス・プラットフォーム(Platform on Sustainable Finance)は、2021年7月に、(1)環境目的に関連するタクソノミー拡張オプションに関する報告書(案)を公表し、その後8月には、EUタクソノミーの技術的スクリーニング基準に関する予備的推奨措置の報告書(案)が公表された。

(1)の報告書案では、従前のグリーン・非グリーンの二分法的なタクソノミーの考え方の更なる拡張、(2)の報告書案では、「気候変動の緩和」や「気候変動への適応」という、気候変動関連の目標以外のスクリーニング基準をめぐる議論が行われている。以下では、それぞれの報告書案から、今後注目される論点について簡単に紹介してみよう。

第一の報告書案では、グリーン・非グリーンの二分法的なタクソノミーの概念の拡張・克服が意図されており、トランジッション部分をより明示的に考慮した議論や、タクソノミーの技術基準で定義されていない領域の今後の取り扱い(取り込み)がターゲットとなっている。

背景としては、2022年に最初の報告を行うためにタクソノミー委任法が施行される予定だが、すでにタクソノミーを 「グリーン」 活動と 「非グリーン」 活動を分離する二者択一の手段として利用する一部の金融市場参加者と金融事業者のリスクについて懸念が顕在化し、非グリーン活動に対する資金は制限を受けている側面がある。また、サステナブルな資金の流れにおける透明性を高める必要があるとの指摘もなされ、環境の持続可能性に著しい悪影響を「及ぼす」活動と、環境の持続可能性に著しい影響を「及ぼさない」活動の両方について、一段の明確化が必要となっている。そこで、現在、まだ実質的な貢献基準として、「グリーン」 に達していなくても、その二つの基準の間にある、中間領域におけるトランジッションを支援することで、少なくとも重大な害を及ぼさないレベルに早々に移行することが望ましいという考え方が打ち出されている点が目新しい。

上記のような認識を踏まえ、グリーン、非グリーンの二分法から、レッド、アンバー、グリーンの領域の明確化・設定と、中間段階としてのトランジッションへの拡張を今後のタクソノミー規制の改正の可能性も視野に入れている。さらに、環境パフォーマンスの向上に向けた緊急のトランジッションを支援しなければならない経済活動を特定化し、優先順位をつけ、支援を行うことが重要であるとの認識がより鮮明になっている。これらの議論は金融機関の気候変動対応にもインパクトがある可能性があろう。

第二の報告書案では、タクソノミー規制が掲げる6つの目標のうち、(1)「気候変動の緩和」、(2)「気候変動への適応」に加え、(3)「水・海洋資源の持続可能な利用と保護」、(4)「循環経済への移行」、(5)「汚染の予防と管理」、(6)「生物多様性と生態系の保全と回復」の中から、後者の4つの非気候環境目的に関連した技術的なスクリーニング基準 が必要となることから、前提となる議論が展開されている。

非常に広範なトピックが議論されているが、目標のうち、(6)の生物多様性に関しては、近年注目度が高まっている論点の一つであり注目度も高い。2021年11月 には、英国グラスゴーで「国連気候変動枠組条約第26回締約国会議」(COP26)が開催予定で、COP26では、「パリ協定」と「気候変動に関する国際連合枠組条約」の目標達成に向けた行動を加速させるため、締約国が議論することとされている。その中で生物多様性の議論にも進展がみられる可能性が高い。また、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD) が、2021年6月に設立され、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)と同様に、生物多様性に関する企業の情報開示を目指している。さらに、昆明(中国)での締約国会議(COP15)において採択予定の「ポスト2020生物多様性世界枠組」に関する交渉が進行中であり、今後も取り組みが拡大する領域であると考えられる 。

金融機関向けの取り組みとしては、2021年6月、国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)など産業界、金融部門の4組織とともに、金融部門が生物多様性を考慮した投融資を行うための手引きが公表されている。

サステナブルの領域は、先月本メルマガでも解説した人権などのS(社会)の領域や、本稿で紹介した生物多様性など急激に範囲が拡大中だ。今後は、気候変動以外の領域にも、一層の目配せが必要になると考えられる。

執筆者

対木 さおり/Saori Tsuiki 
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター シニアマネジャー

財務省入省後、大臣官房にて経済・政策分析業務、関東信越国税局(国税調査官)、理財局総務課・国債課にて、国有財産・債務管理や国債発行政策策定に従事。米国コロンビア大学にて修士号(MPA)取得(IMFインターン等を経験)、その後大手シンクタンクにて、政策分析・経済予測、関連調査・コンサルティング業務を担当。

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