最新動向/市場予測

FRB利上げ加速の功罪:リスク資産価格現況

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.81

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
勝藤 史郎
 

米国のFRB連邦公開市場委員会(FOMC)の3月定例会合における今後の金融政策についての急激なタカ派転換は、当方にとっても想定外のサプライズであった。3月会合後に公表されたFOMC委員の経済予測の中央値によれば、FF金利誘導目標レンジは2022年末に1.75-2%、2023年末に2.75-3%とされている。FF金利の水準と利上げペースの両方が引き上げられた形である。また同予測によればFF金利誘導目標の長期均衡水準は概ね2.4%とされているから、政策金利を中立以上にまで引き上げて、インフレ抑制を強力に進めるスタンスだと言える(なお、当方で策定するベースラインシナリオ見通しにおいて従前は、2022年末時点のFF金利誘導目標レンジを1-1.25%としていたが、3月FOMC結果を背景にこれを1.5-1.75%に引き上げた)。

理論的には、この利上げ水準引き上げとペース加速はいずれも次のように正当化できる。まずFF金利の水準について、現在米国経済は需要超過状態にありインフレ率は2%のインフレ目標を大幅に上回っている。つまりテイラー・ルール1における需給ギャップとインフレギャップがいずれもプラスの状態にあるため、適正な政策金利はその中立水準よりも高いということになる。次に利上げペースについて、既に適正な政策が中立水準を上回っているならば、中央銀行としては現実的に可能な限り早期に政策金利を中立水準以上に引き上げることが必要であるが、FOMCは約1~2年をかけてこの水準にFF金利を引き上げると予測している。ここで問題になるのはその間のインフレと需給ギャップの将来見通しである。FOMC委員予測によれば、失業率は2024年にかけて自然失業率(長期均衡失業率)の4%を下回って推移、インフレ率も長期均衡目標の2%を上回って推移するとされていることから、今後政策金利を中立水準以上にまで引き上げ、1~2年をかけて継続しても景気を必要以上に抑制することはない、と委員は判断しているという理屈になる。

1 テイラー・ルール公式:(適正政策金利)=2%+(目標インフレ率)+0.5*(需給ギャップ)+0.5*〔(インフレ率)-2%〕
2%は実質中立金利、〔(インフレ率)-2%〕はインフレギャップを表す。

しかしながら、この経済見通しには下方リスクを想定してとおく必要があるだろう。コロナ再拡大や地政学リスクの悪化といった外的ショックを別にしても、このFRB利上げ水準とペースが実体経済に上記想定以上の悪影響が及ぼすリスクシナリオが考えられる。ここでは株式に代表される資産価格への影響をそのリスクの第一に挙げておきたい。米国の株価指数S&P 500の株価収益率(PER)の推移をみると、新型コロナウイルス感染症拡大以降PERは大幅に上昇し、過去の水準に比べて株価がかなり割高になった時期があった(図表1)。コロナ拡大により米国が景気後退に陥ったにも関わらず株価が上昇を続けてPERが上昇したことは株価がバブル状態にあることを示唆するものであった。その後PERは徐々に低下し、現在ではコロナ以前の水準に概ね回帰している。これは現在の株価が一部調整されかつ企業収益がコロナ後に回復したことで、安定的な価格水準にあることを示唆しているようにも見える。しかしながら、昨今の長期金利の急上昇を勘案すると、現在の株価も決して割高の域を脱していないことが推測できる。PERの逆数である株式益回りと、リスクフリーレートである米国債10年物利回りの差分は、株式の国債に対するリスクスプレッドと解することができる。この差分の推移をみると、4月以降の米国債10年物利回りの急上昇により株式のリスクスプレッドは大幅に縮小し、過去5年間のほぼ最低水準になっていることが分かる(図表2)。つまり長期金利の上昇を勘案すれば現在の株価は再び相当な割高になっている可能性があることになる。ちなみにこれは、社債やレバレッジド・ローンなどの信用市場においても信用スプレッドが低位に安定していることとも整合している。株式市場は依然下落リスクに晒されているといってよいだろう(なお、これはあくまでリスクシナリオであり、当方のベースラインシナリオでは、株価の高値維持の背景を主に量的緩和の効果とみているため、FRBのバランスシートの縮小が現在のFRBの計画程度であれば、株価の急落は起きないものと考えている)。

長期金利急上昇の影響は他に、住宅ローンや自動車ローン金利上昇による住宅販売や自動車販売への影響が考えられる。しかし、住宅、自動車いずれも既に供給不足により頭打ちになっており、経済への影響はすでに示現しているといえる。また長期金利が既にFF金利の3%までの引き上げを先取りして既に3%に近いところまで上昇していることから、今後さらなる上昇余地は限定的と思われる。結果、FRBの利上げペース加速の大きなリスクはバブル懸念のあるリスク資産価格にあり、これが実体経済に波及するパターンを最もありそうなリスクシナリオとして警戒しておきたい。

図表1   S&P 500 株価収益率[米国]

S&P 500 株価収益率[米国]
※画像をクリックすると拡大表示します

出所:multpl.comより有限責任監査法人トーマツ作成

 

図表2 S&P 500 益回りと長期金利[米国]

S&P 500 益回りと長期金利[米国]
※画像をクリックすると拡大表示します

出所:multpl.com、FRED | St. Louis Fed より有限責任監査法人トーマツ作成
※2022年5月2日、上記記事の(図表2)と関連記述を訂正しました

 

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ マネージングディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

お役に立ちましたか?