最新動向/市場予測

On the Border:米国リセッション見通し再アップデート

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.87

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
勝藤 史郎
 

米国経済が来年景気後退に陥るリスクが更に高まっている。当方がこのように考えている背景は3点ある。まず、景気後退を示唆する指標としてカンファレンスボードの米国景気先行指数が前年比マイナス圏にまで低下したこと。次に同じく、NYダウ平均が節目とみる30,000ドルを一時割り込んだこと。さらに今後の経済押し下げ要因として、FRBが当方のベースライン見通しより更に金利を引き上げるリスクが高まりつつあることである。10月中旬現在で当方のベースライン見通しは、来年2023年の米国の実質GDP成長率は前年比約1%に減速、FF金利誘導目標レンジは2023年初めに4%台前半まで引き上げられるとしている。一方、過去の当レポート等では、景気先行指数の低下が米国のリセッションのリスクの高まりを示唆していること(本年7月付当レポート)、また金利上昇が株価下落リスクを高めていること(同4月付当レポート)などを指摘してきた。これらの事象が現在顕在化しつつある。

まず、カンファレンスボードが集計・公表する景気先行指数は8月時点で前年比-1%と、2ヵ月連続で前年比マイナスの伸びとなった(図表1)。同指数が前年比マイナスの伸びに転化すると概ね1年以内には景気後退に陥るとの経験則がある。これに照らせば、米国経済は来年の半ば位に本格的な景気後退に陥る可能性が高いことになる。なお、公表元のカンファレンスボードは8月指数のプレスリリースにおいて「景気先行指数は潜在的に景気後退を示唆している」と述べている。次に、NYダウ平均は10月14日時点で30,000ドルのテクニカルなポイントをやや下回るところまで下落しており、更なる下落のリスクが高まっている。S&P500の株価収益率は9月時点で20倍弱と、一時20倍を超えていた時期に比べれば割高感は薄れている。しかし、長期金利(米国債10年物利回り)は9月時点で約3.5%にまで上昇、その後10月に入り一時4%を超える水準まで上昇している。S&P500株価収益率の逆数である益回りと長期金利との差分は9月時点で約1.5%の低位にある(図表2)。今後長期金利が仮に4.5%まで上昇すると、1.5%の利回り差を確保するためには株価収益率は約16.6倍まで低下する必要があり、株価は9月対比で約16~17%下落する計算になる。最後に、FRBは上記の当方ベースラインを更に上回る利上げを実施するリスクが出ている。9月時点の米国消費者物価指数は前年比8.2%と、6月のピークの9%から徐々に伸びを低下させているものの、FRBの利上げ効果がまだ表れているとは言えない。当方では利上げ効果が物価や経済に波及するのは来年になってからであり、また原油や商品価格の反落なども踏まえれば、1回の連邦公開市場委員会(FOMC)での利上げ幅はそろそろ50bpsに縮小すると見ている。しかしながら、最近のFRBのタカ派姿勢からは11月定例会合でも75bps利上げを継続する可能性も否定できない。

【図表1】景気先行指数[米国]

景気先行指数[米国]
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【図表2】S&P 500 益回りと長期金利[米国]

S&P 500 益回りと長期金利[米国]
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これらの状況を総合すると、2023年の半ば位までに米国が実質的な景気後退に陥るリスクが相応に高まっているといえる。もっとも世界金融危機当時と異なり、米国経済には株価を除いて目立ったバブル要因はない。また今回の景気減速は、主に供給制約による生産減と、インフレによる消費者購買力や企業利益の縮小が背景であり、労働力や設備の過剰さは見られない。したがって景気後退の深度は相対的に浅いものになると考えられる。今後の原油や商品価格の動向は地政学要因もあり予断を許さないといえるが、他方半導体市場では半導体サイクルが下降局面に入ったこともあり徐々に生産余力は回復してきている。従って仮に来年米国が景気後退に陥ったとしてもそこからの回復は早めで、景気後退期間も短期間にとどまると考えたい。

米国の浅めのリセッシションという穏健なリスクシナリオが、更にシビアなグローバル景気後退になる要因として、中国の景気悪化(ゼロコロナ政策や不動産市場悪化の影響で、当方では2023年成長率見通しを前年比4%台に引き下げた)、新興国の景気悪化(通貨安、インフレ加速、食料不足やこれらに伴う社会不安など)が想定される。他方、特に欧州はウクライナ情勢対応も含め多くの政治/経済/財政上の課題を抱えており、これが思わぬグローバル景気悪化のトリガーになる可能性も想定しておく必要がありそうだ。ドイツの巨額のインフレ対策の財政出動に対するEU内の反発、英国の財政政策を巡る英ポンドや英国債急落などの市場混乱は、各国固有の事情が背景にあるとはいえ、欧州のソブリンリスクに対する懸念を拡大・伝染させる可能性もゼロではない。また、金融危機後にユーロ圏や中国で拡大したノンバンク資産という、金融システムの隠れたリスクが顕在化することも考えられる(10月付マクロ経済の動向「金融リスクはどこに溜まっているか」参照)。現状では波及経路を明確に描くことは困難であるが、こうした財政問題やノンバンクリスクの同時多発などの偶発的リスク事象も、企業の経営管理上のリスク要因として考慮には入れておくべきであろう。

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ マネージングディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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